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宮武さん

宮武のおやじさん
雨の吉野山から伊賀上野城へ
実は数ヶ月前偶然、山梨県の七面山の麓の瀧に1人打たれ
震えながらいると,写真のおやじさんとすれ違った。
聞けば奥様のご実家が祈祷所で岩田屋さんという宿をなさっていると。
ご好意で奥様のおじいさんが建てたお堂がある
さらに山奥の男瀧を浴びさせていただいた
塩を体にかけ
瀧に撒き
お酒をたむけた
そしてふんどしだけで
おやじさんは滝壺につかまり完全に見えなくなる
荒行
怖いな〜あれをやるのか〜
いや
あんたは出てくれなくなるから
はしっこや!
アゴを引くんだぞ!
首が折れるぞ!
なるほど
海と同じだ。
僕は大声で龍の真言を唱え
おやじさんは南無妙法蓮華経を大声で唱える!
もの凄い水圧な為,両肩を押さえて頂きながらやっと。
大雨で寒くてたまらなかったが
浴びると自然に体がぽかぽかしてきた
カンカンカン!ドボン!っと
瀧からあがると黄色い巨大な石が落ちてきた。
誰のもあたらず、拾った宮武さんは龍神様だね。
と大事に持ち帰られた。
聞けば聖徳太子の血筋の由緒或る、行者さんであり,高僧であると
話の流れで「実は伊賀へよく行くんです」
と言うと
「え〜なんでや〜」
「わしも伊賀に家があるで!
今度伊賀で会おう!」
と約束通り
指定された待ち合わせは伊賀上野城の駐車場で17:00に
雨の中を吉野から向かう
う〜ん忍者のご縁か?
結局お宅というよりお堂によんでくださり
表が神様、裏が仏様の神仏集合の宮武さんだけが持つケンサクをみせて頂き
様々な自然へのお祈りの奥義を教えて頂いた
それにしても
山梨ですれ違い
互いに縁の或る伊賀で出会う奇跡。
不思議だ。
知らずとはいえ「おやじさん」と、勝手に呼んでいましたが
その世界では著名で宮家の血が流れる
荒行の行者さんで最上稲荷,天台、真言,日蓮宗の高僧
宮武玄澄さんでした
宮武さんありがとうございました。
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地球に教わる

汝達聖は
不動使者と成り
赤目山を降りて扶桑大日本国66餘州の神技冥道を巡らん
弥陀の本願はもとより
妙法の功徳、明王の加護を有りて
全周廻国の満願を以ちて則ち
菩薩の神通「無生法忍」を得ん
無生 とは般若畢竟の空也
法忍 とは忍法の絶対境地
内外無垢 心身清浄 自由自在 融通無碍 也
心は何者にも囚われる事のない「明鏡止水」の境地に到る
汝は本尊赤目不動と一體無二也
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正心

雨が降り続き
その天から落ちてきた水が集まり海へ流れて行く
甲賀忍、藤林家が江戸時代に先祖の叡智を後世に残すべく書いた
忍術書万川集海 とはこの宇宙観を示したもの
忍とはこれ正心なり
正しい心へいざなうのは
結局は地球であり
自身に他ならない
輸入された仏教をも越えた、もっと古い時間が日本には或る
この森羅万象の美しい人為の及ばない地球があるから
人々は仏像を彫り
方丈で瞑想し
言葉を真言として手向けた
仏教はわかりやすい
シンボリックは形として全国に自然に出現し
民衆にプロパンがだとして大成功を修めた訳だ
最澄さん、空海さん,日蓮さんも
皆憶いは1つだったのだから
その手段と方法の妙絶な差にすぎない
様々な宗派の聖地を旅をする程
結局は地球を拝む事になると知る
神仏集合のもっと前にあったものは何か?
に気づくともっと自由になれるかもしれない
天道と運命があり
様々な過去生もある
そに不可思議な過去と未来の縁が混ざりあう
のだから
巷の予想屋の言う占いはあくまでも占いである
から
気にしないように
他力ではいけない
自分しか知らない正しい道は
己の中に生きているのだから
心配することなんてないのだから
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赤目山

また伊賀の瀧寺,延寿院に来た
西暦680年頃の飛鳥時代
「役の小角」がこの地にはいり
瀧に向かって行を修めると
目の赤い牛に乗った不動明王が現れたという
以来ここを赤目不動
阿弥陀赤目48瀧と呼ぶ
この瀧音は阿弥陀の経文と同じく
訪れた者達を「ある次元へ」いざなうと言い伝えられてきた
ここは伊賀忍の修練場であり瞑想場であったという。
松尾芭蕉、能の観阿弥世阿弥など
特異な人々を生んだ地である
瀧衆とは法華経を背負い,瀧参りの聖達が66もの寺社へ
徒歩で馬で旅をして納経をしながら
様々な情報を集めていたという
それが伊賀忍である
彼らが見た景色と
彼らが聞いた瀧音
1000年以上もそのままある。
人の命は儚いが
瀧は1000年で幾度か同じ川を流れ
岩肌と木々に囲まれたこの場は
まるで時間を止めたように
あの時へいざなう訳だ
人為を越えた不可思議な空間が地球である
松本篤明住職より
頂いた赤目の言葉である
魔王降伏の法場=威力をもって天魔を鎮める
鎮護国家の勝地=国家鎮護を祈願するのに優れた場である
村里遠くにして無傾動タリ=村里から遠く離れている為、心が揺らぐ事がなく
             修行に最適な場である
人倫離レテカ自ずと寂静タリ=人や俗世間から離れている自然の中のため
      修行に適し、心が(寂静)欲もない満たされた完全な精神状態になる
たしかに
そんな場である
信長や理不尽な圧力と戦い散ったレジスタンス
光影に生きた忍達を偲ぶ
オンアニチェ マリシェイ ソワカ
イギリスを始めとするキリストじいさんの汚染で世界は戦場である
様々な世界の南の自然と生き、祈る時代があった場へ訪れたが
ここに来て
改めて日本の奥深さを知る
これだけ全国に祈りの場や,神社仏閣の密集した国もないだろう
マオリ族ならティキ
アラスカではトーテムポールなど伝承が残るが
日本程緻密で精巧な,仏師により誕生した仏や神の姿はない
見えない時間や場を読み
観る事に時間をゆだねた先人達の技である
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やっこ さん

吉野は金峰山寺前で,お店を構えて90年をこす
柿の葉ずしのやっこさん
突然顔をだすとおかみさんが,丁度お送りしようかと
思っていましたと
秋だけの特別な紅葉の柿葉でくるんだ
市松模様の箱詰めをくださった。
全て手作業の手の込んだ御馳走です
全国お取り寄せもできます
ぜひ!
やっこ 0746-32-3117
9:00~17:00
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修験

雨の吉野の山にきた
今から1400年前に
付近の山中の瀧で修行した役行者のまえに
現れた蔵王権現を祀る
修験道の始まり元祖である
修験道はアミニズム的で民間信仰である
ごく自然に発生し密教や仏教と溶け合いながら創造された
宗教を越えた1つの地球対話の方法である
輸入物の仏教より古い時間を含んでいる事実
偶然再会した修験者で僧侶の
中村さんは実修し実験したのが「修験者」
であるとおっしゃられたように
まさに自らの山中での体験や経験で修めた術と作法の道を
修験道というのだが
昨今の記憶力を競わせ優劣で比べ
頭で考えさせる昨今の学校と言う
養殖生け簀とは別次元な素晴らしい地球学校である
こんな優劣や成績など生き上で全く馬鹿げた時間である
日本の人口40万人に対し
修験者が17~8万人もいた事実
実習とも実験とも中村さんは言う
山中で経験や体験を修めるのが修験であり
つまりは現実主義の実践者である
明治政府が西洋化を汚染し
修験道廃止をし,
自然という嘘の言葉で
人間と地球に線を引いて150年
今だその後遺症が日本人に残る訳だ
町と地球に
自然という言葉で都合良く線を引き
その怖さや、大変さから遠ざけた
過剰な便利な暮らしが
おのづと地球との対話や体感の距離の
海溝をつくった訳だが
近所に自然もなく
植木鉢を買う今の時代こそ
大切な事ではないだろうか?
I came to the mountains of rainy Yoshino
Now 1,400 years ago
Before Giyoja Enno who trained himself/herself at the waterfall of nearby mountains
I enshrine the Zao Gongen  of a Japanese god that appeared
It is a beginning of mountaineering asceticism ancestor
Mountaineering asceticism is like Aminizumu, and it is folk belief
It was created while occurring extremely naturally, and blending with esoteric Buddhism and Buddhism
It is the method of one earth talk beyond the religion
The fact that includes the time when it is older than the Buddhism of the import thing
What Nakamura kept a fruit, and tested “a mountaineering ascetic”
The course of art and the manners that I right mastered by an experience and the experience in own mountains
It is mountaineering asceticism
I right say the school of these days to let you think with a head
A culture fish preserve is the splendid earth school which is the other dimension
For Japanese a population of 400,000 people
The fact that the 170,000~8 all people had a mountaineering ascetic
Syugenjya Nakamura says both the training and the experiment
It is mountaineering asceticism to master experience and an experience in mountains
In other words, it is a practitioner of the realism
The Meiji government pollutes westernization
I do the mountaineering asceticism abolition,
By false words called nature
Draw a line on a human being and the earth; and 150 years
It is the reason why aftereffects remain to the Japanese now
On a town and the earth
I draw a line by the word nature conveniently
I kept it away from the fear and importance
An excessive convenient living
Of the distance of talks and the bodily sensation with the earth
It is the reason that made a trench
In the neighborhood without nature
As for the present times to buy a flowerpot
May it be an important thing?
www.kinpusen.or.jp
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Kouyasan

This is KOYASAN
Kukai   (Shingon Mitukyu) open from at 1200 years ago.
On earth the sky Sea which is said to be the mercury poisoning feels what
Did you prepare such a place into these mountains?
I certainly assume the Dainichi Buddha who is space and a solar incarnation Buddha
I maintained exclusion of women
This Mt. Koya-san of secret mountains
It seems to be the placement that I compared to the lotus
This mysterious space that sky Sea began to knit
A blueprint of 最澄Saicyou which thought out Tendai sect together over China
The end of the ascetic practices that I adopted skillfully
I am said to be the opening
A sky esoteric Buddhism of the Tendai sect religion is a certain history ancestor historically
The Kukai is good reason
A daimyo and Saint が groups of the whole country, the cause of the protection of the worshiper
It is a place to be able to go by train and car in now
水銀中毒ともいわれる空海はいったい何を感じ
この山中にこんな場を作ったのか?
宇宙と太陽の化身である大日如来を絶対仏とし
女人禁制を維持してきた
密かな山中のこの高野山は
蓮の花にたとえた配置らしい
空海が編み出したこの不可解なスペース
共に中国に渡り、天台宗を編み出した最澄の青写真を
巧妙に取り入れた修行の末が
そのはじまりと言われる
歴史的には天台密教の方が由緒或る元祖だが
空海はうまかった訳だ
大名や全国の聖が集まり、参拝者の庇護のもと
いまでこそ電車や車で行ける場だが
その道は険しい
そうはいっても
とんでもない精神力と修行を紡いだ阿闍梨達が
伝承してきたこの1200年の時を木々や石は記憶している
いまだ閉ざされた濃厚で
幾億人もの僧侶達の祈りの影が
この窪地に留まっている事が
我々俗人を魅了する光なのかもしれない
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拝啓

海はつながっています
いうよりも
陸地の隙間を水がたまっています
海の水は海流で地球上を旅をしている
学者は言いますが
13年間裸で泳ぎ
死なないような術を研究し
身を以て観察体験した結果
その土地や
その沖合に留まって生きています
波はそもそもなく
透明な波動というエネルギーが
生んだ,水のある動きの一つです
驚く事に
沖の水は海岸に1滴も来ていません
お風呂で水面を手で水を動かしてください
動かした手にあたった水は反対には来てません
動きだけがきています
それが波動で
波です
透明な水がなんで
海により色が違い
重さを持ち
固さや柔らかさを感じるのでしょう
水素という約150度にやじろべいのような
形の水素と酸素の結合と不可思議な
変化自在な代物の仕業らしいです
重さを変え,質量も変えられ
雪になったり,霧になったり,海の雲になったり
それは忙しいんです
ま〜理屈はこのくらいにして
葉や花びらがひらひらと散る姿に
死生観を観た日本人
これを「わびさび」とも名付けたようです
一つの事象でありながら
一つの答えではない
つまり
様々な意味を含む事象は
自然にしか再現できません
人間は唯一の答えを
或る期限迄にだしたがり
その一つの答えを正解とし
探す癖があるようですが
そんなものははなからないのです
波の中も同じく
儚くも美しい2度とない
瞬間です
太古の記憶や
祈りの声を
含んだ水が日本には漂ってます
日本人という前からいた人々や
世界のネイティブな行者達が絶滅危惧されつつある今
今だ彼らが地球の野山や海で祈りを地球へ
手向けている事を
現代人の私たちは忘れてはいけません
日本は小さな重箱ですが
これだけ神社仏閣がひしめいた重箱
はないんだと,外へ旅をすると気づきます
それが旅が教えてくれると
言う事でしょう
やってみないとわからない
言ってみないとわからない
行ってみないとわからない
だから禅やら修験やら密教やら,神道やらがそれぞれに発達しながら
絶妙にブレンドされたのが日本の奥深さです
地図や航空写真で波あるかな?
あてのない波を探す一人旅をしてきました
昼間は
待った!も休憩も手加減もない大波に
惚れ込み,はたかれながら
波音と月明かりの夜に
心を裸にされた訳です
眼で見た景色と同時に
地球の人間以外の生き物や
様々な風が感覚的な微妙な周波数で
胸の辺りを刺激します
頭はその後です
それが感覚的に生きていた
忍者や日本人を始めとする世界の
人間が地球とのバランスと尊みを知っていた
時間への旅でしょう
意味が全くわかりませんが
感応力と方丈(禅でいう自身を見つめる庵)はどこにもあると
いう事でしょうか
答えをだそうとするから迷います
自分がいいと感じた
僅かな光へ正々堂々と
向かえばいいのでしょう
それを,時代的には割と新しい仏教では光明というらしいです。
いろんな方法で一生懸命に求道すればいいだけです
それには現代人には少し
自由な時間がいりますが
旅費以外はお金はいりませんので
どこでも出来ます
この写真は
雨に包まれ
海に包まれた神社と先人の祈りを
含んだ海の裏側です
ファインダーは見て押してないから
自分でも見ていて飽きません
記憶にない瞬間を記録した訳です
全然意味がわかりませんね。
では
そんな訳で
そうとうおかしいので
来週は高野山から伊賀甲賀へお祈りにいきます
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白浜で

白と青い恵比寿達磨で有名な
白浜神社の祈りの山を望む海である
大雨の中、初めて撮ってみた日本の海は
南太平洋の海外には及ばない透明度と波の大きさ
だが独特な感じだった
This photos was into the japan
It is famous for white and blue Ebisu Dharma doll
It is the sea overlooking the mountain of the prayer of Shirahama Shrine
The Japanese sea which I took in a heavy rain for the first time
Volume of transparency and wave inferior abroad of the South Pacific
But this is this
It was a unique feeling
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雲見の宿

雲見漁村の
漁師宿 「吉右衛門」さん
前の日に仕掛けたエビ網を朝の3時に
あげに行かれて、お膳に並ぶ海の幸
海藻やゴミをのぞき、エビを丁寧に網から外すのは大変な手間である
山が豊かで海が豊かであるから
こうした多様な生態系を眼と舌で味わう
伊豆によくある伊豆にはいない
イクラや韓国の養殖アワビや甘エビはでない
男らしいご主人の磯地魚の宿で
お一人13,000円はすごい
本国ポルシェ社とも縁の深い
ポルシェのこだわりの整備会社ムラタチューンの小松会長が
大昔から来ているという宿に
ドイツポルシェの現役プロドライバー、ウォルフガング カウフマン氏
と,小松さんがスカイツリーの真下の会社の道で出会った
タヒチのボラボラ島の船に住むベンさんも
日本の凄さに驚嘆されていた
我々とて驚くお料理と
お気遣いである
ぜひ!
雲見温泉 吉右衛門 0558 45 0358
静岡県賀茂郡松崎町雲見357
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雲見

西伊豆は雲見
岩がご神体でる
浅間神社
急激な石段を登り
木の根が絡み合う森の先に
この社は漁村を眺め佇んでいる。
静かな人為の及ばないあの妖精の住む
フィジーの森で感じた
あの独特な同じ感覚で鳥肌がたった
数千年もこの地を選び
社を造り
祈りを捧げた先人の智慧を尊ぶ

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フィルム

フィルムしかなかった

大量のフィルムを買い込んで

空港の税関のX線で被爆しないように

鉛の袋に詰めたりと

撮った後も大事に保管し

日本に持ち帰った

デジタルにはない

見えない

確認できない

その必要もない

という

黄金律の緊張感の1枚1枚に

プロとしての代金を頂けたのは昔の話し

パソコンやスマートフォンが

人間を駄目にする

電気中毒とでも言うのか?

電車に乗れば右も左も携帯中毒者

人間の地球との感覚を奪い

下ばかり向いて

全然周りが見えていない

カメラも今じゃ金属な機械でなく

プラスチックの家電である

カメラの端の塗装が剥げたりなんだり

あの独特な金属音の響くシャッター音も

今ではシャッター幕はないのに、カシャッ!という

電子音で写した気分

光もあってなきゃ

パソコンソフトで調整すれば良い

そりゃ誰でも

いい加減な1枚になる

こうしたフィルムを光にかざし

自らの歩いて泳いだ道を憶いだすのもいいものだ

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国境とは?

生きる為の食料と
電気のない村の発電機と船の燃料ガソリン
に村人と部外者俺
を満載の小舟で1時間
彼らの村へ向かう
昨今の
カリフォルニア?サーフカルチャーの
衣装もアクセサリーも不毛な事と知る
日本人の体形にも文化にも異質なアメリカの
「はやり」に汚染されている
ハンバーガーをコーラで流し込む
いわゆるお手軽なアメリカ文化に汚染されている
エネルギーに満ちた、人を知らない透明な波の中で
風雨に包まれ,凍えそうな島に
引き潮の海につかり、漁に出なければ餓死する厳しさに
彼らは直面し,その越えられない壁に沿うように生きている
美しいじゃないか
彼らの優しさと笑顔は
そんな強い地球と
生きているからこそなしえる
自然な謙虚さである
南洋の島々に
日本人が忘れちま大切な時間が
つまっている
どんどんと地球のはじ迄行かなければ
海も濁ってきた現実
所詮地球は丸い水のボールだから
魚や鳥に国境がないように
人間は彼らから学ぶべきだ
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岩山

幼い頃
数日間だけ泊めてもらい
船で島々へ連れていってくれた
レイモンド アキオさんと家族
あれから30年
今も彼らと出会える事を楽しみに
今は亡き,びろんじゅの実に石灰の粉をかけ噛み
船を操るアキヲおやじを憶う
スタジオにある
ロープでしばってくれたシャコガイを見ながら
あの当時へいざなうから
電気のおもちゃじゃ こうはいかない
美しいラグーンの水は
太平洋戦争の傷跡を記憶として
持っている
彼らが「いわやま」とよぶ
南洋の松島のような島々とその湖のような浅い海
アメリカとイギリスに誘い込まれ
仕掛けられた戦争とはいえ
戦争を進めた
海軍軍令部永野修身と陸軍杉山元、東条英機
やら大本営の力は
天皇陛下も近衛文磨総理にも
決断出来ない力が存在していたという
あの関東軍の石原莞爾さえ
石油もないのに人の土地で戦争をするべきではないと
言っているにも
関わらず
人の家や庭で、骨も置き去り、銃弾も打ちっぱなし。
その関東軍の若者達が、当時は聞き慣れないパラオの最南端
ペリリュー島とアンガウル島で全滅した事実を
日本人は忘れてはならない。
枯れ葉剤をまき散らしたベトナム戦争もしかり
よその国の領土を破壊し,軍需産業の金儲けの事実は
70年たっても継承されている
人間は自分の首をネクタイで絞めている
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嘘のない世界

おいおい
俺は何してるんだ?
笑う。
見渡しても誰もいない
サーフボードもない

一人絶海の海で
巨大な海に飲み込まれながら

まるで漫画のような事態と
しのがなければ死ぬ瞬間が
何度も何度も来る
嫌なら海から逃げるしかない
岸に着けば生
戻れなければ死

スポーツの試し合いとは
違う
本当の死逢い

待った!も
まいった!も
休憩もない
水も飲めない

これが波の正体だ。

そもそも波なんてない
あれは波動の動きだ

延々と水が水素結合し離れては集まる姿を
人間様が勝手に波と呼びつけたが
実際は波なんて物はない。

沖の水は一滴も来ちゃいない
1cm先の水もここには来ちゃいない

一個の酸素に2個の水素がやじろべいの様に
約150度の角度でくっついている水の分子

そいつがくっつき合い、離れてを繰り返す
雪であれ,氷であれ、霧であれ地球の水は
増えもしないし,減りもしない。

とにかく
不可思議なもので
その水素同士の隙間にゴミがあると光を遮るから濁るといい
透明な水はその水同士の連結するクラスターも奇麗で
きっとなんらかの、生きたエナジーがあると
信ずる

海は生きている
その全ての繋がりを理解し
礼を尽くす人を
海は知っている

とむすぶ。

人生は裸で生きなくてはいけない訳だ

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ここにいること

ここは1900メートルの山
対岸に富士山を望む
祈りの山である
毎朝
毎晩
大声で地球への祈りが手向けられ
ここには、徒歩で登山で延々と続く
待った無しの山道の先の浄土である
様々な憶い
様々な想い
様々な思い
を背負い
人々は何十年とかよう
幼い頃,両親に連れらて以来登る人
願い事をする人
願い事の御礼に来る人
何故かつらいけど
毎年来ちゃうんだという
おじいさん
人生の様々が
延々とここで祈られ
浄化されて行く
朝5時に起きて
夜9時に寝る
肉類はなし
の質素な精進料理
6日もいたら体が細胞が記憶が
リセットされるだろう
日々山を登り
山を下る人が居る
日帰りの人も入れば
泊まる人もいる
刻々と地球がこうして
呼吸しているように
人間もそのリズムと予測不能な流れに
生かされていると知る
人間の作る騒音もジャンクなテレビもない
素晴らしい地球だけの音と
昔のままの時間がここに留まっている
その
何かを感じ
ご老人もふくめ
毎日、この頂を目指し
旅の人々が行き交う山
何かがあるが
それは見えなくても
言葉で表さないでもいい
ここにくれば
わかる事だから
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神仏習合の山

山は神仏習合の毅然たる態度で
我々を迎える
どうも日蓮宗の寺という大義が強い
この1900mの山迄
荷物用の小さなロープウェーが出来てわずか15年
それまではボッカとも剛力とも呼ばれた
人々が背中に担いでここまで3~4時間登ったから驚きだ
6人で交代で背おう籠もある
当然この山で出会う人間は
全員自らの足で、昇り降りをしてきた訳だ
いわば既に修行である
いくつもの結界のなかの結界が
意味するもの
幾重にも幾千年もの時間
過去からここに来た人々により
祈られてきた事実が生きる
毎朝
毎晩
1時間以上
地球の事、神々の事、仏々の事
この池に住まう龍神様へ
国の安泰を願い
個々の人々の邪気を払い
願いを唱う
天災などでで亡くなった魂を鎮める
馬や牛のマークの車に
檀家の目を盗んでそっと乗る
町の坊様とはひと味違う
純粋な修行僧達
これが日本の無形文化であり
祈りが紡がれる瞬間に
立ち会っている
と知る
ここに来なければ
生涯知らない時間が
世界があった
旅を続けよ
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富士山

実は富士山が特別好きではないが
地平線の丸いある点にれば
高さのおかげでどこからも見れるのは間違いない
太陽が地球の自転で富士山を絶妙になめる
大雨の中、苦しく登った山だけに
この光景は感動的だ
この太陽が数日後、お堂を射抜くらしい
がそれは天気次第
太陽がど真ん中に来るその頃は
ダイヤモンド富士山カメラマンや
日蓮衆を巧妙に利用された新興宗教の数百人
純粋な信仰宗教の方数百人の
の一大イベントが3月とこの9月の年に2度
僕もこれから5泊この山寺に停滞する
これでも十分美しいが
富士山カメラマンはいない
レンズは50mm
ロバートフランクではないが
これが人間の視野に近いと言われている
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寄生

延々と続く雨とつづら折りの道を
登ること約3時間半
背中の荷物が本当に重く
独り押し黙りながら登った
暗くなる前の17:00に山寺
日蓮宗の敬慎院に着いた
茅葺きの建物は320年の時を吸い込み
この参道を太陽が駆け抜け
お堂の龍神様を射抜き
出雲大社へその光は向かうという
仕業が今から718年前に創られたのだが
その遥か昔から修験者達が
この山に7つに池に何かを感じ
どうにかして歩いて祈った事実と
時間が下界と閉ざされたこの山麓の窪地に
漂っているのは
誰でもわかる
これが聖域と呼ばれた由縁であり
不可思議な伝承の続く山寺である
たまたま日蓮の「島」であったから
お弟子がこの建造物が日蓮宗だが
空海さんや最澄さんや、親鸞さんが見つけたら
宗派の異なった山寺であるが
高い峯の頂上は同じであるとすれば
宗教の向こうの世界に
仏教が輸入され宣伝される前からある地球感
森羅万象、ネイティブ、アミニズムの
元祖の地である事を
忘れてはならない
宗教は民間寄りで
つまりは人間くささを垣間みれるから
人間界の苦悩と迷いの闇から
それぞれの光を見つける
1つの手段であろう
地球があり、太陽があり
海洋が呼吸する時間の中で
人間が考案した
唯一無二の宗教なんて
存在出来ない事実を
よく観る事だ
この「ある宗教家の人間」の決めたルールは
宇宙や地球の流れとは
異界の世界であり
所詮、はなからそれぞれの角度で差がズレが生じている訳だ
なんていったら
誤解されるが
まづはこの地球に心と体を傾けた結果に
人々の迷いや悲しみを救う為に
編み出された手段だという事だと思われる
この地さえ
この山が
この池が存在してきた
から
この山寺があるのである
人間は地球に寄生している
のだから
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七面山へ

思い立ち山梨県の七面山へ
朝10時現地から,山寺に連絡をすると
あいにく宿はいっぱいだと
山寺の方が言う
大祭のため
人も車もごったがえしている
引き返すか
と渋滞の車を
ガソリンスタンドでUターンさせ
ガソリンを補給中に地図を見た
すると裏道で行けそうだ
すると
妙に行く気になり
麓がどんなに込んでるかでも見て
可能なら瀧でも浴びさせて頂き出なおそう
山の入り口の木立は車で一杯だが
測道にどうにか停め
瀧へ向かった
すると山寺の知り合いの修行僧から
連絡があり
「宿坊は泊まれます、おかしいな〜
普通は断らないんですけどね
誰だろう?」
いずれにしても
昔はこの瀧を浴びてから
登攀したのだから
流儀にのっとり
初めての白糸の滝へ
近くの宿の私有地なため
許可と住所を記し
白い上下に着替え
法螺貝を吹き
祝詞をささげ
龍の真言を唱えた
40m程上の崖の緑のじょうろのような口から
ほとばしる,白い水の飛瀑に
そっと身を寄せながら
落下する固く冷たい水に打たれた
冷たい水に震えながら
瀧から出て
法螺貝を吹くと
塩とお酒をもった人々と
出会う
聞けばこの先の男瀧へ行くという
地元の宿の行者さん
連れて行って頂けた
その瀧はさらにその奥で
巨大な白い水壁となり
滝壺をせり上がらせ
かき混ぜていた
その人
宮武さんは,大雨の中、塩と酒で清め
大声で気合いと,呪文を唱え
瀧の中へ入り
両手で岩を掴み
瀧にしがみついた
 
あれをやるのか?〜
怖い!
胸迄の深さの滝壺から出てくると
いやお前さんは
まだ端っこでやらんと死ぬ
俺があんたを押さえておくからな
宮武さんは僕の両肩を支えながら
首を引くんだぞ!
折れるぞ!と
大声で南無妙法蓮華経!と唱え
僕は九字切りをし龍と,不動の真言を叫ぶ!
ぶるぶるに冷えた体が
肩と首にあたる固い水に叩かれると
なぜか、ぽかぽかしてきた
言葉では伝えにくい
何か突き抜けたような
爽快感と地球の畏怖を感じだ
大雨の中枝や石が落ちてくる事もあるから
と行っていた矢先
僕が出て次の方が入ると
頭上から黄色い頭位の石が岩をはねながら
本当に落ちてきた
おやじさんは
これは龍神様や!と
この辺りの石とは性質も色も違う不思議な
その石を大切に持ち帰った
不可思議な流れと
不可思議な時間に立ち会った
偶然が重なり
女瀧と男瀧を同時に浴びれた
聞けば今は大阪に住んでいて
偶然久々に来たという
ほんの数秒ズレたら会えなかった奇跡
さ〜もう13時だこのまま山へ行かねば
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絶海の孤島で
絶大なる力
絶好のチャンスに立ち会う
絶対絶命の茶碗の縁で
そとに転げ落ちないように
意識すると
落ちるから
そんな事を
うだうだ
考えないように
と考えない
事がなかなか難しい浮き世
とどのつまり
死んだつもりで
本心で死んでもいい心持ちが
最後は自分を救う訳だ
出来ない!
泳げない!
もう無理!
なんて
言う暇があれば
波に向かって泳げ!
限界は自分が決めているから
そのまやかしの線を越えれば
自然に
心で笑う
怖さに限界もないから
行いを修めていくのが
行者であろう
それが修行であるが
構えて大仰なことではない
日常の小さな日々にもそれはある
そんな事を
この中で
この場で
自然に教わってます
In a solitary island in the distant sea
Great power
I am present at a golden opportunity
By the relationship of the bowl of the absolute end of life
Do not fall down in the outside
When I am conscious
Because I fall
Such a thing
Nonsense
Do not think
I do not think about 
The world that very has difficult thing
End-all
I intended to die
The feeling that may be killed in the real intention
Finally, it is reason to save oneself
I cannot do it!
I cannot swim!
Already impossible!
How
If I have time to say
Swim against a wave!
Because oneself decides the limit
If I go over the fake line
Naturally
I laugh for a heart
Because fear does not have the limit, too
Mastering an act
It will be a Buddhist ascetic(Shyugen)
It is an ascetic practice
It is not the thing that poses, and is exaggerated
It is in everyday small days
Such a thing
In this
At this place
I learn it naturally
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七面山

ご縁をいただき
参拝させて頂いている山寺
女性の龍(七面大明神様)をご本尊に
稲荷社、不動堂など神仏習合の行場
日蓮宗でありながら
聞けば海上安全など水難の守り神である龍
と自然霊を祀る
山梨は七面山敬慎院において9/18 金〜19土
大祭が執り行われます
また9/23は一年に2度だけ
太陽が山門を抜け斜面を駆け下りた光が
お堂の七面様(女性の龍の神様)を射し
その光は出雲大社へ向かう
不可思議な現象に出会えます
いわゆる「レイライン」光の道です
山を4〜5時間修行のように登ると
巨大な山門と茅葺きのお堂があり
祈り場と宿坊として数百年
この山に佇んでいる
理由が
ここに来れば、言葉を越えた部分で知るでしょう
日本の僧侶、修験者、参拝者達の祈りの
まっすぐで,真っ白な気持ちが
日蓮宗でありながらも、古来から続く
神仏習合の本来の自然な日本の姿として
ここに生きています
毎日、国の安泰、鎮護国家、平和安穏を祈られて
くだっている僧侶の皆様の意志と行いこそ
無形な文化財であり
日本の誇りだと思わずにはいられません
随分と少なくなりつつある聖域が
このお山に
あります
望月別当さん
小松さん、江口さん皆様
よろしくお願い致します。
どなたでも,参拝宿泊できますが
4〜5時間延々山を登りますので
靴、下着、雨よけなど
それなりの装備でおいで下さい
水は途中で補給出来ます
登山道があるため
鎖場や尾根を歩く危険はありませんが
延々登ります
人生でこんな素晴らしい体験はできないので

ぜひ!

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地球を手に入れる事などできない

毎日太陽が昇る
というのは間違えで
太陽の位置に地球がまわる訳だが
絶妙な月と太陽の線で
地球のどこにいても
まんべんなく太陽の光があたり
まんべんなく月を望める
地球の70%をしめる海の水、地下水や川もいれたら
ほぼ水の上に
水の隙間に寄生している人間
飛行機もない時代
仏教では極楽西方浄土の信仰で
海へ小舟でそのまま沖へ
海の彼方の見えない極楽へ
自らの意志で流れた僧達がいたという
いまでは飛行機で
お金と暇さえあれば
地球の裏側へもいけるから
西方浄土の見えない世界感をも失われいる
カレンダーも時計もない
フィジーの離島では
引き潮と満ち潮を知り尽くし
新月の1年に1度
皆がババロウと呼ぶ
色とりどりのゴカイが
珊瑚の浅瀬を埋める
11月のある朝になると
海は子供から大人まで総出で
これをすくっている
もちろん彼らには御馳走だ
生で、揚げてたべる
これは
どうも人間がなんでも知っていて
科学と研究で裏路地まで知り尽くし
この地球で人間が一番だと雄弁をかざす訳だが
そんな馬鹿な話はない。
人は過剰に知りすぎたのか?
36枚フィルムで撮れればよかった
今じゃデジタルになった写真機
いや
もう機械ではなく
家電だから
写真機とは呼べないのかもしれない
まだまだ人間なんて
なにも知っちゃいない
人里離れなくては
美しい世界は写ってくれないのか?
人里離れた地球が
今もどんどん失われていく
人が地球に公害になりつつある
静寂な間に
これでもかと 身を置き
地球の怖さに 
これでもかと 身を置き
頭ではなく
胸で感応する歴史が
特にこの日本人には
深く染色されているのだが
ほとんどの人々が忘れている
もう1度足下を見なくてはいけない
何度でも
あらゆる加減ない美しい地球の雨に
傘を捨てて打たれたらいい
誰もがきっと同じ事を
胸に憶うはずだ
胸に秘めていた憶いが
この地球との正しい時間を
憶いださせてくれるから・・・
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波の裏側の旅

タヒチの横ラロトンガ島
雨まじりの沖で
波をやや正面から
受けてから体をひねり込み
シャッターを押す
両目でよ〜く見て
感覚を張り巡らせ
水の中で動き回る訳だが
動画よりも
やはり1枚の写真がいい
長らくフィルムで撮っていたおかげもあり
現像した1枚から読む時間が
そこに生き続ける
電源もモニターもいらない
もっとも波動の水崩が早いのと
はなから四角く作ってしまう意図的なファインダーは見ていない
もしファインダーを見たとしても
この1瞬は眼では見えていない
から
見ても意味がない
どっかの写真教室の「これが良い構図です!」と押しつけの構図と同様
眼で見たら頭で絵をこねてしまう
それは本来の写真の胸で感じた情熱の1瞬とは違う
写真のはらむ危険な欺瞞の迷宮におちいる訳だ
作為がつまった1枚は御免だから
両目で波をじっくり受け入れ
大胆に押す
私意も思惑も捨て
無意識な世界が
もしかしたら涅槃寂静というのか
ここは祈りの場で
方丈で
修行の場であるのは変わらない事実
事実の1瞬をここに
追伸
数日前
海で波に叩き付けられ
鼓膜に穴があいた
鼓膜が破れると気持ち悪さと強烈な目眩いがする
すぐにあがり、様子をみたが
以前のような破れた感じはしなかった為
海へ戻ったが
ごく小さな穴があいているらしい
ちょっとした油断と運の角度と
水圧と風圧でいつだってこうなる
そういえば
音も鼓膜の振動で聞こえるらしいが
水の中ではくぐもった音に聞こえる
水中でも様々な生物の音(ブダイが珊瑚を噛む,シャコのはさみの音などにぎやかだ)
そして胸まで響く波音の雪崩の轟音に包まれる。
地に足がついた浮き世では
感じえない時間に生きている
これを知らなかったら
ここに来なければ知らないままでいた時間がある
旅は心を豊かにする
旅は自然に本当の自分をみせてくれる
波の裏側の旅もいいものです
地球で生きるには、つねにリスクがあるという事実を忘れてはいけない
そのリスクを排除する為の暮らしが
現代の我々の、「ズレた時間」だということも
憶いだしてほしい
そのズレを心で知った時から
こみ上げる楽しさと、無限な幸せとともに
気づけば誰もいない海岸で
1つゴミを拾うもの
募金でも環境保護でもない訳だ
山河の破壊にして我々の暮らしがある現実
では
ゴミとは何か?と言えば
人間の過剰な工夫で作り上げたケミカルな物、
燃やせない過剰な物に他ならない
そもそも自然界にはゴミなんて言葉が
もないのだから
もしかしたら
俺たち人間がジャンクなゴミなのかもしれない
ファインダーという四角い檻に飼われないように
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日々健康があたりまえだが
すこぶる健康で
すこぶる心が落ち着いていないと
全ての判断が鈍り
到底こんな場へ独りで泳いでいけない
体一つ潜り込める隙間を探して
回転しながら空を仰ぎ見る
人間界の地上とは時間の使い方がちがう
体の動かし方が違う
高速な横軸の水のトルネードを
寸ででかわしつつ
本能と感覚で早めに動くのだが
頭で考え
ファインダーを見たら
もう波はない
間合い
自身の心
地球や風と海
波と体
この間合いを
極める事は
まるで古い武術や行者の行と同じなのだろう
これが楽しくてたまらない
写真機の恩恵
海の恩恵
ひいては古来から脈々と手渡されてきた
日本の祈りの作法とその意味を知る事になる
楽しく
死が直接そばにあり
これほどわくわくする時間の
生きている実感に幸せを感じ
アドレナリンの海に漂う

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上級編

あてのない旅はどきどきだ
あてのない海の波の裏側のガイドブックはないのだから
身を以て自分でいくしかない
完全なるアウェーであり
お前誰だ!〜と
言わんばかりに
海の神様がそれはずごい!
ライフガードも誰もいない
遥か沖まで泳ぎ
戻らなくてはいけない
遊泳禁止である
様々な祝詞や真言を捧げ
九字きりといって
修験者や忍者が過去数千年行ってきた作法もする
これは簡単に言えば
9人の仏様の印と言葉で浄化するおまじない
水晶の玉こそもたないが
もう人間界の向こうにいくだから
山や海へ裸で行く者が
「必ず持つもの」になる
お護りと自己暗示の世界
悪魔降伏 怨敵退散 七難即滅 七生即成秘
六根清浄 懺悔
どうか
無事に戻してください
どうか
幾ばくかの時
幾ばくかの写真を撮らせてください
ネイティブアメリカンが言う
父なる太陽ワカンタンカに祈る
話はそれるが
熊野古道のある宿のおやじさんも
熊野本宮へはいるまえの発心門王子で
太陽のお父さん
大地のお母さん
と昔から祈るのだと
教えられ
まさにこうした、地球での自然行為は地球上で同じな訳だ
独り海で太陽をみると
本当に安心するが
大雨で
太陽の見えない海は
その恐ろしさで潰されそうになる
嘘のない世界
嘘のつけない世界
嘘のつけない一枚
嘘をつく意味のない世界へ
政治家先生
オリンピックロゴのデザイナー佐野君
ぜひ!
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青いバケツの中で

ハワイ諸島オアフ島の北
ノースショア
2002年の冬にここにあてもなく
訪れ
朝空港に着いてから
パイナップル畑の一本道を車を走らせ
夕方五時に宿が見つかるまで
それは思い出深い時間が
ここにはある
なによりも初日に
気道が閉まる程溺れたのはよかった。
パニックになると人は楽な方に逃げ
この苦しさから解放されたい為に
泳ぐのをやめちゃえ!といった死ぬ間際
人間の脳のおかしな判断に迷った
意識的に冷静に
精神的な部分を元に戻せば
結局は戻れるのだが
遥か沖では、そうはいかない
海での溺死のプロセスを体験出来た事は
貴重で正直嬉しかった
あれ以来
心と体
小さな自分の力と
圧倒的に凄い地球の力
の中で止観し
「おそらく」
越えてはいけない一条の線を
行き来きしてこれたから
地に足が着いている訳だ
その証明写真が波の裏側。
12年後フィジーの離島で会った
ハワイアンの友人に誘われ
再びこの地に戻り
泳いだのだった
なぜ長い間ここに来なかったのか?
つまりは白人のサーファーの渋滞と
水の濁りを避け
南へ南へと下がっていったのだが
もちろん文明と美しい昔の地球がうまく調和した
オゾンに満ちた朝のノースショアの海岸は
人々を魅了する
のだが
僕には人里離れた
静けさと
絶対的な地球だけのエナジーに
包まれたかった
自然のままの世界にあると言い伝えらえてきた
見えない力を観たかった
ワイキキをはじめリゾートや住宅開発や汚水で
ハワイの水が汚れたように
遥か南の島々も
数百年後はわからない
所詮は青いバケツの水に生きていると知りながらも
人間は止められないエスカレートし続ける馬鹿な便利と金を求めるいじょう
地球の自然環境は破壊されていく訳だ
しまいには武器を作り戦争をしかけ
よその国で戦争をやらかす
戦国時代のありさまだ
今から70年前の
1941年12月8日に
このノースの空から真珠湾へ向かった若者達がいた
戻れなかった54人のパイロット達と9人の特殊潜航艇の若者達
がこのこのハワイにいた事を忘れてはいけない
仰ぎ見ながら
彼らが見た心の景色と
今の景色の差を海から憶った
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伊賀 忍

ご縁あり

伊賀赤目48瀧を護る,三重県は伊賀の山奥、
天台宗延寿院と
ただならぬ関係になってはや数年
ここは1400年の時間を見てきた古刹で
密教行法や様々な武術や自然感を会得した廻国巡礼、山岳修行を納めた聖(ひじり)
は、赤目瀧衆として法華経を日本の66カ所の祈りの場へ納める旅へでた
これはいわば納経を理由に情報を集めた,伊賀の忍の基地だといわれている
富士、出羽,大山等は山詣りといい
赤目、那智、谷汲,華厳等を瀧詣り といった
その証としての印、御宝印を授かり,持ち帰った訳だ
それをしっていた信長はこの寺を焼き討ちにした訳だ
江戸になると、徳川のおとぎしゅうで、上野の寛永寺、日光東照宮、伊賀上野城などを
プロデュースした,高山公 藤堂高虎の菩提寺になる
彼の配下には松尾芭蕉の父親もいたのだから
松尾芭蕉も何かしらの密使と、金銭のサポートがあり
全国を俳句を作る振りをして、旅した訳だ
羽黒山にも彼の庵があったという
伊賀赤目の山で赤目不動が夢に現れた
天台羽黒の支流に属した万行律師が
駒込の地の庵に安置したのが,南谷寺の赤目不動のはじまり
で藤堂高虎もたちよったという
そして高虎は伊賀の瀧衆の忍の情報を統括し
徳川が帰依した上野寛永寺の慈眼大師天海に報告したという
からこれまた味わい深い時間が上野と駒込と伊賀の山を繋ぐ
きっと天台宗瀧泉寺の目黒不動にも立ち寄った事だろう
無生法忍
生死を超越して、もろもろの煩悩は慣れた涅槃の境地
忍法の絶対境地である
内外無垢、心身清浄、自由自在、融通無碍なり
心は何者にも囚われる事のない「明鏡止水」の境地に到る
波の中もまさにこの境地との行き来である
生きる教えはこの地球と心にある
誰かに言われてやる事でも
誰かの言う通りにする事ではない
地球に心を傾け
想いを伝える事で
自然に正しい行動に
正しい場へ
自然に収まるものだと
忍達は知っていた訳だ
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生まれ変わり

写真は嘘をつけないから
自らがその被写体にすり寄るのがいい
望遠レンズはパパラッチ
昨今の写真屋は後でいじりたおすつもりで押すから、
もはやこれは写真ではなくグラフィックだ
撮ったままでいいのだから
撮ったままがそのものだが
どうも余計な味付けをする
だから色もいじり
引っ張ったり消したりしたら
その場でパチリと写した意味がない
本来の素材の味を出すのが腕なのは
料理人とどこかにている
海で
抜き足
差し足
流されていないか?
水中の珊瑚の岩が足もとから続く
遠くの陸地と繋がる事実を
命が潰れるかもしれない場で知る
海の雲が覆い
風が吹いてきた
雨が水面をうつありさまは美しい
つかの間の青い静寂にいる
雨とは海の水が海に戻る輪廻である
海の中にも雲がある
これは空気であるが・・・
雨音を波音の轟音が消す
水中で音は空気中より十倍速く伝わるらしいが
それよりも、波と呼ぶ回転しながら迫る波動は早いから
音は置いて行かれる
もちろん崩れる行為の後に
音が生まれるのだが
どうもここでは違うようだ
人間界の常識や普通は普通じゃない
ここに身を置く事で知り得る事がある
あきらかに水は生きていて
こちらを観ている
大雨の誰もいない岸から400メートル沖で
胸が潰れる思いと
絵も言えぬ濃密な怖さに包まれた
怖いと
感じるのは胸の辺りの何かだ
その何かを心と言うのか?わからないが
四角いいけすの学校教育で養殖された
頭ではないのはたしかだった
胸が躍る
胸がつまる
胸が熱くなる
やはり人間も魚達のように
鳥達のように、胸の辺りで感じて生きている
地球に生身で向かう時間が
多くを気づかせている
あまりの恐ろしさに
15分しかこの場にいられなかったが
それも海での判断だ
心でわずかなその何かを感じたら
その感じたままに体を使う
その何かの音連れを
人間も感知できるのだ
昨今やたら広告で「五感を刺激」なんて馬鹿げたコピーを見るが
人間には無限なアンテナと
地球との感応力があるのだが
悲しいかな広告屋にはわからない
お客に今風の言葉を売りつけるのが仕事だが
ちと無責任だ
体験がないのだから
誰かの書いた文やデザインをまねるしかない
それは、よく記憶にございませんと言い放つ政治屋も同じ
ここに裸で泳いでこい
2度と嘘なんかつかないから
人間も生きながらに
生まれ変われるかもしれない
クック諸島の沖より
Because the photograph cannot tell a lie
Oneself should draw close to the subject
The telephoto lens is a paparazzo
Because I intend to do everything to play with it later, 
and the photo studio of these days pushes it,
This is already graphic not a photograph
Because it is good with shooting it natural
I do seasoning unnecessary for some reason
Therefore I play with the color
If I pull it and put it out
There is not the meaning that I copied with a click on the spot
It being an arm to show taste of the original material
I am with a cook somewhere
In the sea
On tiptoe
Stealthy steps
I did not drained?
A rock of the underwater coral continues from the step
A fact to be connected to the far-off land
I know it at the place where may lose a life
The cloud of the sea covers
Wind blew
The state that rain beats against the surface of the water is beautiful
Short-lived blue quietness needs it
Rain is the samsara that the water of the sea returns to the sea
There is a cloud in the sea
This is air, but …
A roaring sound of the sound of the waves deletes sound of rain
The sound is 10 times faster than it, and it seems to come in air underwater
Because the wave to approach while turning to call a wave than it is early
The sound is left
Of course after an act to collapse
A sound is born
It seems to be different for some reason here
Common sense and normal of the terrestrial world are not normal
I may know it by putting the body here
The water is valid obviously and
I watch this
From the bank where nobody is of the heavy rain off 400 meters
With the thought that a chest is destroyed
The picture was wrapped in deep fear not to be able to say, too
If I am scared
Is it anything around the chest to feel?
I do not know it whether anything is called a heart
I was cultivated by the school education of the square fish preserve
It was sure that it was not a head
Heart is excited
Heart is jam-packed
A chest becomes hot
After all as for the human being like fish
I feel it around one of a chest and, like birds, live
Time to go to the earth by the living body
I remind you of most
In excessive terror
I was able to be in this place only for 15 minutes
It is a judgment in the seas, too
If I feel something a few for a heart
; is feeling it, and use the body
Some kind of sound companions
I can sense the human being, too
“Stimulation looks at the ridiculous copy for the five senses” by an indiscriminate advertisement these days
With the antenna which is infinite for a human being
There is a response power with the earth
A sad kana common crier does not know it
It works to palm off modern words on a visitor
A little irresponsible
Because there is not an experience
I cannot but imitate a sentence and the design which somebody wrote
A politician-like declaring that memory does not include it well is the same
Swim in nude here
Because I never tell a lie
In the pattern that the human being is vigor
I may be reborn
From the Cook Islands
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ビンテージボード

代官山 Sundays New york
波に乗り継がれた手製の板達
当時のワックスや砂
色彩や傷やリペア後が
この種の道具の持つ光彩を放つ
thanks Key Murakami & Sundays surf
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戻れる確率を読み
戻りたいか?と自身に確認する
人間の忘れた無限なフォースを引っ張りだして
この地球のありのままに,身も心も添わせて行く
泳力やプールの水泳とは異質な世界がこの地球にある
酸素ボンベを買って入る
スキューバダイビングの征服感とは真逆な世界
サーフィンとジェットスキーの差は埋まらないように
足ひれだけで,泳いでみれば瞬時にわかる事がある
このジャンクな人間界の時間さえ嘘だと知る
何を言ってるんだ?お前?
と言われても
構いやしない
それが独自の体験であり
独りで山河に行く事に深い人生の道が続く
人間様を捨てる場なのさ
そう
いつ戻るのか?は
自分で決めて
2度と振り返らない
決めた事を
とやかく考えない
決めた事を変えても良い
たった今、思った事が未来と過去になるのだから
それが地球の流れに生きる事
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幼い頃は山口の無人島で魚を網で生け捕る事に命を燃やした
飼えそうで,持ち帰れそうな魚を
取っ手の着いたビニールの入れ物との電池のブクブクで持ち帰った
潮にまみれたまま、うっかり居眠りをすると,電車の中でビニールが傾き
海水がこぼれたりと、それは大変な思い出
でも何故か水槽で長生きせず
なぜ?死ぬのかを知りたくて
頼み込んで近所の熱帯魚やさんに小僧に入った
最初はただで、時給200円から勉強は始まった
そんな13,14歳の時、1977年から美しい生きた自然体験を子供達へと活動された
浜野安宏さんのマリアナフリースクールに参加さえてもらい
サイパンとパラオへ行かせてもらった
間違ったら指が飛びそうなでかい鉈で椰子の実を割り
ちょっと生ぬるくチリットした味の、椰子ジュースを飲み
図鑑のその彼らを見て,水の中で歓喜した!
太平洋戦争で亡くなった方々の慰霊におもむき
北の日本を望む崖で拝んだ
ドイツ〜日本〜アメリカ人の植民地という名の侵略で
他人の土地を土足で奪い破壊し,銃弾も骨も置きっぱなし
で、数万の墓場にされたミクロネシア諸島
天皇制を教育した日本
パラオは、日本が置いてけぼりにした日本食や言葉
と、今でも裕仁天皇の記念切手を発行するなど
他人の家に異文化を強制的に入り込む溝は深い
浜野さんもそんな,マリアナの人々への恩返しをと
あの当時に既に実行されていたのは凄い事だ
世界統一を目論む輩の仕掛けた、宗教戦争の図式は
今も変わらない

生い立ち1

グーグルアースで探してここに来た
泳ぎ始めた頃、傾いた丸い地球儀を見ては憧れた南の島々
ここは恐ろしい川の交差する
荒磯だ
地元のボーダーに聞いて
出る場所
戻る場所を聞いた
どこからはいるの?
「ここからジャンプイン!さ」
ここ?
どこからもどるの?
「ここ」
ここ?
ここはボードがないと無理だな〜
あの大と地続きなこの海底
海の中にも当然山がある
 
 子供の頃、落ちたらあがれないコンクリートで固められ、放射熱でゆだった
恐ろしく汚れた運河と東京湾と
不思議な事に、この海水でつながる美しい南の島々に憧れた
ヤシの実を飲んでみたかった
珊瑚礁の図鑑の魚をこの目で見たかった
1974年頃の4〜5歳から,真鶴の海や、山口県の無人島で透明な水を知った
祖父や父や叔父に連れられたので
ガイドがいた
今、都会の夏の子供達の環境や、教育環境は人形焼き状態だ
塩素とペンキで青く塗った人工ルプールがいけないとは
言わないが
練習したら早いうちに波にもまれたらいい
海や川が好きで
同時に持つ恐ろしさを知り
頭ではなく体感と体験で挑む子供を
見てくれる大人が必要かもしれない
来年は葉山でそうした
競技とは無縁な
生きる術と,自由で優美な人生を
地球から知るプログラムをやれたらと
思う
最初はガイドが必要だ
そのうち自分が自分のガイドになる
ナビや地球の歩き方なんか捨てて
感覚的な野生を取り戻せ
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波にあこがれ
波を探す旅へ向かい
波を探す
波を観察する
波に向かう心づもりし
遥か沖の波迄泳いでみる
波に九字きりをし、祝詞や龍や天狗の真言,忍の呪文を捧げる
あとはどうにでもなれ!
人生の岐路にいる
人生の最も激しく生きた時間にいる
地に足がつかないおかしな場で
どうしたってあの大波をくぐり抜けないと窒息死である
右も左もない
ただ真っすぐに心に刀を添え向かう
刀のしたに心で忍である
水と波
雪と波
霞と氷
陰と陽
心と体
同じ物であり実は一つ
これを地球の理
真理という
心は本来、水や鏡のようなもであるから 
光を照らすのは他人ではない
生きたおじさんが教祖の新興宗教や
キリストじい様達の「あざといズレ」
とは無縁。
あれはどう下駄をはかせて見ても、結局は募金集めのねずみ講である
まーいいやそんな事
下記は伊賀甲賀11人の忍者の秘密をまとめた書
万川集海 (1676年に忍の子孫、甲賀の藤林保武氏がまとめた本である)
訳 中島篤巳 氏のご尽力で現代語訳された 
を引用を引用させて頂く
身をかばって生きようとする執着心が邪魔をし
意識分別の罠に陥り
五行の理を忘れ心が迷動し事が定まらず
事物の理もわからなくなって周囲に振り回され
迷宮に陥る
さらに目の前の魔物に恐れおののき
気持ちが動転して手足の動きが乱れ
顔色も失せ弁舌がしどろもどろになる
必死即生
を信じて行動する
死を決心すればかえって難を逃れ
生き延びるものである
必生則死 必ず死ぬという一心で行動すると生きる 呉子
身を守りながら生きようとすると
帰って死ぬ事のほうが多くなる
この理は実に意味深い
思いっきり死ぬぞのと思って動くなら
結局は三忘(意識、分別、計略)の境地に入ると雑念が消え
心の隅々迄明々と定まる
すると物に動じなくなるので
物の理が静止し
鏡に写ったように明らかになる
すなわち周囲に惑わされず、目前の魔物に恐怖心を抱く事もなく
みじんの疑念もなく本心に立ち戻るので
常に機会を見失う事なく
体や心も理にかなって難なく動くのである。
それは盤上の玉、水上のフクベのごとく臨機応変が自在となり
勝ちを求めなくとも勝ち
死ぬべきところも遁れる
生き抜いたというやつだ
う〜ん
まさに
実は僕のは母方の出目は甲賀地方であり
甲賀の忍の足跡をたどり
最近では伊賀でもご縁ができた
今から13年雨前に波の裏側へ泳いで行くという決意と
不思議とネイティブアメリカンの所作と、忍達の地球や心に
対する所作が同じに感じ
泳力や畜養された常識の向こうへいくには
古来の人々の純粋行為と祈りが必要だと感じ
フィジーの海で忍の呪文をとなえていた
これも理であり縁であり天道である
まさに波の中では
信じたくない波が迫るが
ひたすら波と前へ向かいかわすしかない
退いたら死である
そこでは心の軸が大切で
思いっきり行く!中途半端はやられる!
これにつきる
忍者の道は
森羅万象と心や体を会わせながら
精一杯に生きた,日本の大切な正心体系であり武術である
信長や東大寺の理不尽な圧力に立ち向かった
郷土と仲間を護るレジスタンスである
ショー小杉の馬鹿げた茶番映画は虚構であり愚行である
影に生き
光の中で己を探して・・・
ここに行けば瞬時にわかる
迷えば行け!
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自然に添うだけ

残念ながら

四角い頭の文部科学省に畜養された
学校というフィッシュポンドでは教えられない
自然という言葉も,明治政府が偽造した言葉である
自然と銘打ち,都合良く線を引いた
政治やと不動産や開発者の団子兄弟が望んだ
反地球の町になった訳だ
頭で考えるのは意味がない
学者や大人は頭で考えろ!とせきたてるが
実はそうじゃない
行動も
口をついて生まれた言葉も
本当は胸の辺りから
自然発生したものでないといけない
政治家やはやりの企業家の得意な
空っぽのお話しは「口からでまかせ」となる
時間が必要だった
自問する時間も
ゆっくりじっとその自然を見る時間も
この暮らしでは蚊帳の外
人間様はこの地球のリズムと怖さを破壊し
逆転させてきた訳だが
結局は俺たちはこの地球に属している
のだと知らなくてはいけない
地球を物質的に豊かになったふりをした人間のリズムに
強制執行してきた現代
その美しい自然をみるには,遠くへいかなくてはいけなかった
その昔、ミクロネシアのフリースクールの校長浜野安広さんに
繋いでいただいた、親元を離れた大自然と大海の満ちた、パラオとサイパンでの
日々があり今がある
その3日だけのホームステーから33年間
今だその時間と家族との交流があり
今がある
限度の知らない地球の強さと
その美しさの中で
感じえた時間
実際にヤシの実を鉈をふるって飲んだ味
幼い頃の体験と記憶が今も何かと繋がっている事を
憶い起こす
群れで固まるのでなく
独りの時間をたくさんすごし
心のおもむく方向へ
独りで判断し
飯を食って寝る
また明日になれば
太陽が一面を照らし
波が風がうねりを運ぶ
じっと観る事
24でオーストラリアへのチケットだけで
あてもなくカメラと、ひとり旅へ出てみた
32でチケットだけで想像もできない波の中へ
あてもなくカメラと、ひとりと旅へ出てみた
ずっと時間に人間の思惑に縛られない
海の旅をしてきてコレが撮れた
教わる物でも
教える物でもない
想像は想像を超えられない
ちっぽけな頭
学者がいう
波なんて物が
本当はなかったように・・・・・
真実は自分で見てくるしかない
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行け!

ここまで独り自力で泳いでは潜り,沖を10m歩きまた波へ飛び込む浅さ
クック諸島はラロトンガ島
どこだそれ?
サモア諸島の横
タヒチの横
大雨の中、借りたバイクを走らせ
偶然見つけたポイントへ
肝試しで泳いだのが
これがあまりに遠かった!
ここはあきらかに厳しい!
今迄感じ得ない独特な
あからさまな怖さに
言葉は潰される
遥か沖
空気を吸いながら独り笑った
何してんだ俺?
不思議
不思議だ
何処だここ?
グーグルアースで波がありそう?
あてもなくきた3日目、島を1周し
ここを見つけたのが「運」という
しかし海中はやはり別世界。
プールでどんな早くおよげても
四角いテーブルの学校の勉強も
地球で生きるには何の役にも立たないと改めて知る
これを 畳の上ノ水練 という
この泳いできた14年の中で
どここよりも浅く,水が固い
人間界にはない妙な周波数というか,境界?というか
どこかあの例の霊山、山梨は七面山の行場を覆う空気に似ている
これなら
生きても死んでも「天命」だと思える
程の美しさ
なんでも一歩
地に足が着かない大海へ
踏み出してみる
行ってみなくてはわからない
邪魔をするのは
お前さんの小さな頭の妄想だ
バカなガイドブックなんてゴミ箱だ!
行けば1瞬でその
思い悩んだすべてを
1瞬で知る
悩むなかれ!
行け!
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マオリ

ニュージーランドの先住民マオリ
マオリの人々が手と精神を清めたいわば手水
世界の野性的で厳しくも美しい地球で
自然発生したこうした行為と所作は
どこでも同じである
日本は書物として伝承として未だ数百年?数千年前の
こうした行為を神社や武術や書道などの中に継承され
目に見えている
こんなにも精密で図面もバカな電気製品もない時代に
心のおもむくままに掘られ、創られた日用品とて
やはり審美性に包まれている
つまりは
言葉に心のせ 伝えたマントラ 日本では真言や言霊とよび
言葉をそこにずっととどめておきたいから文字が生まれた訳だ
伊賀や甲賀の忍達が
闇と光の狭間で伝えてきたのは義と正心であり
数百年間も信長が大群で攻めた伊賀の乱までは
どこの大名にも寺領にも属されず
戦ったのであるからレジスタンスであり郷土愛である
女子供迄も切り捨てられたというから
「信長は人の義を踏み外したとんでもないじじい」とは
教科書には書けない文部科学省の役人達
ニュージーランドととて
現実では銃や大砲でマオリを殺戮し分捕り
ニュージーランドと勝手にイギリス系白人が名うった訳だから
大切な自然やおそらくは何千年も
崇拝してきたティキや磐座や海岸を破壊された
歴史は今の辺野古も同じである
御嶽と呼ぶ遥拝場で
その目には見えない
目には見えなくていい
何かへ伝えたいという気持ちが
本来の人の心の向かう気持ちである
これを自然という
ファイヤーキングで11年
ひたすら新作を撮りたくて
波と1つになるには?
生きてあの沖から戻るには?
そんな事をフィジーの離島で独り
考えていた時間が
海への祈りへとむかわせた
のだが、これはそんなに特別な,宗教じみた事ではなく
おそらく人間が持っていたはずの
毎朝歯を磨くような
地球への純粋行為である
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人間様の作為と思惑の外野で生きろ!

映像はバカでも読める 
と写真集に文章を寄稿してくだった
ドイツ文学者 池内紀先生
まれにTVに電気を流すと
メディアは視聴率と安易な
小型カメラで撮られた
目を引く映像を垂れ流しだ
だらだらと流す映像は忘れるが
1枚の写真は忘れない
とは、たしかのその通りで
僕も始めは映像も撮ったが
やはり、はるか昔にやめた
ビデオは一度押せばずーっと
撮りっぱなし。
見せ方の違いだから
良いとか悪いじゃないのだが
写真と違い1つの波に気持ちが入る隙間がない
1つの波に集中し、2度と命を奪われないように
するのだから、そんな気持ちを隙間に埋めている訳だ
ダラダラした電気製品の映像は波と対峙していない
命のズレを海を感じないのだから・・・
ワイキキや江ノ島とは違い
ここは地球の生物の楽園だ。
まさに自分が異物であると感じる
間違った沖縄やワイキキのような
外国の白砂をしきつめて作った人工海岸にはない
生きた地球と強い地球の中にいると知る
はじめてがこの恐ろしい海でよかった。
渋谷やワイキキじゃ祈ろうなんて思えない
ここなら独りで死んでバイバイの可能性が
グンと高いのだから
自然に何かに祈らずにはいられない
始めは忍者の呪文とネイティブアメリカンのセージを炊いた
ゆるぎない事実として
人間にはいくらかの地球の怖さが必要である
例の日本人的な思想「罰があたる』である
これは白人が世界に押し付ける「ひげのじじい」
の出番はない。
ゴミなんて捨てようなんて思えない
もっとアミニズム的、森羅万象的地球感である
早く言えば野性的、原始的な誰もが思う観念である
海ではこんな姿で
遥か沖のまさに地に足がつかない場所で
波をくぐり抜けては、水中で波を両目で見て押すか?押さないか?
決めながら,その波のエネルギーを寸ででかわし
出れそうな水面へ出て息を吸うくりかえし
アドレナリンを飲み込んで生きる
ジャンクな都会じゃ知り得ない充実感と幸せ感
でファインダーをみないでパチリ!
ファインダーは見た瞬間に
つまらない四角い絵になっちまう
心が動いた瞬間に押せてないので
それを作為という。
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