拝啓
海はつながっています
と
いうよりも
陸地の隙間を水がたまっています
海の水は海流で地球上を旅をしている
と
学者は言いますが
13年間裸で泳ぎ
死なないような術を研究し
身を以て観察体験した結果
その土地や
その沖合に留まって生きています
波はそもそもなく
透明な波動というエネルギーが
生んだ,水のある動きの一つです
驚く事に
沖の水は海岸に1滴も来ていません
お風呂で水面を手で水を動かしてください
動かした手にあたった水は反対には来てません
動きだけがきています
それが波動で
波です
透明な水がなんで
海により色が違い
重さを持ち
固さや柔らかさを感じるのでしょう
水素という約150度にやじろべいのような
形の水素と酸素の結合と不可思議な
変化自在な代物の仕業らしいです
重さを変え,質量も変えられ
雪になったり,霧になったり,海の雲になったり
それは忙しいんです
ま〜理屈はこのくらいにして
葉や花びらがひらひらと散る姿に
死生観を観た日本人
これを「わびさび」とも名付けたようです
一つの事象でありながら
一つの答えではない
つまり
様々な意味を含む事象は
自然にしか再現できません
人間は唯一の答えを
或る期限迄にだしたがり
その一つの答えを正解とし
探す癖があるようですが
そんなものははなからないのです
波の中も同じく
儚くも美しい2度とない
瞬間です
太古の記憶や
祈りの声を
含んだ水が日本には漂ってます
日本人という前からいた人々や
世界のネイティブな行者達が絶滅危惧されつつある今
今だ彼らが地球の野山や海で祈りを地球へ
手向けている事を
現代人の私たちは忘れてはいけません
日本は小さな重箱ですが
これだけ神社仏閣がひしめいた重箱
はないんだと,外へ旅をすると気づきます
それが旅が教えてくれると
言う事でしょう
やってみないとわからない
言ってみないとわからない
行ってみないとわからない
だから禅やら修験やら密教やら,神道やらがそれぞれに発達しながら
絶妙にブレンドされたのが日本の奥深さです
地図や航空写真で波あるかな?
と
あてのない波を探す一人旅をしてきました
昼間は
待った!も休憩も手加減もない大波に
惚れ込み,はたかれながら
波音と月明かりの夜に
心を裸にされた訳です
眼で見た景色と同時に
地球の人間以外の生き物や
様々な風が感覚的な微妙な周波数で
胸の辺りを刺激します
頭はその後です
それが感覚的に生きていた
忍者や日本人を始めとする世界の
人間が地球とのバランスと尊みを知っていた
時間への旅でしょう
意味が全くわかりませんが
感応力と方丈(禅でいう自身を見つめる庵)はどこにもあると
いう事でしょうか
答えをだそうとするから迷います
自分がいいと感じた
僅かな光へ正々堂々と
向かえばいいのでしょう
それを,時代的には割と新しい仏教では光明というらしいです。
いろんな方法で一生懸命に求道すればいいだけです
それには現代人には少し
自由な時間がいりますが
旅費以外はお金はいりませんので
どこでも出来ます
この写真は
雨に包まれ
海に包まれた神社と先人の祈りを
含んだ海の裏側です
ファインダーは見て押してないから
自分でも見ていて飽きません
記憶にない瞬間を記録した訳です
全然意味がわかりませんね。
では
そんな訳で
そうとうおかしいので
来週は高野山から伊賀甲賀へお祈りにいきます
拝