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初心
限界も同じ物も無い自然美
その生まれ変わる現実に身をあわせていくしかない
人間だけが水中であっぷあっぷ
がちゃがちゃしている
海に申し訳ない。
波は波動
波とよぶ固有名詞(1つの物)が
沖からくる訳ではなく
目に見えない速さで
水素と水素がくっ付き、離れて行くありさま
高速パラパラ漫画であり
沖の水は一滴もきちゃいない
周囲の水は陸よりの水面はへこみ
沖のみずはせり上がる
このなみは岸から200mくらい沖
クック諸島ラロトンガ島
独り20分泳ぎここまできたが
潮がドンドンひいて
戻れなくなる怖さを忘れずにいた
泳いでもどれない場合は
歩くしかないが
波が浅い海底にぶつかり
かわすのが難しいから足ひれをはいたまま
歩いて戻るのは矢継ぎ早にくる波に叩き付けられ危険だ
この波も岸に向かって泳いでいたが
振り向くと波がきたため
沖に向かい潜ってくぐり抜けた
間一髪
ものすごい速く重い波のロール
紙一重ににある1枚
この後の波でカメラが巻き込まれ
カメラと手首を結ぶ紐が切れてカメラは遥か彼方に
ひもが切れたから手首は折れネジられずに済んだが
初めて握っていたカメラを離した
歩いてカメラを探しみつけた
叩き付けられて無く10m向こうに浮いていた
今迄で一番浅く速い波
フィジーのクラウド9という
タバルア島よりすごい
何してるんだ俺?
と独り大笑い
潜るタイミング
鋭く強めにいかないと
抜けきれない
海底は固い珊瑚の岩盤
ヘルメットは無いから頭をうったら終わりだと
考えると怖くなるからやめる
ヘルメットは音が聞こえない
浮力があり頭から潜る際に抵抗がすごい為
最近はかぶらなくなった。
都会では知り得ないアドレナリン充満
怖さは頭でなく胸に全身から集まってくる
これもアドレナリンなのか?
自分でもわからないが
その後パニックになりかける
いつまでたっても
経験を積めば積む程
過去の恐ろしい体験が
悪い方へささやく
無心で行くと思った時点で無心でない
言葉の遥か先を泳ぐことのした
気力
体力
天運
海運
天命にそくす
これぞ武道
これぞ修行だ
身初心なるを顧みる(かえりみる)ことなかれ 道元
経験や知識が無い事を臆するな
ひとたび挑戦したのであれば初心を忘れることなく
初心を貫け
困難から逃げようとすると
必ずさらなる困難をつくりだす
限界は自分が決めているだけ
冷静に落ち着くことが自分を護る
自然が先生です
三位一体
独り波間で笑う
人は元の自然にかえる
地水火風空のうちよりいでし身の
たどらでかへるもとの住家へ
早水藤左衛門 辞世の句(赤穂浪士)
岡山藩池田家 家臣 の3男 赤穂藩の家臣早水満輝に婿養子へ
弓の名手
尾張藩士星野勘左衛門
京都の三十三間堂の通し矢で2度天下一(日本記録)
本堂軒下南北121mを矢を射通す競技
1669年
10,000本 放った矢が6,666本通り
2度目は
10,542本 放ち中通し矢 8,000本の記録を残す
10,000本矢を放つだけも凄い体力と精神力だ
そんな天下一と賞された記録を残す弓の達人に師事した早水さん
熊本藩 細川家に預けられ切腹
享年40歳 法名「刃破了剣信士」
地水火風空から生まれた命は所詮
もとの生まれた場所へ自然に還ると・・・・
常世の国
代官山ONWARDカシヤマの展示も昨夜で終わりました。
連日カフェは30人待ちの大盛況
シェフ ビクトールさんがつくる、チーズケーキや
こだわりの茶葉やレモンシロップを、緑と光の回廊で
お客様も日常を忘れ楽しそうです
僕も波の撮影へ3月はいきます
お二人のお客様からのオーダーの
写真9枚を焼いてご納品してからですが
天気が不安定なこの数年
なかなか難しく感じてます
ただだでさえ日の出と日没の30分しか撮らないため
これがなかなか、御来光の富士山じゃありませんが
地球まかせです
三脚は使いませんから
暗い海で波をかわしながら
淡い光の水中で
ぶれないように、カメラを片手で握り
ファインダーは見ないで、回転しながら押す!
よくわかりませんが
水中で波に合わせ、間一髪に
知り得ない様な神経や直感を野性的に押す!
笑
海津見神 わたつみのかみ
玉依姫 たまよりひめ
豊玉姫さまも
海の神様である
彼女は逆巻く海に身を躍らせ、波の穂をふんで
常世の国にいってしまった
では常世の国とはどこなのか?
江戸時代に本居宣長さんは
常世の登許(とこ)は曾許(そこ)に通じるから
底依国 と同じであり
古代人の世界観を構成するもので、底とは必ずしも
下の方向のみではなく
どの方向であろうと、いたり極まる所をさし
遠くは慣れる極限という意だから
底依国は、現実の国土から、遠く隔絶された地域をしめす
とおくはなれて誰もが、簡単には行けない場である
黄泉の国とだぶるが
遠く海の底、どこかにある
相当に美しい桃源郷と意識されてきた
たしかに
あの美しくも儚く怖い海
心地よく、幸せ感に包まれる感覚は
古来からの先人達も知っていたんだな〜
そんな自然に雨合羽も足ヒレも、水中メガネも無い時代
この身と心で必死に生き抜き
自然という贋作な言葉もない、宇宙の事象にそいながら
生きる事が、美しいゆるやかな時間を生みながら、人々に浸透し
ごくあたりまえに祈られて
きたからこそ
頭ではない直感力の高かかった140年前(明治政府の愚行)の人々に刻まれて
神社や道祖神瀧や石を大切にしてきた、説明抜きの団結力や真心が
あるんだろうな〜と
思います
今もどこかに、こんな時代でもよらめく灯火があるはずです
きっとあります
それが常世の国かもしれません
部品
瀬戸際とは
自分で妄想した線
波の中はいつだって瀬戸際
笑うしか無い大波がきても
その沖の波に向かって泳いで
ひたすら潜って又泳ぐ
待ったも聞いちゃくれない
青い波
「容赦が無い」とつけたすと人間臭い思いあがり
そもそも、波は平等であり、人間をどうこうしようとも
思ってもいない。
ただ淡々と地球の風と呼吸に反応する事
数十億年
もう1つ
そもそも、片手、両足で泳ぐのは無理がある
遊泳禁止な場所である
瀬戸際をかってに作ったは俺
あんまりに苦しいから
暗い海底で太陽の光が透ける
水面を探して口から水面へ浮き上がり
まってました!と区呼吸する
おもうのは
苦しかった!〜
良かった〜光の空気の世界に戻れて
良かったな〜空気すえてさらにパワーアップ!
元気になります!
幸せだな〜と
加山雄三のせりふが
今になってわかります
しかし巻かれ数々の原因を分析すしますと
気持ちが負けると必ずやられます
これもやられ具合があり
10が天国なら9.5は1度 ハワイ
8が2度 フィジーとマウイ
精神力とかそんなかっこいい
机で調べた言葉ではない
げほげほ
ごぼごぼ
ぼこぼこ
の濁音がぴったり。
どうするのか?
どうしたいのか?
ゆっくり自分に問いかける暇もなく
ひたすら無心で片手で泳ぐ(カメラを片手に握っているから)
生きたいか
死にたいか
単純明快な自然で死んでも
悔いはなし
鼻水たらし
悔いが無いよう
精一杯がんばり
その結果仮にあの世でも
それは死ではない
閻魔様もどうぞと
笑いながらパス
しかしラジオ体操第一で泳いだ自分を馬鹿だと
気付がなければ
きっと誰かの枕元に毎夜現れてしまう
可能性は常にたくさんの枝葉があるが
人間は可能性を1つとか
確率を打算してしまい
せっかくの心と身体がともに動かなくなる
頭が邪魔をする
海で因数分解や計算など役たたづ
人間は脳で考えたら駄目です
胸で感じた事をするのが正しい
胸の憶いは世界共通
宇宙共通です
しかし凄い景色を見て来たな〜
怖いくらい美しい
きっと生涯で撮れる決定的写真の枚数は
決まっていて、神様がカウントしてるのかな?
撮れない時は全く取れず焦ります
でも最後にとれたり
僅かな時間に決定的1枚が撮れたりと
不思議でなりません
やはり胸の行動が風を生みます
なんでも徹底的に正直に頭を下げてやり続ける
仏に精一杯憶いをつくす意味合いの
直心とはまたすこし違いますが
忍者のいう正心かもしれません
心とは生涯わからない
謎の部品ですが
心にその鍵はあるようです
正心も自分のなかにある方丈です
伊賀の忍びや地侍達が大切にしてきた
郷土を護り、仲間を護る
強いものにも屈せず、正心のもと生きる
死は死ではないこと
宇宙と星々の教えに心をたむけること
正しい日本人のいた桃山時代の話
験
頭で設計された立ち振る舞いは
海はいらない
そう気付かせてくれるのも海や山
無心で時計を見ない時間を
どこまでも、どこまでも自然忘却し
夢中で歩き泳ぐと、なんだかすっきり
生まれ変わった様な充足感
人間には幾重にもレイヤーされた過去生があるとかないとか
生まれ変わり
当時のくせが無意識にでたりとか
約束していたこともあるかもしれない
まー
それはさておき
あきらかなのは
波の裏側と何かの約束があると
憶わずにはいられない
常識?とは
日常の知りうる頭の中の四角い知識体験
常に非常口から脱出している波の裏
この世では日常では使わない感や体術を使わざるえなくなる
それが全てを捨てて波へ行け
と自分の口から出た言葉を憶いだす
何年かの数度こうした分岐点がある
声がする?というか
声が湧いて来るのです
「確信」
ともかく波の中では急がしい(人間界と周波数?というか時間が違う波の中)
から余計なことを考えたり
余分な動き、無駄な心は生き延びる邪魔をする
生きるのびるのに邪魔をする、もう1人の自分
そんな邪魔ものにとりこまれがちな
現代の日常
誰かの情報なんか必要ない
非常識で不可思議な出来事や出会いが
少し先で待っている
邪魔物、邪魔者、字は誤解をまねくが
余計な物がお多すぎる昨今
だれでもそりゃ迷います
植木鉢で木を飼い
スイッチパチリで電気がつく
自然の怖さにフタをして川や山を削ったわけだが
波の裏を泳げば一発
地球の真理をぴしゃりと全身で理解し笑う
言葉はその時だけだが、その時を残し続けながら伝えたい為
文字には持続性があるから文字が生まれたと
白川静さんの本にある
しかし言葉の持つ奥行きは
その口をついた人の生き様であり
旅のはなし
捨てないと
死ぬよ
捨てないと
怖い
捨てないと
無色な自分がみえないよ
既にさっきこの波をくぐる前の
ドキドキしていた自分はすでに過去
体験を重ね重ね
染み込ませて行くには
天然の自然に身を置く事
天然の自然が砂時計ののごとく
落ちて行く今
現代の人間様の好ましい未来と比例して
青い海もやがて消えて行くだろう
地球は生きていて
我々を見
その心根までもレントゲンのように知っている
これが波の裏の体験。
謎の影
ガイドブックはもたない
青い写真はま〜誰でもとれるかもしれない
若い時は大きな青い波に憧れ
青い波に泳いでどうやったら近づけるのか?
謎だった
その謎を秘めた毎回変わる
波のなかで、妙な幸せ感と充実感に漂った
都会の町中じゃ
一生知り得ない、波音と感覚が胸で知ってしまった
みてはいけない世界を1人でみてしまった
自らがみずからの身体を置いたフィジーの最果ての波の裏側
遠慮無し
待った無し
嘘無し
掛け値無し
休憩無し
水無し
食べ物無し
制約なし
待ち合わせ無し
海との約束あり
集中力と26感くらい働かせないと死ぬ(昨今の5感を刺激する!なんて気持ち悪い)
大海にぽつんと独り
電線もビルも無い子供が描く緑だけの山
太古から変わらない、人間の汚染が無い景色
無し尽くめの世界が
たまらない
野生にもどり
全てが洗い流されフレッシュで新鮮な俺
に沸々とブクブクと水中で声を出して笑う
そうでなけでば
撮れないかもしれない
でも時間になるまえに帰らないと
間違えなくあの世
この世で
この余をいきること
自分に力に正直で
泳力、体力、を常に感じ
体力は急にはあがらず、衰えて行くのだが
精神力は鍛えれば反比例しグングンと延びる
黙って行く
天候を選ばない
たとえ30分かけて泳いで沖に来ても
なんだか怖くなったらすぐ帰る
ルールはなし
競技でもない
順位も嫌い
泳がなければ死
泳ぎきるしか無い
この瞬間瞬間に毎回違う波の大きさや崩れ方の角度や
破壊的な力学的な方向を察して動く
手のひとかき
首とれんどうする腕や肘の使い方
足ヒレをはいた片足の必殺の1キックで
助かってきた
それには
波の中で常々冷静で
平常心をなんとか保つ事
悪い方に考えたらきりがないから
一切頭で考えず行く!
馬鹿馬鹿しいテレビや電子レンジが
やっぱりいらないな
と改めて知る
受験の無意味
順位の無意味
いい会社にはいるなど
海ではなんの役にもたちません
ガイドブックはもたない旅をぜひに
独り言
天気が不安定でなかなか撮れないが
これも当然の流れ
自然相手
地球と宇宙のかねあいだから
いたしかたない
静けさに身を置き時を待つ
なるべく天然の海で
命がけと必殺技をくりだしパチリと
うつってしまった1枚を作品よ呼べるのか?
偶然とまぐれの瞬間が19年続くのだから
何かしら杏橋幹彦の技があるのだろうか?
独りだまって楽しんできた海の裏社会
海が遊んでくれ
光をあびなさい
光をみなさいと
言っているのか?
俺は暗い人間なのかもしれない
海は巡る
祝詞をよみ山伏の作法をとりいれ
ブツブツと祈ってから入る
海面でも怖いからいのり
その海に今日これた事に
すみませんが、お願いしますと立ち泳ぎで
ブツブツと祈る
海岸で戻れたことにブツブツとお辞儀をする
誰におそわる訳ではなく
これこそ誰もが自然にそうしたいあな
そうしないとすっきりしないな
と行ってきた時間が
独り言
潮風が教えてくれる独り言
感じた事は胸にしまわず
胸のまま、ブツブツ言う
文句なしのブツブツです
大事なのは独り
静かな大自然でブツブツ
人間様が永久にわかる必要もなければ
そこに身を投じる事もゆるさない地球
魚も珊瑚もすべて絶妙な間合いと棲み分けで
数十億年なりたって生まれた自然美
そんな御神木の様な海の山と珊瑚の森に
生きる生物は幸せである
世界遺産とか自然国定公園とか絶滅危惧種とか
おおきなお世話
しでかしたのは人間様である
人間様の恣意を自然におしつける必要が
無意味だと、学校で子供達へ教えないと
いけないな
人間様より強い生き物がいないことで
人間様は地球のボス気取り
広告
ちんちん電車
道
LE API OSTERIA 商標登録
不可思議なご縁で
イタリアに渡り武者修行20年のシェフ ヒデ マツモトさん
伊賀の古民家の宿ササユリ庵で
お料理をもてなしていた、奈良の割烹万惣のオーナーシェフ 長田さん
のお店をお手伝いしている、イタリアに11年修行されていた牛尾さんの
ご紹介。
人のから人の口伝の力で
初めてふらりと訪れた、ヒデさんのお店
イタリア人のスーツを着こなした紳士が
厨房から日本人の白い服を着たコックさんをよんでくださった。
どなたかのご紹介ですか?
訳をはなし
自然と遅めのお昼をおねがいでき
おすすめくださった夜のメニューから
サフランのリゾット牛のすね肉煮
様々な牛肉の部位の焚き合わせを頂いた
初めてに関わらず深い暖かなお気持ちと
素材の作る順番、と暖めかた
全ての調理のタイムスケジュールで仕上がった厨房の方々のタイミング
料理と哲学が溶け合う丁寧な気遣いとお心は
国籍をとわず地球人、宇宙人の誰がみても明らかに
お皿にもられた素材が料理となっている
「明朗快活」
いや料理とも違う
肉や野菜のシンプルな寿しのような
ギリギリの組み合わせの芸術?いや芸術ではない
芸術とはなんだか作られた枠と
作家の思惑の窮屈さと退屈を感じるから
感性の研ぎすんだ手裏剣?
修行者の技であるのは間違えない
芸術や作品というと気をてらった
きな臭い現代アートは
作家の恣意や念、内面がキャンバスに下書きされ
上手に仕組まれた作られた1枚だ
写真も同じく構図ありきの1枚は見ていて落ち着かない
狙いすぎ、作りすぎな1枚は
作者の思惑が重たすぎる策者ともいえる
ヒデさんのお皿の料理は違う
お皿に見事な間で自由に配置された
色彩や素材の大きさ、小口の仕上げときり方
目で見て驚き、笑みがこぼれ、声がこぼれ
食べてまたうなるのは皆同じ
そうとう素材を食べて、そのものの特性を知り
包丁を扱いなれ、多角的に知りつくさないと
こういった一皿は出現不可能だ
師匠ダビデさんと開いたお店(DO)道が
半年でミシュランに選ばれ
予約が半年先迄うまるのも自然である
あたりまえだが自然を感じる
素材は生き物だから自然が介在しているのだが
海岸でや山を感じた
古い武術にも精神面がにている
実は今だからお話しさせて頂くが
銀座久兵衛さんの若旦那今田さんの
お寿司となにかが通じ合う符号がある
今田さんのお寿司もおじいさんから脈々と伝わる
相伝的、伝統的江戸の技を世襲しつつ
自由で、きめ細やかな日本の四季をも感じる香り漂うひと握り
そんな独特な流れでの漆塗りのウンターの
ぴっしっとした室内のでの
今田さんの一握りは
誰もが笑みがこぼれ
幸せだな〜とやはり海を感じる
いつも加山雄三出現!である
市井の料理の先生だった下関の壇ノ浦のばあちゃんが昔、海のいえで
朝市場に一緒行って買った
穴子の頭や骨を焼いて、醤油とみりんで
煮詰めたツメをつくり
網にのせガスの火で焦げ目が着いた穴子は子供時代の憶いで
技術レベルはさておいて、なんだか心が旅をする
砂糖は使わず塩と酢だけの
少し暖かなしゃりを
常に裏から若い板前さんが
布巾でくるんでおひつに持って来る
どういう合図なのか自然に行われる所作がまた美しい
実は今回飾らせていただいた写真は
久兵衛今田さんのコレクションして
いただいたお写真と偶然同じ
何やら不思議です
包丁1本!〜
写真機1台〜
残念ながら昨今のカメラは電化製品
昔の鉄でできていて
シャッター切るとちーんと響くカメラはよく磨いた物だが
今のプラスチックのカメラはあまり磨かなくなった
シャッター音もあらかじめ録音された模造音である
包丁のように研げば研ぐ程愛着と、己の歴史をかんじる
魂の相棒とは違うカメラ
1999年はカメラは所詮道具よ!
道具に撮られなよ!
おまえさん!
海へ行け!
といったユージンスミスの流れをくむ師匠を憶いだした。
頑張らねば!
味は旅をする
小さな子供達もじいさんばあさん、かあさん、とうさんの手作りの
素材がいきた魚を選び、包丁をふるう家族の暖かさ脇で
ちょっとはじっこくれないかな〜と
調理をみながら味見をすることがなによりの楽しみだった
今や魚も捕れない都会で
食べるために働く?のやら
働く食べに食べるのやら
わかりませんが
車とガソリンの関係でなない
暖かさと子供の頃の純粋だった自分と家族や旅の
憶い出を、フラッシュバックしながら
又新たな旅をできるのが
地球感と自然に包んでくれるのが
一流の料理人の技かもしれない
森羅万象に感謝
LE API OSTERIA
ORNER SHEFF HIDE MATSUMOTO
LE API OSTERIA
VIA CARLO FOLDI 1-20135 MILANO ITALIA
LEAPIOSTERIA.COM
イタリアに渡り修行し20年
ヒデ 松本さんのお店、レ アピ オステリア
素材と仕込みは最上でありながら
お値段がコースでも驚きの価格
数年前迄師匠ダビデさんと開いた
ミラノ郊外のお店DOは半年予約がとれない
ミシュラン1つ星の名店
フェラーリ会長、サッカー界の長友さんはじめ
著名な一流の方々に愛されるお人柄と味
そんなヒデさんの
大切なお店に写真を1枚飾らせていただきました。
ミラノの際はぜひ!
旧市街から20~30分です
大胆で繊細な割烹料理のような
見た事も食べた事も無いお料理が
次々とテーブルに
異国の地で
美意識の高いイタリア人の方々から
の賞賛とリピーターさんで溢れる店内
予約された方がよろしいです。
マネージャー、これぞイタリア紳士アンドレアさんも暖かく
お迎えしてくださいます。
はじめてのミラノで展示会より一番よかった
不思議な出会い
ONWARD
ミラノ
江戸時代の江戸は
伊勢屋に稲荷に犬のくそ
ミラノ
失礼ながら
エスプレッソ屋にパン、落書きとタバコ吸い殻
犬の糞は青いゴム手袋で95%のかたが手で拾う意識
しかし美しい旧市街だな〜
日本はアジア的になった、勝手バラバラな看板や液晶広告モニターやら
雑音やらカオス。
昔のいや
日本はこんな国じゃないはずだが
着物やもんぺを捨て
明治あたりから西洋化されジーンズをはいた我々
は外人から見たらどう写るのか?
ニューギニアやアマゾンのよくテレビににでる
原住民はちゃんと、古い伝統衣装に着替えて
撮影に臨み、カメラもそれ以外町が写る方向にはカメラをパンしない決まり
だから、地球や自然との距離は広がるばかり
つまりは大事にしなくなる構図
しかしイタリアは小さな時間見渡しただけでも
タバコの煙の町並みと国民の美意識が高いと知る
観光地全く興味無し
会場と宿の往復は地下鉄もニューヨークと違い
表示が出て明朗
.
パスタ味濃いめ
ヒデさんのお店
レ、アピ、オステリアのモンブランは最高だが
他のイタリアのお店はどこも
スイーツすごい甘い!
.
宿は貸しアパートにしたが
宿が変わるたびに、暗証番号がかわり
鍵もいくつも開けねばはいれず
チェックインの時間も限られ
どうも機械的で嫌いだ。
次回からはホテルにしないと
荷物も預けられず本当に不便としる
安いなりの宿
身を以て知る
異国の岡
ミラノ展示
ローマ
LE API OSTERIA (商標登録)
個展 カシヤマ代官山
イタリアへ
affordableartfair.com/inspiration/5-must-see-artists-affordable-art-fair-milan/?fbclid=IwAR0YZI8lLQqn-zFKULKjJ0i9h3hwQHwx5DuTzrow-iBB9BvepvzQmsBQgp4
2020 2/5~2/9 Milano
2/5~2/11 Roma
ミラノで開催される、アフォーダブルアートフェアの審査が通りました。
Webにて杏橋幹彦が推薦されました。
またローマのギャラリーでも同時開催いたします。
monogramma
Via Margutta, 102 00187 Roma RM Italy
www.monogramma.it
なんと明日夜に設置するのですが
カシヤマ代官山カフェとギャラリーにて個展を開催します。
2/4~2/28 B1F Cafe 11:00~21:00 & Gallery
残念ながらイタリアの展示な為
2/4~12の間は杏橋幹彦は不在です。
Onoda san
Jiei Hasegawa Shingon Monk
Makoto Kashiwabara Photographer
Makoto Kashiwabara Photographer
He was so deep story abut Photgraph and Camera
miky Good!
Don’t be taken by a camera .
A camera is a tool after all !!
Grap that person’s soul and push it !
don’t thinking
Time is gone is gone when you thinking.
Staring at Minamata and the battlefield when Eugen Smith came to japan ,the father developed
and teacher
Eugene is so my teacher too
Youji Komatsu
Yuji Komatsu Mountain monk at Minobu and schimenzan is2000m high
Youji had hard mountain monk that he running prayer mountain in mountain temple 「Keishinin」
Now He moved his home town 身延 Minbu mountain
also his Family tamale takeibou .
Takeibou is enybaday Stay tamale hostile in minobu.
Minobu had long time history with monk Nichiren.
Takeshiko Yasue Jeep shop「Jhonan Jeep pitie」Orner
yoshino yama yamabushi
Special Sake
Yamabushi
Mansou
水分り神社
鎌倉幕府の北条高時の遊興三昧による、民の苦しみと世の中の秩序も乱れ
朝廷の持明院と大覚寺の皇位継承の争い
に介入していた鎌倉幕府を倒し、武士の力技の政治から
天皇親政の、あるべき本来の日本の国にする目的があった
後醍醐天皇が一時は隠れていた吉野。
天皇に忠誠を誓い、兵庫湊川で後醍醐天皇と、鎌倉の新田軍を護るため
勝てないとわかった戦で、圧倒的な足利と村上水軍に16度切り込み
最後はともに戦い残った73騎の部下と弟 正季(まさすえ)と7度まで人間に生まれ変わり、朝敵を滅ぼす存念
と誓い合い、差し違え自害した。
勇気と義
強敵にも冷静にくっしない
日本で最初に書かれた兵法署「開戦経」を大江まさのぶ著
を学んだ方である
宇宙を生命体有機体としてイメージし
そこにある生命は永久であり
無限に枝分かれした命が。身体や物質、物体に宿り
日本の美しい4季の移ろいに
溶け合い生きて来たあらゆる生命
祖先、祖霊は、水、土、空気、太陽の4つが和合し自分たちが
この地で生かされているという、アミニズムである
これはおそらく頭で勉強しわかる、または記憶する今の勉強とちがい
美しくも強い自然に心身を寄り添い、生きるなかで自然に誰もが心でピン!と理解する
真理である
ある本ではこれを循環無端の哲理というらしい
生命の循環であろう
こうしたことで
人は宇宙と地球に対する畏怖と畏敬を尊び
それは他人をおもう優しさにつながり
それこそれが日本人であると
素晴らしい教えと憶いが
純粋に生きられた時代
今の様な、電気パチリ、コンビニエントな世界では
観えにくい物語りになりつつあろう
それに近いのが修験者である
もちろん各宗派の僧侶であり
なにかしらの宗教かもしれないが
手段と方法の道の違いだけである
真理は一つ
海は青く
山から観る月は同じ
山も海の底とつながる、昔は海だったこと
シンプルでいい
誰が一番とか
これが絶対無二と人に強いた瞬間
きな臭く歪曲した宗教になる
宗教とは日々の暮らしにあるだけだから・・・・
話は脱線しましたが
ここ「みくまり」神社は吉野山の奥の奥にひっそりと
観光客もいない今の時期の
冷えた山から皆さんをみています
雨乞いからはじまった
もとは金峯山寺に属していた修験の聖地
それが明治政府の人間界の身勝手な都合により分離
明治で日本は死んだ訳です
吉野山
役の行者が修行をし
蔵王権現が現れ
これだ!と感じ
櫻の木で彫って拝み始めたのが始まり
明治政府の修験道禁止
呪術、祈祷加持、等を禁止し
数千年にわたり
脈々と祈られた仏像を破壊し焼き払った愚行から
今の日本の自然や地球をないがしろにする国が出来た訳だが
ここに今にも動き出しそうな
巨大な真っ青な3体の蔵王権現
廃仏毀釈の際も僧侶たちが命がけで
布などで隠したという
柱はツツジや様々な木で作られている
そんな金峯山寺の社務所に
急に訪れたにもかかわらず
たまたまいらした、五條永教執事長さんがいらした
僕の貝を吹いて頂き
本物の山伏の教えをこう
来年へむけ青い蔵王権現様にちなみ
青い海の写真で展示が実現するかもしれません
偶然1冊持参していた
伊勢神宮にもご奉納させて頂いた写真集をお渡しでき
永教さんから
なんと五條管長直筆のぐい飲みと
よろしければ御使いくださいと
永教さんが使っていた、櫻の木とめのうのイラタカ念珠を頂いた
そんな事ってあるんだな〜
ご縁ですから
としばし歓談
山伏から海伏
多くの教えをこれからもお願い致します
そもそも永教さんとのご縁は
伊賀のささゆり庵を経営される
山伏 松林正哲さんのご縁
松林さんとは伊賀の古刹 滝寺天台宗延寿院の松本住職のご縁
延寿院は
赤目不動を祀り、藤堂高虎の位牌が徳川家康に背を向け安置
ここは山伏、法華経を納経する赤目瀧衆、忍の基地と知った
信長に焼き討ちにあったのは500年前の桃山時代
伊勢神宮に写真集が収まったのは
この寺に300年前に先祖の行者が来た!からその当時の御朱印帳をもって
現れた岡山鶏卵協会会長 丹下さんのご縁
その丹下さんと古くからご交流のあった
伊勢神宮のとある祭神の方へのご紹介である
自らを石にたとえ海に投げ込んだあの日から
不思議な波がとまらない
皆様に感謝と
地球に嘘無く生きるため
僕は波の中へ鍵を開けに行く
山伏へあいにいこう
大阪へ車で
静岡付近で空が明るくなって来た
太陽は不思議なもので
真言宗では大日如来にたとえ
ネイティブアメリカンは ワカンタンカと呼ぶ聖なる存在
国は違えども
人間の心根は本来は同じ
国や肌や言葉は表面的な現実の形
ことしも天候不順でなかなか、日本の波が写らない。
オーストラリアの火災や
世界的なハリケーンや今迄とは違う地球
人間様どうし
なかよく
地球と宇宙を大切に
地球のシロアリ化した我々
人間界のバランスの支障が現実の世界で
地球が泣いている?泣く程弱くはないか
海や地球は生きていて人を見ているにちがいない
裸で山へいった修験者が感得ししること
裸で1人海へ泳ぎ出て、見聞きしながら知ること
知る?とは異なり
心が開く感覚だ
知識はいらない
野性的な本来の地球との自然で歴然とした
約束と距離を胸で憶いだす。
山伏にあいにいこう
Osaka
伊豆稲取 食べるお宿 ホテル浜の湯さんへ
リーピーターさんで毎年ご宿泊されている中村様
から即決!でご注文くださいました、日本の波を
印画紙でプリントし大阪のご自宅へ、搬入と取り付けをさせて
頂きました。
ご家族勢揃いで夜は、海の話しから
ご先祖は広島の共通な不思議
妹様はわざわざ山梨から今日の為にかけつけてくださったとの事でした。
神仏を代々と大切にされている中村様に
大阪の割烹「まんま」さんにて宴をもうけて頂きました
天然のスッポンの甲羅の身や甘い脂身と山鳥のような滋味あふれるお椀
のねぎは炭火で焼かれ、上品なカツオだしで
天然の瀬戸内の生きジメのタイは、幼い頃山口の壇之浦の田舎で
おばあが作ってくれたタイの刺身同様、昨今の養殖の臭みやむにょむにょしていない
逸品でした。
天然のクエも皮ごと厚く切られ、旨味ある皮と身の味の
ちり鍋
銀のちろりに注がれた日本酒獺祭に
海外では絶対にない歴史を感じ
どれもこれも、素晴らしい職人技と時間でした。
お店の女将さん、職人さんの心意気と技に
只只うなってました。
海のご縁から、写真をコレクションくださった上に
はかりしれない、贅沢で暖かなお時間を賜りました。
中村様、お母様
本当にありがとうございました。
また御逢いいたしましょう。
その日まで…
写真達の航空代
2010 2/5~2/9 Milano
ミラノで開催される、アフォーダブルアートフェアの審査が通りました。
またWebにて杏橋幹彦が推薦されました。
またローマのギャラリーでも同時開催いたします。
monogramma
Via Margutta, 102 00187 Roma RM Italy
www.monogramma.it
関係各位の皆様
ありがとうございます。
懲りずにまた写真と旅行です。
前回の航空機オーバーチャージは日本で18万を皮切りに
行く先々でご請求され。
自分の旅費を超えてしまう不思議
15枚の写真達の旅費ですね。
しかし前回のように壊されない事を祈ります
壊れても航空会社は携行品(写真も)はほぼ保証しません。
今後の旅のためにご参考迄
添加物
伊賀の山
海底は山とつながる
海には珊瑚
山には木々
魚と動物がシノギをけずり生きている
あんな波の激しい、夜は冷たく暗い海で
魚は怖くないんだな〜
といつも海で1人およぎながらおもい
ここは地球のもう1つの世界で
人間が安易にくるところでないな〜
早く帰りたいな〜
ともおもうときもある
冷える
水もたべものもない
酸素がない
きつい訳です
夜の山で動物も怖くないんだな〜
人間様だけが夜の地球になじめない
やはり火である
星を崇め
祈り
潮風をよみ
感覚をふるかどうさせて
野生にそっていきてきた人間も
毎秒毎秒
安全で過剰な便利とサービスで
その大切な感応力も心も絶滅して行く
ちょっとはあやうい
地球にみをおかないと
人間味なる味が添加物により汚れて行くわけです
心いづこへ
時に沿う
ここ最近?
この2年あまり、日本の波が撮れにくい
まるで大海でマグロを釣る話のようだが
ほんとうに、気象がよめず
雨が降り風が吹く
地球が壊れ始めたせいか
宇宙からの影響か?
そもそも今迄が奇跡だと知る
生涯で傑作?のとれる枚数は
すでに海の神様がきめているのか?
ま〜
なるように
流れるなるということを教わりました
撮れる時は5分で撮れたり
撮らされたり
何らかの影響を感じます
日々、心に間違えのない日々を
こなしていく
済んだ事はおいかけず
済んだ事の少し先へ
すると済んだ事の意味が変わるはず
その時決めた自分を認め
次の波へそなえればいい
特に身辺でなにかあった訳ではないですが
波を通じ裸の自分をみるように
地球はなに1つ間違えなく
約束をしたように
太陽が朝きます
太陽がこず
波がなくなったら
商売あがったりです
宇宙の海に浮かぶ地球を大切に
日々是好日
令和短文
口先の世界から、命があやうい、本物の海を知りたかった。
酸素ボンベは捨て, フィンと水中メガネだけで泳いできた。
カメラのファインダーは見ない。写真に色をのせない。1人で行く。
あまりに怖いおもいをしすぎ
泳ぎでた海岸にもどれるように
忍者の呪文でおまじないをする。
海に全てを傾け風の影をさがしている。
人間の一生なんかあっというまでさようなら。
写真は嘘をつけないが、嘘をつかせるのは人間である。
写真の師、柏原誠とユージンスミスを憶う。
あてもなく地球中の波の裏側へいったが、そもそも波なんて物はなかった。
誰も水が何者で、どこからきたのかもわかっていないのように
透明な風がなぜ写るのか?など、人間に永久にわかる必要は無い。
吉野山と伊賀の山伏から教わった祈りを共に、古くから生きる海にたむけること。
つまりは海伏となった訳だ
海は生きている、我々の全てを観て、礼を尽くす人を待っている
2002年から南へ南へ南下し
フィジーの最果ての島と波をみつけた
2001年から命に関わる場に自らを配置して
カメラで撮る必要が胸の湧いて来た
1984年パラオにたった3日だけホームステー
させて頂いたアキヲさん家族の不思議なご縁
そんなオヤジさんの死を感じ
パラオで
命儚く、これでもかと!生きないと駄目だな
と戦場ではなく
波の中へ行ってみようから始まった今
人生は光陰のごとく
様々な分岐点や
無限な選択肢をおざなりにしていた
話をフィジーにもどせば
この島の小さな宿にはなんと
日本人 新潟新発田のサーファーましこさんがいらした
彼に波のこと
を教えてもらい
泳げたことはなによりも心強かった
彼は独り遥か沖の波へパドルアウトし
強烈な壁の様な波に挑んでいた
僕も何度かためしたが
急に海の水が集まりながらせり上がる波は
楽しいレベルではなく
真剣勝負の胸がキュッーとなる波だった
そんな電線も、ビルもない
昔のままの海と山は
いっそうに独特な霊気の様な雰囲気を
ただよわせ
岸へ帰ると決めると
ホッとした
全部が嘘無く
かけねなく
本物の天然の地球だった
今やこうした場は地球から絶滅して行く
環境が絶滅すれば、生き物も潮のながれも変わり
世界はどこへいっても、こぎれいなホテルにレストラン
人工の海岸ワイキキのように、都会の町並みと東京となんらかわらいない日々
空気と海だけがハワイという箱庭に
われわれ日本人も
わらじを捨て
刀やくわを捨て
スマフォに支配され
ジーーズをはいて僅か140年
とりかえしのつかない
地球感のピックルスに
大宇宙=大自然=天然の地球を満喫し
尊ばねば、日本の心なる魂は砂時計だ