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雨の会場へ
ニューヨーク
アフォーダブル アートフェアー ニューヨーク
来週はニューヨークの展示へ
https://affordableartfair.com/fairs/new-york/exhibitors
車で運ぶイメージで
選んでしまった作品!
本当にハンドキャリーでいけるのか?
行ってきます。
マイクロウェーブ
思い残す事がないように・・・
思い出はかならず
未来を連れて来る
人生はあっというまだから
あの時こうしておけば
なんて
思い残す後悔は捨てちまえ
この数百メートル向こうから
崩れてせまるフィジーの大波にどうやったら入れるのか
まったくわからなかった16年前
結局は
怖くて近寄ってないから
わからなかった訳で
答えは単純
頭で考えた事が無駄とは言わないが
やってみたほうが早い
水の固さと動きを
体で知る
水流をつかめる場所
つかめない場所が
透明な水にある
水が人の気持ちがわかり
記憶する有機体だと
言うのもまんざら嘘でない
迫り崩れる波の真下に
潜り込み反転する
日常で忘れていた感覚
紙一重
そんな時
きまって自然に笑みがこぼれてくる
電子レンジでチン!
は今の地球人の姿勢を如実にあらわしてる
マイクロウェーブは電磁波
本当に嫌いだチン!
地球の波動にあわせて生きる事が逆に難しくなる日々
機械に飼われた人間にならないように
うねる雨
現代風の川
無償
過去の感覚
おしみない心
宇佐神宮
ファイヤーキング終了
信濃
独り旅のお供は
空母信濃の精巧な手製の模型
ロープで縛られた中から
金属の細かいエッジングパーツと
丁寧に何度もエアーブラシで吹き付けられた信濃
プレートには阿部俊雄艦長に捧ぐ
と
ここファイヤーキングカフェオーナー阿部さんの
おじいさんは,その艦長とし
ミッドウェーで航行不能になった空母飛竜
とその先輩である,艦長山口多門
さんに降りる事を薦めるも
艦と運命をともにする
日本海軍のしきたり通り拒否され
命令通りその飛竜に解釈の魚雷をはなつ
やがて信濃の艦長になるも潜水艦の魚雷により
紀伊半島付近で阿部さんも責任をとり
積み荷の特攻機桜花と
艦と運命を共にする
享年48歳
家を出る際
奥さんと子供にいってくるよ
と話すも
戦局も危うい中
もう戻れない事はわかっていたようでした
と
有名な戦艦大和、武蔵と同じサイズで
戦艦が意味が無いと、おそまきながら変装され
空母になったいきさつ
制空権,制海権も無い終戦直前
護衛する駆逐艦も2隻で
そもそもが無理な航行とも
厚い装甲の浮沈空母と呼ばれながらも
雨の中潜水艦アーチャーフィッシュの攻撃で
緩やかに時間をかけ沈んだという
そんな海の男だった
阿部俊雄さんを偲び
きっとじいさんのおかげで
波の展示も14年目を迎えました
もうおじいさんの年を越えてしまいました
ありがとうございます。
不生不滅
山の撮影の人
ファイヤーキング
個展スタート
個展
和太鼓ライブ
汚染
あの世
この世
現世「うつしよ」
神様の種類は出雲系
伊勢神宮系
と仏教の輸入以前から
わかっていたらしい
神様は誰が見て
書いたのか?
どうして姿や神様の種類や特徴や
物語まで書かれているのか?
不思議
神様とチベットから来た外来の仏さんが
絶妙に混ざり合い
政治利用されながらも
民衆の心にすっと入り込む安心感
が日本人
明治政府が行った大間違い
廃仏毀釈、神仏分離、ほねつぎ,修験道禁止、呪術の禁止
シャーマニックで
ネイティブな普通の日本人の心の強さを
解体したかった外国人
の策に上手に誘導され
戦争になり
チャーチル、アイゼンハワー、スターリンの予定通り負け
ソ連は火事場泥棒に北方領土を奪う
あれほどフランス政府が
戦争に誘導されても乗らないように
と言っていたのに
で戦争に負け
GHQのルールで固められ
高度成長期で環境破壊してきた日本の今は
はき違えた便利と
すぐに壊れる物を
作り売りつける企業
地球が益々破壊されて行く
自分たちの首を絞めてるだけの話し
数百年後のことは
わからないが
このままではいけないのは
子供でもわかる
ネイティブアメリカンホピ族の予言通り
5回目の地球の審判がきてしまうのか?
掃除ロボット程くそなものはない!
宇宙へいくなど馬鹿馬鹿しい
まだ金が欲しいのか?
自分の星や海を
ゴミだらけにぶっ壊し
それでもまだ欲しい
人間たち
宇宙も衛星のゴミだらけな事実
海はご周知のように
ビニールやプラスチックや、放射能やら塩素やら科学薬品やらオイルやら現像液やら
で汚染されている事実
牡蠣養殖の事情
先日中国新聞朝刊(6/26)にも掲載されていた
瀬戸内名物のカラフルなプラスチックパイプ
主には広島から流れ出た
養殖時にホタテ貝との間に使われるプラスチックパイプ
アメリカまで流れ着いた事実もあり
今後の環境への配慮が問われている
昔は竹だったパイプは、耐久性と面倒から
この長さ20cm,径は1cmのプラスチックの筒に
1960年代から安価で手軽に使用されてきたようだ
流出の理由
海に落とす
台風などで筏が破損
船のスクリューに巻かれたり,船の衝突
最終的にホタテ貝や牡蠣ガラを
処分場に捨てる際に,面倒だから
外さないで捨てる
洗い流す際に水圧で飛ぶ
ごく1部だが故意に捨てる
など
広島県に約12,000ある筏から
結果的にものすごい数のパイプが
なんらかの理由で流出し
広島を中心に尾道、山口などの海で普通にみられる
厳島神社にもこの通り
山口県は広島県に対し
なんとかしてくれ!と要望書をだしている
牡蠣業者組合は使用済みプラスチックパイプの
流出対策を協議し今後清掃や
パイプの買い取りをはじめている
根本的にこれがそもそも環境に悪いという
モラルが大切だが
吸い終わったタバコを海に投げたり
している漁師もいる事実
この辺りを世界的にも
気を配り、アピールすれば
牡蠣のブランド力はさらに上がり
売り上げにもつながるはずだ
我々日本人
いや世界中
宇宙中の
みんなの海であるから
変身
神様という姿や種類が作られる以前
この辺りに住まう
海人(あま)族により
この山 弥山の磐座が崇められていた
やがて推古天皇と佐伯氏による
神社という神様の別荘が造られた
おそらくネティブアメリカンやアイヌの様に
本土から来た和人により、強制てきに矯正され
祈りの歴史も略奪されたのだろう
そして名前を
「いつき 島」と命名
その後
修行僧であった平清盛により
この朱色の回廊するデザインに
「いつく 島」に命名
そして「宮島」にその名を変えた
変わらないのは信仰心
だが争いも無い海人族時代の
純粋な地球信仰から
争いがや利権や欲が生まれ
敵味方の戦さにより
命を落とした人々の供養に利用されてきた事実
そして清盛から今年で900年(7/29管炫祭)
参道は高齢化による,土産物屋の廃業を
本土から来た、食べ歩きや、妙にしゃれたアメリカのコーヒー店が
我先に観光客を狙う
参道は神域だから
食べ歩きは本来禁止だが
島の人でない者には上の空
神社は拝観するには300円
それは凄い収益である
神様に会いに行くのに300円
三途の川で6文銭
金は怖い
何だ?
予告
IZU
脱出
omika Jinjya
みつち 神社(こうもう)
常陸の国
茨城はみつち神社
2300年前から祀られてきた御祭神は
水を司る女神 みつはのめの 大神
国家鎮護の神 ほんだわけの大神
自然界の木々の神 くくのちの大神なども祀られている
今では森と田んぼに囲まれたこの地は
昔は一帯は一面の入り組んだ海であった
というから
地球と宇宙は凄い
この山も海底にあり隆起したのだろう
エベレストで岩塩がとれるのもその証拠
その名残り
として境内は2枚貝の貝殻だらけ
数千年,数億年前ならお宝?化石?
だが
あまりに沢山のか白い貝が、土の表面にある
シジミを食べた後に、近所のおばちゃんが撒いたのか?
みつち、みずち
は龍の1種を指す
裏手にはひっそりと
いくつもの石の祠
祝詞を唱え
九字をきり
貝を吹くと
一瞬
草木の中から真っ白い何かが走った
ここが現場である
南太平洋で独り
生死のかかる生き甲斐の場
あの緑の山の麓から
小舟で
時には泳いでここまで来る
この1枚は潜ってかわして
素面に出て呼吸した瞬間に振り向いてパチリ
フィルムは写真のように
周りが黒いふちになる
今見ると味がある
波を潜ってかわさないと
この位置を維持出来ない
怖さがかつと呼吸があれ
体がかたまり
角度や勢いが甘くなり
必ず巻き込まれる
波に対して常に平行?
鯉の滝登り
実は撮っているより
潜って逃げ回る方が多い
2時間で30回~50回?は潜る
全部が撮れる波では無いから
水面に向かい口呼吸する
片道、片手泳ぎで20〜30分
精神力である
サメが餌と間違えてこないか
足もとや周囲の沖に
眼を配り
水面では大波に眼をくばる
やがて
独特な野性的な忘れて来た感覚を
取り戻し
海で独り幸せだな〜と
加山雄三さんの声
1 自分にしかわからない、緊張の意図が切れたらすぐもどる
すると急に無性に怖くなる(何かに見られている感じ、自然のその場の古い神様? か何かがいてもう帰れという感じ)
2 もう撮れた手応えがある
3 波が小さくなって来た
4 夕闇が迫る,体温が冷えた
なんだか
戻ると決めたら正直嬉しい
雨でも、とにかく選ばず行く!
たとえ沖で数分でもいい
引くときは一気に引く
この塩梅は感覚だ
ともかく気持ちを退けない事
大人や他人の言う事は聞かない
自分で判断する
その答えは正しいも間違えもない
始めはなぜ波に近づけず
何が理由で巻かれるのか?を考えたが
所詮人間様と地球は その力の差は1対2000だと理解し
やられる時はやられる
迷うこと、悔いる事、考えすぎる事
がよくない
プラス
腹を空かしたサメやウミヘビやはぐれたバラクーダがいる
絶海の海で人間様は餌である
強烈な毒のウニや貝もいる
完全なるアウェーである
人間は海には来なくて良い存在だと知るが
魚達は怒りもせず遠くから見ている
数百種類のサメの種類で
危険なのはたぶん13種類
これらをしっかり覚え
彼らの動きを良く観察し
目を見てそらさない
経験上、様子を見に来たら
向かって行くと逃げるなど
こうした教科書に無い事が
勉強になる
こうした時間が
人を正しくする
絶対に海に育てられた僕
眠い時に寝る
表裏
昔ばなし
フィルムはkodak ektaclome
実際には感度は50だと聞いた
カメラはCanon Eos7
レンズはCanon 20mm f2.8
ケースはアクリルの特注品
これを握りしめ世界中へ旅をした
暗中模索
ならぬ
波中模索
本当に波があるのか?
水は透明で
泳いで行かれるのか?
ボートを頼めるのか?
サーファーがあまりいない場所か?
最初はフィンも国産のGullのフィンだったが
幾度も波にさらわれ、脱げてなくなった
沖の波の中で
なくなったら本当に怖い
ホノルアベイへ通いながら
マウイでフィンを探した
歩いてもいいですか?と店内を歩き
最初はRedlly
今はViper の固いタイプ
図鑑で魚のハタの様に
クイックで動くにはこれ
足首が柔くないと相当きついが
水をとらえる力は抜群だ。
水中メガネはやはりGull
日本の葛飾区立石のメーカーで
一貫した機能美とゴムがとにかくよく
ずっと愛用している
数年前,偶然に商品の撮影を依頼され
た事もあり不思議なご縁だった
水中メガネは分解も出来
度までいれられる
本当に丈夫ですごい!
今のメガネも何度も無くしけたが
浅瀬や裸眼で水中を探し見つかる相棒
水中メガネがないと
足ひれより危険だ
海底の地形や
波の動きと大きさ
逃げ道など
サメをみつけたり
命に関わる大切なもの
様々な分野の
コアな道具を創る方が世界にはいて
その結果
こうした写真が生まれて来た
つまり
合わせ技1本である
写真はサモア諸島のウポル島
昔、初めてのフィジーで、空港で5時間待ちの際たまたま会い
偶然同じ日程で、同じ島だったハワイアンの
ボディーボダーTate宅に泊まらせてもらい
南下すること5時間
僅か20分の隣の島へ行くのに一泊し
国内線に乗り換え
車ででこぼこ道を2時間
本当に遠いぞ!
が2度行った
日本からの旅費が70万!
しかし川沿いの高床式のサーフキャンプの食事は今までで一番!
村人も最高だ。
遠望できるポイントは遥か沖にあるが
ボートですぐなのだが
とにかく川のせいか?
洗剤のせいか?
水は濁っている
ボートから飛び込み
波の場所まで、青黒く濁った深いチャンネルを泳ぐときが
一番怖かった
一度、いやな予感がして振り向くと
大きなロウニンアジとツムブリが足ひれの、音と泡に反応し
凄い勢いで深場から表れ
水中で’コラッ!’というと逃げ
またしばらくすると現れる
俺
ルアーだな
と笑う
カヌーで漁をし
川で洗濯をする(石けんや合成洗剤をじゃぶじゃぶ流すのが気になるが)
昔ばなしの様な国が地球にはまだ残っていた
いつまでも
開発の遅れた不便な遠い島に
行かねば美しい時間は残っていない事実
便利をはき違えた
都会のあり人間の我々
昔には戻れなくとも
これ以上地球を破壊し海を汚さない努力は
出来る訳だが
このままでは
汚染物質やプラスチックやビニールが海に漂う
沼になる
海7
陸地3+埋め立て1?
海が広いからわかりにくいが
小さな島々が輸入品や洗剤で汚れて来ているのは間違いの無い事実
キリストが輸入され
自然を大事にともに生きる知恵や教えを忘れた南の島々
アーメンの前に
拝むのは太陽と海と大地であろう
けむけむ
幻
水の分子が奇麗で不純物がなく
そんな水は水素と引き合う力もガッチリ
水の隙間に過去からの時間の記憶を含み
海の水はこの辺りから動かず
この地で生き続けている
のが僕の感覚
学者は学者
体験者は身を以て感じ得るものがある
言葉や数字でない世界
だからこうして
氷、石、木目など地球の素材の形になる
水が無ければこの世は存在しない?
波は禅的である
自ずと己を見据え
己を見つけたくなる
波は沖から来てるが
沖の水は来ていない事実
波なんて物はないのだ
そう見えるだけ
幻をみて
その幻に夢をかけともの動く
最高な人々
求道者であろう
苦しく危険な波に
板1枚で挑み、一体になる
僕はこの身一つで
地に足が着かない世界を漂い
思いにふける
夜、しんしんと降り積もる雪が好きだ
雪がこすれ合う音なのか?
しんしん なんて素晴らしい表現だ
人生をどう表現するか?
自分自身が納得いく音を探す
サーファー達はそこに
最も近い生き物だ
風
This is Sun rise at japan
so cold winter came with Clear sun beam
I’m so happy in tha Water
見た事が無い景色が
刻々と表れる
様々な暖色に変化する太陽が創る奇跡
崩れる波を撮るのは
首が危ない
潜って押す
タイミングが
さらに幅がないのも
難しい
フィジーの大波が教えてくれた生きる術
が15年後の日本で又使う
過去がなけりゃ
今は無い
今もすでに過去なのだが
過去にすがるのではないが
ポジティブに、しっかりと過去を生きて見ないと
今は無いのも事実であろう
過去と今はどっちも
同じ中にある
片方では駄目で
移り行く波の動きのように
呼び合うもの
その風をふかし
共に動くのは自分
明日の風は明日吹くさ
のいう訳です
フィルム
2003年の今頃
フィジーの離島にいた
空港で5時間待ち
グライダーの様な飛行機と
海岸からボートで島へいくと
地球の果ての
波の裏側に
青く光る聖域があった
36枚フィルムで十分だった
よそさまの土地と海
ギリギリの状態で泳ぐ訳だから
酸素ボンベも
人間側の要求も
身も心も無心でないと
なんだか
海岸に戻れない気がした
人間の泳ぐとか
泳げるとか
そんなものは何一つ通用しない事は
頭上の島を包むように崩れる大波に巻かれ
知った
風がひとたび吹けば
波も水温も瞬時に変わる
水深は2m程
海の水が急に静かに集まると
水の壁が迫り来る
空に1羽
白い鳥が様子を見に来た
周りには誰もいない
日常では必要の無い行為
でもなんだか無生に
幸せだな〜なんて
水面に浮いている
サメが食べに来ないか?
大波が来ないか?と
都会じゃ使った事も無い感覚と触覚を引っ張りだし
そうか〜
眼に見えない力や験力はこうした
際に使えたらいいな〜と
思う行者達の気持ちがわかった
都会にいたら
こんな野生を感じず
知らないまま棺桶なら
この波に飲まれて棺桶のほうがいい
足すも引くもない
飾らないありのままの美しさに
惚れたわけだ
そうした写真じゃないと
人にも海にも失礼だと思った
やってみりゃいんです
何でもドーンと!
今年のファイヤーキングカフェの展示は
こうした未公開のフィルムから最近の日本の御来光と波
を織り交ぜながら
海を海の神様を繋げたらと思います
改めて過去に感謝すると共に
色々な海の話をして行けたら幸いです