STAFF : Uncategorized

寒天

天草が干してあった。
よく水洗いし、甲殻類やゴミを手で一つ一つ取って干す。
お酢を数滴、ことこと煮て布巾で濾して、冷やせば100%天草の寒天。
黒蜜をかければほっぺたがおちる。
磯のごちそうだ。
20120517_9999_35.JPG
20120517_9999_34.JPG

旅情

写真を飾って頂いている、伊豆稲取ホテル浜の湯さんへ列車で向かった。
うねるコンクリートの海岸線と、緑の崖にそいながら、列車は幾つものトンネルをぬけた。
よくもまあこんな場所に線路を通したものだ。
山の中である。
海の上である。
戦時中鉄道隊だった祖父から、象を使いながらのビルマの山の工事の困難さを聞かされた。
汽車で最前線の奥地へ笑顔で向かう兵隊達が戻れないことを思うと、胸がつまる思いだったと言っていた。
彼らが、命を繋ごうにもつなげない異国の地で揺られた路線と、今の平和な路線での旅情は全く異なったであろう。
同じなのは勝手な人為の都合である2本のレール。
河川を固め、森で生きる木々や動物達の領域を分断した。
車窓の外はずらした時間の様だと思った。
ニューギニアを始め南洋の島で、ケミカルな洗剤や石鹸が日々川から流れている。
川で洗濯をし、水浴びをする、昔のままの彼らの生活にうまく溶け混んだわけだ。
10年に渡り通った離島さえ、海が濁る日があり、貝や魚が減った様に感じた。
間違いを犯してきた,我々「文明人」が過去の教訓から学び、島の人々へ教えられる事が
たくさんあると思のだが、その「文明人」達は地球から心が離れてしまいつつあるから、
言葉が詰まるのは、政治家先生達だけではない。
身近な山河へわけ入るべきなのだろう。
皮肉な事に電気と鉄のレールが気づかせてくれたわけだ。
20120517_9999_7Ina.JPG
20120517_9999_14ina.JPG

地球の言葉

私達は知っている。
地球は人間に属するもではないことを。
人間が地球に属しているのだ。
全てのものは、私達を一つの家族として結ぶ血のようにつながっている。
地球に降りかかる全ての出来事は,地球の子供達でである私達に降りかかるのだ。
生命の布を作り続けてきたのは人間ではない。
人はその中に存在していただけなのだ。
人間の地球に対する行為は、自分自身に対して行うことと等しいのだ。
ネイティブ アメリカン 酋長シアトル 19世紀中頃
This we know the earth dosn’t belongg to man, man belongs to the earth.
All things are connected like the blood which unites one family.
Whatever befalls the earth befalls the sond of the earth.
man did not weave the web of life, he is merely a strand in it.
Whatever he does to the web, he does to himself.
Native american Chief Seattle mid 19th century
IMG_7053.JPG

Eddie Woul’d go

Eddie Woul’d go(エディならいったさ)
ハワイライフガードでもあるエディー。

伝統航海船ホクレア号がハワイ沖で難破し、サーフボードで独り荒波へ救援に向かったまま、帰らなかったEddie Aikau
そんな彼の,生き様と勇気を讃える、ワイメアでの物語
独り漂う海原で勇気をもらった


Fj6.JPG

トランジット

92年頃からネガを詰めて撮っていた。
当時オーストラリア〜バリはトランジットで乗り降りが可能だった。
そこで海のそばの骨董屋へ、オーストラリアからの帰りに幾度となく足を運なんでいた。
そのおやじさんがその都度食事やお寺へ誘って頂いた。
独り旅をしていると、こうした時間が無性にうれしかった。
なにより外国の人の暮らしを見れる事が楽しかった。
目玉をくるくるさせ、海を覗くのとかわらないのだ。
知らない事だらけの、地球や海や人々の事。
でも共通する事だけは変わらないはずだ。
U8.jpg
B6.JPG

1995

Bali 1995
空港とは真反対に位置する、昔の首都シガラジャ
この頃よく立ち寄った骨董店のおやじさんの田舎へ
車でお寺を周りながらつれていってもらった
どこか懐かしい,ゆったりと時間に戻れる
B2.jpg

チャンプアン バリ

何を見ても新鮮で、わくわくした。

心地よい川の流れの音に包まれた渓谷で。
17年前の景色と兄弟。
カメラに慣れすぎると写真が上手くなりすぎてしまう。
旅をしていた頃が懐かしくも、新鮮に思えたりする。
記憶は時間を返すものかもしれない。


U2.jpg
U3.jpg

Ubud

1995年頃のバリ島のウブド。

森と渓谷に囲まれ、芸術家の多く住むこの場所が好きだった。
なんともいえない不思議な場に惹かれ、オーストラリアへの行きがてら
年に数回訪れていた。
観光バスもこないまだ静かな村の時代。
ubud1.jpg

ボール

水にも空にも色はついていない。
子供の頃手ですくった海の水を、見ているように。
この地球は不思議と極限のない美しさがつまったボールだ。
地球が丸いように、波とよぶ島に寄せる波動も、水の中では丸くなる。
厳しくもどこか優しさに溢れた青い雲。
空の雲も宇宙から見れば、海の中とは逆にしたお椀の様に丸く地球を包んでいる。
全ては海を境に青く丸いボールになるわけだ。
体を包んでくれるのは空間と水間しかないように、H2oの構造しかり。
水と空気は常に一つである。
血液の成分が海とよく似ている事など、人はこの海であり海の子供なのだ。
命の風の道を唱ったナバホ族の祈りの歌を、20年前オーストラリアの本棚に見つけた。
北山耕平氏と彼らがうたい伝えてきた言葉は、言い表す事が出来なかったが、まっすぐに
心に響き、知っていた記憶を憶いださせてくれた。
その人達に生命をあたえたものは風
今 私達の口をついて出てくるのも風
風がくれた生命
風が止む時私達は死ぬ
今でも指の皮の下に風の道が見える
私達の祖先が創られた時
風がどこに吹いていたのかを
それはいつでも教えてくれる
            ナバホ族に伝わる古い祈りの歌

表層

表層しか知らないでいた。
波という言葉は、あたかも一つの「物」のように単一で、物質的な物言いだ。
明治政府が西洋化をおしすすめ、仏像焼きながら作った造語「自然」しぜん。
本来は仏教用語「自然」じねんを、ネイチャーに利用しただけ。
と禅に深く関わる書道家大橋陽山氏から聞いた。
ジャンクな町と地球を都合よく線を引く為、つけた言葉だ。
実際に触れてみないとわからない。
実際にその場にいないとわからない。
いや、既に何が良くて、悪いのかを本当は皆理解できている。
もっと言えば「良い事」ではなく、「当たり前」の事を人は知っているはずだ。
太陽がいかに大切で、地に足がつく大地が大切なのかを知る様に。
教わる事でもないわけです。
笑い話だが核ってなんでしょう?
この地球に、宇宙にないものを人間が作ったのだから、分解など出来る訳が無い。
「除染」という「巧妙な」言葉ほど、「自然」と同じく欺瞞に満ちた言いまわしはない。
実際には丸い地球の川から海へ、海から山へ、よその國へいくだけ。
このやっかいものは、半永久的に地球や生命を傷つけながら動き回るだけのお話。
でも核は莫大なお金になるらしいから、好きな方が多いのですね。
どこかの企業やエコビジネスが言う「自然」こそ「不自然」だとわかる日がくればいい。
意識がその向こう側と繋がり、気づいた時に、町や海岸におちているゴミを拾っている。
地球を知った様な顔の科学者やメディアの、薄くて馬鹿なお話に耳を傾ける時間があれば
まづは「自然」しぜんへ行きましょう。
この地球をもっと好きになります。
そのうちきっと気づく日がきます。
雨のフィジーの離島の300m程沖
地球の海の崖の中で。
7.jpg
 fijiR.jpg

風は椰子の葉をさらさらと音を奏で
この静かな小さな孤島を包みながら、作為の無い色で染める。
僅かな時。僅かな今。
ここに来なければ知らないままでいたであろう。
この潮を含んだ冷たい風も、遥かかなたからここに来、様々な景色を見てきたのだ。
人も同じ時間を生きながら、本当の意味で生きている事を確認するため、
島から島へ旅をしているのかもしれない。
風の温度に地球の厳しさを知った。
フィジーの離島で
 2.jpg

海のご褒美

おばあと話をしていると、そこはさっき話をした人の家。
「茹でたてだからおいしいよ」と珊瑚礁に住む甲羅の固い丸いかにを頂いた。
流れと外敵から身を守る為か進化した形はすごく美しい。
まるでボールのようだ。何よりもこの甲羅の固い事。
歯が甲羅で滑ってとても噛み砕けず、珊瑚の石でたたいて食べた。
それは甘くおいしいかにだった。
足の折れていないかにを選んで手渡してくれた優しさ。
聞けば昨晩暗闇の海でつかまえたとの事。
しばし海がつまったご褒美をいただいた。
20120221_9999_222.JPG
20120221_9999_230.JPG
20120221_9999_226.JPG

亀の子

人が住む集落は海に平行に建ち並ぶ高床式。
目の前が珊瑚礁の海が一面に広がる。
ここで大きなグリングリンの波がくる。
窓にはガラスなどある訳が無く,風は家を駆け抜ける。
美しくも地球の強い暮らしの中で。
乾燥させたヤシの実は、火種にする。
日本では亀の子たわし。
海に帰ったような帰らない様な亀の子供。
20120221_9999_220.JPG
20120221_9999_217.JPG

サンタクロース

海辺の村の家々は皆高床式。
ヤシの葉がさされ、波音でうたた寝。
そんな時間がゆっくりとたゆたう。
笑い声の先には、サンタクロースの帽子をかぶり、マジックで体に刺青を書いた子供。
純粋な人々へ、うまいこと布教したキリスト様の影がここにも。

P4.JPG

P5.JPG

コンセントニンビー

入り江と砂州のある美しいヤコ村
全ての存在が正しい場所と時間でなりたっていた
貝殻や落ちたヤシの葉で遊ぶ子供達を見ていると
ごくごく自然な循環の中で生きる人々に多くを教わる
他から持ち込まれたジャンクな物も、足りない物もない完璧な世界
エアコンの効いた飛行機で乗り付けた我々へ
多くの学ぶべき事、思い返す事がこの国にある
進み過ぎた世界に、人の心は追いつけない事を知り
おばかなコンセントのはえた自ら人が作った物で
人の魂は縛られ締め付けれていく事に気づく
20120220_9999_89.JPG
20120220_9999_79.JPG

ねぐら

風通しの良すぎるバンガローがしばらくの寝床であり、機材置き場。
マラリアを持つ蚊から守るため、蚊帳に包まれ寝よとの事らしい。
海は目の前。
20120219_9999_95.JPG

山車Dashi

ニューギニアの首都ポートモレスビーから国内線で2時間、インドネシアとの国境に近い場所についた。
しばらく手で積み降ろしをされた荷物の山が山車の様なカートで出るのを待った。
おもおもいに山から自分の荷物を引きずり出す。
20120219_9999_68.JPG
20120219_9999_71.JPG

曲線

ごく自然にあるものは、曲線を選ぶ。

川は海へ向かい、海も途方もない時間で海岸線を満たした。
珊瑚礁の白波。
島が隆起と沈降をくりかえしながら、今の土台ができた。
海底のサンゴの岩盤が急に浅くなっている為、波が生まれている。
20120219_9999_44.JPG

20120219_9999_49.JPG

旅情

明け方ポートポレスビーについた。 

そこから国内線でインドネシアとの国境近くの村へ行く。 

カップの壊れ具合が、なんとも旅情を誘う。

 
p2.JPGP3.JPG

ニューギニアへ

首都ポートモレスビーから国内線で2時間程で、インドネシアの国境近くの海の村へ、極上の波とまだ見ぬ世界へ向かう。 

かの大戦でジャングルに海に呑まれ、本当は長く生きられた命を、国の大義名分で無理矢理若くして終わらせなければいけない状況に圧倒された人々がいた。
海ももちろんだが、今回はまづ祈らなければならない。 

ハワイも初め殆どの太平洋の島々ではこうした物語がある事実を、我々日本人は心の何処かにとめておかなければならない。 
純朴な美しい島を勝手に戦争に巻き込み、兵器も骨も置きっぱなしの状態があの戦争でもあり日本でもある。
PN1.JPG

一服

蚊を媒介とするマラリア原虫用。
前後もあわせ16粒毎日一つ飲み込む。

一粒900円の毒の玉。 
自ら一服もらねば生きられない地球の強い場所へ。 
ニューギニアもかの大戦で10万以上もの方々の命が消えてしまっている。 
泥縄式の作戦と、飢餓や病による死亡率は97〜98%だと言われている。 
今の政府や原発関係者の素晴らしいご報告は、欺瞞と自らの立場や体裁を維持したい大本営となにもかわっていない。 
こんな国にする為に若い命が失われたとは、思いたくはないのだが。
 
IMG_8790.JPG

外来種

新しく便利な物とは

今、私達日本人は、電気の車を始め、お金を獲る為に企業が編み出すジャンクな商品に毒されている。
たしかにフィジーで使われている石鹸は、界面活性剤の入った毒の石鹸かもしれないが
その反面、1本のシャワーから出るひねれば出る山の水があれば、これでいいのだ。
後先を考えない放射能も含め、これ以上地球の力だけじゃ分解出来ない物質を作るもんじゃない。
南洋の島々で彼らの暮らしをみていると、大事な事を憶いだす。
山のタロイモ畑から戻った親子と、水を浴び子供達。
昔と変わったと言えば、人々が服を来て、木の船がFRPになり、椰子の家がトタンになっただけだ。
キャプテンクックではないが、よく落ちる石鹸や洗濯洗剤は世界の南の島の最もジャンクな外来種。
20110611_9999_71.JPG

フィジーへ

村人はマットなどにつかう葉を海辺で乾燥させる。
簡単そうで実は、何度も天日に干してはしまう作業。
生活がどんなに便利になっても、家、船、服以外は数百年、数千年前と変わらぬ暮らし。
楽しく幸せに暮らすには、これ以上の過剰な便利は必要ないという事だ。
ここには多くの教えと、 地球に沿った本来の姿が生きている。
20110609_9999_134.JPG
20110609_9999_140.JPG

Makaha 2002

地図を助手席に広げマカハへ。
古き良きローカリズムが残る場所だと聞いていた。
たしかにノースとは異なりなんだか、穏やか。
古いピックアップトラックが風景と人の暮らしに溶け込んでいた。

 H49.jpg
H 8.jpg

2002ノースショア

ハワイの人々は本当に海に慣れている。
子供達はまずパイプライン横の、このププケアのビーチで練習する。
自分も同じくたくさんのことを、体で学ばなければならなかった
H43.jpg

青く一列に高速で巻き込む波。
畏れと美しさは表裏一体。
MK_096.JPG

裸足で砂を感じ、大地と繋がる。
寄せては返す波は、彼らにその長い海の変わらぬ物語りを伝え
太陽は私達をここへ又たくさん戻ってくるよう、忘れがたい色で包む。
波と共に動き感応している子供達に比べ、大人になるとこうして、
地球だけで遊ぶ行為を忘れてしまう。
海辺に行けば憶いだす、たくさんの色がある。
どこへ向かうのかをそっと海は教えてくれる。

H47.jpgH46.jpgでっkおt
忘れがたい色で包み、

絵はがき

旅は独りで行くのがいい。
様々な困難や不安以上の喜びが必ず待っているものだ。
考え、迷っていれば、それは行け!というサイン。
2002年、防水ケースを作り、右も左も見えないまま、ノースショアへ泳ぎでた。
危険きわまりない波へ生身でいく恐ろしさに、生きるすべを全身全霊で感じとるように
なった。
今迄知っていた怖い思いの、「遥か彼方の怖い」がここにはあった。
だから、やがて古来から人々が行ってきた、ありのままの地球と太陽への、感謝と祈りへと自然になっていく。
どこかのおひげのおじさんや誰かを拝み倒すのではないのだ。
間違ったジャンクな東京にあのままいたら、見る事も、この水の動きも、味もわからずにいた。
もっと早くきたかったとよく思うが、今来たから、そう思えるのだ。
旅は連なる波の様に、人々を魅了し続ける。
積み重ねられていく、自身の絵はがきのようだもいえる。
旅へ出ただけ人は、この地球から大切な言葉や、知っていたはずの懐かしい香りを
憶い起こさせてくれる。
H2.jpg

優しさ

2002年の丁度今頃、ノースショアにいた。
独り車を海岸沿いに東に走らせた。
やがてなんとなく車を止め海岸へ出ると、丁寧に飾られた木が冷たい風に吹かれていた。
静かな寂しげなこの海岸で、人々の優しさの風にそっとなでられた。

H41.jpg

海殻

海岸の砂も、もとは珊瑚や貝殻やかにの甲羅からできている。
これだけの砂が出来る迄に、何億年もかかったのだ。
繰り返し満ちては引く波にころがり、互いがやすりのようにこすれ微細なかけらとなる。
そんな時代を超え海を知っているのが海岸なのだ。
人も海の殻の中に生きている。
H42.jpg

海光線

風音と波音。
唯一海に太古から響き続く歴史の音。
そして太陽。
歌声とギター音は人工的なのだが、不思議と人為的な感がしない。
作為や無理がなく、波乗りと同じく、限りなく道具がシンプルだからなのかもしれない。
もちろん歌い手の心が、そこにはなくてはいけないが・・・・
砂浜に残る人々の足跡を見ていると、足跡の数だけある、それぞれの
人生の旅路に思いを馳せる。
数ヶ月先の自分が、どこの海岸にいるのか不思議で楽しみだ。
海から戻り、またここに戻る。
人は海岸に何かを伝えに来ている・・・・
何かを知りたいと思っている・・・・
H30.jpg

角刈り

朝起きると、スパニッシュ系の見知らぬ短パンの角刈りが、

立ちながらヌードルを食べていた。
やがて彼は台所でうれしそうに2杯目を作っていた。 
泥棒とかではないようだが、誰だろう? 
相変わらず宿に誰が泊まっているのかわからない。 
泳げる波はないようで、誰もうみの中に泳いでいなかった。 
宿に戻ると角刈りは庭の掃除をしていた。 
なんだ宿のスタッフか・・・ 
バックパッカーとはこんな所。 
ちなみに波はパイプライン。
まるで壁の様な大波が岸から数十メートルで崩れている。
 
H230.jpg
ページの先頭へ戻る