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正しい道を示す場

激流の流れリバーマウス
火山の黒岩と黒砂の混じる濁った海
濁って何も見えない海は気持ち悪い
こういう濁った河口にサメが集まる可能性が高いのも海のお決まりだから、すこし心配だったが、今のところは大丈夫なようだ。
「いるいる、きたきた!」褐色の肌と褐色の木の板と褐色の海に
パランと言う木で作ってもらったという
フィンもリーシュもない本当にただの木の板を持つ子供達が

村の子供達は長い波をのっては、歩いて沖の波へ
カニの甲羅のような公園と呼ぶ人工的な養殖場のような場で遊ぶ町の子供達とは

あきらかに自然観や体感力とは別の次元の笑顔と空気が、ひしひしと伝わる
本当の笑顔といったら語弊があるかもしれないから
政治屋や弁士など人工的な雑味の無い笑顔としよう

波動にもまれ、板をあやつる,時計も5時の時報もない世界
多くの教えがまだまだパプアニューギニアにはある

で、今回の旅はどういう仕組みかを発案したニューギニア人とイギリス人のクウォーター

アンドリュー氏から聞いた。

1 村にはきれいなサーフィンの板や服をプレゼント。

2 宿の宿泊代から一人あたり一日につきたしか12ドルほどが、サーフポイントの村だけに1  後にお金として渡される仕組み。サーファーが来ても来なくても公平に分配されるから

  おそらく一つの村に4000ドル前後は落ちるようだ

  だから観光客のサーファーはここで好きに波乗りが出来る訳。

3 観光局を通じ年間約300人で1週間で12人程度のローテーションで現在は4カ所のポイ     ントで乗れるらしい。

4  勝手に独りで来て乗れるのか?
   答えは可能。
   しかしポートモレスビーをはじめ、治安もまだ不透明な部分もあるか らニューギニア政府  観光局とSTWさんのツアーが結局は安全。

個人旅行でここに来ることも不可能ではないが、個人的には自己責任が他の国より重い感がある。
つまりはラスカルという山賊まがいの強盗がマラリアの蚊とともにこの国には潜んでいるリスクがある。身近なところで10年ほど昔だが身ぐるみはがされた知人の話は漫画のような笑いばなしだった。

5 マラリア海沿いでは風もあるのでまず大丈夫なようだが、出発の1週間前から帰国後もマ  ラロンという高価な副作用もある薬を飲むことエージェントは薦めている。
  毒性が強いので僕は飲まなかった。数回蚊にさされたが大丈夫だった。
 
6 なによりその地への尊重
  よその庭で自分は部外者である気持ちを伝えることも大切なのは世界と宇宙の共通項

「ケミカルなサーフボード板と洋服を渡すだけではなく
それが何で出来、地球にどうなるのかを、自然をぶっ壊し文明の濁った水に浸かった我々は
教え,学ばねば意味が無いからどうなの?その辺?」
とアンドリュー氏に投げかけたが,その辺りは答えが無いのも始まったばかりの今の現状だった。
文明の珍しい土産物が巻き起こす物質事象を僕は様々な島で見てきたから、そうならない為にも考えて珍しい土産を渡してほしい。

使用方法の知らないネイティブな彼らに
戦争やキリスト教のような余計な教えとゴミを置き去りにしないようにしなくては意味が無いと思うのは俺だけか?

一神教のうまい言い分で
アニミズムや自然崇拝をはじめ地球感が失われてきた島々
島国日本とて同じ状況がすでに起きている事実も忘れてはならない。
アメリカもイギリスも,ソ連もドイツも島なのだが


どうも「なんとか」「うまいこと丸めたい」人々がいるのがこの地球。
正しい道は日々の暮らしと、この天然の地球にあることを忘れぬよう生きねばならないと
思った。
ジャンクなビルの隙間を流れる我々へ
正しい道を示す場所が、ここニューギニアである。

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対峙

何が素晴らしいのか?
何が大事なのか?
皆その何?を感じたくて,旅へでるのだろうけど

じゃここに今日からずっとここにいて
彼らの食生活とヤシの家で暮らせるのか?

掘り下げれば、僕たちは飛行機でのりつける都合のいい観光客な訳だから
こうしていい部分だけを,形よくのせている自分がださいかもな。
と考える。

真実の地球を目の当たりに
戸惑いながらも、こうして記憶の引き出しを開いてくれたこの地

実は海風の吹きすさぶこの海に生きる彼ら
の自給自足の暮らしは厳しくも過酷な訳だ

安全な奇麗な箱の中に住む我々は
トイレットペーパーに香りをつけたり余計なことをやる 笑

身勝手きわまりない我々は
このままでいてほしいと思うのは純粋な部分でありながらも
都合のいいことを忘れてはいけない

原発も電子レンジも防波堤も、文明が過剰な便利に進んだ我々の過ちのシンボルであり、日本の姿である

数億年かけ自然に出来たものを壊すのは簡単だが
2度と人にはもとに戻せないのだが

ま〜魚や珊瑚や鳥,動物,風や石など人間以外の万物を
なめた結果だ
馬鹿にすんじゃね〜ぞ!っていつかひっぱたかれないと駄目ですね?

で僕も
こうして電気仕掛けのジャンクなおもちゃで,記事を書いている
まずい!

でむすびは?

カメラのレンズは単玉で
撮りたいと感じた心の先に自分の足で
近づくき、泳いでいく

望遠レンズや、ズームレンズははパパラッチだと思う
そして最近のカメラはしょせん電気製品です

何年後、何十年後まで1枚は語り続けます

映像慣れしている現代人
流れない流されない1枚をよく観ること

子供達も海も山も嘘はつきません
そのジャンクな文明の、ずるさと嘘を落としに僕は旅をする訳だ


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子供達が持ってきた木の板
これがサーフィンの板だと言う
形もサイズも自由で一枚な板
山から切り出した木で、お父さんが作ったと言う
あたりまえの光景が
当たり前だと思えないズレが都会人にはある
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伝承

失礼ながら小さな小屋は家だった
中には簡素な木の寝床が2つ
南の島は食べたい時に食べる
乾かしたヤシの実に火種から火を移し、あっという間に火がついた
竹筒にサゴヤシからとったポロポロした澱粉を詰め
このまま火にくべるようだ
聞けば毎日このサゴヤシの粉とタロイモと,魚が穫れたらたまには魚がつくらしい
フィジーの珊瑚の村では毎日女性が、巧みに漁をしていたが、ここニューギニアでは
女性が海に入り漁をしているのをまだ,見たことが無い
ビタミンや栄養はどうしても足りないのはいたしかない
女性は必ず眉間のチャクラの位置に入れ墨がある
バッテンや矢印や,点々といった落書きのような墨
誰に聞いても入れた入れ墨に意味はないという
服こそ来ているが
風がふきつけマラリアの蚊がいる海辺で
原始の生きる術と暮らしを目の当たりに
我々がいかに是弱で怠けた暮らしか思い知る
我々の家の中は値札の着いた、誰かがどこかで作った物だらけ
この地球にあるものしかない素材で、伝承された雨をよけ風をよける編み方や結び方
自然に地球にとけ込み美しく、智慧の詰まった家は美しい
彼らが先祖から教わり脈々と生きてきた証がこの海辺に生きている
素晴らしいじゃないか!
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ドナルドのいない国

マダンから車で2時間
ここまで来ると,未だ天然地球に生きる人々の昔のままの暮らし
本当の自然という言葉はここに使うべきで、都会に住む我々の都合のいい線
自然やアウトドアという言語が恥ずかしくなる
その辺に無造作に落ちている平らな板
これがここのサーフボード
家も全てヤシやバナナの葉を丁寧に編みこんだ天然素材
飛行機で飛んできた我々が、どこか違う世界のジャンクなゴミだと気づく
厳しくも物質やドナルドピエロの輸入されていない国
我々はもう一度ここに立ち、多くを憶いださなくてはいけない
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夕闇

山で稲妻が走り、一面が雨に包まれた
熱帯の濃密な夕闇に飲み込まれないよう願い
体も冷え、体力も消耗し、戻らなくては危険な感じがした
すると一匹のブラックチップシャークが様子を深みから向かってきた
安全なサメだとわかっていても,こちらから潜って彼の方に向かうと
濁った暗い深みに消えて行った
サメが来たら退いては行けない,弱みをみせずゆっくり向かう事
水面に顔を上げると矢庭に沖からせまる巨大な一列の波が迫った,
鋭く潜った瞬間、全身を重く早い波動が突き抜けた
珊瑚礁の海岸はどこからでも上がれるわけではなく
遠回りをしても元来た岩礁の切れ目まで泳がなくてはいけない
全てが人間の力を越えている
これが地球の姿であり
人の心の姿勢である
正しい道を,地球と宇宙は我々に示している
加減の無い美しさで何かを伝えている
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過去の景色

パプアニューギニア
1942~1944の間に太平洋戦争により日本人約10万人、台湾の高砂族、インド兵、オーストラリア、オランダ,アメリカと戦火の渦に消えた。
東から西へ敗走した日本兵は,多くがマラリアと飢えと栄養失調で亡くなった上
怪我や病で動けず自決せざるえない、若者達がいた事を忘れては行けない。
多くの輸送船が沈められ海没した人々も幾万。
ミクロネシアのパラオ、サイパン、グアム、ロタからマーシャル諸島、ハワイの真珠湾を初め
太平洋全てが墓標であり、鎮魂の山と海なのだ。
当時この同じ場所の景色を見ていた方々は
どんな色に観えたのだろうか?
平和な時代を望み、帰れなかった彼らに
素人ながら日本酒と羊羹を手向け、セージを炊いた
祝詞をあげ,彼らの魂が安らぐ事を祈るしかなかった。
波音と風が木々を揺らす,地球の音しかないこの場で
波乗りで遊べる時代が来るとは夢の又夢だろう。
よその国に土足で上がり込み、戦争をする事が本来おかしな過ちなのだが
毒には毒をという図式が軍需産業と政治家を染めるてきたのは,今も昔も変わらない。
平和な時代とこの美しい波と呼応するのもいい
しかし心のどこかで、そうした事実をあったことを忘れないで欲しい。
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地球に添う

延々と道がうねる

いくつもの蛇行し濁った川
植林もされていない薄暗い森
車は道路の穴を避けながら
海辺の村へ向かっているようだ
必ず川の近くに村がある
水道も無い電気も無い昔ばなしの暮らし
雨水をため,川や海の砂で鍋や皿をあらう
主食はサゴヤシの粉を竹筒で蒸したものや、それを固めたサクサク団子、タロイモ
毎日毎日これだから、ビタミンや栄養不足の子供も多かった
大人はみなビートルナッツの実を噛み、そこに石灰の粉をかけると
苦い覚醒する真っ赤な汁になる
家も全て自然と(この国にはいらない言葉だ)地球の木々でできている
よくみればヤシの葉の壁が幾何学模様を編んである
それに比べて自分の家はどうだ
何一つ自分で採取して作ったものなどなく
植木鉢まである
全て値札にまみれた、ジャンクな電気製品に囲まれ何の為に
働いているのやら
安全で地球の雨風の心配がないから
余計な事をし
余計な物を買う
水槽で魚も飼ってみる
アホな情報がなくていい
地球と呼応し生きる為に編んできた時間が
この村であり、大切な歴史と伝統と風土に生きた時間である
水槽で飼われているのは魚ではなく
実は都会の人々なのだ
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空港を乗り継ぎ2時間走る
道は海沿いに1本
ジャングルがこの道を飲み込まないように
唯一人為の入ったアスファルトの道
どこからともなく人が出てくる
村は川と海のある場所に必ず存在する
その昔の日本の兵隊さん達が通った景色は変われど
この濃密にせめぎ合い太陽に向かう緑の匂いや温度は
当時と何も変わっていないのだろう
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マダン

マダンに降り立った
その昔の日本軍の重要な基地でここから西へ
連合軍とマラリアに追われ、転身という名目の敗走をして行った
戦争を知る人ももう残っていないように
今では時間をまるで奪い去ったような
田舎の平和な空港だった
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山河に消えた命

日本から僅か6.5 時間でニューギニアのポートモレスビーに
戦時中この飛行場に、ラバウルにあった海軍基地から多くの若者が零戦で攻撃をしかけ
またこの飛行場から飛び立った飛行機により、数万名の人々が船ごと海没し、爆撃され撃墜された。
この飛行場を奪取する為に、食料もないまま2,000m級の山々を越えながらも
戻れなかった若者達もいる。
彼らのみた深い緑の山の木々と海が,その生きた証人である。
70年が経ち、同じ日本人が今度は陽気な観光なのだから
大義名分と上からの命令に命を潰された英霊は
どう想うのか?
どう願うのか?
太平洋戦争の言葉の通り
今もわだつみの声とともに、骨も船も、飛行機も弾も山河に置き去りだ。
時代,国難、国策、戦争?
なんであれ、事実は事実として
手をあわせるべきであって、ハワイにしろミクロネシアにしろ正直にこうした現実を
お客様を魅惑する為のパンフレットに書いた観光局はあるのだろうか?
帰れなかった彼らと、それを待つ家族や子供達がいた事を
考えてほしい。
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Yuki

Snow from ocean
Ocean made from snow
Ocean was traver in the Earth
雪も海から来た
海も雪でできている
海は地球を旅してきた訳だ
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水槽に生きる人

古来から山岳で続く修験道の擬死再生
彼らは命の源であの世である山を宇宙ととらえ
人知れず祈りを捧げてきた

海は沖縄地方のニライカナイに続くと信じられる
うたきと呼ぶ特別な場所があるように、人々は視覚を
超えた部分と部分で特別な場所に心に象形文字を刻んだ訳だ

先日ラジオのDjの方に海とはなんですかと?と問われたが
言葉がまったく降りてこなかった。
帰りの電車から風呂の中から寝るまで、ぶつぶつ自問自答した

水面は恐ろしさと美しさの狭間だ
足がつかない外洋の沖
水に足をつけた時から、戻れる確率と戻る意識を常に持ち
危ない感じが少しでも知らせたらすぐに戻る勇気。
ここはまったく別な世界であり、死の入り口だ。
山と違い、ちよっと休憩も水も無い生きられない場だ。

雪崩のような波の下、太陽がなくなる暗黒の水の中でも
慌てず、落ち着くには何が必要なのか?
あの波の動きの中に溶け合うにはどうすればいいのか?と
南の島の海から戻ると、海の吹き付ける薄暗い小屋で
そんな言葉を考えては書いていた

波が崩れ水中で転がり,息ができなくなり、ここが改めて別な世界だと知り

ごめんなさい!と謝った。
もし溺れて心が楽な方へ逃げれば、あの世だから
人生もすべての因果は自らの選択だと受け入れ覚悟する。

しかしながらこの、2度と見られない限度のない美しい存在を知ると、やっかいな事に2度とここから戻れなくなるのも事実だ。

言葉の脆弱さは,修験者が黙って山に入るように、自身の身で体験を積み重ね知るものだ。

宇宙と地球の全ての時間を見てきた水
あるときは水蒸気となり風となり旅をする
雨となり山から海へもどるもの
雪になり山にしみ込んでいくもの
川になるもの,瀧になるもの

地球自体が水球といってもおかしくない。
ここがただの水たまりだと思ってはいけない
あきらかに有機的で生きている。

そこで全てとのつながりを理解し
礼をつくす人を海は知っている。


生身で地球の中にいけばいくだけ
国を問わず誰もがそれこそ自然に、山河に祈り山河を慈しむものだ
学校で言われなくたって、その辺にゴミなど捨ない訳だ。
電子レンジの電気の砂塵渦巻く、都会のビルの人口的な水槽の中
じゃわからない。
宗教は自分の中にある。
全ての教えはこの地球にあると言った。
ネイティブの古い言葉を憶いだした。
子供達にも、きていな箱に入った火星の石なんて見せるよる
海につま先をつけさせたほうが,良いに決まってる。

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溶け合う

Ocean need Mountain

Mountain also Ocean
Coral is home for Fish 
Moutain was From Ocean
Mountain is seen with future in this sea. 
Only the human being from the day of when living while each melts together 
exquisitely are doing the excessive thing. 
海にも山が必要だ
山も同じく
足の下の珊瑚も魚達の家である
昔山は海の珊瑚だった
雲や風や雨は山をなでながらその長い時間の光陰をひく
未来の山がこの海中の珊瑚の山
地球にあるものたちは,互いと溶けあいながら生きているが
いつの日からか人だけがやっかいな者になった
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Fiji

よその国のご飯
食べ方をまねる
何でものこさずいっぱい食べる

ただこれだけだ。

茹でた珊瑚礁の魚
茹でたタロイモ
ヤシのスープ

生唐辛子

山海の天然無農薬のごちそうだ。

パタゴニアで今晩こんな話をします。
大事な事のおおくが,ここフィジーにはあります。

フィジー大使館 川端イキさん
フィジービールの友和貿易さかえださん
今日のためのお心づくしを感謝いたします。
この場をかり御礼申し上げます。

では後ほど。


Boiled rice of a some other country 
How to eat is imitated. 
what — it does not exceed but eats a lot 
It is merely only this. 
The fish of the boiled coral reef 
The boiled taro 
Soup of a coconut 
Salt
Raw red pepper 
It is Earth entertainment of natural no agrochemicals. 
Vinaka vakalebu
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地に足がついた時

海岸に帰る事を常に考える
海岸に帰れる事を常に願う

冷えきった体が足がつく所まで戻ると
初めて地球の重力を感じ、俺は人間なんだと知る
改めて海は異界で人間の住む世界ではないと感じる

地球の怖さを体で知る
言葉や理屈を超えた部分で
人は大切な事を知る

電気と過情報にまみれた地球で

地球をぐるっと太古から旅をしてきた音も風もない場にいれば
誰だって地球を自然に馬鹿にする



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Fushimi Inari at Kyoto

Fushimi Inari Syurein had been long history our Japanease
Don’t fogot breath from the Earth 
I feeel this about 1,000 tori around mountain was
Don’t forget the time and the color of the earth which changes for a moment. 
Don’t live only in the world which goes, comes, attributes the world where a dimension is different, and is in sight 
Predecessors taught and it felt it as . 
 
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Visible

It will be a passage in thousands of. 
Having thought that Japanese  were beautiful is inherited and
it must not forget what it prays for. 
Change of the four seasons which is visible to the eye of this earth, and change which is not visible 
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imported buddhism

Japan was harmonization of Shinto and Buddhism before 130 years. 
The word separated by the command of the government of being natural was also made from one day at these days. 
The word “Zinen of zen” turned into language replaced with Nature. 
People are these days that the heart separates from the earth. 
also not imported buddhism from china for before.
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Ocya

無量光院
Muryou kouin
They kept kukai mind that was like a Sun light to the universe.
Few forin monk too prayer hoply peace us and the Earth 
The temple express to The earth and Space.
Ocya is tea time !
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Prays

AM 6:00
Breth was white 
The religious service fire continued also 1200 without fail every morning 
is burned, and they are the universe, the earth, and  peace prays. 
This is just an intangible cultural heritage. 
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4 season

Our Japanease sometime Fogot season when They tell us color had 4 season
Japanease like aunt in billing
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Syukubou

Kouya san had many temple can possible stay that call Shyukubou 宿坊
also include 2meal and Gongyou (morning preyer) about 10,000yen~
The temple was Muryou kouin . 
So nice Gareden also keep old Syukubou style 
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nyonin michi

kouya san had few work around old road in mountain 
Women not possible into the Kouya Town and temple for 1000 years.
nyonin michi mean was women road
many wolking road arrive to  Kumano also Yoshino at now
Strong Shingon preyer covered  mountain.
Enybady can feel special air 
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Snow

Kouya san was more 1,000m aroud the Deep Forest
Also Snow cameing  wary
About 52 temple had 4~10 monk that they prayer to the earth and human at every day .
Prayer Kept on from 1,200 years ago
  
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正しい家

窓なし

ガラスなし
電子レンジなし
海あり
カヌーあり
網あり
家は木とヤシの葉
地球でできた家
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たき火
ニューギア
夕暮れになると海岸の人々は、申し合わせたように火を求める。
野生の名残りか、暗闇への畏怖か
炎の前で人々は語らい暖をとる
南の島の夜風が肌に冷たい

古来亀甲文字では
風は龍がおこしたもの
雲も龍がいる
と記されてきた

自然の霊力の存在を、自然に知覚していた昔の人
宇宙に地球に生きる事
ハワイ、アイヌ、イヌイットをはじめ、地球と生きてきた人々
の祈りと感謝の行為を、ニューギアの人々は無意識で火と通じ
伝えている。
我々日本人ももう一度、火に風に夜空に心を傾ける「ま」が必要だと気づかされる

写真はこうして過去の時間を、時間をずらして読める
素晴らしいものだ。
だから現代のやり方,現代の暮らしとのバランスを知るだけで
地球や海を慈しめるのだと思うのです。

全人類がある日を境に
洞窟で木の実を食べて
狩猟をしたら、山も川も海もぶっ壊れれてしまうから

まづはコンビニと、電波統制されたテレビが不自然でたまらない


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ゴミ

ニューギアの海岸で
人工物も作為もないそのままの海岸線
唯一色濃く目立つのは、ド派手な空き缶やビニール袋
外国にもいったことも、見た事もない彼らの国に
外人の作ったジャンクなゴミがどこからともなく,流れ着く
そんな僕たちも,余計なゴミなのかもしれない
そっとそのままに出来れば
その方がいいに決まってる


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God!

See the photograph in which neighboring children came to the studio. 
Oh~  he God? 
If it is God 
It is pure and right. 
Mt Hoshino san at the Haguro that he had good Special Accommodation
had Syurain also temple.
include 2 meal and Futon bed.
90usd per Night
Don’t Forgot Time !
Haguro Yamagata-ken
Hotel name Daishobo 
https://www.facebook.com/daishobo
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還る

1時間ほどで出羽三山神社に
特別に星野さんに、お祓いとお祈りを授かった
修験の大先達、星野さんはここで般若心経も唱える
明治政府が仏像や社を燃やし破壊した、神仏分離から130年
その昔から政府の挙行はしっかり現在も政治屋さん達が受け継いでいますね
本来は神道、修験道のあずっと後に仏教がインドから輸入された訳で
神仏習合を色濃く残す貴重な場
「なんとか今のやり方と時代で、昔のような自然な3つで1つの形態が
とれないかな〜」と
それが日本にとっても自然や神様、森羅万象の自然な姿なのだ
海も山も黙って分け入り
感じ、会得できる事象がある
経験を修めると書いた修験道こそ
個人的な差はあるにしても、我々日本人には本当にすんなり、心と体に自然と染み入るはずだ
もともと人に備わった野生性を憶いだすだけだと説く星野さん
我々は都会での高いビルとオバカな電気製品に囲まれ,水槽や植木を部屋に置くだけ
地球の事、地球の音、地球の香り、地球の怖さを忘れていく
大事な事は何なのか?
黙って独りで旅にでれば
それはついてくる
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茶店

ひたすら階段を歩く
こんなに石の階段を歩いた事はない
これほどの石の階段を担いだ人がいて
緻密に組んだ階段職人がいた事実は歩いた者しかわからない
なんだか昔の人々の誠意と根性がこの一段にある
途中昔話のような、茶店が
代々ここを守り、毎朝登っては降りて行くという
すごいおばあちゃんに沢庵とお茶をごちそうになった
息を切らし、お茶をすすりお店を見渡すと
ここによくこんな材木や荷物を運んだものだと
しみじみ感心
暖かな優しさを頂いた
So super long step to the top .
I find a oasis when they work came walk up walk down at evry day
Caring Stone Steps ,Cyamise ,omiyage , water ,food etc since 200 years ago 
Hyuch Story had the a Haguro moutain.
I received their warmth. 
keep express to traveler
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時代を超え延々と続いてきた人々の足音が歩いた証が
深淵な山の胎内が教えてくれる
数千段の石の階段は江戸時代に、約10年をかけ人力で運び作られたと聞いた
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