捨てる
太陽に向かい
一年に一度咲いては散り
土に還る
その場にひたすら根ざして生きる植物
下関に住んでいた父方のじい様は92歳で亡くなるが
植物園で50年以上働き
階段を80段上る
九州と壇ノ浦を望む山の一軒家に住み
植物の絵を描いていた
住まいにお金を払った事がなく
だれかしらが
それなりの味わい深い古民家を無料で貸してくれていたそうだ
そのばあさんは料理の先生で
魚をさばき,穴子の頭や骨を焼いて煮て煮詰めをつくり
そのそばで包丁さばきをみるのが楽しみだった
トイレも汲取りの五右衛門風呂の家
自由な地球にそった暮らしをしていた彼ら
幸せそうに好きな事を
好きな趣味を散る間際までやっていた
それに比べ都会はどうだ?
余計な物を買う為に売られ
住む家のローンを数十年抱え
返済の為に働く
生きる為ではないんじゃないか?
好きな時間がどれだけあるのか?
体裁は食べるために働くと言うが
本当にうまいものは、あの海辺の田舎では
海でも山でも、いたる所にあった。
都会は動物も魚類も絶滅したから
どっかで養殖した動物かどっかから運ばれた
魚を買う訳だ
たまに電車にのると皆さん仕事をしているのだろうが
よくもこんなにも仕事があるのか?不思議でならない
人口が増えすぎた都会では
狭い土地にブ積み木のように縦に暮らすハメに
土なんて公園しかない
木だって街路樹か植木鉢
どうかしちまった都会の隙間を流れる俺
変な苦労をしないように
うつしよを生きないといけないな
と
思いました。
余計な物を捨てて
海山へ!