STAFF : Uncategorized

Shichi men zan

古くは修験者の山として信仰された七面山。
深く険しい山の頂きに、日蓮聖人が祈りのお堂を作り
明日の朝天候の状況によっては、太陽が富士山の頂上から真直ぐに、本尊に祀られた七面大明神に射すようにあたるという。
その光は太陽の動きとともに、千葉の一宮の神社をかわきりに、七面山〜身延の久遠寺
〜出雲大社〜インドへ向かうと言われている。
神聖なる神秘を秘めた山の頂へ、約4時間をかけ目指した。
20120921_9999_1.JPG
20120921_9999_79.JPG
20120921_9999_73.JPG

keep conect

写真が暗いのは、太陽の光が何十トンという分厚い崩れた泡で影になるからだ。
空の太陽と同じ巨大な雲が海を覆う訳だ。
海の中だからこれは空気の雲。
空にあるのは海の雲。
地球から太陽を見るには2つ。
海の中からか、地上からか。

青い雲の下で生きる人々
蒼い空が空気がきれいな様に
水が透明でなくては蒼くは見えない
太陽を上から見る事は無い我々と魚達はまるで兄弟のようだ。

人間が生身で行けるぎりぎりの線を読みたかった。
迷わないように、光を探した。

I wana feel unknown line of in the surf .
I looking for the Light of life  when I keep contact to nature ,also myself too.

明日から山岳信仰の山、七面山へ登ります。

I will go shichimen zan which had spiritual enagy known from old people.

20090618_27.JPG

こうしてこの村を始めフィジーでは,村に商店が奇跡的にない。
だから毎日が狩猟と,収穫で終わると言っても過言ではない。
初めはこういうフィジーという異国の暮らしと、しか感じ得なかったが。
実はこの地球の全て暮らしで行われてきた行為であり,生きる術なのだと知った。
おばかなコンセントに囲まれた、軟弱な我々の様な日本人にも多くの教えと、叡智がある。
生きる力と,生きる術。
この地球と感応し生きている。
いや生かざるをえない。
それだけ地球は強いから。
地球にあるものから、銛や魚籠をつくり、海へ行く。
魚も大小さまざまな。これを家族で分けて食べる。
月に1度くる大潮の前後、獲物を捕るチャンスとばかり、村人は手に銛をもち、腰に釣り糸と針をぶらさげやってくる、それこそ、獲物と自然の潮の満ち引きに対応した準備。
みな服を来たまま泳ぎ,海を歩く。
島と島に珊瑚の岩の道が出来る。
そして11月のある日の1日、フィジーでババロウと呼ぶ,ゴカイの産卵がある。
岩の浅瀬に赤や黄色や緑の,細くて小さい海のゲジゲジが大量に現れる。
村人はカレンダーも無いのに、この日は必ず皆海にあつまり、いわば収穫祭。
不思議な事に多少の前後はあるものの、村人はこの日を当てる!
もちろんこれは、食べるわけだが。
生でヨシ、揚げてよしの、彼らの楽しみ。
おばちゃんにホレ!っと手をさしだされ、口へ入れてもらう
ぬるっと動くジュンサイのようだ。
昔からの地球に即した時間を彼らは示している。
我々文明というジャンクな電気の国から来た物達は、それを読みとらねばならない。
そして今,もう一度その生きる術を学ぶときなのだ。
雲が低く流れ,光が無くなると,彼らは海から山へ戻っていく。
20090606_2194.JPG
20090606_2186.JPG
IMG_0157.JPG

微細な一粒

学校の目の前は海
人工物のない世界は美しいにきまってる。
自然な音が心地いいにきまってる。
誰かが作為を持って作った音は、一日中聞いたら飽きるわけだ。
景色の中で唯一小舟が木から、FRPになった。
何も無いのではない、これがあるべき姿と本来の音。
村人も鳥も魚も、子供の時と変わらない景色の中を生きては死ぬ。
珊瑚はやがて砂になり、マンゴーの木はぐんぐん伸びていくだけだ。
そこに
その場で
必要な生命が密接に,生まれては、その時間を終えていく自然な姿がここにある
死もここでは大切な意味を保ちながら、風景を形どり未来を生きる
音も自然のものだけの摩擦で生まれる,真空なら音が無いのだか、ここ地球には
波動や振動を受けるべく,水と空気が満たされている。
風だってそうだ
足もとのこの砂も数億年の渡り、波に洗われ、珊瑚どうしが転がりながら出来たわけで
いわば人より昔の記憶を、波音を知っているわけだ。
20110605_9999_179.JPG

Blue Corner

Nagato Cost Line at Ymagchi ken in Japan.
This blue corner had Hibiki Nada and Nihon kai.
All natural scape .
Kai also UMI 
UMI is Ocean mean japanease
20120807_9999_1.JPG
20120806_9999_6.JPG

アウトドア

長い時を流れ自然に出来た姿は、見ていて飽きる事が無い。
人為により作られた写真も絵も、音楽も、この空間に存在する全てにはかなわない。
昔からそこに、ここにある世界に生きた岩や、木々を人の都合で破壊
してはいけないと、誰もが知っているはずだ。
そこに生きる全ての生き物達の心地よい暮らしを、浅はかな思いで
奪うべきではないことを、人は知っていたはずだ。
いつの日か、心が地球から離れた。
日本人が勝手に自然と呼び、住んだ町とを隔てた線を
アウトドアと呼んだおかしな線を、もう一度見直さなければいけない
taki2.JPG

Water1.JPG

伊豆の瀧へいった。

周囲を微細な水が、崩れ散る音と漂う
  20120825_9999_65.JPG

本州は山口のうみ
日本にも美しい浜が残っている
いつまでも みずがきれいで、いられる浜があるにはどうするべきか?
伊豆白浜や南紀白浜の砂はオーストラリア、ゴールドコーストの砂

20120806_9999_28.JPG

養殖ふぐ

島の子供達も日曜日になれば、近所のだれかの漁師の船で島へ渡る。
朝から日が暮れる迄、魚を釣り、潜って過ごす。
そんな子供達を大人達は、静かに浜で見守っていた。
捕った獲物は、宝物でおいしい料理となる。糸を垂らせばすぐに釣れる。
こんなくさふぐもその場でさばいて、刺身で食べる。
都会のふぐ屋で出される、海へホルマリンを撒いて、大事に育てた養殖の高級トラフグとは全てが違う。
カラフルな魚はベラの仲間。
関西から東では市場には出ないが、この地方では夏の白身のごちそうだ。
醤油とジャガイモとタマネギを鍋で煮てつつく。
これを「にぐい」と地元の人は呼ぶ。
とれた分で十分なわけだが、漁も田んぼもたがやさない我々は、
お好きな時間にクーラーの効いた車でスーパーに行くのだが、
これもやはり、地球との距離が生まれるのも無理はない。
我々とて妙に便利な町に飼われた、養殖もの。
南の島々と同じく、日本にもこうした事が出来る、美しい場と人がいるのだ。
20120805_9999_272.JPG
20120805_9999_220.JPG

その昔は目の前が海だったが、コンクリートの港ができ川岸が真直ぐなコンクリートに。
不思議な大岩に囲まれ海を望む神社も、目の前の景色にがっかり。
風が吹き、みなもがうごいた。
20120805_9999_154.JPG
20120805_9999_160.JPG

ガイド

太陽は父、大地は母と伝える、ネイティブアメリカンの話は、日本人にすんなり馴染む。
都会にいると太陽はじりじりとビルを焼く様な存在だが、ひとたびその向こうへいけば、
その存在のありがたさと、心地よさを知る。
海の中も太陽が無ければ命も育たず、むろん波も写せない。
光の反射と透過で全ては存在しているといっても過言でない。
以前熊野古道の、歴史ある宿のおやじさんが、熊野本宮に入る前(発心門王子)が
実は昔からの結界だから、門をくぐる前に、名を名乗り、父なる太陽、母なる大地に3度
祈ってから、入りなさいと教わった。
山河を始め、そこにあるもの、そこに生きたものへの、ごく自然な敬意と好奇心がこの国、
しいては地球を大切に守る事に、繋がっているのだ。
環境保護など壮大な広告の前に、まず自身の裏山へいけばいい。
浅い海の磯辺へ入ればいい。
学校や人に教わる事ではない。
実は既に知っている事を、憶いだせば自ずと気づく。
実践と体感が5感、6感を開くと信ずる。
しかしながら、おばかなテレビとコンセントに囲まれた今
そのドアの取っ手を知らせてくれる、ガイドは必要なのかもしれない。
まだひとりで海や川へ行けない幼い子供達の様に。
魚は生まれてすぐに泳げるが、人は人の手を借りねば生きられない。
20120805_9999_99.JPG

水の色

昔より汚れたとはいえ、湘南に比べたらここは別世界。
海の家とは無縁な地球の音しかない場所。
磯やけ海草が少なくなったが、まだまだ魚もたくさんいる。
深くなるにつれ、海底の色も白から、目では見えない濃紺の淵へ向かう。
子供の頃、これ以上沖へでないようにした。
水色とはうまく言ったものだ。
20120805_9999_328.JPG
20120805_9999_194.JPG

青龍

昔この地の沼に住んでいた龍が地震で死に。
村人が弔い、祀られ祈られてきた揺るぎない事実と時間がここに生きているようだ。
明け方の誰もいない不思議な森。
宿の裏山の森の中にこの神社はある。
20120805_9999_116.JPG
20120805_9999_113.JPG
20120805_9999_61.JPG

岩の中

昔に比べ水は汚れていたが、それでも岩場に寄せてはかえす波動も、水も生きている。

20120804_9999_63.JPG

島へ

この島には今から37年前から毎年来ていた。
漁協の渡しで、朝から夕方迄、一日中水の中にいた。
25年程きていなかったが、数年前からこの島へ来れるようになった。
この小さな船は、この漁村で知り合った兄さんが、おやじさんから譲り受けた船だ。
たくさんの思い出と、優しさで近所の子供達も運んでくれたんだと、語っていた。
こんなにきれいな海が日本にあるのか?と驚き。
幼いながら海で生きようと思ったいわば原点。
ここで素潜りをしていなかったら今はないだろう。
兄さんのおやじさんと同じく、家族に感謝をしなくてはいけない。
ガイドとなる人がいなければ、子供達は海へ、海の中へは行かれないのだから。
20120804_9999_48.JPG

島へ

漁村で数年前知り合った、兄さんに島へ運んでもらう。

亡くなったおやじも、俺らやここいらの子供達を、島へ連れて行ってくれたんだ。
と話していた。
その時のままの船と
その時のままの島へ
受け継がれている、時間をいただいた。
20120804_9999_20.JPG

人間の目では見えない色 

カメラで写したものとの差は、目は色を瞬時に補正する為

目にはものすごい機能があるが
写真は正直な色を写し出す 
闇だと思われた世界も、実は海中と変わらぬ青い空間が宇宙へ続く
光が足りない為に反射がなく、青く見えないだけなのだ
岬の龍宮神社の森と月

 
20120726_9999_48.JPG

船出

夕暮れ沖へ1艘の漁船が出て行った

どこか海へ独り泳ぎ出す、自分とかさねた
伊豆稲取の磯で
20120726_9999_30.JPG

化石の川

水が自ら選んだ道。
道は白い珊瑚の化石の岩を流れる。
川の水も山からしみ出した、過去の記憶を持った水。
幾つもの瀧を超えて森の奥へ向かった。
20120222_9999_89.JPG

伝承

ジャングルの音のする場所には、一軒の小屋があった。
一目で丁寧な仕事だと感じる、職人のおじいさんがヤシの葉を編んでいた。
この地の風土と暮らしに欠かせなない、雨を凌ぎ適度な風を通す屋根だ。
先祖から伝承された彼らが森と海と生きる術。
マラリアの蚊など彼らには関係ないようだ。
20120222_9999_59.JPG
20120222_9999_62.JPG

海から川をさかのぼる。
電子音のような羽をふるわす小さなセミ
幾重にも重なる木々からの木漏れ日に
海とは明らかに違う空気を感じた。
20120222_9999_65.JPG

沿う

瀧へ向かう渓谷で、水に濡れた親子に連れ違う。
地球にある素材で、全てを作り、その日の糧をえる。
地球にある素材を石油と混ぜこぜ、色をつけて編み出し消費する我々。
魚籠やヤスはそのまま土へ帰るが、
水中銃やサーフボードは2度と還る事は無い。
自然と言う言葉も必要ない、地球に沿って生きる彼らから教え。
20120222_9999_71.JPG
20120222_9999_70.JPG

渓谷

ヒマラヤの岩塩と同じく、渓流は数億年前は海の底だった。
BLUE誌ニューギニアの文章で書ききれなかったので、書き足して行く。
大昔、島が隆起し山から流れる水が、流れるままに水の道をつくった。
珊瑚と石灰の鋭い岩肌もものともせず、彼らは裸足で歩いている。
海の歴史から、海の香りから、我々は離れる事は出来ない。
20120222_9999_151.JPG

教え

この数年で村々にも、FRPの小舟が増えてきた。
エンジンはヤマハ。
島の国では道路は未整備なため、船が主な交通手段。
病院や商店、小さな空港迄は1時間程、海原を全速で走る。
途絶と迄はいかないが、南の果ての小さなこの地に、彼らは暮らしてきた。
山から引いた水と、毎日この山で農業をし、魚を穫る。
外部から短い期間だけ来たものには、わからない強い地球と生きる事。
ここフィジーにも昔から続く、多くの教えが残っている。
20090606_2035.JPG

恥を知れ

今だ見た事も無い景色が、いつまでも続く。
地球は人に、その美しい時間を見せながら、人がこの地球を大切に思え
、敬う心を忘れないように生きてきたはずだ。
この地球の中にあるものから、飛行機やカメラををつくり、魚や動物の命を終わらせ生きているのが人。
ジャンクなメディアの情報や、電気仕掛けの車やPCなんて、この場所ではなんの役にも立たない。
強い地球の生きる力に添いながら生きる時間、がどんなに大切な事か。
2枚の舌で言葉を上手に使う政治家先生方も、この海風の吹き付けるこの海へ、一本のオールで出てみればいい。
恥ずかしさに慣れ過ぎた先生方へ
IMG_6907.JPG

2003 Hawaii

ギターと歌を海へ伝える人
砂浜に残る足跡を残した人々
時間が流れながらも、そこにとどまり
続ける時間がある

普遍的で審美な海辺に人がいつでも戻るよう
地球は波音で語り続ける
4j.JPG

North Shore

2002年の冬
海から戻り、宿の目の前の海岸を散歩した
波に消されてはつくられる足跡と、子供達の笑い声がいつまでも記憶に残った
3J.JPG

North Shore

まだ今の様な波を撮れていなかった2003年頃。
毎日海の中を泳ぎ、夕暮れを海岸で迎えた。
金色に輝く景色に誰もが、同じ時間忘れ得ぬ時を刻んだ。
2J.JPG

LONGINES 創業180年記念 

今年でスイスの時計ブランド ロンジン社が180周年を迎え、そのフォトコンテストの審査員を昨年に続き、おおせつかりました。
時の実感というテーマにあたり
あるがままの地球の海辺に、自然と集まる人々を個人的に3枚プリントしました。
2003年のハワイ諸島オアフ。
冬の時期だけ、パイプラインと呼ぶ巨大なうねりが生まれる場所。
それぞれのおもいと、それぞれの夕暮れの海岸で。
1.JPG

辺野古とジュゴン 毎日新聞6/24

沖縄は未だアメリカと日本政府に占領され続けている。

5年間で延べ189日の空からの調査で、ジュゴンは推定、3頭しかいないと書かれていた。 
アメリカが1966年から計画していた辺野古基地。 
辺野古に基地を作る為には、破壊と埋め立てを東京ドーム36個分も行う。 
何億年もかけて出来た広大な珊瑚礁や、魚をも全て生き埋めにしようとしている。 
その埋め立ての土砂は、実は集落近くの森と水源地の山から。 
国と防衛局のお抱え学者先生が昨年末に作成し、 ジュゴンの影響は「ほとんど」ない
と書いた、環境アセスメントは素晴らしい。
竹富島や、新島ではないが、「公共事業が雇用に必要だから」という理由、防衛局の「調査船」という名目で船をだせば、小舟で5万か大型で8万円を漁師へ手渡すといった、工作も実施。  
子供の目にも明らかな、不誠実な嘘は長持ちはしない事がわかっていても、やめないのが日本の大人達。 
やはりここにも、大本営ばりの欺瞞が漂う。

7/10 BLUE

全ての教えはこの地球にある
          ネイティブアメリカン 
Blue誌に杏橋幹彦の写真と文章が掲載されます。
7/10発売 出版社ネコパブリッシング
20120621_9999_2.JPG

旅へ出るわけ

文を書かかせて頂く事は

その旅をさらに深く知る事
僅かな人生で幾度、蒼い波に包まれたとしても
地球の時間からみれば、ほんの一瞬なのだろう
で、書く為に旅へでたとも、旅へ出たから書けたのか?
1コマ1コマが写真のように続く今も
過去と未来の狭間なのだろう
高速で動く波動が波
写真に止めておかないと、見えないわけだが
はなから透明な波動を撮るにはどうしてるのか?
未だ不思議の連続に生かされている
612jpeg0506.JPG

アンジェロ マンジェロ氏

イタリアの建築家アンジェロマンジェロ氏のイベントがイタリア文化会館で開催。
幼い頃から知っているご近所の知人は、昔マンジェロ氏のイタリアの建築事務所にいた関係でお誘いいただいた。その後彼は清家清氏の事務所の後に独立。
知らない間に旅をしていたのだった。
そんな多くの日本のお弟子さんと、マンジェロ氏のお人柄と、哲学がひしひしと伝わる時間だった。
「日本は最新のテクノロジーは進歩したが、400年前の素晴らしい建築技術や職人の伝統芸の多くはもう作れない」と憂いていた話は印象的だった。
「素材を生かした心ある物、長く伝わる心地よく、美しい物を創らなければいけない」という哲学は彼が、必ず言う口癖 セビーチェ「素晴らしい!」。と同じ。
正しい道へ行く為に、正しいデザインを探求したマンジェロ氏に敬服。
写真はニューギニアの昔のままの海岸。
なんだか海で泳ぐ自身の哲学と通じる道が続いていた。
20120221_9999.JPG

忘れぬように

ビルも消波ブロックもなにもない景色に
太陽が山の向こうへ消えていく
夜をむかえる静かな海で、光のケルビームに包まれた
魚達も珊瑚も毎日見ているんだと思うと、人間の見れる景色など
人生で僅かな時間に過ぎないのだ
旅へでないと、見れなくなった世界を
旅へでないと、感じえなくなった闇を
過剰な便利に住む我々は、忘れてはいけない
忘れる時間だけ、心が美しいものから離れてしまう
人間がつくりだした物ではない、かざらない美しい時間の中で
人は感応しなくてはいけない
静かな闇を楽しまなくてはいけない
7.jpg

人を知らない海

2005年サモア諸島 

ハワイからアメリカンサモアへ 南下する事5時間
 一泊し飛行機で隣のウポル島へ行き車で数時間もかかる、
正味丸3日もかかる、遠過ぎる原始の島
日本では考えられないが
ここへは2時間程機材と、道の無い溶岩の海岸を歩き、途中泳いで行く
ポイントも岸からさらに遠く、泳いで30分はかかった岬の横
フィルムを森の茂みに隠し、つめ替えては泳いだ
勿論帰りも歩かなければ戻れない
しかし高速で回転する波が緑の森を巻き込む
厳しくも美しい人を知らない海 


samao.jpg

この山には龍宮神社がある。
地球にしかない音を聞きながら
20120517_9999_120.JPG
20120517_9999_107.JPG

八幡宮

時間があれば出来るだけここと龍宮神社へ詣でる。

詣でるとは大げさだが、海の人だから、ことさら地球と海の神様へ感謝する。
その昔は江戸の商人達からも崇められ、瓦が当時をかたっていた。
巨大な松がうねり、鳥居が幾重にも結界を作る。
20120517_9999_40.JPG
20120517_9999_49.JPG
20120517_9999_70.JPG
ページの先頭へ戻る