円運動
循環無端の哲理
古来という言葉の以前から
四季のうつろいの
循環に流れ則しながら
いきてきた生物
何も邪魔をせず
地球を破壊する事無く
それぞれの思いのまま
ながら生き
いにしえの人々は
日本に限らず
万物はその満ちるエネルギーと一体であり
その力に畏怖に
自然に溶け合い
心根で理解して来た地球人
海や山を慈しみ
アイヌのイオマンテの儀式のように
命を奪った動物達の御霊を鎮め
祈るのは、ごく普通だった時代
その摂理を悟ることこそ
人間が地球に配置されたごく
シンプルな事
するとごく
当然の行いが他人にも
自分にも正しく流れて行く
それが道義の心であり
真理である
正しいという基準そのもが
蚊帳の外
宗教でもない
輸入された仏達より昔から行われて来た事でいい
人の容姿に似せた神や仏も
これだけ祈れば、何かしらは宿るのだろうが
すがることで勇気と自己暗示のお護りはもらえるが
海原で独り
大波を眼の前に
最後のひとかきはじぶんしかない
仏教のぶったが伝えたかったこと
ビルの谷間じゃぶったさんも
良い瞑想やアイデアは浮かびません
あの自然という言葉も無い
世界の海が美しかった
青い海の時代がよかった
テレビもスマフォもない
正しい時間と空間が必要だが・・・
いらないものばかりの
身の回りを捨てて
裸で海へ行くこと
が近道かもしれない
その道は延々と
一人一人の中にすでにある訳だから
自らをよく観て
宇宙の波動と呼吸に
流れてみること