MIKIHIKO KYOBASHI

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26年前、写真に何かはわからないが
得体の知れぬ足りなさ

や
撮ろうとして撮った
あざとさを感じ

何を撮っていいやら
わからなくなった

子供の頃、何日かお世話になった
パラオの海の男 レイモンドさんが亡くなり
墓前で会いに来なかった後悔と
死ぬ可能性がある場こそ、本物の1枚だ!

写真の師匠柏原誠の師匠ユージンスミスや
一瀬泰造さんやキャパのような1枚にかけることが
いいと感じた

そこ頃はイラクで湾岸戦争をしていたが
結局は何の大義かわからない
アメリカや武器商人のマーケットだったやら

どうも人の悲しみや血を
ずっと行くわけでも無いのに、都合よく行き
パパラッチをするのはずるいなと
思い

他の死んでもいい場所をイメージした

すると
波の裏は何か写るんじゃないか?

原点に戻り僕は海だ

これがいい!
と

確信と
結論だけが先に腑に落ちて来た!

どうか待っててくださいね
親父さんに見せれる1枚を
またここに持参しにに来ます

で25年

最初はフィジーの離島の目に見える青いでかい波
から
2015年から黒と光の独特な目に見えない日本の波へ

海外はどうでも良くなり

祈りが深くなったことも
日本の海に呼ばれ
自らの過去や未来の記録を手繰り寄せている

見ない
押すだけ
色はいじらない

1枚の写真は戦場

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