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taki

カネオヘの友人宅から瀧へ向かった
雨林に自然の蘭がさいていた
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jyugoya

その昔は今より涼しいから、より秋を感じたのだろう
平安から続く月見の信仰
豊穣の感謝であり、月に様々な供物を捧げた時間は東京では
人間が自ら作った高いビルに、時代に、慌ただしさに、
今では風前のともしび
月だけが観てきた先祖達の祈りのと感応力の高さ
40年前の幼い頃祖母と団子を作り、虫の声の中、すすきを飾り
夜も深く静かだった
フィジーの村でも老婆に昔は月や太陽を崇める風習があったと聞いた
羽黒山の修験者星野さんも、太陽暦になるまえは月の暦で生活されていたと聞いた
エネルギーと野生に満ちたままの太陽と月
なぜなら、人がいないから、破壊されずにそのままの姿で映しあう
波が満ちては引くように
彼方からの波動がきっとあるのだろう


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Photo

戦争写真家キャパが言った
「被写体に寄らなければ、本当のものは写らない」
そんな言場がに残り続けていた
波の波の中へ身を投げ出し、すっとその中へ入るよう
その人に会いに行く事は互いの呼吸なのだから
Alohaとはよく言ったものだ

これが写真の醍醐味だ!


Should be close to the everything when you wana get leal
I remain said Capa 
I try into the surf glove a 20mm lenzu with tripper
Look like a Aloha had mean 
breath to breath , face to face at  a man

If dichide you , you not lost your road
no worry they waite  you with the Light 
Photograh had emotion  also our life

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証 akashi

氷川神社でただ一人の頭領
まなざしに、雰囲気に
この場に
この人でなくてはと配置され
選ばれて生きてきた証
This is Hikawa Shurein mature(Few days did at Autumun for 1year that mean was thanks Nature 
God and Lice pady etc)
He cole us Touryou ,(mean is Capenter boss also Gareden master)
His eye
His Life
Not eny ather man
Nature god choosen only him the day.
 
Our ancestor expressed  next generation  since about 1,300 years ago 
The Place had Long history.
Also we alive.
AlsoIt has believed.
Earth the alive.
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今から12年前

時間と命の使い方を、ゾンザイにしていた事に気がつく
町のきな臭いきな粉にまぶされ
海へも機材を背負い潜り、車で乗りつけシャワーを浴び
きびすを返すように立ち去るそんな行為が
やがて海辺の景色と空間と僅かにずれて生きている感じがしていた
ダイバーは酸素ボンベが欲しいから、人の予定や都合で
決められた時間に潜っては
パチリ!
ある日を境に、海や魚に悪い事をしたと、恥ずかしく思った
だから苦しく、難しい修行を海で裸ですべきだと思い立ち今に至る
波を泳ぐ先生がいないから、魚から波の動きを教わった
水面を隔てた世界は、あきらかに別な世界だと知る
よく見る事
よく観る事
よく感じる事
今の自分の力を知る事
限界の少し向こうへ行っては戻る
サメが来たら向かって行く
どんな大波の闇に引きずり込まれても、ボードも浮き輪もないから
自力でしのぐしかないのだから、そのギリギリの境を知りつくしたかった
生きたいのか?死にたいのか?
なんてわかりやすい素晴らしい世界
やがてそれは心の領域へ向かう時間
人は常に境を探し,境の向こうへ行く為に生きている
行く末はサーファーもクライマーも
この限度のない美しさと怖さの地球へ祈るものだ
日々祈りのため海へ山へ行く人々を尊敬する
この地球へ
言葉に心をのせて伝えよう
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移民

サトウキビ畑はこの地を開墾し、苦労を重ねた日本人の残したもの
カラカウア大王が,アメリカの属国になることを危惧し
明治天皇と日本に助けを求めた結果、農業の技術支援と移民制度の柔軟さを
もって今に至る
ハワイには日本語の出来ない日本人が多いのもそのせいだ
やがてアメリカ51州めに組み込まれた事で
真珠湾に軍港が出来事態は変わって行く
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ずれ

雨が上がった
ケヌイロードと呼ばれる国道と海を平行する道
一見田舎道だが,見えないから車の盗難や事件も多い
そこがハワイの問題
ドラッグ、仕事やる気なし、小学生から学校には精神ケアの専門先生がいるなど
アメリカ文明を身勝手に持ち込んだあげく,自給自足の緩やかな文化とのずれが
南の島の問題がここにある
この一見今の我々が「イカス」と見るトラックも
大陸から持ち込まれた外来種なのだ
フィジー?サモア?はと言えば
イギリスが占拠しインド人達をサトウキビの労働と,カリストおじさんを連れてきたまま
なげっぱなし。
サモアは、アメリカンサモアと、元々のサモアが島を並べながらも線を引かれ
かたやコーラでアーメン、かたや自給自足でファレと呼ぶ高床式の暮らし
ネイティブアメリカンやカナディアンを追いやったように
物質力がある者が領土と資源が欲しいのは今も同じ
地球と呼応し育まれた,彼らの領域や海や山を壊してきたのが開発
ワイキキがその良い例だ
日本とて太平洋の島々や大陸で、弾も武器も骨も置きっぱなし
まだ海外旅行もない時代
国の存亡を信じ込み
真珠湾でなくなった
若いパイロット54人,特殊潜航艇9人の気高い精神性は忘れてはいけない
彼らは国の大義とユダヤのしかけと戦った訳だ
このパイプラインの空からオアフの陸地に初めて入り
空からこの美しい景色を72年前彼らも見ていた
こうして今同じ日本人がこの地で,お気楽にいる事を
彼らの魂にはどう写っているのだろう?
海で溺れるとそのずれてしまっている自分にハッとする
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バックドア

左がバックドア
右がパイプライン
海底は珊瑚の岩と砂の浅い海
波の厚さがあるという事は、水の量も何トンにもなる
幾度と飲まれ海底を転がされた,怖い海
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告白

泳ぐ前に礼をする

セージを炊く
太陽ワカンタンカへ祈り(ネイティブホピ族が言う太陽)
その場を祈る
ラジオ体操もわすれない
恥ずかしいなんていってられない
それもこれも
恐怖の暗闇に引きずり込まれ
溺れ流されぐちゃぐちゃにされ
意識がずれて三途の川へ行きかけたから
以来いくつかの言葉と
海への感謝と無事に戻れるように印を結ぶようになった
基本は不動明王、龍、なによりその昔、忍びが崇拝した摩利支天と忍者先生
行かなくてはわからないから行く訳だが
体1つは常に怖いから、災難から敵(サメ?)から見えないようにしてもらう
いわば暗示とお護り
海は嘘がない世界
ずれがない世界
大きな海はそこにあるだけ
そこでどうなろうが,地球も自然も作為も意図もない
やましい気持ちは捨てなくてはいけない
人間が所詮小さい訳だから
無理な世界へ足を踏み入れた事実を知り
体が冷える前には、足がつく海岸へ戻らなくてはいけない
自分の撒いた種は自分でかりとる
とにかく頑張って泳ぐ
死の線を泳ぐ意味
カメラの事なんてよくわからないから、質問されても知りません
実はカメラマンじゃないのです
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雨風

ざっくりえぐられた砂浜から砂丘を降りるように波打ち際へ向かった
海岸からわずか15mほどで5ftの波は白く一列に爆発していた
山の位置を確認しながら、きつい潮流に逆いながら泳いでぐも
どうしても大波の中に引き込まれる
その上海面はミズスマシのように動き回るサーファーでぎゅうぎゅうだ
15分でサーファーにうもれ、水も濁っていたので撮影をやめた
足の立つ浅瀬まで数百メートル横に流された
こうしたとき、まっすぐ岸へは戻れないから
必ず流れながら斜めに海岸へ慌てずに戻る
頭は心理的に最短ルートを選ぶが
体感と心は落ち着いて斜めを選ぶ
時間が経つほど、酸素の消費で筋肉に乳酸が溜まり固く動かなくなり
パニックになりやすい
遠くに聞こえる波音を後に、鳴き砂の珊瑚の浜辺を歩いていると
強烈なスコールが雨の煙ですべてを隠した

開店前のライフガードタワーで雨宿りする家族
こんな小さな頃から
朝の美しい潮騒に、雨風の音が記憶に残るなんて
幸せだ
もちろん海にお辞儀をわすれずに
礼!
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戻る

カネオヘの友人宅へ泊めてもらった
12年前フィジーの乗り継ぎをを待つ5時間
当時は何もないタイルばりの空港を
うろつくボディーボーダー達に会った
旅は不思議なもので、偶然にも日程もこれから行く小島も同じで
以来彼らの住むハワイ、日本、サモア諸島、インドネシアで
それこそ波にあわせて会ってきた
サイズは6ftパイプラインでも久々の波に皆チャージ
そんななかボディーサーフィンをする人々
海から戻った彼らは満足感に満ちている
海は心身を僅かな時間で浄化してくれる場だ
山とは違い、泳げなくてはいけない
刻々と変わる海に自分を重ね,自分の身の丈で戻る
山で初心者なら休憩も,歩幅を緩めることも出来るが
海は必ず戻らなくてはいけない、食べる事も飲む事もできない
体温の低下と、妙な胸騒ぎが
ここは地球のもう1つの世界で
永くいられる場ではない事を知らせてくれる
だからこそ人はその僅かな儚さと
厳しくも美しい波間に、身も心をゆだねる時間が必要だと知っている
僕もこれから海へ
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漬け物

ヤシ
パパイヤ
バナナ
南洋の島での生きる上で欠かせない樹木
もちろん無農薬で灼熱の太陽へ向かいぐんぐん育つ
町の僕たちと言えば
野菜は体によいからと
規格サイズや収穫時期をあわせるなど種をいじられ、農薬を精一杯吸い込んだ野菜を
ライトアップされたステージから産地を選んで買うのだから
皮肉な話し、「薬の漬けもの」で体に良いのやら悪いのやら
すぐに反応が出ないような薬品だから、ここら辺が放射能と同じ
にくいことをしてくれる
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何億人もの人が
ここノースショアにそれぞれの想いを抱き
通ったのだろうか?
この美しい積み重ねられた時間は、誰もが心地よいのだから
アメリカがほっとく訳がない。
コーラとハンバーガーや海辺のホテル、車など
数えきれないゴミがこの島に持ち込まれ
ハワイの伝統をあっさりと消して行く
昔の景色を見に行く為の道
海も年々濁っていくのもしかたないが
地球も同じ宇宙の島であり
その凝縮された姿がハワイでありフィジーでありパラオであり島々だ
イースター島の文化の滅び方が
いまの地球の姿の未来だと,例えられるように
限りある事を知らなければいけない
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案内人

魚の子供ではないから
やはり初めはそれを教え、見守るナビゲーターが必要だ
ここハワイは海のつまった人々がその、夢の案内人だ
畳の上の水練は意味がない
一面に広がる不思議な潮の海に行き
ここでその水の力と動きにあわせる
アロハとはよく言ったもので
僕はこれも
Alo 合わせる
ha    呼吸 
だと信ずる
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河童

1時間あまり泳ぎ
体が冷えたから海からあがった
冷たいシャワーを浴び,車で着替えていると
遊びにきた親子に声をかけられた
「撮影?住んでいるの?」
流暢な日本語にびっくり。
「いえいえ、観光なんです」
と変な返事に。
結局もう一度みんなで海へ行く事に
ハワイの子供達は河童の子供
海に波に水になれている
びっくりするようなショアブレイクも潜ってかわす
海で海の感覚や,水の堅さや柔らかさを体で覚えるとは
この事だ
小さなボディーサーフィンのハンドプレーンを持ち
流れはじめたら斜めに陸へ向かい
危ない深さになったらすぐ戻る
町の子供との生きる時間の差は埋めがたい
一生の大事な教えがここにある
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丸い世界

水が冷たくなってきた
波もあまり来なくなった
とうとうと湛える塩水の水面は分子レベルで絡み合い
純粋な水の持つ動きだけで波打ちながら、離反し山を作る
人の手が入っていない自然界のもは
必ず曲線になる
水も山の形になる
山ももとは海だったから
空の雲も海の雲ももとは同じ海だから
居場所の違いだけだ
そんな簡単でありながら、人の手には全く及ばない時間と景色の中で
人は野生をおもい
美しさと恐ろしさに畏敬を抱くのだろう
町の暮らしにそんな時間がないこと
そんなように、思える景色や時間がないこと
誰だって心がギスギスしてまう
ポイとゴミを捨てちまう
この美しさと怖さをしれば
そんな事なんて自然に出来ないのだが
人為のない地球との時間が必要だ

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読む

延々と続くクリーム色の分厚く粒の粗い砂浜にいる
それぞれの時に
海岸に引き寄せられた人々の意識と
同じ心地よさを感じた穏やかな足跡が
幾重にも蛇行しながら、彼方に消えていく
この砂も数千年前は海の珊瑚として生きていた
人間が知り得ない時間と空間の密度が保たれた場は美しい
テトラや人工物のない、地球の摂理で遥かな時間と自然に出来上がった
うねる浜辺がいいことか
人々は戻れる算段と準備をして
冷たい水の中へ行く
山と違い海や川は長くはいられない
地に足がつかない中で体が冷えて、食べ物もない
もっとも危険な領域でもある
この水間も地球の記憶を知っている
しかし山も海も川も容赦はない
それがあるがままの姿であって、それ以上も以下もない
ご機嫌を伺い、観察をし
自分の力量と体験を天秤にかける
そんな読むという行為が今、人には大切なのだ
無意識に地球の流れを読める力を憶いだし
楽しみと冒険を今生の僅かな時間に頂く
裸に近いほど、そのエネルギーを知る
沖から雪崩のような海雲がせまったら
間違っても退いてはいけない
波が来たらとにかく前へ向かう訳だ
するどく潜って波とすれ違い、呼吸をする
人が作ったスポーツ?と呼ぶ
競技やルールは通用しない
試合ではなく仕合いだから
その繰り返しの1枚1枚を、安全な場所で観ている
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日が傾く夕方に海岸へ行こうと感じた
まづは、食べ物を探しにマーケットへ車で向かうのだが
昔なら生きる為に漁へ出るか、畑で収穫だろうが
便利なもので、個人的な嗜好に欲望に時間を使える
戦後世代の我々は
昔の日本とは時間の使い方が随分と様変わりしたものだ
変わった事さえ見えにくい、こうした写真の箱に住んでいる
じゃあ「人が快適と呼ぶ」ここから一歩も出ずに生きられるか?
どだい無理だろう
動いてないもの
生きていない空間で
人は生きては行けない訳だから
所詮人工的な水槽じゃ、ストレスで死ぬ水族館の魚と同じだ
居はあくまでも雨風をしのぎ、寝に帰る場であり
伊賀の芭蕉が羽黒山中の水辺に構えた庵のような
己の静けさに戻る場である
一人旅は時間があるから
一人旅は自由で時間の流れに生きられる
実は一人旅は周到な準備がいる
そんな一人旅の景色は一生忘れないものだ
海から独り無事に戻れるようにといつも願う
その場へ行かねばわからないから、旅へ出て
人は誰もが山河で最後は祈るのだ
自分にではなく、その場の大きな力と美しさ,悠久の時間から生きるその場に
これこそ自然に頭がさがる
アウトドアなど呼ばれた場へ行き
不自然な金と時間の雨に毎日さらされていた
こんな事
東京の,ジャンクな町じゃ思いもしない
旅って野生と自分を忘れない為の、現代特有のバランスを取り戻す行為だ
別に海外にわざわざ来なくても、いいのだから
日本をもっと知らねばと感じた
こうしてグダグタ書くのも旅なのだから
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8年

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20130412_9999_5.jpg新しい車が増え、古いピックアップが少なくなった

高速をあおり、ウィンカーを出さないくるまが増えた
人が増えた
これが8年ぶりのハワイの印象
あれほど来ていた海岸の道の入り口を忘れ、何度も通りすぎた
昔いたレセプションの女性は休みらしく
薄暗い2段ベッドのシェアルームのキーを渡された
日暮れに部屋に、無愛想なバイクで来たらしい白人のおやじがいた
リビングにビールとすしを食いかけのまま、どこかにいった
朝オフィスに呼ばれると
その女性がいた
当時と変わらぬサバサバしたエネルギー
「ごめんなさいね
Wブッキングで別な部屋を案内したらしいわ」
海沿いの部屋でようやく落ち着いた
昔のようなシェアルームは面倒だと感じるにも8年
昔毎冬泊まっていた部屋を見に行った
木の家はそのまま、緑の中にあった
このテーブルで毎晩、泳いだ波との感触をしるし
この階段から裸足で海辺へむかった
溺れて死にかけた日に戻った場を歳月がいっそう懐かしくした
案外広いとおもった部屋が小さく感じさせた8年
蝉も8年土で暮らし、地上で7日羽を震わせ命を終える
時間は続く

オアフへ

ハワイに戻ります
雨のハワイ島からオアフ島へ
8年ぶりに戻るハワイ
その昔フィジーの離島へ行く為、空港で5時間待っていた
そこで同じ島へ行くハワイアン達と出会い
今こうして彼らの結婚式の撮影を頼まれた
あてのない旅が
こうしてあてのある旅になる
もちろん場所が同じでも、同じ旅はないのだから
新たなあてのない旅だと言える
積重ねられ、ふりかえると地球の様々な場所と海に足跡と泳いだ水の感覚が残っていた
旅ってそんなものだ

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箱寿司

地球は語りかけるなんて
恩着せがましいものはない
人がいるずっと前から、地球のリズムでただあるだけだ
魚や、動物、木々が絶妙な配置ができていて
雨がふり海へ注ぎ、また空から山へ
ものすごい循環が自然に出来てきた事に、驚くべきだろう
地球と名付けた所詮限られた水槽で生きてる
今やモーターをまわし、フィルターをつけて生きているようだ
このまま汚染が進み、淀んだ青くない空と海、山の水も飲めなくなるまで
何もわからないのだろうか?
電気の流れるコンクリートの蟻塚に住み
電気の車、電車に詰め込まれる町の人
ビルで空も見えない
動物も魚もよりつかない町が増えていく
地球の音も、温度も暗さも忘れ
心がギスギスしながら
植木鉢を部屋に置き、潜在的な緑に救いを求める人々
バランスを取り戻すため
今や人は 変な言葉「アウトドア」ウエアを買い込み、野山や海へ行く
そもそも全部アウトドアだから、うまく名前をつけたものだ
地球はありのまま
嘘もない、飾らない光と影である
誰かが書いたような模様の魚が海にいるように
知らない事だらけでいいのだ
美しさに限度もなければ、厳しさににも限度はない
無味無色
ただあるだけだから、人や科学者の考えで
子供達を四角い箱庭で競争させ、頭だけ良くしないでおくれ
そんな世界に独り身を置き続ければ
きっと人は恐ろしくてゴミを海に捨てれない
自然と環境保護団体にとやかく言われなくとも、パンダに募金をしなくても
正しい事しかしないだろう
きっと正しいという言葉もいらないのだから
そこに立ち、自分で気づく事がなによりも一生忘れない
打ち寄せるギフトになる
それがホピ族の言う第一の世界トクペラだったのかもしれない
まづい事にこうして僕もこんな時間に、電気仕掛けの機械で書いている
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霊蛇瀧

なんともすごい名前の場所
山陰を写す龍がいそうな、緑の淵
どうも写真がぶれていた
後で住職の奥さんも「ここで写すと写真がぶれるんよ」
とおっしゃっていた。

僕にはわからないが、わかる人が来たらきっと、違う次元の入り口のような
何かを読み取れるのかもしれない
静かな不思議な場
ここで伊賀の赤目衆や忍達も目をつむり
大和敷根の香りを読んでいたのだろう

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2時間くら奥の最後の瀧
この先はとなりの集落へ続く古来からの道
石でケルンが積んであるのは日本風
ハワイはティールーフにくるんだ丸い石
石がなにかと繋がっていることを、深いどこかで知っている
野生の癖であり、体の奥にある癖である訳だ
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海へ注ぎ雨となる

山の養分が川から海へ注ぐ間に、分解と合成を繰り返し
この紅葉もやがて水になる
水が自ら選んだ場所だから、水が溜まって流れるのが川
川底がコンクリートでもないのに、吸い込まれないのが不思議だ
だから川や海なんだが、学者が言うには97%が水のボールの地球
水ガメであり、水の塊
今じゃ放射能からゴミや農薬、車のシャンプーから洗剤アタック!まで海へジャ〜だ
おかげで貝や海藻、魚から人まで、皆で
人間が勝手に作り上げたケミカルな毒をシェアし棺桶にいく
そうパタゴニアの40周年の会場で辻井社長が話していた
世界の綿(コットン)の収穫の93%は葉っぱがじゃまだから
枯れ葉剤を飛行機で巻いて収穫している
こいつは神経系や様々なダメージを人体に及ぼす猛毒
今だベトナムでは生まてくる子供達にダメージを与え続けている
ベトナム戦争中、開口健氏共活躍された写真家石川文洋氏が
今またベトナムで枯れ葉剤の残虐さを撮影されている
ベトナム戦争で地雷と捨てっぱなしの実験場にしたアメリカ
国連の地雷撤去条約にも遠目で細い目つき
さすがだ
 
ま〜そういう事だ
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奥へ

今15:30 帰りを計算しないと、暗闇で迷う事になる
このまま3時間ほど歩けば、山の向こうの集落へ続く道
今から数百年前忍びや、修験者達は
この森の暗部まで分け入り、瀧にうたれ、泳ぎの練習をしたのだろうか?
岩や石だけは彼らを知っている
冷たい淵で泳いでいいとも言われたが、幾人か歩いてくる人がいたのでやめた
(基本遊泳禁止)
ハヤやヤマメ、川ガラスなど、珊瑚礁と同じくこの陸の森も
生き物達の聖域であり、人間にはかなわぬ時間で生きている
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赤目48瀧へ

朝雨が降っていたが、流れく水は少なかった
巨石と深遠な緑の奥へ、飛瀑の音に、無心に誘われていく
ここで修行をしてきた忍びや地侍の弥勒信仰の
弥勒菩薩の48願からきたもので
48瀧がある訳ではない
自然界の曼荼羅であり
瀧音がお経であると言い伝えられている
宇宙の思想間がここに生きている
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伊賀の南端

天台宗延寿院」ご住職松本氏

この地と瀧を崇拝し、全国に法華経を背負い徒歩で納経をしていた、山伏であり、忍の原型でもある赤目衆の伊賀の当時の足跡を今に残す方
信長に焼き討ちされるまでは、宿坊もあり当時のにぎわいと、
おそらく、技の鍛錬する場でもあったと聞く
延寿院は家康のおとぎ衆である津藩 藤堂家の祈願時であり、
一般のお寺のような檀家のない特殊なお寺
江戸の城の石組みはここ名張の職人であり、東照宮の彫刻などを小堀遠州などを、
金銭面や人材面で支えていたのが高虎だという
最後はこの目の前のピラミッドの山で即身成仏を願っていたというから
敷地内の瀧の神、「たきつひめ」をおまりしたのがこの神社のはじまり
今だ日本たるやが息づく祈りと神仏習合の、伊賀の最南端を守る古刹
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忍者先生 役の行者

忍び達や行者達が信仰し、崇拝してきた験力や呪術を使った役の行者
伊賀だけでも125体確認されている
この山に囲まれた狭い盆地に、これだけ残っている事は特殊な場
もちろんさらに多くが、信長の焼き討ちにあい消失した
ここ延寿院も忍びのいわば基地だった為、焼き討ちにあったという
灯籠と一部のものが鎌倉時代で
あとはそれ以降だが、みな国の歴史と祈りがつまった宝だ
どれだけの人々が見つめ、祈ってきたのだろう
語らない仏像と掛け軸だけが知っている

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ネイティブジャパニーズ

日本のすべてを表している軸を見せていただいた
延寿院 松本住職曰く
山の神天狗、仏さんに、忍者先生「役の行者」すべて仲良し
寛容で自由な昔の日本人の素晴らしい一枚
現在では空海さんの真言密教が広告的にもうまいから有名だが
天台宗は最澄さんが同じくインドから持ち帰り比叡山を道場にした
いわば伝え方の違いという訳で
カレーやナンやチャパティーを右手で食ってた彼らを偲ぶ
個人的にも仏教のこの世は来世をいいものにしよう〜という時間という教えより
生きている間に様々な修行をして会得し今と少し先をいいものに
といった空海さんの流れは我々素人にも、わかりやすい
修験道はさらに仏教や密教のいい部分を混ぜながら、山の中で実践、体験していく
訳だから、学校のような形の教本(教典)がないので、さらにしっくりする
人間の6根が邪魔するから、山できれいにしょうじゃないか!
と羽黒山の修験の先達、星野さんは話されていた
師匠が既に実践者な訳だから、紙で覚えた先生とは訳が違う
赤目の瀧を祀る延寿院をはじめ
大自然と人が名付けた、地球の人為の及ばない場に分け入り
実践し考え、感じながら行を修める方法は違いこそあるが
それこそ自然発生した素晴らしい日本の宝だ
平安時代?誰かが昔、こう言いました (たぶん)
なんて記憶力でつぶし合う学校の、おかしな点数を競い合わせる勉強より
実際に海に入り水の温度を知り、山を歩き体感し体験した教えと
良いとか悪いとは、別名次元で
どちらが深く人生に大切かは、そこに行ってみれば誰だって、すぐわかる
鳥や魚がそんな場所にいないのは当たり前、脳の大きさや科学じゃない
昨日こんな話を写真教室へお金を払い通う方々と話した
三脚で写真を撮ろうと一生懸命足を伸ばしている間に
そこには生きた時間は流れ、停滞した「物」しか写りません
ぶれようが、暗かろうがいい訳で
それこそ「人の押しつけと」、「思い通りの絵」の
気持ち悪い例の幕の内弁当写真になる
写真も人に教わるものではありません
そこに自ら独りで行き
感じたままパチり!
れが自由で楽しい写真であり
その人の生き方の証明であり
その人の人格が見えます
見れる写真は山ほどある
読める写真はもっといいもです
明日から数日間、羽黒山の修験者星野さんに御逢いしに行ってきます
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天台宗 延寿院

伊賀名張は赤目の48瀧
旅心をくすぐる名前をつけたもので
数年前からいかなければと
ナビなんてない車をヨタヨタ走らせた
あの坂の上に今から約1300年前に例の忍者先生が開いた、瀧と赤目不動を祀る
延寿院があると、道で聞いた
あったあった
歴史を吸い込んだ色濃い2つのお堂と
御神木と鳥居がある
瀧へいく前にまずは参詣せねばとお堂に立つ
ガチャ!っと隣の家からある人が出でこられた
知らない他人様の場だから、「お参りさせてください」と願い出ると
ある人はここのご住職だった
「あれ?どこかで前におうてますね?」
「開けましょう!」
潔く軽快な口調と暖かさで羽目木を外し始めた
しばし、秘仏目赤不動と、忍者先生をはじめ、山とを結ぶエナジー
阿弥陀仏を祀る真意など
特別の話と特別にお写真を残させていただいた
追記
こうした古い祈られた仏様を写す際
フラッシュは使ってはいけません
痛めるのと、まづ失礼!
今回シャッターが1回しかおりなかったから
撮るなという事だから、1枚だけ残させて頂きました
松本ご住職と偶然にも
あのタイミングで御逢いできた事は、今回の旅のすべてだと思います
ありがとうございました
この場を借り御礼申し上げます
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お行儀

あてもないないまま、地図をひろげ

その昔にこの地で命を賭して生きた
忍のわずかな影を感じれたらと思った
前から来たかった赤目48瀧へ
まづは大阪から向かった
小雨が降る中、伊賀の山は霧に包まれていた
山と雨、山と霧、山と雨は何も変わらず、同じ情緒を観ている
のだと思うと感慨深い
蛍の舞う闇に
遠く鹿の鳴き声のする山に
山から流れる瀧に
川ガラスの舞う川に
飛鳥時代に渡来人により持ち込まれたと憶測される忍のはじまり
日本書紀を始め、聖徳太子が「志能便」と呼ぶ者を使い、物部氏の動静を探らせたと記され
(戦う相手を知るには自然な事ではあるから普通の事ではあるのだが、証拠の1つとして
研究家先生が書いていた)
634年奈良で生まれ、各山で修行の末(富士山にも来た)呪術を使う役のおずぬの登場が
基根にある。(実際いたかどうかはわからないが忍者先生と呼ぶおじい、
やはり仙人のたぐいはひげのじい様のほうが雰囲気が出るから、広告的にもいいのだ)
伊賀、甲賀の人々は自然に、山中で自然発生した修験や仏教と溶けあいながら
東大寺の支配や信長を始めた諸大名の支配を嫌い発生した農民、山人、土豪
西暦1050年頃の伐羅軍団 バサラ(名張の黒田の悪党)が伊賀忍の母体だそうだ
伊賀には忍者先生が125体ほど祀られ今にある
それだけ、呪術、体術、薬法、変装(滝口は昔猿楽の村)といった
この地の特異な地域性と密に絡み合い戦災も免れ生きている
こうした特殊な忍の闇のロマンが研究者の心をに光をはなつのだろう
とにかく
彼らがいたのは事実
ショー小杉の忍者アメリカ映画は全くのでたらめ
いわゆるジューズでサメが悪者になったのと同じだ
あのおかげで、僕もいつも海のしたばかり見ている
長い時間とともに生死を求め練り上げられた
武術、体術、心の道であるのは間違いない
そんな僕もだから、命をおもうとき、地球から力を受け
命がけで生きてきた彼らを自然に、信奉し崇敬してやまない
教科書で秀吉や信長が何を言ったのしたのなんて
生きる上、この地球に何の意味もない研究家のマスターベーションで
文部科学省、教育委員会なる人々も日本の精神を
もっと組み込んでおくれ
慰安婦問題も同じく、なにより戦争が悪い訳で
事実、強制連行もあった、自ら志願し働いたねえさんもいた
ここに線など引ける訳がない
ABCの戦犯の線引きとて同じ
お寺の過去帳じゃないんだから
先生方たのむよ
地球で勝手に人の国を巻き込み
弾 うちっぱなし、武器 捨てっぱなし、骨 置きっぱなし
地球に行儀が悪い!
「飛ぶ鳥跡を濁さず」と選挙カーに書いておくれ
今回写真なし

ハワイの続きはまた

数日間だが伊賀と甲賀へ車で向かった
東大寺や信長らの権力者と、まっこう戦い
山岳修行や特殊な体術や心術と歴史に生きた
やがては忍と呼ばれた人々の里へ
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青光

2時間かかったが、宿に戻り
陽がまだあったから、海へ戻った
やはり水に中は心地いい
光とロールして巻き去る水は美しい
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雲が流れる姿は
水が流れる姿と同じ
そもそも雲は海の水であるあるから
H2oというように酸素と水の微細な粒
地球は
宇宙は
2度と見れない姿を我々に見せている
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海に戻れた

夕方17時半、日が暮れ始めるのは7時前だから
地元の子供達も学校から戻り、海に戻る
きっと彼らも時計ばかり見ていたのだろう
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ワイは水 ピオは曲がる

ワイピオの車で行ける終点
あれ?瀧はみれないのか?
ずいぶん短いな〜話がなければ15分
そこがツアー会社の手腕の見せ所であり、財布の口から文句がでないよう
つとめる訳だ
日本人のツアー会社を通すと、決まって2人からでないと参加できないが
現地では1人から可能。自分で車でワイピオのツアー場まで来れば55ドル
ホテルの送迎だと120ドル
当然ツアー会社は「公園に車を停めて歩いてご自分でもいけますよ」とは言わないから
見晴し台のPに車をおいて急坂をのぼりおりすれば、0円
もし車でここまで行くには、4WDを借りてこなければ行かれない上
運転に自信がない人はやめたほうがいい
テントを担ぎ7〜8時間あるけば、瀧の近くで寝泊まり可能
旅の様々なスタイルで、様々な体験が出来る訳だ
来てみないとわからないから、今回は初級観光客コース
なおさら次回は険峻な山を越え瀧へいってみよう
地球を憂うダニエルのガイド
写真は河の交差する車で行ける行き止まり
不思議と涙が出てきた
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