思い出の道筋
昔アメ車のトラックの屋根に積んだパイン材は
日本の柿渋を塗り、昔の家でフローリングとして使っていた
ものを外し、壁に
大工さんの道具をお借りし
ランダムに切り無心にまる2日
写真はあてもなく
行ったクック諸島
どこかといえばニュージーランドの右
オークランドで1泊し
機材のオーバーチャージを断固請求され
片道6万円也
バイクを借りた後
警察署で、雨の中採点表をもった警官に
運転の実地試験を受けた
何がパーフェクト!かわからないが
彼は親指を立てた
波が一周50分の島に見当たらず
笑いながら、海一望のホテルでハンバーガーを食べた
もときた道を戻ると
海岸の公園にさっきはなかったレンタルバイク
もしやと思い
海岸へ行くと、すっごい遠くにサーファーと波
嬉しかった。
海は海の神様が完全にいらっしゃる
聖域で独特な怖さが、今も胸に染み付いている
数日後海岸のゴミを拾い集め
海へ再度ご挨拶
遥か沖あいで、腰ほどの水深
後5mで深くなるのだが
全く波の壁で出れないが頑張ること20分
戻れるのかな?
いすぎたかな?無理かな?
と思ったと同時に
大波に弾かれ
激痛がブーツを突き抜け
サンゴ礁の穴に落ち
ガンガゼウニの毒針が刺さったな
と見ないでも、あの独特の痛みでわかった
足をクロスし動かさず
片手クロールで
海岸まで30分泳ぎ、恐る恐るブーツをめくると
悲しいことにごま塩のように30針以上刺さっていた
ウェットを着たまま
雨の中バイクでやどへ30分
熱湯をかけ解毒したが
ピンセットより細い針は取れず!
でもあのまま出たら
潮が引きすぎて
戻れなかったかもしれないなと
思った
翌朝、病院へ行くも取れず
いつか全部出ると
ポリネシアのTatoの入った
綺麗な青い服を着た先生が言う
喉に詰まりそうなドピンクの痛み止め
は見るからに毒だから捨てた
2日後明け方の赤い光で目が覚め
目の前の海で水面を移したら
不思議な模様がとれた
3日目水がはいらない絆創膏をはり
波へまた向かうと
偶然、あの採点した蛭子さんのような警官と黒い犬が
海岸にいた
あの青い先生が言うように
本当に毒針は1年かけ
ポロポロ足から出てきた
この建物は昔
大阪堂島
で建築とアート展が開催される事になる
それもファイヤーキングカフェで個展を見た方からのご依頼
隈研吾さん、兄っシュカプーアさん、杉本博司さん
に坂本龍一さんの音など
必殺技の先生方に混ぜていただいたご縁
全て昔が今と成る
できることを
一つづつこなしていく
全力で向かう
道は無限に1本ではないのだから
自分の力を知りつつ
自分の心が信じる道を自分の歩幅で行けばいい
時に助けてくれる人も現れる
そうこうしているうちに
もう19年
波を泳いでよかったな〜と
思い出の道筋
これは一人旅の回顧録
そもそもが写真家ではなく
諸元である宇宙と海の雑味ない真理の姿を
お伝えするお役目なのかもしれません
これも皆様のおかげです
死ぬ可能性を行き来できる
滅多にない機会
自分を磨く魂の修行が波の中
自分を自分を押すこと
しかし自分で自分を縛らないこと
結果なんて
人間が頭で決めた点は最初からない
己の誠の道筋ができれば
それでいいのだから・・・