MIKIHIKO KYOBASHI

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波の中で

波の中で

2001年から2009年頃まではフィルムがまだあり(コダック社)
36枚を詰めては波の立つ沖まで片道20分位泳いでいた

片手には防水ケースだから
片手と両足

死ぬ可能性が高いからこそ
簡素な道具で、もし死んで誰かの枕元に立たぬよう

あー
あの道具のせいで死んだかー
と言わないようにしたかった

デジタルカメラが出始めたは確か1998年頃
全く興味もなく
当時は仕事も当然フィルムだったので
現像して印画紙に焼いて綺麗なのは今でもフィルムだし

波の中でいくだけ、どんどん溺れ
36枚で十分で
あまり多くを海から撮るのは、当時の自分にはおこがましい
し、海に殺されると思った。

足には足ひれ、これも最初はダイビング用の東京立石のメーカーのフィン
これがハワイで波を足に受け、巻かれ二度脱げた
フィンが悪いわけではなく
波が凄いのだ

探してもないので片足で時間をかけ沖からすぐにもどり

サーフショップへ行き
ボディーボードのフィンと流れ止めを探した
フィジーだったら、お店なんかないので
ハワイでよかった
店内を履いて歩き、甲高の足に明日フィンを見つけ
以来同じフィンを履いている

水中眼鏡も国産の黒いもの

シュノーケルはつけない(シュノーケルは波の抵抗を受け、歯も折れたりガタガタになる上、水が筒に入り抜けきらず
水を飲んでパニックになる人もいる)

問題はとにかく最初から排除する

口呼吸が一番わかりやすい

沖から迫る波に対し必ず真っ正面に体をむけ、一気に潜りぬけながら
次にはもう水中で沖に向いていた体制を回転させ
岸に向かい(なみの崩れる方向)手首の角度の感覚で押す

イルカのように流線形をイメージし抵抗を極力なくす

波とすれ違う
そのすれ違いざまに押したのがこの写真

とはいえ
いつも同じ場所で波が来るわけではなく
フィジーなど南の島はサンゴ礁だ
島の形に沿って沖から波が巻き込んでくる為
変な奥の位置にいると大波にラップされ逃げれず

サンゴ礁に叩きつけれたり、背骨が折れるかも知れない
今まで何度も巻かれたが

背中に大波のリップを喰らったことはなく
これは背中に波を当てないように気を付けている体が

とにかくその場合は水中に潜って逃げる

逃げると言っても
水を味方にクッションにして逃げるしかなく
逃げれない場合もあるが
生き残る可能性にかけるわけだ

水面にいたらモロに当たるからダメだ

水面に落ちてきた何トンもの波は
水中の水分子も押しつぶすので、一緒に海底に叩きつけられるか
巻き込まれる

これが本当に怖く苦しい

一番怖いのは水面で沖の波を見ながら泳いでいて
巨大になりそうな波が迫る時で
さらに近くに来て空が隠れるようにくるりと巻き込む波が
迫る時だ

だめかな?
いやいけるぞ

行くしかない

この次に裏に来ている波も
考えて右の沖へいくか?
左の沖へ行くか

など
引き下がるのはない
下がれば
絶対に波に巻き込まれ続け
サンゴ礁で大根おろしにされる

同時に気持ちが負けると
腰に力が入らず
必ず巻かれる

そんなワクワクする
アドレナリンと普段はつかわなくなった怠惰な暮らしで
封印していた感覚の全てのアンテナと感を信じる

5感に響くとか、使うとか洒落た言葉は嘘だ
生きしにの場では特に
5感なんてもんじゃない100感ものアンテナと未来を読んで動く

考えて動いていたら遅い
瞬時に体が動いて初めて波を交わし
その瞬間、シャッターをカメラを見ないで押す

古武道に近い

修験道にも近い

これほど生き生きした宇宙や海との感応が人には大切なのかを
本当に幸せに思う

この写真はZARDさんの、亡くなったボーカルさかいさんへ
映像のファイナルコンサートで使っていただきました。

海が幾ばくかの癒しと、無条件な青で包んだことを祈ります

追記
京都のお寺の青波の襖で
ボランティアの方々が一生懸命
海中写真家の杏橋さんですと
ご説明してくださっていたが

海中写真家がいつの間にか発生していたやら

海は謎めいて面白い

肩書きはない
言うなれば海伏かと
山伏になれと言われた山伏に
みんなでではなく
今まで通り一人で海で祈るので
海伏はどうでしょうか?
と聞いて以来
名刺には海伏書いた

商標登録もとったが
結局は身も心も裸で

海へ全てを捨てていくのだから
キョウバシミキヒコ でいいわけだが

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