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波を撮り始めてからしばらく
夢をはっきり見るようになった
昔は人の顔はみえなかったが、今でははっきりとみえる
味やにおい
その時の感情まで覚えている

ある夜
自分は赤い社にいて
目の前には緑に囲まれた巨大な瀧

そこでヒゲのはえた修験者が
おどけた天狗達が

楽しそうに両手に天狗の葉うちわを持ち
、こっちを見ながら飛び込んで行く姿をみて

あまりにリアルで楽しい感情で夜中に起きた

そして那智の滝に呼ばれているんだろうな〜と
いってみた

天狗の呪文とこの瀧で修行した文覚さんを偲んだ

文覚は京都御所の侍で,かけさ御前を殺め、後に出家し不動明王の真言と
冬のこの瀧で修行し死にかけ
不動明王の眷属こんがら童子、せいたか童子に助けられた

その浮世絵を手に入れた後だけに不思議だった

天狗様いるんでしょうが
僕のレベルでは見えませんでしたが

那智たきもと前鬼坊という天狗様がいると
伝わってます

2千年にわたりご神体として
崇め祀られてきたの133mの飛瀑

明治時代には,木の葉の衣装をまとい,この山で瀧で修行し最後はこの瀧に飛び込んだ
修行者 林じつかがさんがいます

数年前この滝をロッククライミングした
心無いクライマーはいまは冥罰でも落ちたかな

年を重ねつみあげると、その人の顔になる
九州は都城の真言宗 天長寺 ご住職長谷川慈弘さん

初めて急な訪問にも関わらず
ご丁寧に様々な歴史を教えてくださった

恩人であり阿闍梨であり
全てはこの1枚が語る人

ありがとうございました。

この1年海よりも
こうした祈り旅と
祈り人の方達のご縁と教えを頂戴している

海は怖いから自然に祈る
写真は全てファインダーを見ない

始まりから終わりまで
この身一つで行く
撮れたままの写真でいい

撮ろうとすると
きな臭い,作為ある1枚に
写真は嘘をつかない

ドイツ展示

10月中旬にドイツミュンヘンのアート展MUCの審査を通り
展示がきまりました。
ギャラリーには属してないので、又独りで写真を運ぶ旅です

日本では夏に恒例のファイヤーキングカフェにて15年目の個展を予定しています

新たな作品を撮りに行かねば!

身延山

身延山の古刹武井坊
武田信玄のゆかり

2000mの孤高の山寺
七面山の別当をつとめた
祈り人小松さん

木剣は人々の為に祈祷して振り続け
体がその方達の様々なものを吸い込みすぎ
もう持てなくなりました

豪快でありながら
気配りの暖かい神様のような雰囲気

広告外

海がなくなったら
山も生きられない

神仏の住むずっと昔から
打ち寄せて来た光を太陽とよび
太陽は地球に帰属しているのではなく
宇宙の惑星である

島々に住む地球人
地球とて宇宙の島に過ぎない

自分たちのものだけでない事を
知るといったとろこで
胸には届かない

出来るだけ
時間をかけ
海や山へいけば
おのずと胸に染み渡り
響き渡る

そこには怖さが必要だ
垣根の無い底知れぬ芳醇な美しさもいる

あとはそこにいるだけ

やがて
気づけば独り海岸でゴミを1つ拾う

ストローをやめようなんて
やめてくれ

うちなる己

今の技術では創れない短刀

これはこの地の25代島津久静に
お嫁に行った際に父より持たされたという

江戸時代後期
備前国長船村 春光,祐定の合作

バランス島目の色彩と凹凸
銀の美しいさや
と鶴が彫られた怖い力がこもった刀

短刀に隠された
小型のさやもものすごい緻密だった

当時は全て手製の錬磨と修行を重ねた
職人の最高の仕事に包まれた日常

江戸時代の人々も文字書きの普及率と
浮世絵を見て驚いたフランス人は
僅か10%未満だったらしく

伊万里焼きの包みにしていた浮世絵もA4サイズで
1枚天ぷらそばいっぱいだから 800~1500円位?か

名品のほとんどがイギリスやアメリカに流出(売り飛ばされ、接収された)

わずか300年でその技術も魂も消えた日本
自然の破壊も江戸時代から甚だしい
明治政府が西洋化と,政治的な裏取引やなにやらで

日本人の持つ義と祈りの呪術力を畏れ
個々の力を封じ込めるために
様々な呪術、ほねつぎ、骨法、武術、修験
仏を燃やすなど
とんでもない時間から140年で今がある

早くて
便利を間違えてはいないか

薩摩忍をはじめ(おそらくはもっと昔から忍とやばれる前から、修験者や僧侶、神官のでいりがあるから
伊賀の忍者の歴史から見ても交流はあったはずだ)
吉野から修験者をよび
蔵王権現を勧請し呪術,祈祷術に正心的要素を
自然によびよせた(熊本金峰山)
島津忠良さんも書いていた

神仏はそとにいるものではなく
それぞれの心にあるのだと

島津邸


宮崎は都城に写真のご納品へ
そのまえに、旧知の仲であった島津邸へご案内くださった

お客様は歯科医院を代々経営され
実は島津家より600年も古い家系図があり

驚いたのは天皇の名により、宇佐神宮を創った田部氏(物部)が土持氏
となった
実は広島のご先祖の神社も宇佐神宮から勧請された為
その大昔は九州の地で会っていたにちがいない

狩野派を江戸木挽町で修練した絵師 たからべ せいちん は
島津家の役人であり,ご先祖も
師 阿久根能賢も僧侶であった

島津家は内紛もあったものの
土持家とも
代々,日本の伝統を大切にし、人道をふまえ
神仏敬い、文武、祖霊と祈りを大切にせよと

伝わるという

おそるべし
生きた波
当時は銀だったとお聞きした

祈り人発生の原因

宗派は所詮祈り方の違い
日本に輸入され
禅宗とも溶け合い
神道とも溶け合い
比叡山の延暦寺で風が集まり

言葉として
指で作る印として
口伝として
そしてまだまだ未発見の秘術と印

ある領域を観て来た
彼ら
彼女ら

己の自己を内観する禅が
うまいタイミングで日本の仏教にまじりあった
この禅のこれからも未知数でなし得て行く仕業が
人には大切だ

修験道もおなじく
身を捨てて、全てを捨てて
地球と宇宙を体験する

まだ日本にも手つかずの
美しい自然という言葉が
造語される前からの悠久な景色
があった事が

僕はなによりも、彼らを救い
彼らのイマジネーションをかき立て
癒して来たのだと思う

今のビルの隙間の都会じゃ
空海さんもみなひらめかない

お茶を広めた栄西さんも静かな庵で
座禅を組むどころではない

西行の巡礼の旅をおい
道祖神の招きがあったなど
ものすごい事を言い放ち旅へ出た
松尾芭蕉も,川のダムをみても
きっといい俳句もでないだろう

限りある
2度と戻せない
地球,海と山を大切に

プラスチックストローを紙にするジェスチャーより
大事な事があるはずだ

彼らの命は儚くも
祈りは神々と地球に永遠に
こだまする

祈りの前

ステージに向かう前
祈り人達はいつもの優しさに溢れていた
厳しい修行の果てを探す彼らの
そばにいられる日本人は幸せだ

身延山 武井坊

身延山の武井坊の大祭へ
古くは武田信玄と所縁ある古刹である

ご本尊は、長い時の祈りが染み渡る
毘沙門天を祀る

代々七面山の山寺 敬慎院を護る小松上人
1週間前から身を清め
心をつくし毎日凍った瀧を浴び
普通の足で5時間かかるやまを登り降り
自分で数時間祈る

まさに行者な小松さんの
地球の修行の体験や憶いの
法話のあとには

また水行!

大丈夫でしょうか?
体は

Mauntain monk

吉野金峯山寺から五條管長はじめ,五條永教さん、田中利典さんをふくめ
金峰山寺の幹部の修行僧の方々があつまり

4箇法要式次第がはじまる

独特な声と
数千年間、あまたの修験者から手渡されて来た祈り

櫻の吉野山に祀る
蔵王権現,不動明王、役行者を呼び
法螺貝の音色が響く

宇宙の事から
形も現象も全ては無いと
説く般若心経もすばらしかった

皆様ありがとうございます

Haigh Chief Gojyou kancyou,Eikyo Gojyo, Riten Tanaka with many mauntain monk
Gather From Yoshino yama

With a unique voice
The prayer that has been handed for several thousand years by a great number of mountaineering ascetics

I enshrine it in Yoshinoyama of SAKURA
I call Zao Gongen, FudouMyouou, Giyoja Enno, and the tone of the conch sounds

From space
If the form does not have all the phenomena, too either
The Hannya Shingyou to preach was splendid

Thank you very much

鞍馬山護国院

Kuramayama Gokokuin
I had been met him for 4years ago Kinpusenji at Yoshino
His name is Nakamura Koukaku had Long story Change the Mountain monk the yoshino
His temple start new Place the maioka at Osaka

So Haighest kinpusenji monk came with Conch shell (Horagai) from Yoshino

新旧

まるで新宿の様な景色と看板は
東京都かわらない普通の町だった

古い家もコンクリート
新しい家もコンクリートぎちぎちに建っている。
丁度これから立て替えられて行く狭間のようだ

そんな町の片隅の
地元の饅頭やさんや、屋台は
懐かしくおいしいが
スターバックスやコンビニに押されいつか消えてしまうのか?

しかしバイクがすごい!
中国からのPMと大気汚染は深刻だ

ひとたびハンドルをにぎると
ぶっとばすが
普段は穏やかで親切だった

今回写真は売れなかったが
まだまだマーケットとアートの未来はたくさんある

展示するギャラリーや、アートを飾るレストランやホテルが
増えたら、日本よりもアートが暮らしを豊かにするだろう

ホテルフェアでは
どうも,きもかわいい?風な絵がよく動いていた

魚がい

昔の海辺の行商の風景
おばちゃんが小さな石持を買い
おじさんが鱗とわたをとる

魚を通じ
通い合う優しさと会話

今の日本は切り身のパック
魚屋が消え行商のばあちゃんが消えつつある

人の心もかわき
スーパーで、畜養マグロや、天然風ブリ?やらサーモンの切り身を
レジに並んで機械的にだまって買う

目利きの魚オヤジが選んだ
新鮮な頭の着いた魚を
目利きのおばちゃんが買う

いい雰囲気だな〜

市場


あったあった
魚市場!

ユカタハタやサラサハタ
やイラまで
南の魚と温帯の魚がまじりあう台北
食べたい!

宗教は何だ

台湾も大陸や島々からの渡来人により
定着した道教と儒教の国である

人々は長い線香(最近は,香料や薬品により体への不義理がおこるらしい)
と占いくじのために、三日月型の木を投げ
同じ向きに何回目でなったかで
くじを引くという

いわれによると朝鮮半島から
日本に仏教が538年頃,正式輸入され
神道派の豪族からは仏教は弾圧されたという

6〜7世紀が飛鳥時代で
聖徳太子が(忍)志の便を使ったはじまりという

歴史が本当かどうかは
永久にわからないが

今では道教のながれもうまく溶け合い
神道も仏教も明治政府の仏教排他の
神仏分離まで仲良く同じ敷地にあったのだが

今では別々に

いづれにしても
台湾の仏さんは金ぴかである

ヒゲの道教の方もいる

昨今は日本の新興宗教が
台湾の信仰心を利用し
説明もよくしないまま、掛け軸や先祖供養と称した
札を売る営業に

よしておくれ
日本人として恥ずかしい

続く


地元の朝ご飯専門
おばちゃんの優しさと笑顔で
毎朝、手製のあんまんや、シャオピンという何層にも練り上げた生地を焼く
すぐかどのコンビニの薬付けのおにぎりやパンと違い
これぞその場で作り、すぐ食べる
正しいリズム

スターバックスや外資の
内装やはやりのメニューのある店とは違い
職人の味わいと歴史がある

結局毎朝いくようになり
地元の方は暖かい投入と揚げパン
や薄皮の生地に卵焼きを巻いたもの
など

14,15,16階を貸し切り
各ギャラリーが借りているが
ヨーロッパのギャラリーはなく
日本、台湾、韓国など

展示会は客層が若いのと
かわいい絵や、奇麗な花と女性の絵などが人気

草間弥生,奈良さんや村上隆司さんや
そのまねをしたような絵や立体が多い?

写真があまりなかったな〜

狭い部屋にごちゃまぜで飾る方式と
ベッドの展示は僕の作品には微妙でした

続けることですね

太極拳


翌日,丸一日何故か寒気がしダウン!
朝起きると治りかけ

友達が公園で習っている太極拳を体験

これが実に理にかない
気をつかむ感覚や動作が
水を掴むのと同じだと知る

眼には見えない空気と空間にある
エナジーである気と自身の気を
繋げる

霊気にもにた
独特な動き

先生はカンフーの達人でもあり
色々な先生に習って来た
武者修行の有段者?が先生のもとに集まる

これは凄い体験だ
これからは先生に教わった琉球空手にもにた
所作を取り入れたい

台北


古い建物も新しいマンションも
所狭しと立ち並び
隙間を道が走る

窓は全て鉄格子とクーラーの室外機
ホテルは暖房がないのが普通

台湾の方はとにかく食べる
仲間と家族とわいわいと
楽しげだ

土地の価格が東京より高いという

Hotel Fear

台北の中心
高級ホテルシャーウッドホテルでのアート展 One Art Taipei

過去10年続いたYang Art(45歳までの作家展)の企画者の3ギャラリーの
新しい挑戦。

結果的にはお客さんは、過去より少なかったようだ

原因は数千万円レベルのギャラリーが
集まるダンダイアート展やInk(水墨やドローイング)など4art展に
絡めてみたが、結果分散したようだ。

絵や立体も奈良さん風の少女絵、人形や村上隆司など
正直客層が違った

しかし台北は日本に比べアートに対しての感心は深い

One Art TAIPEI

台北の5つ星ホテル Shere Wood Hotel にて展示をします
日本とサモアの金色の波
フィジーの青を新たに印画紙にプリントし
杏橋幹彦が独りみずから運び

現地に毎日おります

日時 一般公開 1/19~21 12:00~20:00
   コレクター、VIP 1/18

ONE ART
https://www.onearttaipei.com

オリジナル

アムステルダムの余韻
アートに関して
アートが生活にともにある

アートという言葉でごまかされない
自分たちの個性と好みに正直なのかもしれない

今日の今日にまね出来るものではない
オランダの方々の歴史や教育、社会制度
適度な仕事、休日のあり方、食べ物、心

日本にはない優美な時間だった

ポルシェ

オランダはアムステルダム
美しく維持された
68~70年代のポルシェ911 E
フルオリジナルだろうか
ドイツは車で数時間

至る所にとめてある自転車の
隙間に美しい美意識

残像を先に見る

そぞろ神のものにつきて心を狂わせ
道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。
松尾芭蕉

そぞろ神ががとりついて
おちつかない心境になり
道祖神のまねきにて・・・

旅にいきたくなっちゃった

これが深川の家から
松島の名月を見に行きたくなった
という
松尾さんの素直な心境が旅の始まり

人は古来
いや、元来この宇宙の時間にたちあい
生きる中で
その美しさと表裏一体の怖さ(命が簡単に失われる)
を感覚的に染み渡り
今よりたしかに地球の回転にそくし
野生的に生きて来たのだが

便利なスイッチ一つTVをつけ
いかした植木鉢で植木を買い
漁もしないで買う生活で
日々失われている

その産物がプラスチックや、放射能ゴミ
洗剤やらなにやらの物理的なみえるゴミ

数億年かけた海岸や
珊瑚礁が2度と戻らないように

人が失ったみえない
時を取り戻すのは難しいのか?

便利が悪いとは言わないが
溢れ出て海にこぼれだす物質と欲求は
地球を日々宇宙さえもけがしていく事実

ありにままの
地球に行けば行く程
その強烈な力と悪気もない死を感じ
その意味と生きる力をもらう

物質が増える程
生き死にを忘れるのもあたりまえ

裸で波に行けば行く程
そぞろ神がいると知り
松尾さんのように自由に旅へ

命がけの旅をした伊賀の松尾さん

不可思議な通行手形と旅に資金
各地で有力な大名達に歓待をうけた
かれの得体は知れないが

感覚的にこの地球と宇宙や神々のバランスを
身を以てしっていた哲学者であり
実践者である

わずか320年前
にこんな旅人がいて

その言葉は生き続けている

人の命は儚くとも
1枚の写真は生き続ける訳だ

旅へいけば
わかることがある

青く光るポジフィルムを見て
人間の目なんていい加減で
補正してしまうことを知る

眼で見ていたら撮れないのがこれ
昨今の彩度をPCであげた写真は
もはや写真でなく
アートである

太陽光を基準に眼は出来ていて
人間の眼が一番近いのはイカだという
イカは(特にこういか類)周りの環境や気分によりその形や
その姿も色も擬態する

擬態するという事は
その場の環境の岩や珊瑚の色や形を
瞬時に見てから,その場に溶け込ますのだから
あきらかに感情もあるんだと思う

10ヶ月水槽でこういかを飼育して
そう思った

なにはともあれ
イカより人間は遅く生まれているのだから
我々のご先祖であり
そんな後から来た人間に地球や海の事など
全てがわかる訳も無く
わかる必要もないのだが

青い海があと100年で無くなる可能性も十分にある
自然という言葉が無かった時代
から僅か140年で地球は変貌した

この美しい日本の海も
やがては絶滅してしまうのか?

伊藤若冲が数百年後にこの絵の
意味をわかる人が来るだろうと言って180年

ユージンスミスも命は消えても
1枚の写真が数百年後に残り
戦争の愚かさが伝わればいいと書いた

写真は嘘をつけない

Akemashite Omedetou gozaimasu

A Happy New Year

謹賀新年
昨年も皆様の暖かなお気持ちと
展示会に足をお運び頂きありがとうございました。

本年のもどうぞよろしく
お願い致します。

杏橋幹彦

日々遺言

昨日ユージンスミスの特集が流れていた
僕は当然生前であえてないが

写真哲学の師だった
写真家柏原誠が日本でのユージンのプリントしていた

生前こんな話を聞いた

「ユージンがな奥さんと日本での撮影の
プリントを俺がやっていてな」
(水俣ではない)
いいオヤジだった〜

と当時を懐かしんでいた

タワラ、サイパン,沖縄の戦場におりたち
現実の人間が殺し合った結果を見続け

自分が死んでも
1枚の写真が戦争の愚かさを
将来の人々に伝わればいいと語ったユージンスミス

命がけで見て来た写真は
軍の検閲を受けその90%が捨てられたという

軍やLIFEはアメリカ

初めて出会い
初めて見た誰が撮ったかではなく
1枚から何を感じるか?

これがされど1枚の写真の奥深さと醍醐味

さっそうと風のように急に現れ
1枚の前で立ち尽くす彼ら

しばらくすると
戻られて
購入して頂いた

遠いフィジーの離島で
恐ろしく美しくでかい波が

まさかオランダに運ばれ
彼らの家族の元に飾られる不思議なご縁

波は巡る

ありがたい
海のギフトと彼らに感謝

We meet you for the first time
I cry who who looked for the first time took it
What do you feel from one piece?

But this is profundity and the powerful charm of one piece of photograph

I appear like wind suddenly breezily
They who remain standing before one piece

In a few minutes
Come back
I had you purchase it

In a far-off Fijian remote island
A wave huge terribly beautifully

Indeed it is carried to the Netherlands
The mysterious relationship that is given glory to to their family

The wave rotates

Thankful
I thank gift and them of the sea

動き

ニューヨークからオランダの初めての展示から
早く1月の台北の展示が近づく

写真をはじめたのはいつなのか?
子供の頃、
デジタルカメラが無い時代
35mmのカメラで
とりとめもなく景色を撮ったり

24であてもなくオーストラリアへ行き
写真をとったが
全く才能がなく

なんていうか
薄っぺらな構図が固かったな〜

わくにいれた写真
で窮屈だった

旅が写真を作るとも
生き様とか
かっこつけたら
そんな言葉だが

とにかく
沢山みて
押す事

駄目でも駄目でも
押して行く

そのうち
何がみえるようになる

1瞬の1瞬先

波も人も似ている
よらないと撮れない

しかし変な気配があると
離れて行く

波も人も波動で生きているから

その空気に溶け込んでは離れる

写真はまづは眼でみて
感じたらよって押す

レンズは必ず単玉で

埋め立て


船のマニアにはたまない
特に作業するタグボートや様々な運搬船は
美しくかっこいい

町には70年代のシボレーサバーバン
60年代ポルシェ
美的な道具とそのスタイルがオランダの人々
の日常に

仕事も夕方には終え
家に帰る

動物的な野性的な正しい暮らし

混雑する電車の中で携帯画面でゲームする日本人じゃ
アートなんか家に飾らないな
下ばかり見ていて
見る暇も、見る気も起きないだろうな

自ら心を埋め立てている

太陽の動きとともにある事を
忘れたら
海も山も簡単に埋めてしまう

余韻

日々展示会のギャリストは
作品の売れ行きや雰囲気で
展示を入れ替える

海沿いの巨大なドッグ跡の会場は
毎日子供から、じい様までそれはすごい

魚を一口大にし揚げたキブリング
を試し、会場と宿を行き来する

日本から手持ちで運べる限界をためし
日本の空港でオーバーチャージをとられ

マリファナの香りが立ちこめる空港からタクシーを探し

ドライバーと会場を探し

初めて見る壁に
設置する途方も無い作業は楽しかった

帰りのオランダの空港ではオーバーチャージはなく
待ち合いロービーでイタリア人の男同士が人前で重いキス

日本に着くと扱いがひどいため写真が少し壊れ

様々な旅の余韻を又今こうして憶いだす

人は余韻の為に生き
余韻を感じれる過去を
探す

光は様々な形や香りでやって来る
それぞれの光
それぞれの余韻を独りにんまり楽しむのが写真の醍醐味

洒落た電動自転車ではなく
それぞれに、それぞれのスタイルでコグ人々
美しい石のとブリックの建物と

うまい手製のクロワッサンとチーズ
紅茶は2ユーロで、お湯とT?バック

お茶をしたくなる町並み

展示会

人の渦にもならない
満員のぎゅうぎゅう

アートへの感心
アートを飾り楽しむ暮らし
が息づいている

企業は法律で年に1度はアートを買わなくては行けない
家はアートの壁をある程度つくらねばならない
など

日本で写真や絵が売れない理由は何か?
国民性と言えばそれまでだが

アートより海外のブランド品
や掃除ロボットを買う日本人

70年前戦争で負けて余裕やゆとりや
家族が失われた傷が
癒えない訳ではなさそうだが

有名なら買う
ショウをもらった人なら企業も使う

コレクターも投機的な安心感を買うのであって
作品の秘めた魅力を買うのではない

今から300〜140年前に浮世絵が爆発的に売れ
武家社会や政治家の抑圧から解放された江戸市民がいた
国芳が国に反逆した浮世絵を描き

ものすごい贅沢な技を競い合った職人達は
いつの間にか速くて簡単な印刷機械のおかげで
創る人買う人ともに
自然に絶滅していった

心が豊かで
審美眼があるオランダ人

皆さんとても
優しく、個性を大切に
認め合っていた

素晴らしい国でした

お国柄2

フェリでー対岸へ
船と自転車が交通手段
平な国だから

自転車の数と
そのバリーエーションが凄い

自転車専用道路が必ずあり
後から自転車道を無理矢理車道に
書いた日本とは違う

国土が広いという以前に
戦後のドタバタでしかたなかった
日本に道

お国柄

アムステルダムの電車, 駅とも美しい
路面電車(トラム)も健在
自転車ものれ,降りる時は自分でボタンを押す

日本のように駅員がいないから
チャージしたくても機械がない駅では困る
スーパーの中にチャージする機械があるとか

ニューヨークは駅も暗く汚かった
死角も多く、改札を飛び越える人もいた

日本は案内板が多く親切
改札を飛び越える人はいないが
みな携帯中毒

お国柄

手裏剣波

勇気の神 剣のみこ

極寒の暗い朝に起きて
波の裏へ独りで行くなんて
全てが寒い!

寒中水泳なんかやりたくないが
こんな1枚が写るとなれば
胸が高鳴る

前からくる波を
崩れるのを待って写すのは
危ない

巻かれる覚悟と
巻かれたあと
体術的な動きで波の力を逃がすことを
瞬時に行う

本当に生きた心地が面白い
間合い
護身

とにかく
波の中ではアゴを引く
首が折れてしまう

背中に大波をまともに食らえば
脊椎が折れてしまう

冷静な己と刃先を瞬時にかわす
いや手裏剣をかわすのに近いかな

目で見ていたら
遅れる

間合い
拍子
距離感

ねぼけた野生を呼び戻す

2018_12_0999_6

思った絵は撮れなかったが
これもドキュメンタリーな海の時間

太陽が雲の薄い隙間から
届くかもしれない

太陽の下から伝わる波がまとまり
やってくるかもしれない

風よりも速く届く
エネルギーの到着を
待っている訳だが

なかなか難しい

難しいとは人間様の偶像である
人間様の都合は捨てて
この悠久から続いてきた時間の瞬間に立ち会う

この
「かもしれない」に
人間は期待と夢を見ながら生きている

宇宙とこの海の波の姿の中では
人の命は儚い瞬間にすぎない

二度と同じ形が無い波
壊したら二度と戻らない海岸線
海岸線を埋める事は
そこの生き物も珊瑚も生き埋めにする

珊瑚礁は数億年と言われ
いわば御神木でもあるのに
人間は人間の都合で安易に破壊する

沖縄の辺野古の空から見た
美しい海に土をダンプが入れている写真を
数日前の東京新聞で見た

悲しく
おろかな人間のさが
自分より遥かな年上の地球や珊瑚を
簡単に壊して今があるのだが
いい加減にしたらどうだ

大東亜戦争で沖縄が戦火に巻き込まれ
あまたの犠牲と予定通り連合国に占領された
名残りであろうが

土地に人の名前も
人の所有もそもそもは
無かった時代

アイヌ、ネイティブアメリカン、エスキモー達が
力で追い出された
地球と呼吸しあった祈りの世界

この先地球は
今まで通り黙っちゃいない

全てには魂(スピリット)が宿り
全てを見
全てと感応している

珊瑚も魚もシャコや海も水さえ
宇宙と太陽の真理にある

人間だけが未だなじめない

手の届かぬ海

日本の波へ行くにも
雲が水平線にない明け方
を探す日々
本日は一度都会へ戻る

風は体温を奪う波と同じ波動

暗闇の水平線から太陽の光と届く
光よりも遅いと言われる風も
不思議と暖かさを運ぶ

太陽の暖かさが光にのるのか?
風に暖かさがのるのか?

不思議でたまらない
極寒の海の1枚は
やは日本的である

学者は丸い地球の水は
海流により地球を動き回るという

たしかにヤシの実が島から島へ流れ着くように
流れはあるのだろうが

フィジーの海水が日本にきているのか?
沖縄の水が東京湾にきているのか?

たしかに福島からの放射能の汚染水が
衛星から色でわかるのだから
動いているのはたしかだが

何か
その場で永きにわたり
留まっている感じがする

海によって
水の個性がある

うまくは言えないが
有機体の様な感触がある
これは,重装備のダイビングではわからない

生身で命の崖を泳ぐと
7感、8感が目覚め
感じる時がある

水に影が生まれる

透明な水に
影が現れるのは
水の分子の隙間や
屈折の絡み合う時間のズレが
あるのだろう

人間には手のとどかない
頭でも征服出来ない
のが海である

影をさがしている
影をよく見て
その影の先に動く

展示の予定
来年は海外での展示へ(特にヨーロッパ)
を展開していきたいとおもいます。

1月 台湾 台北
3月 ベルギーブリュッセル(審査待ち)

5月 ドイツ(ミュンヘン)応募中

日本のギャラリーはしばらく
家具屋さんにお貸しして
撮影と海外の旅へ行きます。

実は
年々海外の海は汚れた感じがします。
マイクロプラスチックはともかく

発展途上国やバリ島などは深刻
フィジーも本島は汚れている
輸入された洗剤やビニール袋など
自給自足の島になかった外からの威勢が普通に
ピエロのドナルドの店まである

インフラと同時に
環境教育や環境への配慮をしないと
外洋にの潮に流れているだけで
川や山は汚れ
海は乾電池や釣り糸だらけ

もっとも日本の千葉の九十九里あたりは
環境に悪い洗剤の洗濯排水や台所の汚水がそのまま海へ
流れている事実

100年後
浮世絵が消えたように
早く手軽にする世相が
良いとは言えない

良い物や
良い職人の仕事は
時間をかけ
時間がそれをゆるす

時間が作る奥行きがあるから

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