STAFF : Uncategorized

怖さを研究

怖さを幾つも体験すると
怖さが和らぐはずが
怖さの体験が輪廻してくる

今も怖さが
どこかに記録されている
記録されているからと言って
眠れないとか、精神的にどうとか
ベトナム戦場の帰還兵のようなPTSDはないが

起動が閉まるほど溺れた時は
心が詰まった。
自信喪失

へこんだ心を治すには
もう一度今日、溺れた同じ場所へ
行かねば先はないと感じた

所詮泳げないのだが
意を決して行くと、雨もは嵐で誰もいなかった

海が守ってくれ
我が身の丈を知った

この時は意識が遠のくほど溺れた怖さよりも
逃げる自分と、このまま泳がない自分が怖かったから怖さの種類は前者と違う

怖さが身を守っていく

身の丈を知り、抗えない自然に
挑戦はするが挑まない

ある線で止めること
止めるのも勇気

表裏一体の不思議
そこには一個人の人間が存在する
からその人間の心、体の状態と余計な性格
や幼い頃の自然体験が作用する

間違いなく
小さなこと気にせず
人間界では協調性は無く
自然界に協調性を持ちたい!と言う人が海や自然を大事にします
昔の人々はごく自然に湧き上がるような感動と、感謝で
自然に祈ったのでしょう

自然は無限です

観察して決めたら
つべこべ言わず、考えず
行くのみ

準備体操し、カメラセットし
祝詞や般若心経や忍者の呪文を唱え
海を浄め祓い
自分におまじないをする

よし!と掛け声して

足ひれをはいて
今流行のマイクロプラスチックを口に含み飲む

ウニやオコゼ踏まないよう珊瑚を壊さないように
足をつくと危ないから
水中で岩上を飛ぶように移動し泳いでしまう

顔や指先で水の動きや
自分の水温をセンサーで感じる

波のポイントまで泳ぐのがまた怖い
強そうなサメいないかな?
水は透明かな?
流れはどっちかな?
波はどこで崩れ
水深があり逃げれるのかな

いる場所が決まったら
ひたすら浮いてい水面、水中を観察

やがて水面で迫る大波を見つけ
全てを飲み込む場に泳いでいる自分の
どうしようもない怖さの笑い

野生に生きた心地を取り戻す

水面から見上げ、空が消えるほどの波が迫ると
逃げれないんじゃないか?という余計な妄想

巻かれてしまう怖さの体験と妄想
巻かれ中の怖さ 妄想なし

波を潜ってかわし
水面へせっかく出たのに
頭からまた波が降ってきた怖さ

かえって経験が意地悪する

前にもこの感じの波が
迫るとやられたからなとか

同じ事象に常に裏表が存在する
アジアのタオであり
般若心経の世界観だと感じます

あるからない
ないからある

存在しないからこそ
存在できる

この読解不明な世界は
やはり体験と言葉はいらない、現実経験
しか知り得ませんが

波の中は
どうもそれに近いです

波は透明
波はない
あるの事象は風やうねりに、海水が反応した
ドミノ崩しのような水素結合と離反

高速に迫る波という固有の物だと
決め込んだ人間

実は波なんて物はなく
連続しては戻るエナジーの回転

風、波動
我々の目が高速カメラであれば

沖の水は1滴も海岸にはきていなくて
1つの波という物も存在していないと知る

手で空間をお仰ぐと
風がきます
これは空中の波

水中も同じく水に動きがきます

同じ分子構造でありながら
存在する形が違うだけ

空の雨雲は水
水中の雲は空気

所詮はH2o

同時に存在し
変化しながら
意味合いや物語り
そこにいる人間の知性や感覚まで
無限に旅をさせる波=水はすごい

もっと大事にしなさい海を

腑に落ちます

海は生きています
波という水の水素も生きているというか
記憶でき、感情を理解する生き物だと
思います

そう
怖さとは何か
消して消えない自分自身の
鏡です

海はあるがまま
別に怖くさせるとか
一切ない純粋な姿

もし海が怖かったら
魚たちはストレスで眠れません

嫌々泳いでいる
魚を見たことがなく

みんな楽しそうです
縄張りや食われないかな?とか
警戒しあってますが

魚の心理を理解し
波を泳ぐ

そりゃそうだ
泳ぎの先生に習うのがいい

水泳の本は明日捨ててください

鏡に写るのは自分じゃないです

謹賀新年

昨年もありがとうございました。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

新しいwebサイトも作っていただきました。
www.umiーbushi .com

海の写真が丘に上がり
新たな海と陸地を繋ぐ展開へ

防寒ウェアや冬のウェットスーツがなければ
数分で死にます

宇宙なんか全く興味ありません。

今更わかること
も多々あります

わからないことが
あるからよくて

古武道も海も生涯
訓練と体験が教えてくれる叡智がある

動きの読めない波を
かわしつつ

写真は
どこにいるか(位置)で
写真は決まります

ただ
あまり長居はしないこと
同じ位置に長くいると
いい絵を作ろうとします

波の裏は
どうとろうとか
どう構図に入れようなど
考える必要も無く

人間の気配を消して
押す!

写真を撮るたびに
気配と自分を捨てます
捨てようとも意識しないこと

夢中の中
1つ1つ、胸をかっぽじいて
馬耳東風の孤高の時間に
あるがまま動き、笑うのみ

駄洒落じゃ無く
霧中でいいんです
とにかく決めつけないで
霧の中を進む
霧の中に本物がある

切り替え切り替え
自由に思いのまま
融通無碍

海はそこにあるだけ
意味をつけるのは人間様

自分が意味がある生き方
でいいと思います

生きがいは死にがいです

僕は波の中に
蒼光を観ました

正月早々
何を呟いているのでしょうか?

独り言を水中でぜひ
自然に笑います
なんでしょう

海の洗濯力でしょうか?

N

忍の3病といい彼らが常に心の深く折りたたんでいた

心配
考えすぎ
悔いり

今のテレビ社会、電源依存
情報過剰社会こそ人間をダメにするものはない

テレビ捨てて
自然界へ行く

人間界と自然界の線ができて
溝までできた昨今

宇宙の根源
道義と道理の自然秩序
に善も悪もない

普通のことし、話せばいい

そうした世界観、生命観を書き残した
今泉定助さん

神道の習俗化や
軍人総督による武断的な朝鮮統治や神社礼拝の押し付け

又国体とは天皇に主権がある国体ではなく

存在しうる全ては顕幽両界を通じ共鳴しあい
一体であることを感得する日本国有の国柄を表していた

祖霊や自然、万物が繋がり生成発展している体験すること

東條英機などがすり替えた
天照大神が最高神であり
天皇はその子孫であると作り替えた明治の国家神道の矛盾

古事記には原初の宇宙の大神は三神

アマノミナカヌシ 天御中主神
タカミムスヒ 高御産巣日神
カムミムスヒ   神御産巣神
 
仏教も神道を人間様のご都合で
表面的に利用され、表面的にメッキされリフォームされてきた

霊界、現世の全ては
日々の宇宙と地球の風にある

考えることは悪くないが
あまり長く、深く、しつこく考えない

波の中でも古武術も
考える間がない

体が一体となり動いていて
初めて写るように

見えないものを感じ取れる感覚が
薄れた現代に、見えない時間をつなげる手段の1つにすぎないが

1枚の写真が人間の命より長く残る
遺影とは亡くなった人の生き様をそこで
生かし続ける1枚の通信手段であると思う

影を人はどれだけ見れるのか
光にも影がある
まさに波のなかはすべての叡智と、自然霊の世界に(スピリットや精霊)
体を踏み入れ、ことわけをし
自らをつなげる行為であろう

現代人が生きてないと思い込んでいる
全ては実はちゃんと見て聞いている

日本でも祝詞
ハワイではチャント(自然や神の叡智を授けてくださいという エホマイ)

みな実は共通した胸のうちと、地球上の人が感じた
あり同じことを、嬉しく思い、又慈しみ、大きな力にこうべを垂れ
胸を捧げる

人間だけが今
宇宙の神羅万象から外れた厄介者に
なろうとしている事実

海岸を裸足であるき
この身を海に溶け合わせ

少し謙虚にその感じたことに感謝するだけ

普通のことを忘れがちです
ニュートラル


静かな海
でも海は雨のように
体にあたるというか
風圧のように感じる

自由は無意識に

撮れたのではない

俺は写真家ではない

そうそう

己に腑に落ちることが大事

1つのことを動く

考えてはいけない

勢いよくやるだけ

映像はシナリオ

習っている古武術に
まろばし(転)の術がある

昔、習った?僕だけ
お前は俺のいう通り一年歩いてこいと言われた謎の
古武術も円運動だった
秘伝の生みの親

あの時教わったのは技ではなく
体が忘れない、体の一早い動かし方
力の抜き方だったと最近わかった

この世も
時間も動きも波も円運動
メロンも柿も中心に向かい回転し実になる

カニも円運動

次の動きを
無駄なく連動するのは
ゴルフも、武術もバスケットも一緒

無意識に
水の抵抗や流れを
ゆっくり感じながら泳いだ19歳の2ヶ月
まさかあの時間が命を掬い(自分で救うから掬う)
写真を切り取るとは夢想

夢を食うバクの話は子供の頃
怖いような、不思議なロマンがあった

鼻の長い黒いバクが
あの世の番人のように
警戒心なく首を垂れてもぐもぐ夢を食べている

綺麗事抜いて
実行するだけのバク

黙々と黙って
独りで味わう

プールも独り
海も独り
旅も独り

一人旅で覚えた体験は素早く
そして深く何処かに記録される

同じことをやると
気づくと上手になっていく

所詮儚い人生
夢があるなら
希望に変えて
希望にできたら
実行していく

続けていくと
必ず未来で良い時間が

予想以上のワクワクする喜びが
目の前に転がり込む

写真はその人を写す鏡かもしれない

写真は嘘をつけないから

シナリオでダラダラ作られた映像ではなく
1枚の心に切り込むような
写真で生きる

いつかわかる日が来る

ネット社会のばかげた
数字や結果などゴミ箱へ投げろ

昔は青く光る大きな波を
撮るんだと

命をかえりみず
独りで波の中へ向かった

戻りたいが
戻れないこともあるという
自分の本音に夢中にかける

余計なことを考えると
動きや、精神的にぶれてしまう


だったかどうか

禅の若いお坊さん(雲水)も
そこを見つけている旅の途上
なのかもしれませんが

無とは
生死を考える暇もないほど
1秒を生きる

1秒をいきると
あとは繋がってくる

心配なく
安心感が維持され
また次の1秒へ

考えることもあるが
普段の考えるとは違い

1瞬考えるが、次には無意識に
経験と感覚と考えと同時に
体が動いている

ひらめき的泳力?

よくわかりませんが

それが海の無

影は光
光は影

何も海は変わらず
あるがまま
だが46億年で1度も同じ波はない

時間は幻

海へ黙っていく

古来の人々が祈りもうけ
自然に何か特別な時間を感じた場所に
お供えをし、勾玉や聖なるタチで祓ったりと

祝詞がどういう経緯と時間で編み出されたのか?
誰が思いつき、考えたのか?

神様の声が降りてきて書いたのか?
それとも神様が普通に隣にいて寝起きをしたのか?
海へ行ったのか?
山で共に狩りをしたのか?

不思議だ

調べると
最古のものは905年に
延喜式に書いてあるそうだが
わかっている書類としては
それより100〜200年前にできていたようだ

日本初期には720年
中臣金連さんが宣る

祝詞は宣下(せんげ)
反復するのが寿詞(よごと) 天皇の長寿、隆盛を祝福 呪言的な意味合いがある
精霊を鎮めるのが(いわいごと)

神様を祀り
感謝を伝え
目には見えないが在る
この世の次元とはずれた純粋な生命

また土地に対して
龍神様に
お稲荷さんへ
井戸に対して
六根清浄
神道大祓という持ち歩ける冊子にも

祝詞はその場、その時に溶け合う
多くのバリエーションがあります

教科書は適当なもので、その時代に検証した内容が
新事実により編纂、消去されていくのもいた仕方ない事です

祝詞の本にも般若心経(何となくオールマイティーだと感じます)も

昔の方々は今の僕たちよりも
相当サイキックで、霊力、感受性、交信能力、もすぐれ
人間界の悪や、人の悪い思念、未浄化の霊の供養
をしないと天災や災がおきるとも

地震も増え
軽石も人々の目を海に目を向けていますし

富士山は大丈夫かな?

不可視

冬の海は美しい
漆黒の闇に光の束が降り注ぐ

太陽の光は暖かみがある
それは見た目や体の表面の事だけではなく

レントゲンのように 微細で可視できない
何かで浄化というときな臭いが
調律し、本来の姿へ整えて、細胞を自然治癒してくれる気がする

可視光線の恵みを
波の裏から

1枚でいい

写真はドキュメンタリーです
1枚の写真は映像と違い語ります
映像は見飽きます
映像は映像の伝え方がありますから
比べるものでなないですが

僕は1枚にかけたので、映像は撮りません
今のビデオカメラは色を補正してしまいます

なるべく人間界の雑味を入れず
足ひれ、水中メガネ、防水カメラケースだけ

ソフトでいじり倒した写真グラフィックを写真と呼ぶな
と言いたい

ルーツは被写体に50mmレンズで近づいた
アニーパイルやキャパ一ノ瀬泰造さん
のような戦場のカメラマンですが
皆さん戦場に消え体はないですが
写真は残り人々に今も持続しながら伝えています

ユージンスミスは怪我をしながら
戻ってこれたので
師匠柏原誠がアシスタントになり
僕に受け継がれています

彼らが無意識に、計算なく

人が夢中で歩いた時間が尊いものだと
改めて感じます

師匠たちの足跡を海の中を泳いで辿ってます。

海を探す

都会の暮らしでは忘れかけた野生
水平以上見ない生活から
360°見渡す

夜空を見上げ
星を見て

よくわからないな

あの光はなんだろう?
マ〜興味ないからいいや

そんなたわいもない
電飾のきらめく広告看板もない
正しい時間

なんにしても
海を探す

海岸の雰囲気
太陽の方向
光の向き
潮流
岩場

体の状態

いろんなことを同時に
感じていく

決めたら即決
その場にとにかく体からいくこと
祝詞を捧げ

あとは押すだけ
ノーファインダー
色補正なし
手品なし

存分に寒中水泳を楽しむ
首を痛めないよう波では必ず顎を引くこと

ドキュメンタリーに生きる

凍った

太陽の沈むのが早い

どこに泊まるかな〜

Three のバック
パタゴニアのR4
それでも寒いから下にMagicのインナーに手袋
ブーツはオニール
Zeroのフードはアギヒモのマジックテープが
擦れて痛いな〜

しかし寒いを超え
体の芯が冷えている
温泉へ!行かねば

印象どこに記録されているのか


一年前の11/29
日ノ岬の灯台から
まるでニュージーランドやスコットランドを想像した
美しくも青黒い冷たい海、独特な怖さ、吹き付ける風
寂しさを感じた島
ケルト民話の祈りの島か

まさかその半年後
ここで泳ぐとは

あの日の独特な感じは
1枚の写真で、胸の奥から
引き出される

印象はどこに記録されるのやら

ふと鮮明に思い出すのか?
気づくのか?
体内か
頭なのか?いやこれは完全に違う
それとも保存場所は体にはなく
どこかのメモリーか?

記憶は脳だと学者はいうが
記録と記憶の差は何か?

波を見た瞬間に記録され様々な過去の海の記録が蘇る

泳いで感じる波の圧力や水の向きや水温
と言った体の表面の感覚である
外的感覚

そこで波に巻かれる怖さは外的から内的へ
内的感覚だけだと体が先に動けない

想像もいけない
無駄な時間だ

禅のお坊さんが
無になるのは無理だという

無と考えないことは何が違うのか

波の中は
考える暇もないほど
追い込まれるというか
考えるが一瞬で

あとは腰と一緒に動く
水中も陸上も
ここが古武道の動きと同じ

考えてる時間がない

そこで冷静な心でないと
体術的にうまく動けず
呼吸が浅くなりパニックになったり
硬い動きになる

水中でも、つと滑らかに
指先を使い水を潜る

考えないで
でも考えちゃう人は
そうすると羊を数える

集中力を養い、いろんな経験をして

済んだことは追わない、ぐちぐち言わない
その時自分が決めた結論だから
その時はそのとき
良いわけで、失敗も成功ない
あるのは現実の体験

その日はその日で終わらせる
寝て忘れる

ダメなら次
気を付ければいい

人と群れない
自分が正しいことは宇宙が正しい
独り旅をする

そのうち
小さなことが
どうでも良くなる

波の中は瞬時の観察と
瞬時の動き

全ての道しるべは指先に

自由に旅して
独りで悟れ〜
と言ったお釈迦さんが指さしたやら
なんだか

それとて
その人お釈迦さんのいいと思った
印象と判断と確固たる本人の確信

でもそれはそれ
その人の考え

無理に合わせる必要はない

日本の仏教は、その時代時代の方々に
方便解釈され、いろいろな絵具を溶け合わせていった
進化し続ける教え
だから良いのかも
1つだけ
それならお釈迦様の日には甘茶でなく
ネパールのカレーをお供えした方が
今は亡きお釈迦様の故郷のお母さんの味がいい
に決まってる

もし自分が死んで墓に、ペペロンチーノじゃ
グッとこない
気持ちはありがたいが物足りない
日本人はおにぎりである

宇宙と水は無限に動くトーラスであり
地球人の知識や考えなど意味がない
その見えない水の風に
生かされ、則していくしかない

ただそれだけ

難しく考えず
海岸へで靴下脱いで足をつければいい

それぞれの階段の登り方
それぞれの倒木の潜かたがある
要はそこに行くときめた自分がいればいい

決めたらその場にいくこと
途中自らの、力を知り
今は無理だと思えば行かなくてもいい

少し自分を押す!
自分で自分押す
ライフガードは他人でなく自分

理屈や強要や教科書や命令ではない

自分の力を正直に見て知る

変なテレビ番組や情報は見ないで

宇宙自然物、自然現象に
心を通わせ、そこにいること

それだけで人間は正しい方向へいき
自然に助け合う

ですので僕も自然現象の中で印象を
繰り返し胸に溶け合わせている

宗派は宗派
道は違えど同じ修行者だから

第56回 京の冬の旅

興聖寺は40年ぶりの特別公開です

14mの青波 の襖がこの時期だけ皆様を、織部作下り蹲、茶室ともに
皆様をお待ちしております。

ここは
江戸時代独特な画風の画家 曽我蕭白さんも眠る
お墓の文字は画家で宮司の富岡鉄斎さん

最初のお墓は風化し
ボロボロに
早くに亡くした息子さんと
同じ墓に入れてくれと言った蕭白さん

そして千利休の弟子で、茶人で武将で芸術家だった、古田織部さんの菩提寺です。
裏には5人の息子さんと奥様の織部焼のお墓も

バスツアー
山に佇む湯葉の松山閣さんでお食事コース

京都駅から、すべてお任せの特別コースです

www.optbookmark.jp/plans/3119/

京都観光協会

ja.kyoto.travel/specialopening/winter/2021-2022/

宇宙

古来から変わらぬ景色
景色は無機質のようで音や香りがある
目には見えない気も含む

平面的な絵や人工的な映像にはない
ずっと見ていても飽きないものは何か?

厳しい宇宙の風にさらされ
自然界のものだけで
自然界で作られた絶対的な風景

人間には到底作れない

岩、砂、海、風、雲、雨、太陽
そこにに生物が来ると俄然
アジアの話し
生命樹の物語が始まる

1本の木がはえ
草が生え
花が咲き、身が実り
虫や
鳥が集まり
1つの木に生命の循環が見て取れる

鳥もまた違う気や場所に移動しながら

常に新たな宇宙を作る

宇宙はそこかしこにある

漆黒の闇が海に訪れる
冷たくちょっと怖い

不気味な濁った深い海
と揺れる海藻

帰りが心配になるが
今日は船が沖で待っている

日御碕のダイビングサービスの岡本さん

本当に暖かな海の男

出雲の磯も岡本さんのおかげ
岡本さんにお借りした軽トラで宿へ帰る

勇気を持って遊泳禁止

文字は永遠に語る

12/8は日本時間だと7日
太平洋戦争の始まり

実際にはマレー半島の攻撃が早いが
広告的に真珠湾攻撃が華やかだから始まりとし

10人のハッチを中から開けれない
2人乗りの潜水艦で亡くなった9人を軍神とし
意識を失い捕虜となった酒巻さんは黙殺

ハワイを訪れた際は行う
56人の戻れなかったパイロットの若者達の
名前を読み上げた

遺書

真に生命を愛する者こそ真の勇者である
生命を愛するということは、死にたくないということは大いに意味が違う

無為な長生きをするということではない

いかにしてこの命を捨てたら
二度と抱きしめることのできない生命を、意義あらしめるか、価値あらしめるか。

捨てる刹那に鏘然と、この世に意義ある光芒を引くか(鏘然ーそうぜん金属が高い音をたてる)
問題はそこにある

何千、何万という悠久な日月の流れの中に、人間の一生の七十年や八十年はまるで一瞬でしかない

たとえ二十歳を出でずに死んでも、人類の悠久な光を持った生命こそほんとの長命というものであろう。

またほんとに生命を愛した者とおうべきである

昭和十六年 十二月七日 午後五時

空母飛竜搭乗員 清村勇 十九歳

99式艦上爆撃機 第二次攻撃隊
操縦員 清村勇
偵察員 清水好生

アメリカではアーリントン
イギリスではウェストミニスター

国の為、国の強制により命を落とした方は
どこの国でも大切にされていますが
日本は負かされたからか
靖国神社へ参拝することは微妙なことに
右とか左でもなく、当たり前のことなのですが。
 
僕のおじさん緑さんは27歳で、船で戦病死したと聞く

もう1人は早稲田大学中にの学徒出陣で少尉としてビルマフーコンで戦死。行方不明です
桐の箱に箱に神1枚名前だけきたと

祖父は奇跡的にビルマで、そのいとことすれ違い
自分の作った鉄道で中国の国境付近の密林に送られ戻らなかった仲良しの従兄弟を
探し、生涯悲しんでいた。
昭和十九年三月八日。

山本五十六さんも米内光政さんも海軍は特に
誰もが負けると算出したアメリカとの戦争

軍部が力を持ち東條英機や永野修身が天皇を騙し
脅かした。
上官には物言えぬ、ダメだと分かっても
長いものに巻かれていくあの時代は
今の政治家さんと同じ

反対していた
東久邇宮稔彦さんは(香淳皇后の叔父)
はフランス
に在学中日本贔屓で日本美術のコレクター
クレマンソー元首、ペタン元帥から

アメリカは第一次大戦で邪魔なドイツをやっつけたから
次は東洋で邪魔になる日本を叩きつけようとしている

日本の方から戦争をしかけるように
手を打ってくるに違いない

日本は必ずアメリカに負けるから
アメリカの手に乗り戦争をしないように
と言われたいた

ルーズベルトも
戦争をしたいが自分から戦争は仕掛けない
最初の一撃を撃たせたい

暗号機も持ち暗号も解読され
実は全てを知っていたかもしれない

真珠湾は騙し討ちではなく
まんまと罠にハマり日本は予定通り負けていったこと
その数時間前には陸軍がマレー半島に攻撃

戦争の火蓋は
真珠湾ではなくマアレー半島だが
華々しい攻撃を先とした日本

アフガニスタンのタリバンを支援し作ったのはアメリカ
結局は、ベトナムやソ連と同様に
武器も全て置きっぱなしで撤退

国の為と信じ戦った若者達は
果たしてどう思うやら

写真の師の師
ユージンスミス

目の前で関係のない日本の親や子が殺されていく
辛い時間をカメラで写し
この戦争屋やろうどもめ!

ドキュメンタリーだと信じ写した写真の99%は捨てられ
悲しむ日本人や、若いアメリカへの死体のネガ焼きを見せると
今度こんな写真を撮れば太平洋か羅追い出すぞと
言われたという

他所の土地を欲しがりドロボーしあう地球人
今や火星までも
自分の星も宇宙も散らかし、破壊するだけ破壊しよごし
他所の星へ行くなんて
とんでもない。

海の魚は自由です

Cube の海

CUBE撮影

並べ替えたり
していると
不思議とずっとあやこれや

印画紙に焼いた写真を
ぴっちりカットしたアクリルに貼り
延々手磨きの
プレミア鏡面仕上げ

職人さんの芸術作品

日々断言

断言する。私は写真家ではない。
1枚の写真は嘘をつけないと知った。
死ぬ可能性のある場に身を通じなければ
その真髄も自分が何者なのかもわからないと感じた。

天然の地球の、のっぴきならない場で、全てを捨てて体から教わる
身を以て体験を重ねていくと、やがて心を以って腑に落ちていく

さらにその2つの経験に体験を重ねて幾重にも広がる験を繰り返し
修めることを修験という。

山伏から山伏にならないか?
いや、私は海伏だと気づいた

太陽光線は宇宙から地球に約8分19秒後に来ているらしい
つまり、我々が見ている太陽は過去の姿であり、見ているのは太陽そのもではなく
続々と届く動く光の束を見ているにすぎず。見ていると思った物は見ていない訳だ。

波は波動で1つの固定された物ではなく、生きている。
常に動き、水素分子が、目には見えない細かさとスピードで
くっついては離れる動きの一部を波と呼ぶにすぎない

つまり波も太陽も人間の目では少し遅れた残像を見ている訳だ
影は光が作り、影も光の後についてくる。
光にも影がある

波は光の影だ
そんな影を1枚に残せているに過ぎない

射抜くような光陰が走り、宇宙の他の星や
地球の森羅万象と人の心の内を垣根なく照らす

目には見えない現象や頬を撫でる海風に畏怖を感じ心を寄り添うと
自然に人や物にではない、この宇宙の正心の信仰心が育まれていく

ないものに美意識を観、海の方丈で在るものを楽しむ
先人たちの叡智と彼らが胸をたむけた時間を探している

古武道の波

太陽が沈むと
色がなくなるのは
暗いからではなく

光が物に当たり反射しないためで
色がなくなったわけではない

水は不思議だ
光を透過させ
波の面により光をはじく

水面がうねり反射させ、高速な光を入れないから
黒くなるつまり
実際に1枚の写真にはズレが生じている

太陽の光は、宇宙を抜け地球まで約8分19秒で届く
ま〜波の裏は8分20秒か?

はるか彼方から旅をしてくる
太陽を見る
見た太陽の光は8分19秒まえの姿

我々はすでにないものを見ている

星は昔の爆発を見ていて
地球に届くのは光だけで
実際の星はない

波はどのような速さなのか?
水素結合力しながら動く風が
微細なドミノ倒しで水か離れてはくっつき離れていく
過去の姿を、人間は波という

時間の使い方
撮り方が人間界の時間とは違う

ファインダーも被写体も見ず

常に刃筋の立った
角度も向きも違う波

波のない位置で
シャッターは先に押している

先を読むのではなく
自然に動くこと

古武道

寝ます。

整う

出雲の海は独特だ

夕暮れの暗くなる瞬間
日御碕神社の海は
今の僕たちよりも
目に見えないものが見え

目に見えないものを信ずることが
信仰心と自然とわかっていた

人々の祈り場の跡

いや
感じないまでも、昔の人たちが
感じたであろう同じ何かは
この地と海にあるはずだ

忙しすぎて
空も海も見る機会が
年々少なくなる街の暮らし

自然と心身も疲れ
気が弱るのは誰もが同じ

一呼吸

時計と携帯電話の束縛を捨てるといい

風の粒子を感じ
水の流速を感じて

そもそもある
10感、20感を呼び覚ます

自然界の動きに
そうだけで

全ては整う

泡の中


結局船で沖まで連れて行ってもらった
風が強く水中は薄濁り
水深8メートルの場所では撮ったことがないが

2m下にかじめの生えた
岩棚がある

周囲は暗緑色の不気味な海
したは見ている暇もなく
サメはいないだろうから

磯に砕ける波に集中した

光が波の泡から光ってきた

荒磯の後ろへ

出雲磯は
波が大きく
水中は白い泡の中
気をつけていても、顎を磯で削った

大したことはないですが
波が磯にあたる横か後ろに
いなければ

岩にあたります

海に落ちて磯に上がるには
海が引いて満ちた時に

慌てず岩の後ろの回り込み
磯に上がるように

川の場合流れる水の
石の後ろはエディと呼び
全く流れがない不思議なポケット

川や山にコンバースや靴底の平らな靴では
行かないように
滑って怪我します。

磯や川はタビかマリンブーツ

夕焼けは思ったより
西でうまく撮れず
ポイントを変えないと
天気は明日まで!

民宿で風呂入って
魚料理をいただきます

出雲で撮影してました。
日本海は流石の寒さ

そもそも出雲には波がほぼないので
無理だと頭で決めていました

始まったのは昨年
出雲大社の神在祭にご縁をいただき
大社の中へ入れていてだき、正式参拝をさせていただき
地元の御師の方に、稲佐の浜で写して見たらいかがですか?

神様と霊蛇様のうみへ
入っていいのですか?と恐る恐る

しかし海底が砂で秋からは風がビュンビュン
遠浅で水は濁り
これは無理です。

島根の半島を松江まで探索しましたが
綺麗だと思った海岸も、砂地が多く濁り

海岸の雰囲気がなんだか違ったり

美しい日本海の海岸線を巡り

日御碕が天照さんと素戔嗚さんを
祈った海底神殿があり
そこに岡本さんという
海底神殿を(神社)を見つけたすごい人が
いますので、行ってみましょう!と
ある地元のホテルの支配人

野武士のような、アイヌのような
髪を束ねた海の男が笑顔で

舟出しましょう!
泳げますか?
どうですかね?

とご親切に、神様の島や神殿の周囲を海から
感じたが、なんだか雰囲気がこわい 
恐怖ではなく、霊的な何か

後から考えるとつまりは
聖域だからでしょう

海も深く太陽の光線の位置と様々
ピンとこない

結局、ゴミを拾いながら
海岸を歩いて探すと
テトラポットの隙間に
不思議な気の海岸がを見つけた

そこで写したら
写ったのが5月末

古代からの祈り場は今も
祈りがとどまっている

御神酒を注ぎ
貝を吹いて
祝詞と
般若心経
九字を切る

そして「ことわけ」
神様と古代の祈りの方々に
入らせてくださいと伝える

旅は頭やガイドブックではないのです
いいカメラや便利な機材を
最初から買い揃えるのではなく
工夫と創意
アイデアと
感覚のまま歩くこと

きっとたくさんの扉が無数にあり
どこを開いて、入っていくかで
人生が思いもしない楽しい時間に
スイッチを入れたように
変わります

なんでもやってみる

踏み出さねば何もない
泳がなければ何もない

海を通じて多くの方々からも
たくさんのギフトをいただいてます。

今は亡き
2003年
マウイのサーファークリスバンダーボートが言っていた

海をいつくしみ、リスペクトする人

人に対しても
地球に対しても同じだね

そんな人を
みな Watah Man というんだ
「Water Man」
それが僕の哲学なんだ

あてにない波の撮影で
夕方マウイのホノルアベイで
声をかけられ
ふと出会った一瞬が
呼ぶ絵も言えない時間

それが旅ですね

京の冬の旅」2022
で14mの波の襖絵を公開します

場所 普段は非公開 禅寺「西陣 興聖寺」
期間 1/8~3/18
拝観 800円

江戸時代の画家 曽我蕭白さん
千利休の弟子で、茶人で武将で芸術家だった、古田織部さんの菩提寺です。

お墓もありますので、どうぞご参拝ください。

バスツアー
山に佇む湯葉の松山閣さんでお食事コース

京都駅から、すべてお任せの特別コースです

www.optbookmark.jp/plans/3119/

京都観光協会のページで紹介されます

ja.kyoto.travel/specialopening/winter/2021-2022/

京の冬の旅

京の冬の旅 56回 2022
で14mの波の襖絵を公開します

場所 普段は非公開 禅寺「西陣 興聖寺」
期間 1/8~3/18
拝観 800円

興聖寺は40年ぶりの特別公開です

江戸時代の画家 曽我蕭白さん、
千利休の弟子で、茶人で武将で芸術家だった、古田織部さんの菩提寺です。
裏にはお墓もありますので、どうぞご参拝ください。

バスツアー
山に佇む湯葉の松山閣さんでお食事コース

京都駅から、すべてお任せの特別コースです

www.optbookmark.jp/plans/3119/

京都観光協会のページで紹介されます

ja.kyoto.travel/specialopening/winter/2021-2022/

日御碕

皆さんが思う波
とは全く違います

磯にぶち当たる波

ここだ!
と感じた海岸と海でしか撮りません

これは不思議な感覚です

ここは朱塗りの日御碕神社 
家康の命令で東照宮の後に作られた建物
で左甚五郎ではないが、華やかな彫刻や絵で彩られている

龍蛇神とスサノオ、アマテテラス、稲荷神社もある

半年前に出雲から島根米子まで
原発を超え、撮れそうで入りたい海を探し
行き着いた最初に、訪れ感じた場所に戻ったご縁

実はあまり知られてませんが
裏山には素戔嗚のみことが
自ら柏の葉が落ちたところを
自分の御霊の鎮まる地だとした
神社という形のない昔の大切な場があり

姉の天照大神を古来より
出雲族や皆さんが祈っていた
夕陽神事の場です

海底には恐らく890年ごろに出雲大地震で
沈んだ、広大な古代の祈り場があります
参道や階段、滝の跡や、鳥居?をたてた穴?

勾玉や剣がまだ見つかってませんが
明らかに人工的な回廊です

見たい方はこの遺跡を見つけて研究されている
神社の目の前のダイビングショップ
アクア工房岡本哲也さんに
頼めば潜れます(閉まる時期的には5月末から11月)
海があとは荒れて、とにかく寒い!とのこと

そんな場所ですので
最初は怖かったです
現実的な波の怖さと違う
漂う空気感です

独特な生きた息吹と
祈りをしていた時間が今だに残る
特別な聖域だと感じます

海に礼を尽くし
古来の祈り手の方達へ義を尽くす

今では港が作られ
微妙な景観ですが

目には見えない畏怖が漂ってます

出雲大社

天皇と並ぶもう1人の生き神が
古来この地の王、出雲族を祖とする
出雲国造であった

九州の隼人族の宇佐神宮と同じく

ヤマト王権に力負けし
国の祈りを朝廷と行う役目に

江戸時代も独自の立場を維持し
支配を受けることなく、それまでは共に国祈りを
してきたはずの朝廷が(太政官符)798年で
祭祀のみに関わるよう命令されて以来

14世期半ばに千家家と北島家に別れ
宮司として祭祀をお互い分担し行ってきた

今の出雲大社で大きなしめ縄のある
出雲大社が山を見て左
右が出雲教の北島家

12世紀ごろから
神集いの記述が残るtらしく
いつからそうなり、またその時代
神様が集まるのを目にできた人がいたのかは
明確に誰にも分かりません

江戸時代に大社も宣伝を強くし始め
縁結び、神在祭りと、御師の全国行脚の努力もあり
ネットもTVない時代に全国に広まりました

期間中は道が大渋滞
駐車場が溢れ、数時間待ちの数珠つなぎ

出雲そばのお店も、よくもこんなに並ぶものかで
30人待ち

大社内部も参拝に並ぶ参拝者でぎゅうぎゅう

神在祭の最終日の日曜
混んでいるので行く予定はなかったが
地元の御師の方のお誘いで
裏道を抜け

なんとごった返す渦の中、神楽殿と本殿で
正式参拝で
玉串を捧げさせていただきました

宮司さんが読み上げる
希望の願い(顔意)は
神恩感謝

お忙しい中、宮司さんの皆様にも恐縮でした
この場を仮り御礼申し上げます

撮影は禁止なので
カメラも置いてきたので写真なし
特別な場です

今回は急に行くことになり
天気予報も見ないまま
晴れたのは最初の2日のみ

海は嵐の1週間

偶然波もあり
若干濁ってましたが
2日間は暖かな海でした

御神酒を捧げ
貝を吹き
祝詞を捧げ
いざ!

この時期は南の国より
海蛇が稲佐の浜へ神のつかい
としてやってくるという

神在祭だけは
龍蛇神(乾燥させたエラブ海蛇)を公開し
龍蛇のお札を販売している

出雲富士

出雲のいつもお世話になっている
出雲酒造 杜氏の今岡さん

酵母、麹菌
のかねあいと塩梅と経験と感覚

美味しいコメの旨味が濃縮

私たちは
お酒の環境を作るだけなんです

実際作るのは酵母と麹です

ないとし味が変わっていいと
思ってます

手造り
と真心の修行者

土居清

6歳から愛媛の禅寺で始めた古武道の刀術

組織や団体に所属はせず
孤高の修行を重ねてきた

数年前
弟子はとらないと決めてきたが
胸に引っかかることは
やるべきだと

少しずつ弟子をとった
辞める人もいる
残る人もいる

しかし師匠の話は映画のようで
昔話の時間

昭和29年頃当時45歳の臨済宗の和尚さんは
いくつもの古武術の極伝を持つ古武士
稽古は寺の外か、雨の日は境内で裸足

3年間つまり9歳まで
朝も早く、学校から戻ると夕方も数時間
基本の6種類(6本の振り)を
振り続けたと言う

きっと今の僕らでは続かない
毎日朝晩、同じ稽古が3年
3年目のある日、振ってみろ!
と見られ

よし!
次を教えてやる
ここまで長かったがよくやった

この基本ができ刃筋が立てば
次からは色々な技を伝授する
と言われたそうだ

この師匠の極伝とは、段よりうえの皆伝のさらに上
生死をかけた当時術は剣道でも居合でもない

鴨居から下げたタコ糸を一太刀

稽古の刀術の技の中
耳の鼓膜も破れたと言う
当時はいいヘッドギアも防護面もない

そんな土居師匠

俺には時間がない・・・・

出来る限り
お前たちには伝えていく・・・・

老練な古武士の放つ雰囲気は独特だ
いつの間にかすっ〜と刀が動いてくる

相手が構えただけで尻込みする
気あたりがすごい

いいか
戦わなくて、殺さずに済む方がいい

時代は違うけどな
この創始者が独自に感じたかたを
作ったが
俺の師匠もな剛柔流も極めたから
それも混ぜてある

他にはないかただ

とにかく振れ!

わからないことは聞け!
それぞれの個性に合わせて教えて行く
よし

憂いある時間

日本人がとんでもない
命の危うい時間に生きた証と
心の鎮めと強い心の錬磨
無駄のない自然な体術

子供たちに教えていきたいと

旅の土産話し

93年あてもなく言った
オーストラリアの海岸

その4ヶ月後
なんだかあてもなく外国へ行く
という目的は達成した感じがして

また新たな旅をしたくなり
なんだ一度日本へ戻ろう

と直感で思うと
凝り固まった自分が楽になった

安いチケットはガルーダ航空のバリ島経由

9時間だけ寄ったバリ

まづは海へ行こうとタクシーでクタビーチへ
まだ田舎の雰囲気が残る海岸は
土産物やと、ジャンクな土産物を歩いてうる客引きが
客引きがひどく

重いいバックを背負い、どこへ行けばいいやら

人には騙されなかったが
料金には騙され7000円払い
道で声をかけられたドライバーの車に乗った

いつ来たの?

いつ帰るの?
今日

今日?
バックミラー越しに驚いたおじさん

トランジット(乗換絵)で9時間しかないんだ
名前も忘れたが
親切だった

料金は1食50〜100円を考えると
観光客値段だと知るのは後のこと

それ以来数ヶ月おきにバリへいき
2度目からはレンタカーでバリを走りまくった

ぶつかるほどの頭勝負の運転
車はマニュアルのジムニーとケジャンという少しでかい車
賄賂に汚れた警官に、停止線を踏んだとか
言われたり

しながら島中を周り
夕方のサヌールについた

宿を探し良さそうな宿の部屋や雰囲気を
見せてもらい
そこが定宿になった
確か1泊50~60ドル位

海岸にいると土産物売りがうるさいから
散歩をすると一軒の骨董屋があった
他の店とは違うのは
真新しい観光客に売るための
カラフルな木彫りなどがない暗い店

恐々入ると
黒メガネにランニングシャツのオヤジと奥さん

甘くて粉々しいバリコピやお菓子をご馳走になり
店の中のいかにも選んで集めたオヤジ思い出の品々

結局5日通いつめ
何度も電卓を叩き夫婦で相談し
最初はあまり値引きしてくれなかった

古いガルーダを2つ買った
確か2つで12万

どうすればいいの?
と聞くと

日本の空港まで送るから
明日、また空港に着く日を教えるから
インボイスを持っていきなさいと

自分で成田で通関するようだ?
できるかな?
結局言われた日に成田に行くと
来ていた
オツナカ(税関業者)を使わず
自分で教えてもらいやってみた

箱を開けると2体が入っていた
がしっぽだ折れている

よく見ると接着剤で既にとめた跡が!
くそ!だまされた!笑

それでも数ヶ月おきに会いに行き
家にも行き、田舎まで行き
白蛇のいる?わざと蛇?
タナロット寺院の中でバリの正装をし
名前までもらった1996年

そんな2つの仏像というかバリの神様
は日本に来たある日から、ラップ音がおき
天井や何かが、パキっ!カタッ!と夜になると
音がする

怖い!

ある日などゾワーっと絵も言えぬ
お化けが来たときの感覚(何度かお化けは見ています)
寒気が包み鳥肌が

これはきっと祈られた霊力というか
魂があるから

お水を置き頭を撫でて話かけたら
止まった

人生の不思議な体験の1つ

骨董物には、魂が宿る(特にトペン(お面や人形は)危ないというか入ると聞いた)
まして祈られた物で、外国に連れてこられたのだから
日本でいう、物にも100年経つと
「つくもがみ」という神が宿るのと同じようだ

前置きが長くなりましたが
そんなバリでご縁をいただいた
ガルーダ(すごい重い木の一刀彫り)と
伊賀忍者の供養をしに行った時、1枚だけ撮った山の1枚は独特
だな〜と和室で思いにふけるの巻

今では毎日お水をかえ食べ物をお供えしています。

そうだ
霧のタンスは爺さんが戦争中焼けないようにと
五反田の家から柿生の知り合いの家まで
大八車で運び、また持ち帰った
という婆さんの嫁入り道具

生前ほんとに大変だったと
車がなかったからな〜
と笑っていた

ものを大切にした時代の美しい時間
を集めると、心が豊になりますね。

友へ

風がビュービューふく
防風林の細い路地を海の女と歩いていた

初めてなのに
懐かしい知っている道

でも
なんだか寂しいのは
毎日ここを歩いていた主をなくした道
だからか

その場には何か気のような
なんというか
目には見えない残像と雰囲気が残るのだろうか?

毎日ここを歩き
漁に出たのかと思うと
少しでもその足跡を感じたかった

一通の葉書がここに呼んだ

今から35~36年前
魚のアルバイトさきで
後から入ってきた、田舎の元不良な雰囲気の
長身の笑顔の2歳年上の木曽さん

その日から仲良くなり

海に素潜りに行き
貝やウニを焼いて食べた

5年前
当時の名刺を手がかりに
お父さんが開いていると聞いた
海産物屋さんに島屋へいった

お店は開いていた
30年間あってませんが
東京の友人です
というと
お母さんが干物を焼いてくれた

やがて漁から戻った
30年ぶりに会う友は
潮で焼けて、シワも増えたが
笑顔の人なっこい目玉は変わらなかった

目が語る

でもそれから
思い出してはいたのに行かなかった。

後悔はしないように
と言いながら

こればかりは
後悔先にただず

店の雨戸は閉まっていた
向かいの磯料理のおばちゃんに
聞くと奥さんに電話してくれ
すぐに、日に焼けた海の女がきてくれた

キョウバシさん
わざわざ・・・・

道を歩きながら
ポツリポツリ
この辺じゃ潜りでは1番と言われてね

6月に食彩の王国に出演したのに
進行性の病魔が既に体を蝕んでいた

あんなに元気な海の男も、
あっという間に戻れなかった

最後は家がいいと
言ったそうだ

エビ網や漁具の先の
代々のご先祖の写真と空海さんの仏壇と
氏神様を祀る神棚に囲まれ
石垣鯛を持つ写真が笑っていた

人の命は
草木や珊瑚より儚い

会いたい人には
日常で忘れがちな思い出を紡ぎに

なりふりかまわず会いに行かないと

あの時期てくださってから
主人はよくキョウバシが来てくれたんだ〜
って
喜んで話していました

ここは千葉の最南端白浜
今では高速道路もでき2時間もあれば来れるのに

申し訳ないね
木曽さん

ごめんね
と仏壇で涙した

同じくそれぞれに道で
海の男になっていたアマ(海士)と海伏

飾らず笑い
東京には興味が消えた
海で働き命をもらい
厳しい荒磯で生きていた海の男

どうぞ
皆さんも、おじいさんやおばあさん
大切な友達に一言

会いにいくねと

時間はあるようでなく
長く生きようとも
それがとえ、人間の時間で短くとも
どう生きて、光陰を引いたかに
その人の生き様が続くのですね

新しい付き合いが始まりました
息子さんが昨年からその海の道を
歩き泳ぎ始めたばかり
とお聞きしました

何かできることがあれば
共に。

帰り道は一人
友達の子供の頃から変わらない景色と潮の香り
と、足跡が染み込んだ道を歩いた

港に着くと
不意に1羽のトンビが現れ
風に乗りすぐ近くの低空を舞い始めた

ありがとう

入海

クック諸島
ラロトンガ島の沖300m

雰囲気が恐ろしい

前に遠いな〜

ゴマ粒のような
サーファーを見つけたのは昨日の午後
この島には波がないのか?と

ま〜いいや
うまいものでも食べるか
レンタルバイクを
海辺のホテルに向け
海の見えるオープンカフェで
ハンバーガーを食べた

帰りがけ、公園の木々の向こうに
さっきはなかった
レンタルバイクが3台に海に向かい停まっていた

感覚なのだが
こんな場所に不自然で人はいない
もしかしてサーファーか?

と思い
バイクのハンドルを切ると

はるか彼方にバイクの乗り主
サーファーがいた

強烈なほれた
早い波に乗るが
どうもボディーボーダーか?
遠くて見えないが

この時は嬉しかった

急いでと言っても20分かけ宿に戻り
カメラをセットしウェットきたまま
戻ると

彼らが戻ってきた
砂浜ですれ違うと
ニュージーランドからきた若者

流れはあるの?
と聞くと左から右にゆっくりだけど
悪くはない

泳いでいくの?
とびっくりされたが
行くしかない

誰かいれば心強いが
誰もいない海まで20分
強烈に早い波は、全く休ませてくれなかった

戻れるのか?
潮の引き具合によっては
浅くなり戻れない?
のかもしれない

刻々と変わる水深
に気を配り

包むように迫る波を
潜ってはかわす

写真は3日目
誰もいない海は
独特だ

鉛色の波が壁となり迫り
サイズアップしてきた
これは海が引き始めた証拠

戻れなくなるギリギリが
迫るという警告

雨が降り始め
ブルーグレーの水面一面に波紋が現れた

誰もいないうみで
絵も言えない怖さが
祝詞を読んでも大声で立ち泳ぎで
くじ切りをしても脱げず

20分かかりここまできたが
帰ろうと決める

何か良くない感じがする

滞在はわずか15分

胸がゾワゾワして
波を潜り抜けるのも
なんだか上の空
緊張感も消えただただ胸が怖いだけ

負けてたまるか!と
意識を変えようとしても
この日の怖さは胸に全身を包む

そんな海でスローシャッターためした
わずか20枚の1枚

後で思えば
潮が弾き過ぎて戻れず
死ぬから

帰れと

海の神様が伝えていたのかもしれない

古い古いポリネシアの
神様か何か有機的な時間が住う海

こうした思いが人を
この宇宙と海のバランスに謙虚に生きる
のだと示している

海の水温
指先に感じる水流
胸に集まるワクワク感と
胸が潰れそうな怖さ

陰陽の世界を知ること

自分の力で切り抜けること

自然にまかせれば自ずと
気づけばいいようになる

頭は捨てて
体から入る

透明の謎

Size 180 厚さ30
水の中のようで
ゼリーのようだ

しかし海の水と違い
純粋な透明な為、色は青くならない
7色の太陽も突き抜けてしまうから透明

神妙 写

アクリルの小作品

テーブルや棚やデスクに
1つもよし,3つもよし

これだけ複数揃え
好きな順番と飾り方で
自由に海を作るのもよし

これは職人さんが
手磨きな為
もうやりたくない!
と笑った逸品

笑いの種類が違うのは
僕にもわかる

印画紙
裏張りの紙
アクリルをピッチリカットして
アクリルの分厚い板を手で鏡面仕上げに
根気と塩梅で磨き続ける

正直
大きな作品の方が簡単に思えます
とまた違う種類の笑顔

お願いするしかありません!

写真はフリーア美術館の
北斎の肉質画の雷神

凄い魔力で、霊力が宿る
生きている感じがします

墨田区で生まれ
六歳から絵を描き
修行を重ね

版元との依頼や打ち合わせを重ね
増産できる浮世絵を離れた晩年

1874年 「画狂老人卍」

80を過ぎ
自然や龍や獅子を描く
73歳にして、悄々(しょうしょう=ようやく)禽獣虫魚の骨格
草木の出生を悟り得たり

故に80歳にしては、ますます進み
90歳にしてなお其の奥義を極め

一百歳にして正の神妙にならん
百有十歳にしては、一点一画ににして生きるが如くあらん

願わくば長寿の君子、予が我が言の妄(みだり)ならざるを見たまうべし。

そして100を迎えられず
90歳でこの世を去った北斎さん

まさか作品がアメリカに行くとは

皮肉なことにコレクターによりアメリカに渡り
東京大空襲や戦災を
免れた訳です

写真はいわば浮世絵か
原画をきっちり描けないといけません

其のさきはにがあるやら
写真を描くのか?

カメラを捨てないと
観えない神妙な領域が
あるんだろうか?

京の冬の旅

京都 臨済宗 興聖寺(宇治の曹洞宗 興聖寺ではありません)

茶人,武士,芸術家 古田織部さん
江戸時代の画家 曽我蕭白さんの菩提寺

普段は非公開の14mの青波襖を

2022年 1/8(土)〜3/18(金)の期間
第56回「京の冬の旅」 特別公開します。

織部、蕭白さんの
斬新な世界観に
は及びませんが何かのお導きを感じます

仁和寺、大徳寺はじめ
選ばれたお寺の、普段は見れない秘仏や襖絵が
特別公開されます。

Would you see
Blue surf fusuma photo at
Zen temple Linzai shyu Koushouji at KYOTO

Kousyouji had Long History also teamster /samurai Artist Furuta Oribe & Painter Soga Syouhaku
tomb.

It’s that you can see will be released specially
from 8 january to 18march !

It’s plan of JR kyo no fuyu no tabi

アンチエイジング デンタルクリニック 恵比寿

アンチエイジング デンタルクリニック 恵比寿
に写真の展示販売を開始いたしました。

完全予約制の院の治療個室にも
写真を飾っていただいています。

小さな虫歯やクリーニングから

親切な小川朗子院長とサーファー須藤さんが
丁寧にご相談に乗っていただきます。

ぜひ

恵比寿駅3分

www.a-a-d-c.com/

道場

1コマ後
危ない波

波は早い
沖からゆっくり水を集めながら盛り上がり
一気に思い残すことなく
一瞬に崩れる

その下にいて押す

常に日常では使い忘れて
仕まいこんだ、胸の衝動や感覚を
一気にその瞬間にぶち当て
海にぶつぶつ思いを伝える

そしてまた波がきたら
撮らなくても潜らなければ
ここに数時間いられない

潜りたくなければ
岸へ帰るしかない

体力気力
やる気
やらねないぞ!気

心の平穏
で存分に楽しむ

少しでも
嫌な予感
ソワソワ
怖くなって、怖さが消えない
集中力が切れた


即刻
戻る

戻るたびに思う
あ〜よかった戻る気になって
早く帰ろう
もう来たくない

本当に
海は道場です

ページの先頭へ戻る