MIKIHIKO KYOBASHI

Blog

日本の波の裏は
海は同じだが
海の水と何かがその土地の固有の
長き時間と、神社が近ければ祝詞をはじめ
信仰の音と感覚を正直に聞き
記憶として今もその水分子に中に包括されている

その分子は流れにより、海流により動くのかもしれないが
全ての海は細かなビー玉で満たされているから
伊豆の神社の水分子がアリューシャンやアムステルダムに流れるとは
思えないが

学者はリマンや様々な名前をつけ
海流があると言う
確かに死滅回遊魚という南国の美しい小魚が流れたり
椰子のみが戦時中の南洋地方から日本に着く

ペットボトルが海岸に埋め尽くされている
この20年の海を目の当たりにすると
(これは波による打ち上げもあるだろうが)

海の水分子は地球を旅をしているのだろうか?

海には個性があると感じている

光も違う
光とは同じ一つの太陽だが

太陽と地球の面の位置がまづ一つ大事だが

反射や透過、屈折や塩分も因果にしろ

明らかにフィジーの水分子とは違うのだ

まー
永遠にわかる必要のない
宇宙のこと
人間様はなんでも知ろうとし
学者は仮説や様々な妄想で論文を作る

水々をみて
海を見る

修験

Other Article