自然に添うだけ
残念ながら
四角い頭の文部科学省に畜養された
学校というフィッシュポンドでは教えられない
自然という言葉も,明治政府が偽造した言葉である
自然と銘打ち,都合良く線を引いた
政治やと不動産や開発者の団子兄弟が望んだ
反地球の町になった訳だ
頭で考えるのは意味がない
学者や大人は頭で考えろ!とせきたてるが
実はそうじゃない
行動も
口をついて生まれた言葉も
本当は胸の辺りから
自然発生したものでないといけない
政治家やはやりの企業家の得意な
空っぽのお話しは「口からでまかせ」となる
時間が必要だった
自問する時間も
ゆっくりじっとその自然を見る時間も
この暮らしでは蚊帳の外
人間様はこの地球のリズムと怖さを破壊し
逆転させてきた訳だが
結局は俺たちはこの地球に属している
のだと知らなくてはいけない
地球を物質的に豊かになったふりをした人間のリズムに
強制執行してきた現代
その美しい自然をみるには,遠くへいかなくてはいけなかった
その昔、ミクロネシアのフリースクールの校長浜野安広さんに
繋いでいただいた、親元を離れた大自然と大海の満ちた、パラオとサイパンでの
日々があり今がある
その3日だけのホームステーから33年間
今だその時間と家族との交流があり
今がある
限度の知らない地球の強さと
その美しさの中で
感じえた時間
実際にヤシの実を鉈をふるって飲んだ味
幼い頃の体験と記憶が今も何かと繋がっている事を
憶い起こす
群れで固まるのでなく
独りの時間をたくさんすごし
心のおもむく方向へ
独りで判断し
飯を食って寝る
また明日になれば
太陽が一面を照らし
波が風がうねりを運ぶ
じっと観る事
24でオーストラリアへのチケットだけで
あてもなくカメラと、ひとり旅へ出てみた
32でチケットだけで想像もできない波の中へ
あてもなくカメラと、ひとりと旅へ出てみた
ずっと時間に人間の思惑に縛られない
海の旅をしてきてコレが撮れた
教わる物でも
教える物でもない
想像は想像を超えられない
ちっぽけな頭
学者がいう
波なんて物が
本当はなかったように・・・・・
真実は自分で見てくるしかない