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波によばれる

この日の昼間
小舟で別な島の空港へ向かった

すると5人乗りの飛行機の僕の席には
タロイモとおばちゃん!が座っている

俺の席だけど
おばちゃん!というも

おばちゃんは自分の席だと
まったく動かず
パイロットに何を言っても
見ての通り乗れないの
繰り返し

オーバーブッキングもフィジー流
怒こるきはないけど
次の航空機の予定も無いから
ま〜いいや

しかたなく、小舟で1時間かけ
また島に戻ると
あんなに見えなくなるまで
(イサレイ)サヨナラをした皆に
なんでいるんだ?と大笑いされた

ふと夕暮れ近い海に目をやると、この滞在で一番美しい
うねりが押し寄せていた

この為に戻されたと
独り嬉しい大笑い

海には独り
ニュ?ジーランドの青いロングボーダーの
ヒゲのレーンがいた

全てを察しウィンクしながら沖へパドルしていく

やがて静かな海でレンーがこっちに何かをさけび
ミズスマシのように
ありったけのパドルで沖に向った

見れば一列の大きな波が全てをくるむように迫ってきた
どうみても逃げ切れない位置にいる

水面からは視線が低いから
発見がおくれた

なんとか3つめ波まではかわした

この後3つの波が空も海も島にそって
くるむように崩れ
全ての空間が水の世界に

暗い轟音の波の下
から僕は水面に浮き上がり
泡立つ海面を探した

もしかしたら6mのなみに
3mの板ごと海底に叩き付けられ
溺れたのではないか?

すると遥か遠くの白く泡立つ浅瀬に
大波に飲み込まれ

叫ぶレーンが浮いてきた

恐るべし波
紙一重の命がけの夕方

その夜島では2人だけ
レーンがフィジーのビールをごちそうしてくれた

思い出の1枚
浜の湯さん6階に飾らせていただいています

Ryuugu jyou

龍宮城に誓いを

良い言葉だ

目の前の海原と
潮がまじわり,伊豆七島を望むこの岬に
なんらかを見て
なんらかを感じた古来の人々

そのなんらかは、みえなくとも
わからなくてもいい

その時間に立ち会い
その瞬間を理屈抜きで信じ続けた
数千年がこの言葉に現れている

海は浄化してくれる
海は黄泉の国とも神仙ともいわれた

海の摩訶不思議な美しさと怖さ

二度と同じ音がない波音と潮風に
その時を香り
その音連れをよむ事ができるのから

Hotel Hamanoyu Izu Inatori

Hotel Hamanoyu had Long story with in front of Ocean.
My Fiji photo seen the Sea.
I fell like the Fiji ocean god meet Izu Ocean god .

Also Collection of my photo book (Blue Forest) was dedicated to Ise -Jingu Grand Shrine.

海伏

山伏にならないか?
と数年前にお誘いを頂いた

しかし
海で祈る海伏と名付けてもいいでしょうか?

恐る恐る、羽黒山伏の星野さんと
吉野山の修験者の方々にお聞きすると

海伏いいじゃないか!〜
頑張れよ〜

と言って頂いた

山伏は少しお待ちくださいと
お伝えしている

昨年、変にまねされ利用されても
いけないから,商標登録をとりなさいとと
ある方に言われ、1年がかりで取りました。

古来世界のネイティブな方達に
いまだに伝わる、貝を吹くなどの
単純で心でシンプルに地球から地球へ伝える行い

行とはよく名付けたもので

人は地球

いや

地球の先にある宇宙と感応しあってきた

しかしながら
それが出来る事に自信を無くし
忘れがちだ

写真は
フィジーの離島で
36枚フィルムで押していた2002年頃

本当に見た事も
居た事もない
怖い波の中で

少しでも怠惰な気持ちを
持ち込んだら死ぬな

と感じました

死んでも構わないが
死に切れない死はいやで
準備と覚悟の中のしかなたい死は
死ではないと感じました

ともかく
巨大な波の中は青かった

せっかく素潜りで遥か沖の波に
独り漂い
あまりの宇宙観に

広大で真っ青な海原で大笑いしていた
体からわきあがる不思議な幸せに自然に笑う

だから
その悠久な時間から残されて来た
人を知らない海へ失礼がないように

色加工もなにもしない

最近の写真はどうだろう
先日、現像所であとからイメージで色を変えたいがため
プリンターの方が写真屋の依頼でエアブラシで塗装をしていた

好みの色と雰囲気で見せたい
のは
ディレクション?と呼ぶのか?

写真と呼ばないでほしい。

写真はそのままその場の瞬間を
残し見せ
何がそこに残り呼吸をしているか?
がいいのに

インスタでも同じく、色をのせまくった
眼ひかせる色彩の写真が氾濫しているのが現実

良いとか悪いではない
これが今の現実。

現実とは何か?
ドキュメンタリーで生きないと
地球には通用しないのだが

人の暮らしが過剰に便利で高速化する
毎秒毎秒

心が地球から離れて行く

幻影を探して旅をするのが写真家

だが
その幻影さえもこのままでは
絶滅してしまう

Worry about feauturer

Super Cold Water was killed Planctons.
Japanease Ocean connected many river had muddy.
River did polluted by the impurity of the world .

hopfly To express the Clean ocean to the Feauture generation
Japanease river worry after 100 years.

Although we had more important than plastic straw

プランクトンが死滅する程冷たい海は透明だが
日本の海は沢山の川からながれる汚れも影響し
海辺ではいまだ、洗濯配水や台所配水がそのまま

水俣病を引き起こした企業ではないが

川が俗世間のゴミで汚れている

忘れたふりをしている
福島の汚染水と

冷却と排水の為、川の河口にある
原発の川や海も同様

水に溶けて無くならない
インクを大量の水に混ぜているに過ぎない


広島の牡蠣業者のプラスチックの不法投棄は
今だ止まらず、保安庁も見て見ぬふり

未来の人々へ、この美しい海が
残せるのだろうか?

死生観

実は波ではなく光をとっていた

海では泳ぐ力ではなく
泳ぐ技と体術がいる

勇気と心を振りしぼり,誰もいない沖の波で独り
大波が迫り、心が潰れそうになる

そんな中気持ちのお護りとして
忍術の呪文を唱えていたが

ある日、彼らをよく知らないなと
甲賀と伊賀へ向かった

雨のある日お不動様の祀る滝寺で
偶然その寺の住職と出会い,やがて吉野の修験者に会い

以来不思議なご縁で祈りの旅がはじまった

日本が66の国だったころ,唯一だれにも征服されず
大きな力と戦っていた
実は義と正心,神仏を尊んだ地侍と村人,宮司、僧侶が忍

今から約500年前信長により
伊賀で焦土作戦と殺戮が起こった
「天正伊賀の乱1581年9月」

伊賀は「まつろわぬ者の住む魔界」と呼び
かってに手を出すなと 言っていた信長
だが,息子が勝手に2度に渡り攻め入るも惨敗し

激怒した信長は数年後
日本から伊賀を消す為
狐狸一匹たりとも生かすな!と
四方から火を放ちながら攻め入った

伊賀は12人の忍び頭が協議のもと
ある時期に敵が5万人でくる事も知る

所詮、物理的な勝ち目は無いが
侵略する信長に頭をさげてこうを願うならば
潔く散るのが、先祖代々護ってきた義と約束であり

仮に体はなくとも魂は生きる道
精神は負けない道を選んだ彼ら彼女ら

松尾芭蕉のおじいさんもそのとき討ち死にしたという

明治時代の前まではこうした
呪術やみえる方、陰陽師など特殊な力の方々
普通にいた日本
その力を畏れた白人がその力を
明治政府地と画策し廃仏毀釈、修験道禁止などを

共産主義のごとく
数千年祈られた仏像を焼き払った

そんな仏さんはどう思っているやら

これからも
山伏ならぬ海伏(商標登録)として
貝を吹き、呪文を唱え海で祈りを捧げて行く

これが今生の道である
人の生き甲斐は死生観にあると信ずる

地球の呼吸にあわせ
畏怖をわすれずにいた
感覚的に理解していた先人達

日本では北海道と明治2年に勝手に呼ぶ以前のアイヌ民族がいた

アイヌシモリ(人間の静かなる大地)
(神の住むところを) カムイシモリとよび
大切にしてきた彼ら

そんな地球の過去のあまたのネイティブな方々の
祈りと憶いがあり今がある

見えない風と呼吸は消える事はないと信ずる

Caming soon Moon

Caming soon Moon
at The Japan

I carry on going to the Garmany Art Fair at October

この写真もドイツの展示会に担いで行きます

迫る

2度と同じ波はない
2度と無い時間

海でひつようなこと
行く勇気、やめる勇気
泳力、潜水術、体力、気力
楽しみ、死んでもいい覚悟と準備
心、体の平穏
危ないサメかどうか
はやめに戻る
海や魚への畏敬
全て修行

いらないもの
怯え、考え過ぎ、過信、悔いり、自分の力を知らない
誰かが助けてくれる思い,自分へ嘘をつく

これも修行
己を知る
己と正直に向き合う
掛け値無し

剣道の試合でなく
果たし合いである

しかし征服するのでも
手に入れようとしてはいけない

海はそこにただあるだけで
刻々と変化し闇が迫る

写真がずっと後で教えてくれる事がある
写真もただそのままを、残すだけ
嘘もなくありのまま

昨今その写真に欺瞞や嘘をつかせるのは
人間である

There is never the same wave
Twice and few time

The thing that is necessary in the sea
Courage to go for, courage to stop
Swimming power, art of diving, physical strength, willpower
I am with pleasure, readiness and preparations feeling, state of the body, nothing that may die
Is it a dangerous shark?

Awe to the sea and a fish
All ascetic practices

I do not need it
I tell thought, oneself whom somebody who does not know a scare, an imagination, overconfidence, condolences いり, one’s power helps a lie

This trains itself, too
I know oneself
I face oneself honestly
There is no overcharge

Not a game of the kendo

However, I conquer it
You must not be going to obtain it

The sea changes every moment only by there being merely it there, and darkness approaches

A photograph may teach later all the time, leaving it photograph is plain without a lie

It is a human being to the photograph deception and to let you tell a lie

波を撮り始めてからしばらく
夢をはっきり見るようになった
昔は人の顔はみえなかったが、今でははっきりとみえる
味やにおい
その時の感情まで覚えている

ある夜
自分は赤い社にいて
目の前には緑に囲まれた巨大な瀧

そこでヒゲのはえた修験者が
おどけた天狗達が

楽しそうに両手に天狗の葉うちわを持ち
、こっちを見ながら飛び込んで行く姿をみて

あまりにリアルで楽しい感情で夜中に起きた

そして那智の滝に呼ばれているんだろうな〜と
いってみた

天狗の呪文とこの瀧で修行した文覚さんを偲んだ

文覚は京都御所の侍で,かけさ御前を殺め、後に出家し不動明王の真言と
冬のこの瀧で修行し死にかけ
不動明王の眷属こんがら童子、せいたか童子に助けられた

その浮世絵を手に入れた後だけに不思議だった

天狗様いるんでしょうが
僕のレベルでは見えませんでしたが

那智たきもと前鬼坊という天狗様がいると
伝わってます

2千年にわたりご神体として
崇め祀られてきたの133mの飛瀑

明治時代には,木の葉の衣装をまとい,この山で瀧で修行し最後はこの瀧に飛び込んだ
修行者 林じつかがさんがいます

数年前この滝をロッククライミングした
心無いクライマーはいまは冥罰でも落ちたかな

年を重ねつみあげると、その人の顔になる
九州は都城の真言宗 天長寺 ご住職長谷川慈弘さん

初めて急な訪問にも関わらず
ご丁寧に様々な歴史を教えてくださった

恩人であり阿闍梨であり
全てはこの1枚が語る人

ありがとうございました。

この1年海よりも
こうした祈り旅と
祈り人の方達のご縁と教えを頂戴している

海は怖いから自然に祈る
写真は全てファインダーを見ない

始まりから終わりまで
この身一つで行く
撮れたままの写真でいい

撮ろうとすると
きな臭い,作為ある1枚に
写真は嘘をつかない

ドイツ展示

10月中旬にドイツミュンヘンのアート展MUCの審査を通り
展示がきまりました。
ギャラリーには属してないので、又独りで写真を運ぶ旅です

日本では夏に恒例のファイヤーキングカフェにて15年目の個展を予定しています

新たな作品を撮りに行かねば!

身延山

身延山の古刹武井坊
武田信玄のゆかり

2000mの孤高の山寺
七面山の別当をつとめた
祈り人小松さん

木剣は人々の為に祈祷して振り続け
体がその方達の様々なものを吸い込みすぎ
もう持てなくなりました

豪快でありながら
気配りの暖かい神様のような雰囲気

広告外

海がなくなったら
山も生きられない

神仏の住むずっと昔から
打ち寄せて来た光を太陽とよび
太陽は地球に帰属しているのではなく
宇宙の惑星である

島々に住む地球人
地球とて宇宙の島に過ぎない

自分たちのものだけでない事を
知るといったとろこで
胸には届かない

出来るだけ
時間をかけ
海や山へいけば
おのずと胸に染み渡り
響き渡る

そこには怖さが必要だ
垣根の無い底知れぬ芳醇な美しさもいる

あとはそこにいるだけ

やがて
気づけば独り海岸でゴミを1つ拾う

ストローをやめようなんて
やめてくれ

うちなる己

今の技術では創れない短刀

これはこの地の25代島津久静に
お嫁に行った際に父より持たされたという

江戸時代後期
備前国長船村 春光,祐定の合作

バランス島目の色彩と凹凸
銀の美しいさや
と鶴が彫られた怖い力がこもった刀

短刀に隠された
小型のさやもものすごい緻密だった

当時は全て手製の錬磨と修行を重ねた
職人の最高の仕事に包まれた日常

江戸時代の人々も文字書きの普及率と
浮世絵を見て驚いたフランス人は
僅か10%未満だったらしく

伊万里焼きの包みにしていた浮世絵もA4サイズで
1枚天ぷらそばいっぱいだから 800~1500円位?か

名品のほとんどがイギリスやアメリカに流出(売り飛ばされ、接収された)

わずか300年でその技術も魂も消えた日本
自然の破壊も江戸時代から甚だしい
明治政府が西洋化と,政治的な裏取引やなにやらで

日本人の持つ義と祈りの呪術力を畏れ
個々の力を封じ込めるために
様々な呪術、ほねつぎ、骨法、武術、修験
仏を燃やすなど
とんでもない時間から140年で今がある

早くて
便利を間違えてはいないか

薩摩忍をはじめ(おそらくはもっと昔から忍とやばれる前から、修験者や僧侶、神官のでいりがあるから
伊賀の忍者の歴史から見ても交流はあったはずだ)
吉野から修験者をよび
蔵王権現を勧請し呪術,祈祷術に正心的要素を
自然によびよせた(熊本金峰山)
島津忠良さんも書いていた

神仏はそとにいるものではなく
それぞれの心にあるのだと

島津邸


宮崎は都城に写真のご納品へ
そのまえに、旧知の仲であった島津邸へご案内くださった

お客様は歯科医院を代々経営され
実は島津家より600年も古い家系図があり

驚いたのは天皇の名により、宇佐神宮を創った田部氏(物部)が土持氏
となった
実は広島のご先祖の神社も宇佐神宮から勧請された為
その大昔は九州の地で会っていたにちがいない

狩野派を江戸木挽町で修練した絵師 たからべ せいちん は
島津家の役人であり,ご先祖も
師 阿久根能賢も僧侶であった

島津家は内紛もあったものの
土持家とも
代々,日本の伝統を大切にし、人道をふまえ
神仏敬い、文武、祖霊と祈りを大切にせよと

伝わるという

おそるべし
生きた波
当時は銀だったとお聞きした

祈り人発生の原因

宗派は所詮祈り方の違い
日本に輸入され
禅宗とも溶け合い
神道とも溶け合い
比叡山の延暦寺で風が集まり

言葉として
指で作る印として
口伝として
そしてまだまだ未発見の秘術と印

ある領域を観て来た
彼ら
彼女ら

己の自己を内観する禅が
うまいタイミングで日本の仏教にまじりあった
この禅のこれからも未知数でなし得て行く仕業が
人には大切だ

修験道もおなじく
身を捨てて、全てを捨てて
地球と宇宙を体験する

まだ日本にも手つかずの
美しい自然という言葉が
造語される前からの悠久な景色
があった事が

僕はなによりも、彼らを救い
彼らのイマジネーションをかき立て
癒して来たのだと思う

今のビルの隙間の都会じゃ
空海さんもみなひらめかない

お茶を広めた栄西さんも静かな庵で
座禅を組むどころではない

西行の巡礼の旅をおい
道祖神の招きがあったなど
ものすごい事を言い放ち旅へ出た
松尾芭蕉も,川のダムをみても
きっといい俳句もでないだろう

限りある
2度と戻せない
地球,海と山を大切に

プラスチックストローを紙にするジェスチャーより
大事な事があるはずだ

彼らの命は儚くも
祈りは神々と地球に永遠に
こだまする

祈りの前

ステージに向かう前
祈り人達はいつもの優しさに溢れていた
厳しい修行の果てを探す彼らの
そばにいられる日本人は幸せだ

身延山 武井坊

身延山の武井坊の大祭へ
古くは武田信玄と所縁ある古刹である

ご本尊は、長い時の祈りが染み渡る
毘沙門天を祀る

代々七面山の山寺 敬慎院を護る小松上人
1週間前から身を清め
心をつくし毎日凍った瀧を浴び
普通の足で5時間かかるやまを登り降り
自分で数時間祈る

まさに行者な小松さんの
地球の修行の体験や憶いの
法話のあとには

また水行!

大丈夫でしょうか?
体は

Mauntain monk

吉野金峯山寺から五條管長はじめ,五條永教さん、田中利典さんをふくめ
金峰山寺の幹部の修行僧の方々があつまり

4箇法要式次第がはじまる

独特な声と
数千年間、あまたの修験者から手渡されて来た祈り

櫻の吉野山に祀る
蔵王権現,不動明王、役行者を呼び
法螺貝の音色が響く

宇宙の事から
形も現象も全ては無いと
説く般若心経もすばらしかった

皆様ありがとうございます

Haigh Chief Gojyou kancyou,Eikyo Gojyo, Riten Tanaka with many mauntain monk
Gather From Yoshino yama

With a unique voice
The prayer that has been handed for several thousand years by a great number of mountaineering ascetics

I enshrine it in Yoshinoyama of SAKURA
I call Zao Gongen, FudouMyouou, Giyoja Enno, and the tone of the conch sounds

From space
If the form does not have all the phenomena, too either
The Hannya Shingyou to preach was splendid

Thank you very much

鞍馬山護国院

Kuramayama Gokokuin
I had been met him for 4years ago Kinpusenji at Yoshino
His name is Nakamura Koukaku had Long story Change the Mountain monk the yoshino
His temple start new Place the maioka at Osaka

So Haighest kinpusenji monk came with Conch shell (Horagai) from Yoshino

新旧

まるで新宿の様な景色と看板は
東京都かわらない普通の町だった

古い家もコンクリート
新しい家もコンクリートぎちぎちに建っている。
丁度これから立て替えられて行く狭間のようだ

そんな町の片隅の
地元の饅頭やさんや、屋台は
懐かしくおいしいが
スターバックスやコンビニに押されいつか消えてしまうのか?

しかしバイクがすごい!
中国からのPMと大気汚染は深刻だ

ひとたびハンドルをにぎると
ぶっとばすが
普段は穏やかで親切だった

今回写真は売れなかったが
まだまだマーケットとアートの未来はたくさんある

展示するギャラリーや、アートを飾るレストランやホテルが
増えたら、日本よりもアートが暮らしを豊かにするだろう

ホテルフェアでは
どうも,きもかわいい?風な絵がよく動いていた

魚がい

昔の海辺の行商の風景
おばちゃんが小さな石持を買い
おじさんが鱗とわたをとる

魚を通じ
通い合う優しさと会話

今の日本は切り身のパック
魚屋が消え行商のばあちゃんが消えつつある

人の心もかわき
スーパーで、畜養マグロや、天然風ブリ?やらサーモンの切り身を
レジに並んで機械的にだまって買う

目利きの魚オヤジが選んだ
新鮮な頭の着いた魚を
目利きのおばちゃんが買う

いい雰囲気だな〜

市場


あったあった
魚市場!

ユカタハタやサラサハタ
やイラまで
南の魚と温帯の魚がまじりあう台北
食べたい!

宗教は何だ

台湾も大陸や島々からの渡来人により
定着した道教と儒教の国である

人々は長い線香(最近は,香料や薬品により体への不義理がおこるらしい)
と占いくじのために、三日月型の木を投げ
同じ向きに何回目でなったかで
くじを引くという

いわれによると朝鮮半島から
日本に仏教が538年頃,正式輸入され
神道派の豪族からは仏教は弾圧されたという

6〜7世紀が飛鳥時代で
聖徳太子が(忍)志の便を使ったはじまりという

歴史が本当かどうかは
永久にわからないが

今では道教のながれもうまく溶け合い
神道も仏教も明治政府の仏教排他の
神仏分離まで仲良く同じ敷地にあったのだが

今では別々に

いづれにしても
台湾の仏さんは金ぴかである

ヒゲの道教の方もいる

昨今は日本の新興宗教が
台湾の信仰心を利用し
説明もよくしないまま、掛け軸や先祖供養と称した
札を売る営業に

よしておくれ
日本人として恥ずかしい

続く


地元の朝ご飯専門
おばちゃんの優しさと笑顔で
毎朝、手製のあんまんや、シャオピンという何層にも練り上げた生地を焼く
すぐかどのコンビニの薬付けのおにぎりやパンと違い
これぞその場で作り、すぐ食べる
正しいリズム

スターバックスや外資の
内装やはやりのメニューのある店とは違い
職人の味わいと歴史がある

結局毎朝いくようになり
地元の方は暖かい投入と揚げパン
や薄皮の生地に卵焼きを巻いたもの
など

14,15,16階を貸し切り
各ギャラリーが借りているが
ヨーロッパのギャラリーはなく
日本、台湾、韓国など

展示会は客層が若いのと
かわいい絵や、奇麗な花と女性の絵などが人気

草間弥生,奈良さんや村上隆司さんや
そのまねをしたような絵や立体が多い?

写真があまりなかったな〜

狭い部屋にごちゃまぜで飾る方式と
ベッドの展示は僕の作品には微妙でした

続けることですね

太極拳


翌日,丸一日何故か寒気がしダウン!
朝起きると治りかけ

友達が公園で習っている太極拳を体験

これが実に理にかない
気をつかむ感覚や動作が
水を掴むのと同じだと知る

眼には見えない空気と空間にある
エナジーである気と自身の気を
繋げる

霊気にもにた
独特な動き

先生はカンフーの達人でもあり
色々な先生に習って来た
武者修行の有段者?が先生のもとに集まる

これは凄い体験だ
これからは先生に教わった琉球空手にもにた
所作を取り入れたい

台北


古い建物も新しいマンションも
所狭しと立ち並び
隙間を道が走る

窓は全て鉄格子とクーラーの室外機
ホテルは暖房がないのが普通

台湾の方はとにかく食べる
仲間と家族とわいわいと
楽しげだ

土地の価格が東京より高いという

Hotel Fear

台北の中心
高級ホテルシャーウッドホテルでのアート展 One Art Taipei

過去10年続いたYang Art(45歳までの作家展)の企画者の3ギャラリーの
新しい挑戦。

結果的にはお客さんは、過去より少なかったようだ

原因は数千万円レベルのギャラリーが
集まるダンダイアート展やInk(水墨やドローイング)など4art展に
絡めてみたが、結果分散したようだ。

絵や立体も奈良さん風の少女絵、人形や村上隆司など
正直客層が違った

しかし台北は日本に比べアートに対しての感心は深い

One Art TAIPEI

台北の5つ星ホテル Shere Wood Hotel にて展示をします
日本とサモアの金色の波
フィジーの青を新たに印画紙にプリントし
杏橋幹彦が独りみずから運び

現地に毎日おります

日時 一般公開 1/19~21 12:00~20:00
   コレクター、VIP 1/18

ONE ART
https://www.onearttaipei.com

オリジナル

アムステルダムの余韻
アートに関して
アートが生活にともにある

アートという言葉でごまかされない
自分たちの個性と好みに正直なのかもしれない

今日の今日にまね出来るものではない
オランダの方々の歴史や教育、社会制度
適度な仕事、休日のあり方、食べ物、心

日本にはない優美な時間だった

ポルシェ

オランダはアムステルダム
美しく維持された
68~70年代のポルシェ911 E
フルオリジナルだろうか
ドイツは車で数時間

至る所にとめてある自転車の
隙間に美しい美意識

残像を先に見る

そぞろ神のものにつきて心を狂わせ
道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。
松尾芭蕉

そぞろ神ががとりついて
おちつかない心境になり
道祖神のまねきにて・・・

旅にいきたくなっちゃった

これが深川の家から
松島の名月を見に行きたくなった
という
松尾さんの素直な心境が旅の始まり

人は古来
いや、元来この宇宙の時間にたちあい
生きる中で
その美しさと表裏一体の怖さ(命が簡単に失われる)
を感覚的に染み渡り
今よりたしかに地球の回転にそくし
野生的に生きて来たのだが

便利なスイッチ一つTVをつけ
いかした植木鉢で植木を買い
漁もしないで買う生活で
日々失われている

その産物がプラスチックや、放射能ゴミ
洗剤やらなにやらの物理的なみえるゴミ

数億年かけた海岸や
珊瑚礁が2度と戻らないように

人が失ったみえない
時を取り戻すのは難しいのか?

便利が悪いとは言わないが
溢れ出て海にこぼれだす物質と欲求は
地球を日々宇宙さえもけがしていく事実

ありにままの
地球に行けば行く程
その強烈な力と悪気もない死を感じ
その意味と生きる力をもらう

物質が増える程
生き死にを忘れるのもあたりまえ

裸で波に行けば行く程
そぞろ神がいると知り
松尾さんのように自由に旅へ

命がけの旅をした伊賀の松尾さん

不可思議な通行手形と旅に資金
各地で有力な大名達に歓待をうけた
かれの得体は知れないが

感覚的にこの地球と宇宙や神々のバランスを
身を以てしっていた哲学者であり
実践者である

わずか320年前
にこんな旅人がいて

その言葉は生き続けている

人の命は儚くとも
1枚の写真は生き続ける訳だ

旅へいけば
わかることがある

青く光るポジフィルムを見て
人間の目なんていい加減で
補正してしまうことを知る

眼で見ていたら撮れないのがこれ
昨今の彩度をPCであげた写真は
もはや写真でなく
アートである

太陽光を基準に眼は出来ていて
人間の眼が一番近いのはイカだという
イカは(特にこういか類)周りの環境や気分によりその形や
その姿も色も擬態する

擬態するという事は
その場の環境の岩や珊瑚の色や形を
瞬時に見てから,その場に溶け込ますのだから
あきらかに感情もあるんだと思う

10ヶ月水槽でこういかを飼育して
そう思った

なにはともあれ
イカより人間は遅く生まれているのだから
我々のご先祖であり
そんな後から来た人間に地球や海の事など
全てがわかる訳も無く
わかる必要もないのだが

青い海があと100年で無くなる可能性も十分にある
自然という言葉が無かった時代
から僅か140年で地球は変貌した

この美しい日本の海も
やがては絶滅してしまうのか?

伊藤若冲が数百年後にこの絵の
意味をわかる人が来るだろうと言って180年

ユージンスミスも命は消えても
1枚の写真が数百年後に残り
戦争の愚かさが伝わればいいと書いた

写真は嘘をつけない

Akemashite Omedetou gozaimasu

A Happy New Year

謹賀新年
昨年も皆様の暖かなお気持ちと
展示会に足をお運び頂きありがとうございました。

本年のもどうぞよろしく
お願い致します。

杏橋幹彦

日々遺言

昨日ユージンスミスの特集が流れていた
僕は当然生前であえてないが

写真哲学の師だった
写真家柏原誠が日本でのユージンのプリントしていた

生前こんな話を聞いた

「ユージンがな奥さんと日本での撮影の
プリントを俺がやっていてな」
(水俣ではない)
いいオヤジだった〜

と当時を懐かしんでいた

タワラ、サイパン,沖縄の戦場におりたち
現実の人間が殺し合った結果を見続け

自分が死んでも
1枚の写真が戦争の愚かさを
将来の人々に伝わればいいと語ったユージンスミス

命がけで見て来た写真は
軍の検閲を受けその90%が捨てられたという

軍やLIFEはアメリカ

初めて出会い
初めて見た誰が撮ったかではなく
1枚から何を感じるか?

これがされど1枚の写真の奥深さと醍醐味

さっそうと風のように急に現れ
1枚の前で立ち尽くす彼ら

しばらくすると
戻られて
購入して頂いた

遠いフィジーの離島で
恐ろしく美しくでかい波が

まさかオランダに運ばれ
彼らの家族の元に飾られる不思議なご縁

波は巡る

ありがたい
海のギフトと彼らに感謝

We meet you for the first time
I cry who who looked for the first time took it
What do you feel from one piece?

But this is profundity and the powerful charm of one piece of photograph

I appear like wind suddenly breezily
They who remain standing before one piece

In a few minutes
Come back
I had you purchase it

In a far-off Fijian remote island
A wave huge terribly beautifully

Indeed it is carried to the Netherlands
The mysterious relationship that is given glory to to their family

The wave rotates

Thankful
I thank gift and them of the sea

動き

ニューヨークからオランダの初めての展示から
早く1月の台北の展示が近づく

写真をはじめたのはいつなのか?
子供の頃、
デジタルカメラが無い時代
35mmのカメラで
とりとめもなく景色を撮ったり

24であてもなくオーストラリアへ行き
写真をとったが
全く才能がなく

なんていうか
薄っぺらな構図が固かったな〜

わくにいれた写真
で窮屈だった

旅が写真を作るとも
生き様とか
かっこつけたら
そんな言葉だが

とにかく
沢山みて
押す事

駄目でも駄目でも
押して行く

そのうち
何がみえるようになる

1瞬の1瞬先

波も人も似ている
よらないと撮れない

しかし変な気配があると
離れて行く

波も人も波動で生きているから

その空気に溶け込んでは離れる

写真はまづは眼でみて
感じたらよって押す

レンズは必ず単玉で

埋め立て


船のマニアにはたまない
特に作業するタグボートや様々な運搬船は
美しくかっこいい

町には70年代のシボレーサバーバン
60年代ポルシェ
美的な道具とそのスタイルがオランダの人々
の日常に

仕事も夕方には終え
家に帰る

動物的な野性的な正しい暮らし

混雑する電車の中で携帯画面でゲームする日本人じゃ
アートなんか家に飾らないな
下ばかり見ていて
見る暇も、見る気も起きないだろうな

自ら心を埋め立てている

太陽の動きとともにある事を
忘れたら
海も山も簡単に埋めてしまう

余韻

日々展示会のギャリストは
作品の売れ行きや雰囲気で
展示を入れ替える

海沿いの巨大なドッグ跡の会場は
毎日子供から、じい様までそれはすごい

魚を一口大にし揚げたキブリング
を試し、会場と宿を行き来する

日本から手持ちで運べる限界をためし
日本の空港でオーバーチャージをとられ

マリファナの香りが立ちこめる空港からタクシーを探し

ドライバーと会場を探し

初めて見る壁に
設置する途方も無い作業は楽しかった

帰りのオランダの空港ではオーバーチャージはなく
待ち合いロービーでイタリア人の男同士が人前で重いキス

日本に着くと扱いがひどいため写真が少し壊れ

様々な旅の余韻を又今こうして憶いだす

人は余韻の為に生き
余韻を感じれる過去を
探す

光は様々な形や香りでやって来る
それぞれの光
それぞれの余韻を独りにんまり楽しむのが写真の醍醐味

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