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忍の山


標高は300mほどの伊賀の至る所に
忍や地侍の館があったのは
1851年に信長が火を放ち7万の兵でジェノサイドするまで
彼らの名前もわかっている
城郭の遺構の地図もある
ここ比自山の頭首は
伊賀12人の上忍の一人
百田藤兵衛さん
ここに彼は故郷で家として家族や仲間と笑っていた
己の勇気と正しいと思う
祖先から受け継いだ心根
神仏を尊び
仲間と郷土を護った彼ら
実際には伊賀内部でも小競り合いもあったようだが
何が本当かは今となってはわからない
この静かな山奥は
誰もこない
しかし
彼らが川からくんだ水をこの山奥まで運び
水を飲み、飯を炊いて
松明を炊いた暮らしがある
刀を振り
武術の稽古もしたであろう
伊賀の山は様々な悲しみと血を吸っている
が
日本が六十六の国に分割されていても
唯一、植民地化の荘園も、部外者の無理強いな統治や侵略も
許さないために、呪術や忍術がこの山河で自然と育った
これが事実
この霊気が残る竹藪に
遮られるように留まる
彼らの声や呼吸を憶う時
なんだか感傷的になる
ここから見える伊賀上野城は
元々はなく
平楽寺という高野山のような平家系の聖地
いくつもの神社仏閣があったが
信長の焼き討ちにあい1000人近い僧兵や女子供も亡くなっている
その後に
彼らの思いを踏みにじり
作られた異物が伊賀上野城で
伊賀観光局と金儲けのために
忍者ショーを開催する日本人
嘘の間違った忍や地侍で汚染することは
歴史的にも嘘で
精一杯命をかけて
喩え味が滅びても、魂は残るから
何も恐れることはないとした彼らへの冒涜である
一部のお墓は
ごろっと入り口近くにお不動さまの祠の裏に
投げてある
いつも僕はここで
祝詞を捧げ供物やお酒をお供えしている
自然と呼ぶ前は国土と呼び
さらには名前なんかいらなかった
この中に溶け合い
添って生きるしかないのが事実
魚の名前も全て人間が勝手に命名したように
人は自然から離れていくと
心も荒ぶ
心は自然
人間界に造れない
あらゆる感覚の美がある
目で見て
音、香り
そして波や滝が体を抜ける感覚
神経やシナプスに波動を送る
山や靡が聖地と感じた
故人の不可思議な時間と体験
怖さと怖れ
言葉は難しい
言葉にすることができないのが
海の風や川の音が重なり合いながら
振動する倍音や音叉に
包まれること
自然霊を大切に
祖霊や神や彼らの供養を怠らず
名前があるように
それぞれの個性は生きたまま残っている
神様や神社に個人的になお願いはしない
神仏は尊ぶが
神仏に頼らないとした宮本武蔵が
熊本の山奥の洞窟で観音菩薩と見た夢は美しい
目に見えない風を読むことが
今の日本人はしていない
言葉に心のせて独り
話しかける
海も山も滝や石も忍者たちへも同じ
海という水素の密集した周波数のずれた隙間に
竹林の空間に、透明に重なるようにある当時の風
500年前からあるこの岩や土は彼らを見て知っている
そんな時間を大切にしてきたから
神社や祠があり
日本がある
有名になることでも
名声を残すことでもなく
多くに見てもらい褒めてもらうことでもなく
己が正しいと思い決断した勇気が更なる勇気で自己を練磨し
命をかえりみない生き方ができ
宇宙に即していくことになる










