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波形

災害を超えた災害が続々と押し寄せています
自然界と命名した言葉の彼岸

心、精神、命、海、山、全てを繋ぐのは風

合気道の道場へと思い
塩田剛三先生の自伝を拝読し終えた今日
ご命日が明日1994年7/17と知りました

源から甲府武田家に伝わり
子孫武田惣角氏より大東流気合い術となり
その門弟が合気道の祖である植芝盛平先生

その先生の門弟が塩田先生で
波乱の人生と
植芝先生の志と溶け合い
神を尊び、心を錬磨し、厳しい修行の日々を
まっすぐに心と体でご信行なされた方である

真剣で行う闇の鞍馬山の夜の稽古
など今でも考えられない荒業であったそうです

大正、昭和、平成と時は流れ
令和の今
いくつかの道場もコロナで閉鎖中とお聞きしました。

何よりも
ルールがあるスポーツや競技ではなく
そもそも試合がない
純粋に日本で生まれた和の武術

禅は静中に静を探す
合気道は道中に静を探す

この点がとび抜けて心を惹かれます

波の中の、間合いや円運動
心の軸や精神的瞬間の波を
どう諌めるかが、尽く似ていると思います
波を片手で泳ぐのもどこか、古い武道であるわけです

百聞は一見にしかず

なんでも頭で考えず
飛び込めば
一発で全てがどんどん呼び寄せあい
クリアーになります

とにかく教科書は捨て
全身で感じる

これは神行は
頭から入るな!
体から入れ!
と言われていた
川面梵児先生と同じである

今の僕たちはこうした
偉大な先人のまっすぐな日本の心を
忘れてはいけません

一瞬の迷いも捨てる

余計なことは頭の隅にもおかず

ひたすら集中し第七感を使う

サメは食べようときてないか?

大波がきたら潜り逃げれる水深なのか?

危険と安全な場所などないと知れ

絶体絶命の不思議な自分を笑えるか

楽しんでるか?

真剣かお前?

心に曇りやチリ一つないか?

なんて
考えてしまうのですが

状況判断と臨機応変で生き抜くしかありません
削ぎ落とした俺様をも捨てて
鼻水垂らしてごめんなさいと
波に叫ぶ!

融通無碍の混在する世界
に心は明鏡止水
になるための行

やがて宇宙は隠と陽で成り立ち
人間の作った物以外は
この世界は全て、回転運動でできている

全てを知る

電気仕掛けのテーマパークでは
一生知り得ない心の宝

生で野生的に戻る

降りかかる波は
乗り越えるしかない

前へ前へ泳ぎ波に向かうしかない

人間の持ち込む物こそ人間をダメにする

那智滝は人間の記憶では2000年前から
神代の世界とつながる、聖域と祈り守られてきた

ここをクライミングした有名なクライマー佐藤の愚行は
今の一部の日本人の心根を象徴した出来事だった

山から湧いた水は滝となり川となり
人間界を通過したおかげで、利用され破壊され意味をつけられ
海とつながる

やがて雨となり山に染み込み数百年やら数千年やら濾過されて
山から湧いてきたり
そのまままた海へ流れたり

循環を繰り返すのだから
地球の水の量は変わるやら?減るやら?増えるやら?

必ずその全てを見ているのは太陽

こうして海の中からご来光を見ると
こうなる

完全に人間は生かされている

神仏が住う前からある
この宇宙と地球と呼ぶ有機体に

宗教は所詮人間が
体感しつつ考え出したアミノ酸のような物

だから宗教はいらない
人間が編み出した手法だから
必ず何処かに、ズレと雑味がある

美しい旭
美しい滝の飛瀑に包まれ
海岸で水中で潮に包まれたら

な〜んだ〜

本当だ

と水温や水の感覚と
とびっきりの幸せを胸で知る

宗教のある前からある世界こそが
教えであろう

別荘



青島神社

塩筒のおじい
彦火火出見の命(山幸彦)
豊玉姫 彦火火出見のしばしの妻

豊玉彦 豊玉さんのお父さん竜宮城に住む海の神(わたつみ)
少彦名 恵比寿さんとも

ニニギノ命
子供である富士山の木花開耶姫、磐長姫の姉妹

海の神様の聖地に
富士山の神様

海の海底と富士山は繋がっている

不思議な洗濯板のような岩盤に
独特な熱帯の植物と貝の砂が堆積した白い島

何日も朝にお参りに行き
自然と宮司さんにいつか
泳がせていただく許可をいただいた
ありがたさ

しかし恐ろしい岩の海と聖域だから
気持ちもしっかりと礼儀を尽くさねば
殺される

富士山に礼を尽くすと、人間界に霊験と和が行き渡るから
から令和という

御神体は山小屋と観光もうけで、便所も汚水も垂れ流し
御神体を富士の裾野と呼び名を変え
大砲を打ち込む日本軍(自衛隊)

めちゃくちゃな話し

そして人々は
個人的なお願いばかり
神社に置いていく

神様ももう疲れます

異常気象も科学や地球の環境破壊だけでは無い
ことを、忘れてしまった人間

目に見えない時間を
大切にしてきた先人と神代とのバランスを
取り戻せないものか?

地平線は絶滅

わずか100年前
日本もどこからも富士山がみえ
空が見えたが

今ではビルの日陰を
せせこましく移動する水のような暮らし
地平線など絶滅した暮らし
見えるのは、不自然な人工物

隙間から上を眺め
太鼓から僅かに残る時間を
知る

きっと
色々と気づく事がある

背中を押してくれる

刻々と過ぎ去る

西の空
太陽が海の水である雲を照らす

一生でどれくらいの
美しい時間をみて心に染み渡せるか

時間はあるようで無いのだから

一瞬にかけてみる事が
何より大切な事

感覚を大切に

波はなく雨も降り出したが
やはり海に浸かりたくなった

くじ切りをし
少し冷たい海へ沖に向かい流れる

波間に浮き
雨に打たれ

身も心もすっきりと浄化され
ワクワクする

海には不思議な力がある

外国からの親子も
海パン一つで波と遊ぶ

帰りがげ
水深10センチもない浅瀬で
マダラ模様のドチザメの赤ちゃんが足元を泳いできた

神社の参道でよくで会う小さな蛇と同じ
龍神様のお使い

ようこそおいでくださいました

胸の思いのままに動くこと

海にゴミを捨てるなんて恐ろしい
ゴミを拾えたら拾う

そんなごく自然なことと同じなのでしょうね

プラスチックにまみれた日常の心

海岸に無数に打ち上げられているペットボトルで気づかされる

入り口

白浜神社へご挨拶に
海に鳥居
つまり海こそが神の住う聖域
海神のかみの龍宮神界である

今よりも、鋭く野生的に
純粋に星や海の香りを
感じれた先人の残してくれた
大切な神世と人間界のバランスを知る入り口である

縮図

稲取の岩根神社
美しい海を望む
伊豆の溶岩が流れた荒らしい崖

台風19号で屋根や鳥居が破壊されそのままに
中には海の神 わたつみの大神のおふだ

土着の神社で昔は違う場所に
あったのを、電車の線路を作る伊豆急が
費用を出して移設したらしい

誰が直すのか?

それとも
この磯があまりに心ない釣り人の
わざと捨てた、ゴミやタバコの吸殻で
汚れ
もうこんな場所でみんなを護る気にもならないかな

伊豆海もペットボトルやら
何やら伊勢神宮では誰もゴミは捨てないが
見てないと安心して捨てる訳です

これが現代の正直な日本の縮図

道をつなぐ


連日の雨で海は濁り
波もなく

撮影はせずに
龍宮神社=綿津見の神
弁財天と龍神様に
ご挨拶

神様の道とは
古来は行者や、自分のお願いではない人々が
いた神社から神社への時間

海から海へ運ばせていただく

個人的なご利益ばかりを祈願する
いつの間にやら、お助けお守り販売所と
変身させらた神社

明治神宮や
金比羅山も
神社庁から脱退する理由

それはそうと
稲取浜の湯さんもいよいよ
営業再開!です

術と真

競技でも順位なんか
関係ない

スポーツ?

海や宇宙に人間の恣意を押し付け続けている

海は山は競技場ではない

人間の本来の野生や霊験や魂を浄化し
お互いに助け合う、祈りばであろう

昔の人が
やまで走り
うみで泳ぎタイムを計らず

白い姿(死んだものの覚悟と清らかな純ぱくな思い)できましたと
貝を吹き、太陽や木々や巨石や滝や海に
心捧げた訳です
これこそ自然な心が暖まる行いです

無心の心が正しいと向かわせた
その次の行為が
この日本を護っていたはずです

今の日本の大人のように
きっと身をもって、胸で感じれば

誰かが書いた原稿を読んだり

記憶にございませんなど
とっても
恥ずかしくて言えません

恥ずかしさや
弱さを知ることは
強いことです

それをしっかり見つめ
包み込みながら超え

グダグダした過去はゴミ箱に投げる!

無心で前へ斜めへ自由に潜り泳ぐ
これは
人生最大の危機の連続の1枚

己の心や怖さを忘れるため
水中で気合い!もろとも

潜った体を水中で反転させ
シャッターを押す

水遁の術なり

うきよ

波の中は紙一重だ
と言っても言葉が見当たらない

水には紙一重と言う現世の紙という物はなく
周知、透明な水が強烈な早さで硬く迫りくる
水は初めて屈折や離反が起こると
光に影が生まれるわけだ

影とは反射できず
光が吸い込まれた状況である

その瞬間を先に感じて
体を波の中にスーッと入れ込む

波の中は幸せだ
嘘も垣根もない純粋な地球と人間の約束が残っている

集中し生きることを学ぶ

呼吸
心の軸が動かぬよう
なんて、カッコつけた
考えが入り込まぬよう

即決の連続しかない

もし巻き込まれたら死ぬと思うこと
その線に覚悟を載せると
体は自由に動き
案外命を拾ってくれる

撮影はその証明に過ぎない

自分がやりたいのは
この波の中で浮き世を笑うこと

ファイヤーキング

しばらく波の撮影も出来てません
雨はいいのですが
水が濁るのと、水平線の太陽の光が
ビシッときませんので

もうご来光は朝はやすぎるから
4時半に泳ぐのは現実的でじゃないな〜

カメラや体と心の準備や
祝詞やくじ切りやらを考えると

4時に海岸か〜
3時起きはもはや漁師です

前に一度この時間に
泳ぎましたが

頭と体がぼーっとして
よくなかった

なんていうまに
9月はファイヤーキングカフェの個展
2005年からなので
今年で21年目、21回

そんなに開催したのか〜
よくも生きていたな〜

もちろん、必死で死なないように泳ぎましたが
死ぬことはいとわず
捨身の旅でした

一人で泳ぐ海外の海岸
ガイドブックができそうです

トライアスロンとか競技は全く興味がありません
集団行動が嫌です
タイムとか順位を海に持ち込むのはおかしな話です

独りで人しれず
波の中にいる方が修行になります

振り向くと
1回の展示で14~15枚

21年だと
300種類の違う波の写真を展示したことになるのか

その写真は
20枚ぐらいは手元にありますが

あとはみなさんのお宅や、お店にある計算

ありがたい話です

生きた海のゲートが世界に飾られ
霊道というか、海と海が繋がる

行者道のようなイメージでいます

写真集は伊勢神宮にご奉納させていただけ
1年間祝詞を読まれ
最後は、火にくべて
高天原へ

皆さんに神州日本の神様の道とご多幸が
行き届きますように

日々僕も祈り旅へ

令和の令は
山に人がお辞儀する姿

山は御神体富士山?

いや自衛隊が大砲撃ち込んでる場所を
富士山演習場と言わず

富士の裾野演習場と言う

それで何が御神体でしょうか

自然を尊び
辺野古も然り
破壊しすぎた人間としてごめんなさいです

完成

ユアーズ柏クリニックさんへ
設置をする前に
試し設置。

何度もmm単位で測ってますが
額と合わなかったら
どうしよう!といつも出来上がるまで心配

よかった!
2回目で成功

最初の額はまた
額に合わせ写真を選び
作ります

フィジーの最果て
誰もいない光の海


小泉太志命さんの伝記的
本を読んだ

昭和天皇を霊的、天皇を解体する輩の呪詛から
御護りするのは、強烈な霊生を持つ人と刀で
護る必要があると
西園寺公望氏より人から人のご縁で
選ばれた小泉先生

元伊勢の伊雑宮で刀を1日3万3千回
独自の振り方で振っておられたと

右翼の権化と勘違いされ
近寄らない知識人も多い中
角川春樹氏をはじめ多くの方々が
この表には出ない世界の門をくぐられた

その際交流のあった
短いながらも師であった川面凡児氏は

文字や頭から神に入ってはならない
体から神に入れと
体得である

権力と金力の集中が
社会全体に邪欲と怨念の邪気を増幅していると
言葉を残し

そして八戸の
医師でもある安藤昌益は
自然真営道で

同じように
こうした人間本来の活気を乱し

世に不正の気が満ちると
邪気の蟠りが人間の健康を阻害し
戦争、飢餓、異常気象をも起こすと書いておられるという

神、自然界、の他を傷つけない
世界観と、そうした悠久の自然と互いを敬うことこそ
がこの世をよくすると

御成敗式目の第1条とも通ずる

目に見えない、尊い祈りを捧げ、日本中を旅した行者
がたくさんいた日本は

そうした純真な祈りで神社、や寺が
霊道として繋がれ
浄められていたんだろう

紋付の最中に家紋を入れるのは
悪霊から護ためだという

これは羽黒山伏の星野さんが
背中を護るために、羽黒山伏は丸い小さな鏡を背負い
首に逆にかける白い飾りをするんだよ

と同じである

自然に頭をさがる
それぞれに思い当たる節を
言葉にしたのが祝詞や真言
誰が考え出したのだろう?

あくまでもそれは、祈りての
目に見えない次元に対しての実感
だが

数千年前から
神様や自然の神も
初めは聞いたこともない祝詞を
人間があんまりに唱えるものだから

その気持ちが行き渡ったのか?

結局は気持ち
真心と誠の心

海はそんなことを人に
考えさせる

潮は太古の記憶を含み
海と空を巡る

全てを見て聞いてきた長い時間

遠い祖先の呼吸や思いも
含んでいるのかも知れない

体得

水に包まれている我々

知らないことが
あっていい

地球や宇宙の全てを知ろうなんて
傲慢で馬鹿げている

海一つ
川一つ

神々の道に続く
その道を祓い清めていかないと
神様も人間界で揉める神社にも来れなくなる

古来の日本人は皆
祈りを運ぶ行者だった


明治政府にその力を恐れら
蓋をされてきた
学校教育や社会

海岸を裸足で歩き
海に足をつけたら

瞬時に感じることこそ
自然と神々の道が溶け合っているとわかる

頭ではない

体から入り
体で知る事

Fiji
ここにいると
いつも
みたことのない景色と風が包む

もしここにいなかったら
この感覚も風も知らずにいた
自分は生きていてもったいないと
思った

人間の作る
映画やテレビ
テーマパークでは永久に胸に届かない
時間に身を置く

人間の野生感や鋭い感性は
そうした人工物で日々消されていく

海での紙一重

ナビがない車で地図を見ながら走ること

月や太陽にいちを知ること

そんな風がどこから来たのか?も
考えない都会の過剰な電気製品世界に
胸を汚染されないように

お願いします

大雨とコロナの影響で
外国人観光客2名しかあわず

思い立ち
雨の中山の清滝にて滝修行を
させていただいた

伊賀忍の神社の浄め砂をまき
くじ切りをし
祝詞
般若心経
不動ご真言
龍神祝詞を大声で唱えた

怖いな〜ここ

恐々左の水量の多い瀧へ
雨で水量が強く冷たい!

数分入り
今度は右の瀧へ

おや?
なんだ右はお湯なのか〜

そうか〜
知らなかった!

いやいや待てよ
上流の清流を二つに分けただけだ

そんな訳はないのだが
温度が左と明らかに違う

そしてまた左へ
やはり水が暖かい

不思議な事
はあるものだ

しつこく又右へ
確かめる
と冷たくなっていた

お不動様と龍
神様のお計らい?
なのでしょうか

体から湯気が出ていた
なんとも言えないスッキリ感
は波の中と同じく
真剣

昨今インスタ映えを狙い
いきなり瀧へ行く人もいます

瀧は作法と心がまえが
あるので勝手に行水感覚ではいかないように
してください

行者なり
経験者と必ず入ってください
場所によっては管轄している場合もあるので
お声かけを

安易に入ると
とんでもないことが起こります

実際色々な滝の行場で
恐ろしい話を聞いています

稲荷山

大雨の伏見稲荷は
昔のように静か

思い立ち日帰り
山を一周し祈る

ご奉納するお神酒も
山の社務所も閉鎖で
持ち帰り
ここ伏見稲荷で生涯を過ごした禅僧で画家
若冲さんの掛け軸の前に

シマシマ

フィジー
6/11 2011 7:20

朝、久しぶりに晴れ
椰子の葉が風でさされ
太陽がその影をも暖かく全てを包んでいた

目の前の海の細い水道に潮が流れ
海底に反射した光が輝いていた

都会の朝とは
全く違う時間

太陽も時間も同じなのに
生きてる時間がここまで違うことを知ると
気魂というか、体以外の何かが喜んでいるのがわかる

なぜ?都会に住むのやら?
同じ時間の人生の目の前の1秒も
心が自然に沿って生きることが
いかに大切か
よ〜くわかる

昔はこうした山や川
埋め立てもない美しい海岸があったんだろうな〜

宿で用意されたオムレツやパッションフルーツを食べ紅茶を飲んで
カメラの準備
ニュージーランドから一人できた若いサーファが数日泊り
波乗りをするというから、今日はボートで沖に一緒に
村人に連れて行ってもらう

うみで、今日もひとときお願いしますと
立ち泳ぎで、忍者の呪文と
海の神様に龍の真言を唱えた

すると足元の珊瑚の岩の隙間から
こちらに向かい、小さなシマシマの海蛇がクネクネ
向かってきた

嘘かと?思うが
なんだか絵も言えない
感覚が海の水と音を包んだ

海蛇は基本大人しく
口も開けないから、噛まれるわけではないが
まっすぐ向かってきたにのには驚いた

自然に足の下から来た蛇は
潮に流れながらクネクネ
すぐ近くに浮き上がり

泳ぎながらどこかへ消えた

今でも、後にも先にもない時間

蛇は龍神様の仮の姿とも
修行中の姿とも
言われ

あの広いうみでの、ピンポイントでのタイミングが
決まっていたようにしか思えない

「オン ナンダバナンダ エイソワカ オン メイゲシャニ ソワカ」

人間の破壊を免れている
聖域である海はまだまだこうした
古来からの神々の領域を
維持している

もし日本人であれば
あのやまやこの海のどこかに
鳥居を建てたのかもしれない

何かがいらっしゃる
何かにみられている感じがした
この海の裏側

恐るべし手加減のない
人間の力をはるかに超えた世界

そこに身を置いていたから
今がある

今に無心で夢中になる
やがて少し先の未来で

あの日、あの時、の日々が
繋がり新たな今となり

少し先で待っている

今はもう過去だが
心と体が喜ぶことを追求する
なるべく一人がいい
集団行動はやめて自分のピッチで泳げばいい

競技でも順位でもないのだから

これを自然と向き合うという

事実、神国 令和は富士山にひれ伏すとも、神主が正座し神様に頭を下げる姿とも

日本は神国であった
6世紀初頭に輸入され、巧みに流布された仏教
が神仏習合といういかにも、2つは1つに上手に混じり合い
日本の歴史が作られた様になっている

もちろん
日本の中央や武士や公家と
神様はおおらかに?
後からきた外国人である仏さんを(キリストはあまりの過激な一神教な為排他)
茶道(茶道の祖、千利休は切腹させられた)
や儒教や道教とも混ぜあわせていただき

絶妙な味になったのが
神仏習合だが
人間界の言葉通りには
混ざっていなかった

江戸時代まで伊勢神宮は、剃髪や僧侶の参拝を禁止し
女人も僧侶も中には入れなかったようで

五十鈴川はみもすそ川と呼ばれていた
平家が滅んだ壇ノ浦のみもすそ川と同じ命名

その後どういうわけか
宗派に分かれ檀家制度を強要され
寺と僧侶の威厳が強まり

のこされた身内も、なんだか煌びやかな衣装を纏った
僧侶にお経を詠んでもらわんと、タタリやあの世へ行けないのではないか?

本心は心
手を合わせた決まりモンクは
あっちは南無妙法蓮華経、こっちでは南無阿弥陀仏

しかも墓は買うのではなくオタクの土地を借りるのか?
90センチ四方で300万?

そんな不思議がまかり通る世相も
現代の霧

昔は神官や修験者が祈祷していた役割を
いつの間にか中国伝来の僧侶が請け負う

現実では
極楽浄土へ身内は行けますよと
お経をあげないと、あなたの身内は彷徨い
極楽へは行けませんという、暗黙の決まりに

幾ら払えばいいのやら
聞けば

お布施はお任せいたします

これまた政治家ばりの曖昧な質問と違う答え

親族は
まな板の上の鯉である

柳田国男(先祖の話)

いはゆる神葬式をして居る家々でなくとも
死んで(ホトケ)などと呼ばれることを
迷惑に思った者は昔から多いはずである。

日本人の志としては
例え肉体が朽ち跡なくなってしまうとも

なほこの国土との縁は断たず
毎年日を決めて子孫の家と行き通ひ
幼い者の段々と世に出ていく様子を見たいと
思っていたろうに、最後は成仏であり
出て来るのは心得値がひででもあるかの如く

しきりに遠いところへ送り付けようとする態度を
僧たちが示したのは(彼岸の遠い極楽へ送ってしまうこと)
余りにも1つの民族感情に反した話であった。

しかも僧侶達は、念仏供養の功徳によって
死者は必ず極楽へ行くと請け負っておきながら

一方では盆のたびにこの世に帰って来る
亡魂の為に棚教を読むという矛盾した行動をとってきた

(これはとっても幸せな遠い極楽へいかせると約束し、お金ももらいながら
この世の辛い修行を終え、遠い最高な浄土へ、特殊なお経と技で送ったのに

お盆に帰ってきてしまうから、またお経で極楽へお返しましょうという
不思議をさす)笑

仏教は六道輪廻の妄執を断ち
そこから解脱して彼岸に至る道を示す教えである。

そこ事を十分承知した上で
尚かつ死後も霊魂は此岸であるこの世のどこかにとどまり

年間に日を定めて子孫のもとを訪ねて饗応を受けるという
盆行事などにみられる伝来の信仰は

容易に消える事なく今日まで続いてきた

どういう上手な説き方をしたものか
二つを突き合わせてどちらが本当かといふような論争は終わに起らずに

ただ何と無くそこを曙染のやうにぼかしていた


いずれも祖先崇拝を中軸とする
仏教とは本来縁のないような宗教心意が
仏教を受容し始めてから千数百年も過ぎた今もなお

私たち自身の中に
強固に残留し続けて居る事実について所感を述べた

(神道の成立 高鳥正男氏著)

肯定も否定もない事実

海は嘘をつかない
写真も嘘はつかない

嘘をつけるのは人間である

大切なのは自然に生かされ
自然に思いやる

自然に身を置き己の正直な
心根と非力な力と傲慢さを捨てる事である

海は日々生きて
揺れ動き、命を再生し
魂を綺麗に浄化してくれながら

滝と同じく波は
禊祓の場でもあると感じる

川から海に行くまでには祓戸の4人の神様がおり
人間界の汚れを浄化し再生すると
祝詞にもある

海の宮 おそらく竜宮城に
オオワダツミの神様がいらして
神仙界というらしい

海の中にも山がある
朝日を浴びたその海中の山々を祈る事

それが僕の約束の一つなのかもしれない

Test Print

古いお付き合いの
柏のデンタルクリニックのお客様よりオーダーいただいた写真
現像所も休んでいたので、2ヶ月遅れの納品へ向け

しかしもう少しスッキリ感を出したいので
再現像することに

インクジェットは『吹き付け塗装』
な為
写真が写真でなくなります

そもそも代替えの手法で
写真には絶対に向いていません

作品の質よりも安価で早いためだけに
プロの写真家もインクジェット塗装で
仕上げる世相は

「写真が写真でない事実」

ペイントと呼んで
印画紙の本来の写真と分けた方がいいと思います。

印画紙は薄いゼラチン層があり
内部より色が出てきます

これが紙焼き写真です

インクジェットは吹き付け塗装です

実は額はオーダーで広島の額やさんへ頼んだのですが

なんと写真サイズを間違え
額は改めて発注の事件!

申し訳ないですが
もうしばらくお待ちください

なんの仕事も
本来の昨今の写真やからみたら
手間暇かかる仕事をし

継承し仕上げないと
写真業界も写真もダメになります

この身1つ

波の大きさではない

そこにいることで

感じる
絵も言えぬ時間

絵のない世界こそ

生きるシンプルな真理

たる


窓はあるが
ガラスがない

屋根はあるが
電気はない

窓には梱包材を貼り
ローソクで過ごした日々

ハワイの山のうえの小屋

懐かしい

かっこいい植木鉢は
いりません

小屋

今は火山の噴火で無くなった?部屋

航空券だけでハワイへいき
オアフの空港で電話が鳴った

ハワイ島にいたフラの友人から
メリーモナークのチケット1枚手に入れたけど
くる?
宿もレンタカーははないかもね

本当なの?
そんなに混んでるのハワイ?

ヒロだけはこの時期ダメなのよ〜

1枚15ドルのチケットが
今や人気のため値段は数百ドルまで吊り上がるが

友達が探してくれたおかげで
60ドル

静かな田舎の空港ヒロに
ついたら宿はどこも満室!は本当だった

車は何軒かめで見つけたのが何より
この時期は便乗価格

街には人は歩いてなく
人がそんなにいるようには見えない

メリーモナークの観覧者やアーティスト達
が宿と会場を行き来してるんだろうか?

結局、初日は宿は見つからず
知り合いの宿の床に寝た

翌日、南下した海の近くのパホアという
ヒッピーの村のような
宿を見つけた

ひょろりとしたジーパンのインド人
モジョさんが支配人?

わたし〜池上に〜
住んでいました〜

池上?
本門寺の?

そうでした〜

部屋は2つあります〜
みなで住む部屋ドーム〜

でた!ドーム!

ものなく何るからいやだな!〜

一人で住む家

家?

「名前はオーシャンビュウファレ」

はいそれにします!
幾らな訳?ですか

お互い変な日本語と英語で

1週間540ダラーね

高いやら
安いやら
よくわからない

急な斜面を案内してもらうと
木にくっついた

山のうえの一軒家?
ツリーハウス?

部屋の中に木の幹がある

木に寄生した家といった感じだ

ベランダ?
日本車の車の後部座席
中はベッドで4畳半

遠くに海が見える

いいね〜
そんな不思議な宿だ

トイレやキッチンは冷蔵庫は共同で
棚を分けて、ホワイトボードに名前が書いてある

大抵ドレッシングとかは使われてしまう

中には数ヶ月も住んでいる強者も
壁のないリビングで

皆、思い思い過ごしている
10人ぐらいかな、
どこにいるやら
それぞれの小屋に住んでいるようだ

金ないから草刈りして手伝いして住んでいるんだ〜とか
男も女も不思議な雰囲気

今時こんなヒッピー宿あるんだな〜

そりゃ空いてる訳だな〜

面白い

しかし部屋をよくみなかった!

部屋に帰るとカーテンがない窓に網戸はあるが
ガラスがない?

夜が寒かった
風がビュンビュン!

さすがオーシャンビューファレは
山の頂上
風がビュービュー吹き込み

翌朝喉がガラガラで体が冷えた

仕方なくカメラの梱包材やバリの布を窓に貼り付け
風をしのぎ

電気はないから
ローソクで火事にならぬように
したら快適な住まい変身

問題は1つ
夜決まって10時ごろになると
ピープー!ピープーと
電子音のような何百ものカエル?の鳴き声が
夜中2時まで続々と包まれる

何百?もの音が
サラウンドのようにかぶる

鬱々しながら
ベッドからうるさいですよ〜
と笑いながら
言うと、しばらく
ピッぶっぷ!・・・・
とやむが

しばらくするとまた電子音
に諦めた

最初は眠れなかったが
慣れたら寝た

あの音は今も忘れない

ガイドブックにはない
当てを探す旅の面白さを満喫

綺麗なやどじゃ
知り得ない地球の呼吸

1枚


2002年の冬
マウイ島で偶然出会った
ハンスクリスチャン・バンダーボート
お爺さんがドイツからハワイへ移民

若い頃はぐれてしまい
ジェリーロペスさんの工房で修行し
海が全てを変えてくれたと

全ていたを、削りから塗装の最後まで一人で作ったクリス
ロゴは波に神様の顔

ワタメン
海を愛しみ、その怖さを知る人は
皆ウォーターマンなんだ

インタビューを最後に亡くなってしまった。

大波へ行くプロロングボーダーでもあり
ホノルアベイでの1枚

頭の上を板が回転

良き友との短い時間
も1枚の写真が永遠に残すもの

苦しさを乗り越えて

マウイ島ホーキパ

ウィンドサーフィンの聖地と言われた
歴史的にも恐るべし風が吹く

12月は風がなく
サーファーの聖地
と思いきや

この日は波も風に煽られ
どこで崩れるやら

常に水は濁っているが
水中の波よりも
ひたすら世界の波に揉まれることが
今の自分に必要な事

一心不乱に
泳いでは流され溺れた

ここでも1度
あっという間に沖に流され
大波のポケットに吸い込まれ
飲まれ続け

恐怖とで胸が潰されそうになったが
気持ちを入れ替え
泳いで全然違う磯から
岸に帰った

サメも怖いが

待ったなしの波の中
自分で切り抜けるしかない
究極の本領を探す

嘘も本当もない審美な世界
海1億
人間0.1
の力の差

これが大事!

ノース

オアフ島
の北の海辺

サーファーもこの日はまばら
穏やかな波と
風が吹いていた

ノースショアに定宿を見つけてから
オアフ島に通うのも
慣れてきた

レンタカーを借りたら
そのままハイウェイを北へ北へ

パイナップルの広大な赤土の畑の
一直線の向こうに海が見えたら
ハレイワの入り口
その昔は映画館もあり
海岸は馬に乗った人々も

宿は
最大3組の客で共同リビング、共同バスルーム
2段ベッドがある小さな部屋

部屋は寝るだけで
緑に囲まれ
円窓から光のさす、こげ茶の木で統一された
リビングが好きだった

どんな人が来るのか
わからないが、2週間近くいるのは
僕だけで、皆数日でいなくなる

インターネットもない時代
予約はいきなりレセプションへ行き
またきたけんだけど
部屋ある?

そんな感じだった

海へ行くか
海岸を散歩するか
本を読み
スーパーへ
マグロと海藻の刺身ポキを探しに

いつも旅は一人
背負えるだけの荷物を体にくくりつけ
ひたすらあらゆる海で泳ぐ
武者修行の時代

こんな穏やかな風景はハワイならでは

ALOHA

ハワイパイプライン

パイプラインとは60~70年代にサーフィンをした*ジョンペックに続き
ジェリーロペスなどのサーファーの
その半ば死ぬ行為(いたと足を繋ぐ流れ留めもない時代)勇気と強い心の
行為をスポーツとして、集客を狙った
サーフブランドスポンサーにより
人為的に作成された名前

本当は違う名前

その昔はここも、ヒーラーや王族の聖地
祈りの場であったようで

すぐ隣はププケア(白い貝殻)という美しいサンドビーチ

海岸に境界線はないのに
人間がつけたのです

ALO =存在とか相手を思いやるとか尊重
Ha  =呼吸とか合わせるとか

ALOHA はすごく長い時間を超えてきたいい言葉

アメリカに占有され
51番目の州に
明治政府に当時の王様カラカウアは
日本に植民地にして欲しいと
言われたものの、農業の移民ならばと
残った日系人が今もたくさん住まわれているが
顔は日本人でも言葉は英語

古来からコアの木の板にのり
神々や海を祈り、舞う行為は

フラダンスとなり
アロハを着て
少し変形したものの

カヒコ(古典)ダンスは野性味あふれる
ハワイ島ヒロで開催されるフラの大会
50回目のメリーモナークは素晴らしかった

地球の
人々が助け合い
心を自然と呼ぶ昔のままの地球を
大切に頭を下げることが
何よりの幸せになります

そこで祭礼や土地の人々が集まり
心1つ神様へ地球への感謝を込めること

ただただ
それにつきます

鎌倉武士が残した御成敗式目の1条に
あるように神仏を尊び供物を絶やさず
祭礼をすれば、霊験が人々に行き渡り自然に幸せになると

昨今鎌倉に増えたアロハの方々をはじめ

どうか海や山へ心をそくし、身を委ね
心をまた都会に持ち帰り
アロハの真髄を持ち続けてください

国は違えども
時は違えども
人が憂い、暖かな優しさや
海の心地よさ、は変わることがない
同じ想いです

ALOHA

*
ジョンペックと昔サーフィンにいった
彼のペネトレーター(まっすぐ)という、キリストの顔がちょうどパドルすると目線にくる
妙に固い板で
四国の海部の玉砂利のダンパーに突っ込んだら
怒られた!



インドのシタールのようなギターを奏で
自称ベジタリアンで、宇宙人と
マヤ人の聖なる食べ物キノアばかり毎日食べていた

宇宙人はホントかいな?

昔、ハワイのサンセットビーチのツリーハウスに住み
ヒッピーの頃、ヨガをしてインドの影響で
神様に近づけると信じ、まだ合法だった麻薬を吸っていたと

だからたまに宇宙からのノイズが抜けない
から自分のながい枕を旅には持って耳を塞ぐんだ


ペック
それ幻覚やないか?

でもペックはインドネシアの屋台で
イカンゴレン(魚の唐揚げ)をこっそり食べていた

ペックさん
いいの?魚だよそれ

たまにはいい

仙人のようなおじいさんだった
すごい波に突っ込んでいた

ALOHA

 

人為及ばず
そのままでいい

いずれは消えていく天然の海

アウトドアとか
自然という言葉が偽装される前から
動き生きる
地球を身を投じ
心で喜び
その美と脆さと、怖さを知レバ

自然に気づいていくことがある

それこそが、昔は普通だったはずの
人と人にも行きわたる
自然な心根へ

先人たちがごく自然に
地球に尽くしてきた、祈りの義と
全てへの心配り

「いただきます」
とは?

負けない心
引かない心
いくと決めたら行く
戻ると決めたら戻る

その時きめた決断が
正しい。

後から頭が邪魔をする

何も心配ない

自分に惑わされないよう
海へ

ネオンとノイズに疲れたら海へ滝へ

はるか沖で

ラロトンガ島 クックアイランド
ニュージーランド経由で丸2日
乗り継いでついた1周バイクで50分の珊瑚の島

波が本当にあるのか?
わからないまま
Google Earthで見て行ってみた

バイクで1周するも
はるか沖で白波はたつが
サーフィンできるような大きさではない

波ないか〜
サーファー空港にもいない上
街でも道でも1人も見ていない

しかたなく
海沿いのホテルに入り
ハンバーガーを食べ
海をしばらく見ていた

バイクで宿に戻る途中
さっき通った海辺の林を見ると
さっきはとまってなかったレンタルバイクが3台

もしかして?

お気に目を凝らすと
波があり
ブギーボーダーがいた

波だ!

宿に戻り
カメラをセットしうウェットをきたまま
バイクで出直した

海へ向かうと
先ほどのサーファーたちとすれ違う

もうあがるようだ
一人か〜沖

HI~
Hows,it?

「ここはリーフで満潮の前後1時間しか
波の乗れないんだ」

「えっ!
泳いでいくの?
写真?」

「まっすぐ出れるの沖まで?どうやってたらいい?」

「ここからまっすぐ
流れは少しみぎに流れてるけど
そんなでもないよ」

「浅いから気をつけてね」
だからサーファーはいないのか

遠いな〜
片道片手クロールで20分
沖は急に浅くなり歩ける
珊瑚とウニがすごいな〜

危ないな〜ここ

でも波のある20mほど先は深いようだ

大丈夫かな?~

とにかくダッシュで波のたもとへ
ここは世界で1番早いロール波

恐るべしスピードで
島を丸く飲み込むように波がラップするようにまいてくる
波が沖に盛り上がったと思ったら
壁のような波が!

怖い!
水深が2mあるかないかは
逃げきれないかも

誰もいないしな〜

結局30分どんどん潮が引いて
危険な水深になり
祝詞をよんで
9字切りを立ち泳ぎでするが

どうしても恐怖が拭えない

もう帰れってことかな〜?

しかし
水は澄んでいて
フィジーや太平洋の同じ種類の魚も色が若干違う
美しい

海の神様が住んでいる場所
なんだかやたらに来てはいけない聖域の感じだ

人生で1度泳ぐか泳がないかの場所

宿に戻り
シャワーを浴びて
穏やかな
宿の前の海を見てると
同じ海とは思えない

満足感と程よい疲れだった

波があってよかった
毎日遠いがバイクで30分通うか

岩山

現地ではベラウと呼ぶ
ミクロネシアの300以上の小島からなる
パラオ共和国

スペイン、ドイツ、日本の植民地になり
太平洋戦争では戦果の火の粉に巻き込んでしまいました

そんな日本時代が40年あり
言葉や食べ物は日本食が残ります

南洋神社跡も行きましたが
鳥居も何もない広場で
道に意志の灯篭がありました
神様や御眷属さんは
連れて帰ったのだろうか?

写真は1983年ごろ初めて
マリアナフリースクールというキャンプと現地の体験と
戦争の御免なさいをと
野外活動の先駆者浜野安宏さんに
連れていっていただいた

そんな過程で3日間だけホームステーをさせていただいた
地元の警察署長で、当時は島で一軒のガソリンスタンドを経営していた
レイモンドアキヲさん と息子パトリック

大丈夫?オーケー?
今日から君の家だから自由に冷蔵庫を開けて
飲み物はあるし、ベッドはここだからねと

こんないい人が
外国にはいるのかと
子供ながら驚きました

パラオは船が車がわりで
海が好きだった親父さんは
美しい松島にような翡翠のような島々(現地ご岩山)へ
連れて行ってくれた

いまだに家族とは仲良くしていて
この親父さんに会ってなければ
波を泳いで無かったと思う

人生の分岐点にいた海の男

日本人が伝承した

帽子の国旗は
日本が空に太陽ならば

パラオは夜空に月にします
と勝手に戦争に巻き込んでも暖かな心で待っていてくれます

山寺

Yamadera Shichiken san at Yamanashiken

七面山の標高2000mの山寺 敬慎院
1週間この山寺で
朝晩、な龍神様を祀る100畳はある御堂で
お経を聞き
.
空を見上げていた

2015年

ファイヤーキングカフェで
昨年仙人に急に
先生〜
とお声をかけていただきました

見るからに
人生の浮き沈みと喜怒哀楽が染み込んだ
優しげな仙人こそ
東大の教授で都市計画立案のプロ
寺西ひろふみ 先生

小さな声で
「この間
あのね」

「いいもの見せてあげる!」

嬉しそうに
まるで
飼ってはいけないメジロを
捕まえちゃった〜
風に

チラリ
えっ?

凄い達筆で
力強い精神的に強い意志の強い文字

「なんですか先生これは?」

「御成敗式目」!

歴史の時間に聞いたような・・・・

「本物のコピーだけどね」

あれ?
神社?と書いてありますね〜

そして驚いた!

神仏を尊び祭礼の繋がりを大切にしていくと
しぜんに個々の人間世界の霊験が行き届き
幸せになると事が大切だと788年前の侍は後世に残した

1232年鎌倉武士北条泰時と叔父時房らと書かれた
51の内容が御成敗式目

これは何かの資料に沿ったものでもない
従者が主人に忠をつくし
子供が親に孝をつくすように
人の心を正直に尊び
曲ったものを捨てた平凡な道理に
基づいて制定したものであると

第1条
神社を修理し祭りを大切にすること

神を敬うことにより
霊験があらたかになり
神社を修理し祭礼を盛んにすることはとても大切である

そうすることにより
人々が幸せになるからである

また供物は絶やさず、古来からの祭りや慣習を疎かにしてはならない

関東御分国にある国衙領(こくがりょう)や荘園の地頭と神主は
この事をよく理解しなければならない

神社を修理するさいは領地を持つ神社は小さな修理は
自分たちで行い、手に負えない修理は幕府に報告し
内容を調べ良い方法を取る事

第2
寺や塔を修理し、僧侶としての務めをおこなう事
僧侶は寺や塔の管理を正しく行い

日々のおつとめに励む事

寺も神社も人々が敬うべきものであり
建物の修理とおつとめをおろそかにせず

後々非難されるような事があってはならない

また、寺のものを勝手に
使ったり、おつとめを果たさない僧侶は直ちに寺から追放する事

こうした
道義の制定と先人の心が
戦災で焼けるまでの奈良、京都や鎌倉をはじめ各地の
寺や神社を、作法も物語もむかしのまま
維持されてきたのが
現代の観光地でもある寺社である

こんな時期こそ改めて
物質や過剰なジャンクな情報が何の意味があるのやら
感じる
今の日本人に大切な事だと思う

それを守り抜いた方々がいたのだが

所詮カメラは機械

日本経済新聞の私の履歴書 樂吉左衛門さんの記事は
読んでいて勉強になりました

思い通りにできたものがいい茶碗ではなく
イメージは目に見えず手探りで想定可能な企てを全て捨てると
書いておられました

確かに
写真も同じで
絵コンテのまま構図を描いて
写す写真は 写し?であり

写真の醍醐味は
1瞬の表情や漂う何かを
そこに鷲掴みに封じ込めてしまう
魔法のような事実

いい写真の定義はないですが
いい写真は何かを発しています

と偉そうに書いても
写真を買っていただきご飯を
食べさせていただいている以上
言語的には作品となりますが

作品という内からでたぞ!
というのもは写真に写っていたら
怖いですから

僕はノーファインダーで押し
題名もつけず

1枚、1枚2度とない瞬間を向こうから
いまだ!と押させていただいているような感覚です

ですので作品(作者の思惑や恣意は介在しない)だけど
作品ではないんです

くどい!ですね〜

この身ひとつ
被写体に溶け込む

波も人も同じだな

最近少しわかってきました

砂時計

パプアニューギニア
木のいたにのる子供たち

みんな素っ裸で
フィンもない「木の板」に乗る

これぞ競技ではない
波の乗りの本来の原始の姿だ!

現代の日本の都会の子供にはない
たくましさ

なんとなく内側は凹み
1枚の木を手作業でくりぬいた板

波に乗っては
また歩いて戻ってくる姿は
ワイルドで本当に楽しそうだった

しかし海は濁っていて
サメがいそうで

全く水中は見えず
波を潜って交わす際、溶岩の岩に頭をぶつけないか
心配だった

火山の噴火の溶岩の岩が点在する海岸で
やっぱり早速、足を切った

ペットボトルや様々なゴミやオムツなど
海岸はどこも汚れていた現実

自然のままの暮らしをしていた
彼らに
よその星から輸入された石油製品や電池は
そのまま川や海へ捨てられる

椰子の実やバナナの皮はポイっと捨てても大丈夫だが
地球に戻れない物だと教えていない
彼らを責めることはできない

川でも洗剤で「じゃぶじゃぶ」
「ぶくぶく」の泡がそのまま海へ

毎秒、毎秒地球の海はスピードの差はあるにしろ
少しづつ汚染されている事実

土に帰れない
天然の地球には
新しい物質でできた物は
処理法や処理施設もないまま
持ち込まれた外来種

お手軽なインスタントラーメンやコーラは今や世界の島々に飛び火し
フィジーやサモア、パラオをはじめ
多くの南の島々の伝統料理を若者からとおざけ
肥満や成人病も蔓延している事実

決してクックやマゼランは第一発見者の英雄ではない
彼らに見つかり征服され
キリスト教を押し付けられ
植民地化した災難はいまだに続く

裸で川に飛び込み、凧揚げや竹トンボを削り遊んでいた日本の子供のように
木の板に乗る子供たちもやがて
いなくなるのだろう

いずれ携帯電話を持って
ゲームやっているんだろうか?

ニューギニア政府観光局は戦争のことを他の国よりも
よく伝えておられていた

ニューギニアの
海に入る前には、必ず手と心を合わせた

こうした防人の方々の命の積み重ねで
今の平和があるのだが

忘れてはいないだろうか?

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