MIKIHIKO KYOBASHI

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色はいじらない
電気製品の
デジタルカメラやパソコンや様々なソフトが現れ

人が良心も忘れ
撮れてないのに
こう撮れてたらいいな

と言う絵を加工し捏造する

写真と呼ばないように
基準がいる時代

2000年代にデジタルカメラが出始め
僕の場合はコダックのフィルムがなくなり
撮れなくなり

デジタルに移行した

NikonF4や
Canon New F1で旅や取材の仕事をしたのは1999年ごろまで
シャッターを切ると金属の音がした、デザインもよくて
スタジオの撮影時は後ろに35mmのポラロイドパックをオプションでつけて
現場で取れているか、その場で見るが小さいから
ほぼ露出の確認

水中に持っていくカメラはボディーも金属からプラスチックになったCanon Eos7
軽くて小さく、ピントが早ければいい
どうせ見ないで押すのだからと

電気製品のデジタルカメラは愛着が湧かない
音も録音した音

50万もするカメラを売っておきながら
数年後には新機種で画素がさらにいいとか

国産の車と同じで
数年先まで販売予定とスペックを
作ってあるのが頭にきます

とどめに
部品がありません
買い換えたほうがいいですよ

90年代フィルムカメラはせいぜい15万25万だった
ハッセルやライカもいい中古もあり
カメラの今日も皆無で、機械だからメーカ以外でも
職人さんが時計のように直していただけた

戦場カメラマンのように
一時はライカも使いたいなー
きれいなのかな?とライカに行くと

オートフォーカスのライカはピントが来ないから
ライカの知り合いの方に
僕の撮影方法ではダメです

と言われた

初期のデジタルモノクロームはリコールに近い問題があるらしい
と最近になり仲良しの大御所カメラマンさんにお聞きした

電子部品が多くなれば故障やデータが消えたり
機械のせいで撮れないのは
カメラではない

車と同じ

デジタルカメラはすぐに見えるからいい点だが

当時はまだ海の初心者だから
海に対して、低いところから
すみません!と言う心持ちで36枚で勝負し
泳いで少しづつ取らせてもらおうと決めていたのから
フィルムで良かった

36枚詰めて沖まで泳ぎ
一時間か30ぷん撮り切ったら
またサメがいそうな深い海や濁った皮を泳いで戻り

車や石の下に隠したフィルムを
濡れたり、砂が入らないようにしめて

また30分かけ沖のサンゴ礁まで泳いでいた
思い出の一つは
4回繰り返し五時間いたマウイの聖地のホノルアルアベイ

帰国後現像したら
9割ピンボケなスリーブを見てガックリ!

ニコンの大井町のプロサービスの技術センターに
見てもらうと

あー
うちはご存知のようにキャノンさんから
オートフォーカスの超音波モーターの技術を買っているから
これは想定してない動きと速さで

うちではなく
キャノンさんのカメラに変えてくださいと

仲の良かったサービスの方

2001年の Nikon 100 とか言うカメラ
その上パイプラインで曇り
よせばいいのに立ち泳ぎで
少しネジを開けたら
海水を被りショートし燃えた

翌日、まだネットもないのでレンタカーで
探しホノルルのカメラ店へ買いに行き
18万くらいしたか

いろいろな海の失敗や思い出がある

そんなもう二度としたくないような
海中の磯づたいを時に海につかりを2時間
歩いたサモアの波や

沖の危ない雨の海

サメがいるから
だいじょうぶ?
と言われるも

それよりも浅い高速な波で神経と集中力が削がれ

帰りたくても
船が大雨で来ず

夕暮れに近く
今決めて帰らないと暗くな理終わりだと
3キロ泳いでかえるか?

と思うと

黒雲の雨の遠くから
モーターボートのエンジン音が聞こえたこと

一人で海へ泳ぎ出すと
本当に命と自然の尊そさと
極限ではない(これは人間さまの都合の言葉)
ありのままの宇宙と海になんとか
死なないように工夫したのが昔の人で
これが都会人がわすれた、気持ち

口先だけの政治や先生も
ネクタイ外して
泳げば

記憶にないです
とは言えないはず

ぜひ
いつでもお連れします

嘘のない世界へ

写真でいきたいから

印画紙に焼いて
作品にする

これは変えてはいけない

プロの写真家が
カメラメーカーがプリンターを売りたいしがらみや
安価だからと
インクジェットの色の甘い1枚を
一般の方に見せて飾る昨今

写真家とは最後まで写真で通す人と言う
関所が必要です

キャパや一瀬泰造さん、ユージンスミス、アニーパイルや
沢田さん達の戦場の命がけのような1枚なら
後でいじろうなんて思えないはずです

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