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水中を空間と同じように感じ動く
空間は無限だが所詮
止まった状態で人力の筋力だけでは
動く範囲は決まっている
これは古武道の動きと同じというより
古武道は理にかった
無駄のない、寸分でも早く動き
人間様の自演でなく自然=この風や海や風の創った真如
次のこうしたいという動き(人間の頭)を超えて
うごいていないと、敵に斬られたり
敵がいない場合でも、動きに無駄が出る
空気に乗る
祈りのマントラや印も同じかもしれない
螺貝などは一応入りやすくする為
人間様のここにいます。お願いします
と
やる とやった感があり
自分が感情と祈り移入できる
様は転がっている小さな石を2個カチカチ鳴らすのでもいい
そこに胸の憶いがあるかどうか
話はそれたが
空間認識
水間認識も同じ
重力の使い方というか
密度が空気が多い 空間=陸上の日常
密度が水が多い 水間=水中の忘れている日常
水中で動くには身軽がいい
裸がいいのだが
寒いのと
岩や珊瑚に当たったり
噛まれたりするばいいもあるから
僕は夏でもウェットスーツを着る
とにかく水や風は、次から次へと体の体温を奪い続ける
水中は陸地と違い摩擦や床を蹴る様な動作をしても
浮いているので、重力や筋肉や腱の力と意志がずれる
例えば右手に剣を持って斜め後ろに向き素早く動く
陸上で床を蹴り肘を回し
回転しながらの移動で股の幅くらいできる
両足で動くことは不自然なので
必ず左右度地下の片足の軸足が起点になる
左足が前の場合
左後ろに向かうには(最初多分両足裏50.50重心)
動くと決める前に(おこり)の時に
自然に移動させる
右手に剣でもカメラでもいい 持っている状態
1 左足を斜め後ろに回転させ足先を向けつつ、右足を起点に回転させる(重心も移動) 半身
2 右足を回転させ、左足がついてきて足先を向ける
これが浮いた状態の水中で斜め後ろに行くには
右手にカメラ(剣)を持つ状態で
両足は地に着いていないので重力がない
後ろから波が来てる想定で
目と頭
腰にあった力と重心を同時に指先に運び
顎を弾きながら
体を少し丸めつつ右肘と指先から入る
左手は肘は閉めつつ少し開いて掌でと手首で水を掴み押す
あまり下半身は使ってない
もちろん
これが基本で
あとは波に瞬時に合わせ
深く下方へ行くか
上方か
斜めかを決める前に動く
目ではみているが(目付)
あまりみていると遅れるから
これは少し先に動いてないと
波との距離や崩れる場所に入り込めず
レンズの画角もあるから
うまく構図に入らない
こう書いていると
無意識に動けるか
もちろん見て瞬時に判断し
見た瞬間に動いている
水中は動くのが難しい
ライフジャケがないから溺れたは嘘とは言いませんが
かえって危ないです
あれに頼り慢心は生まれる
流れや波には逃れず危ない
極論訓練をし
数キロ泳げなるようにしないと
海へ入るのは危ない
そうは言っても
それは現実的ではないと
人間界の物差しでいう人もいますが
水に相当慣れ
泳げ経験を積んでいく
簡単にいるかの浮きで入る場所ではありません
美しく
心地よいうみは
人間の住む場よでも長くいられる場ではないです
鰓呼吸を忘れ
肺呼吸になった今
海や川の事故を無くしたいと思います
教科書や水難協会のマニュアルではない
自然に溶け合い、呼応すること
古武道を学ぶこと
これからの未来の水難をなくすことでしょう
昔の人や子供は、自然に道具もない中
恐る恐る実体験を積んでいったわけですから
修験です
もちろん
それでも運や偉大な宇宙や海の力により
死んでしまうことはあるのも事実
修行を積み足るを知る
また現実を見る
強い気持ちで諦めない
自然に感謝する
さらに足るを知る修行
これです
溺死寸前まで行った人の体験より










