今から18年前の波の裏側

はるかフィジーの離島へ独り
泳いだ日々の記録

一言
常に怖かった
常に美しかった
常に自然に祈っていた

あの独特な緊張感と
見渡す限りの全てが聖域だと感じた感覚が
体に染み込んでしまった

しかし同時にそれは
日本人が古来祈ってきた
神社というモニュメントと飾りがない時代の
感覚であったのだろうと感じた

今や日本の街は乱雑な統一感のない
ビルやネオンの人工的な世界だが

そもそもは、海や滝や川や御神木のような木々の
美しい大地であったのだから

見渡しても空の1部しか見えない
現代の暮らしでは
感じることができなくなり

それは結局
人の心を弱らせ
体も弱る
ことにつながっている

ニュースやデマで不安になる

電子レンジでチンした飯を食い
携帯に飼われ

変な電気が帯電し
人体の経絡や気の流れを
乱すのだと思う

だから
海や山へ裸足で放電!せねば

古来の宇佐神宮の神使いでもあった
隼人族、出雲族を始め多くの方々が
感じ得た大切な時間を

はるかはるか南の最果て
汚染もまだ少ない海でしかしれないことも
この地球の破壊と汚染の現状です

自然というゾウギゴの前には
国土と呼んでいた我々

心おだやか
瞑想し

恐るべし
命が危ぶむほどの美しい原色な時間に
身を委ねれば

きっとそれぞれに
それぞれに速度で
身を以って
心を以って感じれば

それは生涯忘れません

なんて下記かながらも

1枚の写真は瞬時に
あの日の感覚へ誘ってくれます

1枚の写真
のこと

どうぞ皆さんも
ご家族、また思い出の旅の1枚を
引き出しから引っ張り出して
忘れかけた大事な時間へ再訪してみてください

そんなことを今日は思いました。

電源のいらない写真はいいものです

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