MIKIHIKO KYOBASHI

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2001年から波の裏へ行くようになった
一人旅でファインダーはみないで
感覚で押す

ハワイはまだ今より人が少ないとは言え
36枚のフィルムを詰めたカメラで
ノースショアのパイプラインの横で泳いでいると

サーファー達が僕を撮ってと
せがまれ
めんどくさかった

とにかく波がでかい!
分厚く
パイプラインでも溺れかけた

泳いで逃げ回るので必死で
それで頃ではない
胸に恐怖が集まり
体が強張り
楽しくない!

なんでこんなことしてるのだろ?俺
と笑った

ハワイは海底が砂で水も濁り

結局は数回確かめ
ここは違うなと

その足でマウイへ行ったが
マウイの海も決して透明ではなかった

風の島というように
ウィンドサーファーの聖地
溶岩混じりの海は
サメがいないかしたばかりみていたが
サーファー達がいるから心強かった

薄濁りのホーキパで毎日泳ぎ

ホノルアベイというサボテンの崖の聖地まで
車を飛ばし片道一時間
当時はネットもなく地図を広げて行ったものだ

何回もフィルムを変え
毎日多い時で五時間泳ぐと
7日目でソックスをはきフィンを履いた足の指がスレ
休む

菊テレビという
テレビで
暴れん坊将軍が流れていた

気はすごくいいのだけど
ここにも
こんな青い波はなかった

それでも
これでもかと!

冬のハワイに2001,2002年と通ったが

自然に行かなくなった

やがて人里や人気にない南太平洋を目指し

フィジーの離島の最果てに
青い波は残っていた

もう宿もないこの小さな島の沖に
2011年からここにも行ってないが

ここで随分と波の修行とたくさんの1枚を
写させてもらった

この頃はお神酒を注ぐなど
心が届かず
海のゴミや夜の伊勢海老漁で捨てられた水中ライトのパナソニックの電池を
拾い、拝む程度から

やがて底知れぬ怖さと生きている何かに
水晶で祈りセージを焚き
貝をたてたり
言葉をかけ浄化しやがて祝詞を捧げていく

全ては自己責任
泳いだら戻る

助けて!はない

どうにかするしかない沖で
雨の中何度もまかれ

肺の空気が全部出て気を失いそうになる

その時の降りてきたというか
気づいたのは

生きたいのか?
死んでいいのか?

だけ

はい!
メソメスせず
つべこべなく泳ぎきります!

ワラなんかない
誰も助けてくれません

諦めて
限界を決めるのは自分の弱さと知りまして

以来、自分をしったし時に
止めるのも勇気と
抜き足差し足

海に包んでいただいている

空をアジサシや軍艦ドリがどこからともなく舞い
海には様々な魚達が暮らし
泳いでいる海底の珊瑚の岩盤が
目の前の緑の山と繋がり
海にも渓谷がること

水間

空間
の差だけ

過剰な情報や
人の噂や
人智の及べない場こそ
己を鍛え練磨し調律してくれます

照りつける太陽と不思議な怖さと美しさの生きているこの場の

大波の中
ゴボゴボと
幸せだー


独り叫んでいました

いい時計も車も
ここではいりません

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