京都 臨済宗 興聖寺 曽我蕭白、織部さんご家族の眠る地
興聖寺で3/30~5/6まで京都観光局と 春の特別公開をするそうです。
和尚さんのご好意で、数日間、ここは普段は非公開の織部の茶室で、展示をさせていただくことに
織部3畳の茶室は独特な雰囲気で、うまく言えませんがどこかの次元とつながっている様な。
織部さんは1651年家康に、島津や連歌師と家康暗殺や京都に火を放つと、嫌疑をかけられ
切腹の命令に
一切の申し開きなし
と72歳の織部さんは6/11
長男重嗣さん37歳と差し違え自刃
次男重尚さん35歳、三男重広さん28歳も江戸で切腹6/13
五男重久さん25歳 豊臣秀忠家臣として大阪城の戦いで討死5/7
秀頼家臣 四男重行さん27歳は長男の子供や自分の子供たち家族の未来を
興聖寺の住職に託し、墓の前で自刃 6/24
残された仙さんと、女兄弟や子供たちが、彼ら亡き後このお寺で供養を
されていたと思うと・・・
また幼くしてお子さんを亡くし、俺が死んだら一緒の墓に入れてくれと言った
江戸時代の画家 曽我蕭白さんのご家族のお墓も裏の墓地に
ぜひお参りください。
京都の宮司で絵描きで、学者でもあった
富岡鉄斎さんの字で彫られた墓石もあります
蕭白さんの生き様や絵に、西行に憧れる様に思いを馳せたのでしょう
12mの青波の襖は5/6まで特別公開されていますが、茶室はこの4日だけです。
桜舞う平和な世に彼ら命を賭して今も残る光陰。
青い波が幾ばくかでも彼らの安寧の海となり漂うことを願います。
僕たちはやがて死にますが、ふすまの波や海は残ります。
未来の人が昔の海は青かった?と言われない様にしないと行けませんが
誰のもでもない母なる大地に値段をつけ、所有しあい、悠久の景色の破壊を繰り返す地球人
数百年前の景色や人々の清廉な心が絶滅しかける日本