ゲート
池大明神
鳥居があり神社であるが
この磐座のこの地は
おそらくゲートであり
ごく自然に古来の人々の、地球への信仰心が濃かった時間
言葉の向こうにある何かを感じたから作ったのだろう
そう思わざるえない不思議な場所だった
帰り道の案内板を信じておりると
そこは道なき「賽の河原」
濁流で散乱した木の根や流木がいたる木々に
ひっかかる
このすぐ下の龍の瀧を破壊した、砂防ダムのおかげで水が0じゃないか
人工の川だ
水はどこへ流しているのか?
八匹の龍の統括は水神の長、水天様であり
さらには不動明王化身は?利伽羅龍王、大黒龍王であるから
お不動様も瀧の近くには祀られている訳だ
法華経などでは、仏法護持の龍神であり
雨や豊穣、一説では疫病をも、もたらす水神
ご神体は役の行者,ここも神仏習合である
この杖を持ち,高下駄をはいたじい様「役の行者・役の小角・役の優婆塞」
は、仏教、道教、陰陽道、神仙思想、密教を修行したじいさまで
簡単に言えば、魔法使いでありヒーラーであり、地球の実践者であるから
忍や修験者が放っておく訳がない
いわば行をつんだ実践者であり、験力使いの家元である。
自然にお不動様と一緒に祀られている場合がおおい
僕は海で山で、この人,役の行者と,龍神の真言と印を唱える
それだけ,海は恐ろしく
誰もいない遥か沖の波へ行く時点で、死は現実味を増し
地に足が着く海岸に帰れる確率は誰にもわからないのだから
目に見えない力でお助けください!と
つまり他人の家に上がり込むのだから
今のような雨合羽や「アウトドア」メーカーの道具が無い時代
忍達や地球の体内で修行をしてきた人々の気持ちが
僅かながらもよくわかる
そんな感覚がいつの日からか携わった?
持たされたのか?
海のひとり旅はごくごくあたりまえのように
その関係上、どうしても祈る行為を、ことさら深い意義を知らせてくれる
誰か一人を、生きている人間を絶対神としなくてはいけない
一神教の宗教を越えた部分
様々な宗教とは線をずらした部分の
地球に人間様が現れたころのあるべき姿と関わり
地球と生き物達への尊重と、「尊ぶ」心をおもいだし
電気仕掛けの国の理屈やへ理屈のゴミや
えばりんぼうの人間の傲慢さを捨てに
洗いに海に行く訳だから
修験者が山で死んで生まれ変わるという時間と
まったく同じだと知る
彼らは自分を山伏と言う
僕は自分で海伏と言う
だからここ最近は,日本の山河や信仰を読んでみたいと旅しています
ファインダーも見ないで押す
1枚の奇跡な写真を頂いて
ビルの木々の都会の人々の屋内にかざり
幾ばくかの海や水や地球への記憶を呼び覚ます
海のゲートを創らせて頂いているのかもしれません
海はいつでも待っています
お好きなときに
行きたい時に
ジャボン!としてください
特に
政治や先生へ
ぜひ裸で海へ!
ご案内いたします。
海は無理に名刺をくばったり
テレビや町会の餅つきを強制したりもしません
名刺とカメラを置いてぜひ!
嘘のない世界だから
嘘つく必要もありありません
たしかに、誰かが書いた心にも無い言葉はお忘れになりますが
自らが体験した、心にしみ込んだ想いは、忘れませんから
なんだかどこかで瀧音がするから
いってみよう


