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海岸に集まる

武術の稽古を終え
明日行く予定だった
葉山のパタゴニアの板の修理の引きとりに行くことに
アートフィールドの後輩の元へ東京湾の反対側へ

その前にリペア代がなかった!
探してポツンの山の中の
初めて入るコンビニの駐車場で
隣に来た車に声をかけられた

振り向くと
サーファーで
僕と同じ玉井さんのゲンテン の板に乗るコアなスノーボーダー岩見さん

8年ぶりか!

千葉の金谷からフェリーではなく
アクアラインを縦断しピンポイントで会えた不思議

後でまだこの辺にいたら
また会いましょう〜

大浜の海の家で昼寝し
天皇陛下の別荘、警官だらけの御用邸の
向こうは一色海岸

砂浜には
お盆に先祖が乗って帰る馬が
乗り捨て

海から帰ったのか?

初めて来るが
大浜はガラガラなのに、こっちは
海の家もすごい数

人も凄い
サップで逆立ちする人
不思議。

岩見さんから指定された
海小屋へ行くと
なんとパタゴニアの元社長の辻井さん!とばったり
8年ぶり!

海に海の男が偶然
集まった不思議な日

ガソリンがなくなり
人もまばらな横浜中華街へよる

入ったお店は関東風醤油味の
蒸し鶏が微妙

自宅に帰ると
武道の胴着を入れたバケツがない謎

そうだ
あのコンビニの駐車場へ置き忘れたか?
荷台から盗まれたか?
それはないか

今からまた葉山へ道着を探しに行く

9月はすぐ

ある方に夏はシーズンですね!

いえ、実は夏は撮影しません。
水が濁る
人が多い

撮れる時は撮れるから
ま〜いいか
と秋と冬を待っても
波と太陽の塩梅がこれまた難易度が高い

最近は人の撮影を徐々に依頼してくださるようになりました

オーストラリアを一人旅していた1993年ごろ
当時は人の写真を写そうとも思えず、ピントこなかった。

ただ単に人や情景を読めなかっただけですが

何千枚と無駄に写したフィルム写真はどうしようもないものばかりで
お恥ずかしい
あの頃はカメラと旅の修行という訳です
ネットもなく自分の足や、見たり聞いたり探し当てた
秘境やいい場所は人もいなくて良かった

今は行く前に簡単に調べて
事前に画面で景色を見てから
景色を見る

やがていろいろな撮影をしていくうちに
波の撮影と並行し、独特な雰囲気の祭りの人々に
何かを感じれるようになり
撮りたいな〜とスルスルと人の波へ入るように

今思うと人は波はどうです
少し前に移動して押す
波と同じなんだと感じれるように

飾りない大胆な素のオヤジたちは
ドキュメンタリーだからいんですね
戦場にきっと近いというか

かっこいいモデルでもないなんでもない、ごく近所の、町工場や商店のおじさんですが
神様へ心を尽くす飾りない姿は
海と同じく、差別も優越やお金持ちとか意味がない
人をフラットな心持ちにするのでしょう

しかし
この世はコロナで、コロナのない神仙界の神様の祭りも行わず

すると不思議なことに3月から始まった
チャコットさんのバレリーナさんの撮影

お客様にお聞きすると
バレエの世界にはこうした撮影がないとのこと

初日の夕方には
撮影5日間で15人のお客様のご予約が
夕方には一杯になる盛況ぶり

本当に美しく優美な1枚に
喜んでいただけ嬉しい限りです。

予約が取れないというご意見も踏まえ
撮影日を今後増やす方向で
馬場社長、マーケティングの担当の方々と準備中です。

その合間
9月から10月の個展ファイヤーキングの写真を選び
海へ遊びにいき毎回クラゲに刺される最近
あんどんクラゲが浅瀬に増えてきたな〜
ビリビリ!なんて全っく気にしません

クラゲよけの得体の知れない液体を体に塗るなんて
虫除けと同じく使いません
自然にいくのだから
あたり前です

僕も子供の頃は海パンで泳ぎ
全く気にせず、もし見えたら
避けていましたが

山口県で腕に巻き付い
たあんどんクラゲの痛みや傷は今も思い出です。

全てそれも経験
海はもっと強い生き物や
潮の流れや波があります

人間はそうした、人間様より強い時間に
触れてこそ、自然や宇宙の尊さを知り
この浮世に自らをバランスを調律し生かしていくのです

僕の痛い順

ミノカサゴ
スズメバチ
シロガヤ 岩場にいる白い鳥の羽のような海藻
クマンバチ
ファイヤーコーラル(珊瑚)
ハオコゼ
オニヒトデ 海ですぐに毒を絞ったらセーフでした
ガンガゼウニ
アシナガバチ

海蛇、ダルマオコゼと、毒の槍を出すイモ貝のアンボイナは海で注意してます
ヒョウモンダコは見たことがないです

エイとカツオのエボシもたまたま刺さらたことはないですが
友人は2人刺されました

カツオのエボシは
海に飛び込んだら、ちょうどそこのいて
まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃と激痛

アカエイは5寸釘のような穴が開き
折れたら、ギザギザの返しがあり手術です

足が痺れて病院直行だと
笑ってました

もし毒魚に刺されたら
火傷しない程度の熱湯をかけると解毒ですが

海ではお湯がないので
血を絞り出すことです

すぐに海から上がり
ヒスタミン軟膏や、最近はクラゲようのムヒのような薬も見ました

海は化膿しないようにクロロマイセチン系を塗ります

珊瑚が実は危なくて、南の島では
いつも化膿しなようにしてます

常在戦場
海や山や川も怖いです

浮世

作品は広重の弟子2代目広重

その前に
江戸城の火消し侍の息子
安藤重右衛門(広重)は歌川豊広の門下で浮世絵を習いは決めたのは
1811年頃、幼名徳太郎15歳だという

この頃の武士は扶持(給料)が少なく
傘張りは、提灯張りなど職人にならざる得なかった

武士の政権から
江戸の武士や彼らを食べさせ
商業を発展させるため
近江などから商人が好待遇で募集され

江戸の町は伊勢商人や江州商人が商売に現れ

江州商人と犬のくそ
と言われるほど
江戸には多かったという

この頃から美しい日比谷入江や江戸湾は
破壊され、人間の都合で埋め立てられたから
商いや金を生むことは、宇宙と自然破壊に自動的に溶け合う

1856年の初め
広重に変身し
版元との打ち合わせの結果
美人画も描くが、やはり広重は魚や風景の緻密さとドキュメンタリー性が群を抜いている

そんな浮世絵も売れていた彼が
還暦を迎え剃髪し浮世を捨てる道を選んだという

江戸時代の寿命を思う時
広重さんの胸に現れたいた想いとは・・・・

そして斬新な 遠近法と江戸を歩き
江戸名所百景を描き始めた

1858年 上の山下
市谷八幡
びくに橋雪中
は2代目の作と言われている

まだまだ描きたかった途中で亡くなり江戸も消えていく
最後はたくさんの狐が変身するため集まる場
王子の狐の狐火の絵だ

師匠の死後7ヶ月後に制作された赤坂桐畑雨夕景も
師匠の制作中の版木が残っていたのか?
追加された絵と目録を含め120枚でこのシリーズは終了する
が寿命がまだ残っていたのなら、さらにその技術と人生が生む作品が
永遠に残るったであろうが
それが儚い命と無常の世界

北斎が90を超えたらおうぎを究め
100歳になれば神妙の域に達するものと考えている
110歳ともなれば、1点1点生き物のごとくなるであろう

江戸の景色を見ると青い絵具
をたくさん使い
川の多さを改めて知る

そして広重と同じく火消しの息子で
広重の養女と夫婦になるも,20歳もの歳の差のせいやら何やら別れ以後森田の名乗る
2代目(鈴木鎮平)の作品の一つが

この六十余州名所図会の天橋立(1859年安政6年)は
師匠広重が前年亡くなる翌年

重右衛門=広重と同じく名前は鎮平=重宣にする
確かに鎮平はぐっとこない。

写真もガイドブックもない時代
浮世絵や名所を描き版画で作られた(増産するため)
絵を手にとった江戸の人々の楽しみと旅への扉だったであろう

額もない時代
1枚800〜1000円くらいと言われた
浮世絵を買い
家に貼ったり、タンスにしまい出して見たり?
どうしたものか

この1枚も海外に流出し
戻ってきた1枚で
初刷りではないが、初刷りの真ん中あたり

神社や木々の茶色や
遠景の紫の夕陽
遠景の白い入江も初刷りは水色のグラデーションが入る
しかし近くの緑の透けた山や、海岸線には
キラ摺り(雲母)が見てとれる

浮きと絵は当時できた
最大のコウゾの手すきの紙の画面を
縦横無尽に大胆にかつ繊細にデザインされ
伝えようとした江戸の職人たちの思いが残る

大きな作品はこの紙を縦や横に合わせ1枚にみせデザインされている

写真はいい加減で
その瞬間を感じて押すから
一瞬の閃きと、その場の瞬間を観る力がいるが
押すだけでいいが

絵やしかもこの版画は色や奥行きなど
事細かな打ち合わせと、強烈な技を保持する
版元、素描師(浮世絵師)彫り師、摺師
の合作

これはクライアントと企画者、写真家、メイク、スタイリストと同じ
最後は写真家がおいしいとこをかっさらい、写真家の名前が1番に前に出る謎

僕の写真は、旅も行くまでも全て
一人で海の中で押すので合作ではないですが

ともあれ江戸の封建社会から
庶民も自由や味覚(京都から伝わったという江戸時代の料理)
など楽しめ始めた時代が自然にうんだ
後出しな言葉では芸術だが
日本のこうした美術品は地球上に類を見ない
緻密さと以上で過剰なこだわりと

何よりも色に対する極度な感覚は4シーズン(四季)が僕は
感情や情緒や宇宙の儚さや尊さを胸に訴え理解し

同時に茶道や武道、神道など
が、溶け合い実直に何千年も育てた風ばなのだと思う

今の僕たちも
目新しい安いジャンクなものや食べ物ではなく
一呼吸

空気や海の水は江戸時代や平安時代と変わらないのだから
目ないものを観て、触れる時間を、自らが蓋をしたり
ひもをかけた箱を開けて見たらいいと思います
 
何か広重さんたちの吐息がどこかに残っているはずです

古美術や、老舗の味、古い車からは

自然観、宇宙観、人々の思いやりや丁寧さなど
作品とともに今も呼吸する何かが
あると僕は思います。

古武士のように生きろ
と名付けた

古美術や茶道、写真を愛した
アメリカのトラックを販売する
玉川の城南ジープの先先代重太郎さんのことを思い出しました

ファイヤーキング18年目

ファイヤーキングカフェ 個展ももう18年目です
オーナー阿部さんありがとうございます。

そもそも写真の題名はその時ないので
後付けになるからないです

友達のおじいさんやおばちゃん(失礼)
お兄さん、お姉様がたは年々歳を重ね

老眼だからあんた見えないわよ!

何これ?絵なの?と
何度説明しても

それなのに
何?泳いで撮ってるの?
酸素ボンベなし?

と何年説明しても自由に忘れるお姉さん

子供から大きな子供まで
分かりやすく 海から見た宇宙と添えました

昨日、海の帰り夜中に
特急でデザインしたので
少々雑ですが

本心が掴んでいればいい
という海の教えのまま

ざっくりと!

是非みなさま
おいでください
10月1、2日は古武道の師匠の先祖の神社やお墓参りに行くので
数日いませんが

毎日のように夜はカフェにはいます

連日海へ
エルカミーノは経年劣化でスターターが壊れ
城南ジープ安江さんが
特急で無理を言い交換くださり
一発始動で元気が出た

デザインが大事

海の後輩の海小屋
8/31まで空いてます

サップやカヌーなどのんびり
普通の海の家とは違い
デザインと水平線の高さにこだわる美意識

大浜公園の目の前に1軒だけTST葉山

ぜひ!

お蕎麦は年に数回しか食べません
マクドナルドとラーメンは何十年も食べません

城南ジープの先代 武士古
芸術家でジャーナリストのお父さんが
古武士のように生きろ!と命名

若い時に家族を残し
グアム島におにぎりやをやるから
見てくると言ったまま1年帰らず?

帰国後
車好きと持ち前の旅人と冒険心で
知り合いの車屋さんで修行し
独立後、アメリカからトラックや4Wdを輸入販売して39年

そんな親父はそば通で
ある時ある蕎麦屋さんで、つけ汁の味で布つねさんの暖簾?
と言い出し
店主がびっくり

親父はいつも杏ちゃん
蕎麦いこう!

あのな
蕎麦はね
もり1枚
かけ1杯でいいかい

先にもりね〜
すぐにかけね〜

とあの親父の声を思い出し、永井荷風さんが通った
尾張屋さんで、もりとかけ
を頂いた

蕎麦湯が薄いな

かんだ藪そばさんはトロトロだったな〜
その時はかき揚げそば
火事でもえた後の新しいお店も
江戸と古典的な美意識の塊

今は亡き
皆さんの優しさを忘れずにいたい

味がつなぐ思い出

短命二郎

浮世絵が好きです

これは、江戸で生まれた国芳さんが47~8歳頃の仕事
1845年ごろ
1798年に日本橋で生まれ
小さな頃から江尾習っていたそうです

浮世絵は描いた作家さんも凄い(当時は筆しかない)ですが
彫り師さんが髪の毛一本
青の濃淡や様々な打ち合わせを重ね
摺師さんが摺った1枚

大英博物館にも同じ版木の兄弟があります

1枚の版木ではなく
1作品には木の板は
色の数だけあり
それを頭で考え色をつけたくない部分は彫り
残す部分は紙へ移るから

物凄い空間的なイマジネーションを持った芸術家の集団でした

摺師は寸分の狂いなく何十枚もの板とと紙を合わせ
場合によりは、筋彫りや片押しまであり
今では絶滅した名人が江戸にはいたわけです

判は版元(これは山本屋平吉)
と幕府の改印で
干支などが半分づつデザインされていたりします

(版木は桜が硬いため使用されますが、後摺りになると
繊細な髪の毛の部分のような細い部分や色が重なったり
版木が磨耗していき初刷りに比べると
その差が分かります

版木は最後は凹凸がなくなり
風呂の薪に使われたりし
江戸っ子はすっぱり!してます

初刷りは木の目がそのまま写されている
細かい部分や、朝焼けや、ぼかし部分が微妙にのこり
色も綺麗です

綺麗だからと言っても
版木が疲れたのをごまかすために
厚塗りしてしまう場合もあり、目利きが必要です

昔から、ヨーロッパやハワイにもあるように
欧米人に大量に買われ流出してしましました
わずか150年前にいた名人たちも

時代がかわり
赤、黄、緑、黒の4色で印刷される
今の機械の手法で全滅
手法は版木と同じ4枚のステンレスの板で印刷されますから
同じです

赤、黄、緑の細かなインクの大きさと各色の量で
青や茶色など色を作り
ごまかしています

アミ点と呼ばれ
特殊なルーペで見るとその吹き付けたドットが見えます
高精密な印刷ほど1個の点が小さく
たくさんの吹き付けの線があります

それがいわゆる何線という意味です

浮世絵も現在でも復刻されている会社もあるようですが

あの時間に作られたものとは
目には見えない何かが別なものです

最近は最近彫った版木で騙すWという会社もあるようです
見分けがつきにくく困ります

その凄さと芸術性の極みをいち早く
胸で理解した欧米人は写真展をしても
よく分かります

育つ環境や
学校で芸術に溶け合う時間があり
また感覚的に自由で個々が
日本のメディアやテレビに洗脳されにくいというか

これが普通なのかもしれませんが
人は人
自分は自分という正直なんだと感じます

1枚の版木
いや1種類の図案で摺られるのは
約200枚程度と言われています

水滸伝の漁師の息子

短命二郎が潜水し敵を倒した絵です

この人と関わると
皆短命になると言われ
呪術的な魔力があるんでしょうか?

3人兄弟の真ん中でひょうの刺青があるそうですが
この図のはないので入れる前なのか?
あえて入れなかったのか?

国芳さんと話したいです

写真も現像とインクジェット(吹き付け塗装)とは別なものですが
どんなに細かくても、現像したプリントが写真であり
インクジェット印刷は印刷物だと思います

費用が全然違うのも
材料費や打ち合わせや手間賃が違います

いいものは高いというとなんですが
安いものは安かろう悪かろうなのは
日本車や電気製品、家具などみれば一目瞭然

消費させて儲ける仕組みが
今の地球の問題です

いいもの、修理できる
それだけ愛着が湧く物
を持つことが結局はお金的にも
エコですね。

電子レンジや殺虫剤なんか捨てて
海へ!

浮世絵は神保町の五拾画廊さんがお勧めです
土屋社長さんが優しく丁寧にご説明くださいます。

僕も良いご縁と作品を
お分けしていただきました

海の学校の葉山の漁師の後輩が
8/31まで海の家tst葉山をやっています

大人の雰囲気で
普通の海の家と違い、高床式の建物は作るのに3週間
解体に2週間
これを毎年自分で20年!

凄いことです。

ジェットスキーの駐車場をしながら
サップやカヌーなど自由に遊べます

貝殻でできた島へ行ったり
のんびりどうぞ

飲み物食べ物の持ち込みも
バーベキュー焼き台も貸してもらえます
その場合は大人3500円
炭と焼きたいものをお持ちください。

駐車場は葉山大浜駐車場
土日は混んでますが
平日はゆったり

僕は大体午後1時から行きます
終了は1730

ぜひ!潮風に

注意最近あんどんクラゲがいます
クラゲよけのジェル(効きは半々)売ってます

後輩も僕も全く気にしないので
体に悪いから
塗りません!

クラゲがそもそも住むいえに
土足で遊びに行くのが人間

クラゲも足が切れて可哀想ですね。

正直
鎌倉ほでではないですが
海は濁ってます

秋になればまた海も澄んできますので楽しみです

息を止めるしかない
なるべく酸素を持たせる為
慌てない
怖がらない
考えない

無駄な動きが何より
筋肉や様々酸素を使う

口で吸って
二つの肺に貯めるとはいえ
少々

波の裏へ
全ての力を抜いて
溶け込む

泳ぎはじめて
初めてこのフィジー の孤島に来た時
初日はあまりのデカさと
漂う雰囲気に押さえ込まれたように

離れて観察していた
あんな波に巻かれたら
息ができず

マイナスのことを考え
思いつくと
そりゃキリがない

2日目
フィジー の空港で5時間待ち
一緒のセスナと小舟で2時間
来たハワイアン 達とまた海へ

誰もいないより
いた方が安心感がある

浮きながら海底の地形や波を観察し見ていると
大波の崩れる
際があることがわかった

遥沖から島を包むように空は見えなくなる波は
恐ろしい以外の言葉は出ない

思いきって
波の中へ滑り込むように潜って回転し押した

物凄い圧力と
轟音

日常の都会暮らしの神経や感覚は
捨てないと
ここにはいられないな

もっとも
これが
本当の海と人の距離というか
教わるというか

当然自分の修行なんだが
何か、宇宙の真理や真髄みたいなものがある気がした

黙って独り
機材を背負いこの島に通い始めたのは2002年の6月

海は古代のままの力と
目には見えない偉大な力というか
自然の存在が住み
見られているなと
感じた

行くたびに
波に飲み込まれ
怖さの限界を常に更新し続けた

気絶する寸前まで
苦しく酸素が0になり
それでもまた待ったなしで巻かれる波は
スゲ〜な!と感動し
ごぼごぼ海水を飲みながら
大笑い

南極に近いせいか?
ニュージーランドから来るスウェルは
意外と暴風で寒かったり
そこで風邪をひいたり

大きなバラクーダやダツ
サメが来ないかいつも周囲を気にする

波の立つ場所の水深は2~3m

泳いで行くまでが
20mほど深い海を泳がねばいけない
ここが気持ち悪い

そんなあれやこれや
野生や自然と呼ぶ前からの国土(日本では国土と呼んでいたらしい)
人間界と自然界の線はなかった
明治政府が勝手に西洋科を推し進め(キリストも)
祈りや自然や国土の神々、北斗七星やカガセオノ神と
つながり、霊性が高まり
個人の力や判断力が意識が高まり

いうことを聞かず
コントロールできないから
そうした、呪術や祈りや修験道を禁止した事実

世界のネイティブな民族の人々が
互いに同じ方向に心をたむけた事実は
宇宙の真理であろう

酸素ボンベは使わない
ゴーグルと足ひれだけで行く
フィルムで撮る
36枚終わったら泳いでまた
戻り詰め替える
一人旅で行く
たとえ死んでも悔いがないようにする
苦しくても頑張る!
我慢する!
必ず戻る!

このシンプルなルールで
早20年

人生は面白いものです
行動あるのみ
歩いてもよし
泳いでもよし

なるだけシンプルな道具と心持ちで

ジャンクな電気製品やまといは捨てて

宇宙というのは地球のことです
そんな遠い話ではないのです
実際に宇宙の光ー太陽を毎日見て浴びてます
地球も宇宙の海に漂う島に過ぎません

幾重にもある海の周波数

オーストラリア バーレーヘッズ
バリ チャンプアン渓谷
フィジー ナギギア島
パラオ

僕にとって消えることのない聖地

インターネットがない
静な隠れ家がたくさんあった

情報は自分の足と感覚

共通するのは海や渓谷と森の原風景
特にフィジーは海が怖かった、山も妖精がいると言われ
人間よりまだ強い地球があらゆる太古からの相互作用で
保たれた楽園というのは人間の都合だから
桃源郷に近い

なんだか言葉ではない
懐かしい直感的な美と
ここはいい!という
感覚

バリの90年代初めはまだまだ
田舎で、夜になると様々な寺院で伝統的舞踊が見れた
携帯のカメラやストロボを焚く人もいない厳粛な世界

地図を広げ、人に聞きながら山道を走った
渓谷の斜面の宿は本当に素晴らしかった
夜は屋台でヨーロッパ人の旅人に混じり
お互いの旅の話をした

いつの日からか
完全な独り旅が多くなり
海の波の旅は沖の波へも独り
戻らなくても誰もわからない絶海の海で
宇宙の波動の終着の波の中にいた

何が撮れてるやら
よくわからなかったが
波の中で動きを一つでも間違えたら
大怪我や死ぬことも同時に生きることが
人生なのだと知った

危険な美しさと怖さ
人間が決して長くはいられない
のが海

感じること
学ぶことがいつも絶え間なく来る
行くから来るわけで

野生の間を思い出し
衝動的な行動をとにかく刻々と変化させ続けること

旅が教えてくれるギフトが無限に待っている

パラオの話はまた
ここがなければ今の僕はない

知足

1枚目はクック諸島
情報がなくいつかは行きたいなポリネシアで撮りたいと思い
グーグルアースの衛星写真で白波と海の深さや泳げそうな距離を
探り行った。

泳げると思った海は、切り立つ岩場で一度だけ泳いだが
水も濁り、帰れないのではな以下と思う海だった

バイクで島を1周し波はないか〜と思い
海辺のホテルでハンバーガーとコーヒーを飲み
宿家帰る途中

さっき通り過ぎた公園の先の森に
前にはなかった同じレンタルバイクが数台海に向けて停まっていた

もしかして海外のサーファー?と思い
ハンドルを切り海岸へ立つと
素晴らしく遠い海に数点のサーファー!

おっ!
あったあった波が!

急いで宿へ戻り
戻ったのは1時間後

ちょうど泳ぎ出す為に海岸でフィンを履いている
サーファーではなくボディーボーダーが3人上がってきた

こんにちは
どう?波は
流れはある?

ニュージーランド人と地元の若者は
そう悪くはないね

えっ?泳いで行くの?
カメラ?

満ち潮がひいてきているから
気をつけてね

と泳ぐこと15分~〜20分いきなり
深くなる崖ぎわで、ダウンカレントにのまれ
体が縦になる

片手にはカメラを握り
右手で思いっきり水をかき
足をバタつかせ逃げた

怖い!

遥か沖で独り、時間と共に浅くなる海で
日常で使い忘れた、触覚、感覚、鋭い緊張、怖さに包まれ
1波1波果たし合いのような世界
海から海岸へ戻ると決めると
正直早く帰りたいと思い、バイクで宿まで島を半周して帰る道のり
は人生の不思議と旅に来た喜びと
直感のまま生きることの自由を改めて気づく

シャワーを浴びて
充実した疲れに浸った

2枚目は
2015年頃から撮り始めた
日本の聖地

たまたま海に移住したサーファーの友人に
誘われた夕暮れ、サーフィンはせず撮ってみたのがきっかけ
その友人はその海で数年後亡くなってしまう

それ以来
波こそ小さいが冬をメインに海へ行く

寒いを超え、痛い
頭が朦朧として呂律が変になる

澄んだうみで東からきたご来光は美しい

変わらないのは海でゴミを開いながら
祝詞を読んだり、海へ祈ること

そしてまたこの海岸へ
戻れまたらいいな
と呟く

ぶやきや後悔は一切ない

やると決めたら
真っ直ぐにやるだけ

結果どうなろうと
臨機応変、自由自在
海の美しい透明感に包まれ
本当に妙な幸せになる

幸せってなんだか
きな臭いけど

無常の満足感と
生き死にの中の研ぎ澄んだ感覚
を自分で見つけていく喜び

刃風をギリギリでかわして
水中で反転!

日本は刃風をそのまま
2呼吸待って崩れた瞬間の少し前に押す

写真は見ていてはいけない
その瞬間が来る前に押す

ファインダーは一切見ない

それでもちゃんと撮れるときは撮れる

撮れない時は撮れない

人間様の都合の愚かさの訳を知れ

そして無限に存分にあらゆる日の根源はこの
宇宙と海に漂うことにあると知る知る

人生には様々なガイドのような人や友がいる
あの日、あの海にいなければ
友達とも見知らぬ旅のサーファーとも波ともあえない

思ったら行動
頭は捨てて
澄んだことや文句は言わない

黙って一人で海に溶け合う
やがてそれは禅の世界に似ていると気づいていく

写真は有機体だ
写真という言葉はのれぎぬ

機械は所詮機械だが、なぜ時間が止まり映像化、視覚化する仕組みと謎はここでは無視

つまり写真機=カメラは所詮道具でどんなカメラも同じ
使いやすさや、見た目はさておき記録装置

問題はレンズ
被写体にあった広がりや望遠を持つレンズが1枚の写真を決定的な1枚にする

写真には出会いがいる
人工物以外の事象は生きている

風景は刻々と変化し生きている

そこに風や波や太陽や生き物がいる

人も生き物だ

1枚の写真には感情や声が写る
涙や喜びも嘘はつけない

写真は嘘をつけない

ドキュメンタリーでなくてはいけない
というより、それ以外はないのだが
昨今の写真は加工された、人の思惑で捏造された
グラフィックな写真が多い

光が全て
影も光り
影と光を読む

波は透明だが
この写真のように影ができる
透明なものになぜ?

波は動いている有機体で
水素が結合しては離反する姿

透明なものに影ができる
水素の分子の隙間もある
反射や屈折や透過もある

言葉を並べたらキリがないが
太陽の光と波だけで
多様な色や黒い影がある

人間の目が良く出来過ぎで
暗いところにも光を均等に当てるから
見えてしまう

人間の見ている世界は嘘だということ

光は反射して人間にその色や形を見せている
レモンが黄色いのではなく
レモンが太陽光の7色を浴び
黄色い色が反射してくるだけ

レモンは無色

波はもっと複雑で謎だ
水深や太陽光線の色や角度で変わる
そこに高速で動く波動がある
風にも色がある

ずっと波の中にいた

観察を繰り返し
波とは何か考えた
何度も巻かれ死にかけた
がここが俺の生きがいの場だと笑った

嘘もかけ根もない世界
物質も自分さえもない世界
青いゼリーの中に独り

写真はその証明で
人間の目では見えていないありのままの時間を
高速で留める道具

人も波も同じ

1枚の写真には平面ではない世界が内包されている
読める写真と読めない薄っぺらな写真がある

写真は生きている
行こうと思う意識
そこで軍前であう事象や人
事象も二度と同じ色や時間はない

今はすでに過去だ
過去を見て生きているが
あまりそこにとらわれてはいけない

過去が繋ぎ繋ぎ離れ離れ
呼び合い無限な可能性が回転する

人にもそれぞれの人生がある
縁という言葉ではしまえまい

波に会うために波のある場所へ
この身を投げる

戻れないかもしれない
期待や不安の中
感覚と胸に聞くだけ

五感なんて言葉時代遅れだ
人間には無限な100も200もの感覚がある

傘を捨てて雨に打たれ
道具を捨てて波の中へ
波の中で雨に打たれた感覚

音も圧力さえ感じる
美しいなと水中で仰ぎ見るうねる水面

人間界のことなんてちっぽけで
宗教なんかいらないなと胸で知る

宗教とは日々の自分の暮らしにある
と言った ネイティブアメリカン

それぞれに大事なことが
手の中に掬える水にあればいい
こぼれたらまた掬えばいい

自由自在

Chacott

美意識と人生を舞う人々

バレエの豊かな風を
撮影しながら感じさせていただいています

1瞬、1舞

人はその瞬間の連接の波に呼吸する

すでに6回目の撮影
常連様のC様今日もお綺麗でした

Chacott

CHACOTT 代官山 フォトシューティングも
ご予約当日の夕方には全て予約で埋まる人気です

今日はたまたまニューヨークよりこられた
お客様とぜひニューヨークでも!

前回は鹿児島のお客様から
福岡でぜひ!おねがいします!と

ありがとうございます。

ご予約が取れないお客様からのご意見も
多々伺い、今後また前向きなご提案ができるよう
考えます。

ご予約が取れなかったお客様
申し訳ありません。

撮影はメイク30分
着替えやらを入れ

撮影時間も30分の慌ただしさですが
天気や照明やお客様の雰囲気やバランスを
瞬時に判断し流れるように

お見合い写真のような写真ではなく

ドキュメンタリーな今にも動きそうな
その人の人となりが表現できる1枚を
残させていただきます

来月もまた予約が始まります。
チャコット代官山フォトシューティング
で検索ください。

雨の中ですが
明日もよろしくお願いします。

榛名神社

榛名神社へお参りに
緑の森と渓谷の川の音につつまれた異空間
にひぐらしの音

蒸し暑い山の中
今では車で入り口まで来れるが
昔の人は、相当な坂道を榛名湖へ向け
歩いてきて見つけた人は
すごいと思う

浮世絵の安藤広重もこの地の版画を作っている

不思議なせりたつ磐座の立ち並ぶ景色は
古来から人と神と自然界の約束を
伝えている

瀧の遥拝場より

なんだか
出羽三山の3語拝詞
出羽三山祝詞
を瀧の龍神様へお伝えしました

諸々の罪汚れ
祓い禊ぎてすがすがし

遠つ〜神へみたまへ

いずの〜みたまを
さきはへたまえ

あまつーひつぎのまさむこと

あまつちの〜むたとこしえなるべし

3回

各3回
あやに〜あやに〜くしすくとおと
羽黒の神を〜おろがみ祀る

あやに〜あやに〜くすしくとうと
羽黒の神を〜・・・ 

あやに〜あやに〜くしすくとうと
いではの神をおろがみ祀る

あやに〜あやに〜くすしくとうと
湯殿の神をおろがみ祀る

物質と魂

自刃された場に着くと
ここに呼ばれてきたんだという感じがした

朝全く予定もなく新潟から、高速を使わず山の中を走ると
ふと記憶の中で古武術の流派の祖の伊勢守さんが
仕え、武田に滅ぼされ他長野さんを思い出した

コップを洗い、お水を変えしばらく
祈り話しかけた

胸を合わせよ

自刃はなんともないが
その際に起きた出来事のことを伝えてこられた気がして
なんだか涙が溢れた

森を出ても見送っている感じがして
振り向いてお辞儀をした

しばらく、緑の道を行くと
ふと稲荷神社と別な供養碑が
代々神仏を尊んでいた長野業尚さん一族

ここは独特で
祈ると風が急に吹いて「しで」が動いた

誰もいない山城で

またこなくては
おにぎりと、ぼた餅を

箕輪城 群馬

web サイトがしばらく見れなくなりました
すみませんでした。

個展の準備や
武術の稽古と古武道の流派の創始者のゆかりある
箕輪城に鎮魂の祈りに行きました

長野尚業さんは1512年に築城した山城
上杉家の再興を願い

1555年には武田信玄の攻撃を幾度も耐え抜き
1566年9/29 息子業盛さんが(偶然風武流土居清師匠の誕生日)
一族と共に自刃した

自刃されたのは本丸の隣の持佛堂らしく
その地には供養塔や古い石塔と井戸がある

昭和2年に偶然見つかった井戸から長野家の墓石が出てきたというから
征服後の武田、北条の誰がか
酷い物で井戸の投げ込んだものか

この長野家に使えたのが, 新陰流の祖 上泉伊勢守 
その師匠は室町時代の愛洲移香斎
伊賀にもいた足跡があり

宮崎の鵜戸神宮の岩屋に籠り
験力を得たとも神職だったとも

鵜戸神宮はウガヤフキアエズ(山幸彦と海の神豊玉姫の子供)をまつり
海の洞窟には不動明王が祀られている
僕はお参りの際は青島神社(塩土老翁、山幸彦、海の神 綿津見神、豊玉姫、瓊瓊杵尊、富士山の木花咲耶姫、磐長姫)
から南下し、青島神社〜海宮神社〜潮嶽神社〜最後は彦山高住神社へ

群馬の緩やかな丘陵地隊のお城の城主で、その山をさらに登ると
榛名神社や榛名湖へ行きつきます

一族郎党
武田信玄軍と幾度も戦い全滅

日本人の尊い生き方です

辞世の句
春風に梅も桜も散り果てて
名のみぞ残る箕輪の山里

土井清

稽古の合間
足捌きや技のこと
心持ちのこと

切り倒さなくてもいんだぞ
あのな
強くなれ

軽く手傷おわせたり
立ち合ったときや構えの雰囲気で
なんとなく相手の力はわからるから

切り倒すなよなるべく

一応な
俺の師匠と昔
地と同じ粘土にした液体を刀につけて
血振りしたが

最近の映画やドラマのような
斬り合いや
血振りな

実際はなあんなんじゃ落ちないな

明日な
そうだゴルフのレッスンだ

実は土居師匠はゴルフのレッスンの先生です
昔初めてでいきなり
シングルを出し

プロになれと
言われたほど

剣と体の捌き方の的確なアドバイスで
プロをたくさん育ててきたそうです

僕はゴルフは全く興味ないので
やりませんが

風武流の古武道は子供や弟子には
なるべく安く教えたいと、実はボランティアで
実際はゴルフの先生で食べています

人は器

人は入れ物に過ぎない

小学3年生の頃
白金は下町で
白金小学校からの帰りのバスの中
目黒についた瞬間

なぜか
僕の名前キョウバシみきひこは
なんだ?

あっそうか
入れ物か!

思った

家につくなり
誰もいない鏡をめくり

写った自分に
お前は誰だ?

と名前を読んだ

やっぱり
僕の見た目の姿は入れ物で

何か別なもの二つで一つと感じた
魂など言葉を知らず

先祖が神社なのに
杏橋の父と爺さんは、神もほとけほっとけ

育つ環境で
知らないままだったり

例えば家が新興宗教やってたら
4歳までに入れなさいというルール
子供は純粋だから危ない
ですね

土居清は伊予の侍の関係
先祖の神社まである

正義と無償の優しさと暖かさで
子供たちを助け、励ましてきた

6歳から臨済宗の禅寺のお坊さんが師匠
鼓膜が破れたり斬られたり

とある流派の武道を極めてきた

とあるとは
武道の世界も実際はお金や人間の優劣や様々
曇りがちな世界

師匠はそんな面倒を嫌い
純粋な武道を残すと肝を決めて
2年
流派をいうと、やれ上納金よこせとか

武具を買うと武具やから先生に
2割お金が戻る慣習を嫌い

弟子にも2割引いてくれ

俺そんなのいらね〜から気にするな

弟子や家来を取り始めた

僕もそんな家来のひとり

若い時は
レストランをいくつも持ち
幾度も従業員に騙され会社をたたみ

不思議な縁で港湾で働き
若い時から輩と闘ってきた、精神力はすごい
本人には自然なこと

ブレない強い心の話し

老練な古武士の剣捌きと動きは
無駄がなく憂いがある

美意識の塊が
入れ物に出ています

単純

海へ行くと
瞑想しストレッチ

貝を吹いて、祝詞はうみや神々に礼を通すため

般若心経を唱えるのは所詮
心の怖さをまぎわらすおまじない

般若心経ができる前からある海の神様から
見たら
何それ?

かもしれません

手が空いていればゴミをひろう
70年台の海に比べとにかく、ペットボトルやビニールゴミが増えた

あとは天に運任せ

天道は全て見て聞いている

レントゲン?MRIのように
内部の感情や想いを全て読み取っている

祖霊や自然霊に心を寄せること
宗教ではない
ごく自然なこと

ルールや教科書の教えはそもそ自然には外来種

身をもって知る
そくすこと

頭で考え捏造した全てがゴミだと知る

やると決めたら
独りでやる
死ぬ気でやる

自分の本心がまだまだ
奥にあると思い
本心を追求する

寂しくなんかない
一人旅とは心の中を知る叡智

自分に本音で生きること
海は単純明快

海の濁りは水素の隙間に
入り込んだゴミが太陽光を隠し影ができるから

水は透明だが
細かいゴミが入り込んだだけ
濁っているが、濁ってない

事実は一つ
光と影を見る

山で祈るある特殊な古来からの風を読む人々を山伏という
彼らは、途方もない時計や現代の観念のあの世のからある
聖なる場を代々なびき(靡)とよび、心をたくし、心を寄り添い、大切に胸で潔め
胸で涙してきた

海も実は水があるだけで
海底には幾重もの渓谷や山がある

その海底も目の前にそびえる山と地続きでつながっていて
山はかつては海の底であったから

だから海に最初に
その神聖な靡はあったわけです

世界にはエベレストではないが
不可思議な神聖な場がある

僕が今まで個人的に感じ
なんども訪れて、泳いで撮影している場所も
そうした聖域だと思います

言葉ではわからない
僕にしかわからない何かが
呼吸し見ている

人間は迷い
人とたくさん群れるうちに

過去や古来から心の芯で持っていたものを失うことが多い

海へ独り
普通では泳がない波の中へ
体を投げ込んでみて

宇宙の真理や
この自然と呼ぶ黄金律の世界
地球にはもう一つの宇宙と世界が海という事実

誰もいない沖で絶望的に溺れ
諦めるか、生きたいのか?

物凄いシンプルな選択に狭まれ
一呼吸
いや意識の強さでも戻れることをしり

遥沖の波間で大笑いした日々

海は見た目の美しさだではなく
深い心の旅を通じ、全てが常に在り、全てを教えてくれる場だと感じます

神か仏?も、美しく厳しい自然や海に寄り添って
修行しいるかもしれない

海が全ての始まり

このは写真は出雲日御碕神社の磯

大昔は朝日よりも
1日の再生と終わりの
1日の全てを見て含んだ夕陽を大切にし

闇へ向かうひとときの
怖さと静寂の夕陽神事を伊勢よりも昔から行っていた

女神 天照の大神
悪を正す、素戔嗚と
神のお使い龍=霊蛇を祀る

実際に秋の神在祭には
海蛇=エラブ海蛇が実際に南から海岸に打ち上がるといい
出雲でも乾燥させた蛇の剥製を祀る

そんな場所にはふみしま
(経島)という磐座があり、800年年代の地震で10m近く沈下した海底には
御嶽のような切り通しや、東西にのびる道や参道や階段まである

夕陽が島に隠れてしまう
わずか30分
岩に崩れる波と夕陽の中にいた

金谷の諏訪神社
諏訪さんは元は出雲国の大国主の次男
追いやられて長野の諏訪へ

福岡の海人族(志賀海神社)近くの島の奥社に祀られています

あずみ族や出雲族が長野諏訪の地に何かを感じ
住み着いたと

諏訪湖の周りには古墳も多く
何かしらの見えない気を感じたことは間違えないのだろう

龍神信仰は全国に

千葉の海は
とにかくゴミがすごい!

拾えきれない!

ビーニールとか
亀が食べてしまい
鯨が飲んでしまう

石油製品の使いっぱなし
の現状は世界の問題

ビニールの海になりつつあり事実

何もかわらないが
見てみぬふりは
生きたふりだあから
少し持てるだけでも拾って帰ります

クック諸島の沖は今まで泳いだ海で
一番速い波
だから今までより早く潜っては水面に出て空気を吸う回数が倍近い

理由は地形にある
浅い硬いサンゴが積み重なりかけて

生まれた海底やそれに伴い浅い水深(満潮で2m~2,5m.干潮で1m~1.3mは迫る波を泳ぎ潜り逃げれない水深)
そして海岸の方角

大潮や小潮など世界で月の引力で変わる海の水位(川は変わらない)
の、行き当たりばったり
たまたま大潮の期間に当たった。

数日後には引きすぎた波に無理に出ようとして
波の弾き飛ばされ、ウニの穴に落ちて足に30針以上の毒針が刺さるのだが

沖の200m位で急に浅くなり、腰までの水深をあと5mでようと20分挑戦したが
崩れる波の壁を抜けきれず

いすぎかな?頑張りすぎかな?
と思った矢先のこと

予感のままに動かなかった心が怪我を引き起こしたわけです

海や山は常に危険です

変な感じを感じること
野生的な部分の鍛錬と思いおこす冷静さと
戻る勇気と決断が目の前にあります

夏は子供達の海や川の事故が多く
悲しいです。

まづは泳力
地形や川や海の流れ

もしも流された場合の第2第3までの
逃げ方や、助かり方を現地で観察しイメージしてください

僕は海ではオーストラリアでライフガードの資格を1週間かけ習い
川のレスキューや、スキーレスキューなど勉強しました
経験と体験が幾ども自分を助けたことは
あのレスキューの経験が助けたことは言うまでもありません

日本の学校は事故や責任を過剰に怖がり
学校で例えば勉強合宿で海に行っても海岸禁止など
理不尽な僕にとっては、生殺しのような
形態を維持しています

昔住んでいたオーストラリアの学校は
サーフィンやレスキューの体験授業もあります
日本はこうした立体的自由で合理的で
自然から学び楽しみ、結果慈しむ心の教育が欠落しています

僕もスキーで両足を折る大怪我もしていますが
そもそもが、常に危ない場所に行く以上
多少のリスクがあります
そのリスクを知らずに、都会の過剰に便利なガラス張りの水槽で育つと

人としての困難や努力や我慢や大したことないのに諦めた理、回避しやすい環境で
気持ちも弱くなります。

全ての教えは、宗教でも学校でもなく

此の宇宙と地球の自然にある事実から
心避け、目を背けてはいけません

所詮僕たちは自然の中に生かされいますが
破壊して川や池を埋め立て、木を人工的に植えて
かっこいい植木鉢を部屋に飾る暮らしは人工自然でも
やはり木々や自然が必要な証明です

都会の乱立する墓石のような家にいるだけです

皮肉なことに
家の表札は
自然を冒涜し破壊した
戒名であり墓標かもしれません

光と影の現実を見ること

バランスです

話は戻りますが
海で溺れても諦めないでください
ゆっくる落ち着いて、水を利用して泳ぐこと
岸から沖へ流れる流れがあれば
一度流され
斜めに横にゆっくり丁寧に、平泳ぎでもクロールでもいいです
水に浮きながら、水を味方にしてがんばって、スピードはいらないので
ゆったり泳いでください

波が岸できたら
必ず波へ直角に向き
前へ深く潜ってください

そのとき頭を海底の砂や岩にぶつけないように手を先に出してください

首を痛めてしまします

僕は世界中の波の中を
一人旅で此の20年泳いで、逃げてきました

何度も気道が閉まるほど溺れています
が、誰も助けてくれませんから
諦めないで自力で心強くして
気合声出して、俺は戻れる!
と鼓舞してください

人生は山あり谷底や潮の流れがありますが
考え方一つで、良くも悪くもなります

一度悪い方に考えると
自分の頭がさらに悪い考えや不安を捏造します

頭は捨てて、笑って深呼吸!
よし!こらっ!と自分を引っ叩いてください

僕も幾つになっても
独りで波の中を泳ぐ覚悟と決心をしています
他の人といると、気を使ったり
自分の今だ!とか
ペースを崩れたり
集中力が落ちます

静に心や体を海と風と調律しないと死にます

独りで行ったほうが自由でいいです

たとえ死んでも何にも後悔もないです

最低限な道具で酸素ボンベもなくいく
とよりダイレクトに自然と海との怖さや美しさ、冷たさや、水流とか
生身で感じれ、いい体験になります

古武道もしています

海の体験と古武道は体の動きが同じだと思っています

早く泳ぐとか
順位とか全く意味がありません

いい人たちといい自然で
胸がワクワクして、楽しいな
優しいなと言う時間がいつでも待っています

少しづつ海や山で裸足で旅してください
都会の暮らしの食べ物や、トイレとかないかもしれないけど
その時々に合わせて、周りには謙虚な気持ちで

間違ったことは
間違っていると言える大人になってください

大丈夫大丈夫
海はいつもそこにあります

自分の歩幅と自分の1かき、1呼吸でゆっくり笑いましょう

今日はそんなことを思いました。

終わり。

じゃあまたね

孫子曰く
地形は兵の助けなり
敵をはかり勝ちを制するには、険阨(けんあい)遠近を計るは上将の道なり
これを知りて戦に用いる者は必ず勝ち

これを知らずして戦に用いざる者は必ず負けるなり

山林の険阻(けんそ)、沮沢(しょうたく)形を知らざるは戦に行くこと能わず

忍術所 忍秘伝 中島篤巳氏訳より

今から500年前の忍者たちは、中国の孫子や礼子などの素晴らしい人たちの経験を勉強し
日本で、日本から三重県の伊賀を無くそうとした、殺戮者信長から
故郷や、家族や仲間を守ろうとしていました

そんな尊い人々の修行や思いに此の国があることを誇りに胸に
強い気持ちと修行をして頑張ってください

僕の剣の師匠もいつも
こう言ってます

正義は正義だぞ!

常在戦場
いつも戦場だと思って生きなさいと
(戦争だけの意味ではなく、常にそうした危機感や、自然や周囲の人や自分に気を使う生き方に通じる)

Makoto Kashiwabara

写真の師匠
柏原誠の家と墓参りに
すっかり歳を重ね、料理が上手でいつもご馳走になった
書道家のお母さんにも数年ぶりに雨の中お墓へゆっくり歩いて
話をした

1960年代此の家は下宿宿をしていた
ある日
ホテルのレストランで働き、後に業界ですごい写真を撮り有名になった青年だった半沢さんに

こんな仕事しててものしょうがね〜だろ
カメラ教えるから手伝って見ないか?
と一人のカメラも持ったことのない青年を
カメラマンに変身させたのもオヤジ

ユージンスミスのアシスタントや現像をしていたオヤジ

僕は最後の弟子
1998年ある場所で会い
この人の持つ魅力と雰囲気に
思い切って習いたいと話すと

お前さんが来れるときにいつでも来ればいい
と、10ヶ月くらいここで、光や現像や哲学を教わった

暖かで
おおらかで自由で
仕事には厳しい
大胆なオヤジだった

あのな
ファインダーなんか見るなよ!

バ〜ン!って押せ!

カメラなんか所詮な機械よ
いいな

モデルのキラッとする所を押せ!
今はわからないかもしれないがな

いつかわかる日が来ると思うよ

いいかい

見ないで押せ!

戦場カメラマンの流れを吸収していたことは
最近改めて感じた

97%おめでとう
素晴らしい世界を見つけたな!
命がけだな

私はユージンスミスのアシスタントをしていました
君の写真はなんだかキャパのようだと

丁寧な初めて
手紙をくれたのは2010年ごろ

人は人生の帰路で
こうした、暖かなガイドと師に出会う
そんな一人の男の中の男

ありがとうございました。

仏方や世法は永遠に人を救えない実

波の中を泳ぐ0~終わりまでは未完であり幻である
波はそもそも存在していない
水は手で掬うと透明だが
塊となり其の厚みがまし、太陽光により不可思議な文様を現す瞬間は
人の目には見えない

水は水素結合を繰り返しては離反する
パラパラ漫画、映画の一コマのような物だ

此の時間さえ周波数を変えながら
物体は動き、中心に向かいフリーエナジーとして、人の心臓や果実のように中心へ向かい
トーラスしている事実は
もうすぐ理解できる日が来るであろう

海の中で酸素ボンベなる、卑怯な征服せんとする道具は海に卑怯である
裸で山河には此の心と身を捨身しなければ
其本質と真如の宇宙はわかるまい

此の超個人的な旅の記録が1まいの写真となり証明となるだけのことで
実は過去から未来へ行き過程の
現在の僕の修行というか、宇宙や海と正心を通わせた、先人の爪の垢を
幾ばくか、理解し、感じたいという
わざと命を賭して生きる
反発力のような風でありたい

古武道こそが(唯一無二ではない)
此の宇宙の約束をたがえないようにする
道を思い出し
心身の血を巡らせ野生と直感を
元に戻す行為であると信ずる

そして下記は丸写しの
熊本の嶺岩窟
という洞窟にこもりつづった宮本武蔵さんの
五輪書である

著者 宮本武蔵さん
渡辺一郎さん校中
岩波文庫より

空の巻
二刀一流の兵法の道
空の巻として書き顕はす事

空という心は
物毎(ものごと)のなき所(兵法に本来極りた形なく、全くむけい也)
しれざることを空と見たつ也

勿論くうはなきなり。

ある所をしりてなきき所をしる (道理を得ては道理をはなれ)

世の中において

あしくみれば(卑属な見かたでは)
物をわきまへざる所を空と見る所(物事の道理を弁別しない、無智)
実(まこと)の空にあらず

皆まよふう心なり

此の兵法の道においても、武士として道をおこなふに

士の法を知らざる所、空にあらずして
色々まよひありて、せんかたなき所を、空と言なれども
これまた空にあらざる也

其のほか武芸を能くつとめ、武士のおこなふ道
少しもくらからず、心のまよふ所なく、朝々時々におこたらず

心意(意の心家禄、心のこころおもく)二つの心をみがき
観見(かんけん)二つの目を研ぎ、少しも曇りなく、まよひの雲はれたる所こそ

実(まこと)の道をしらざる間は、仏方によらず、世法(世間の法)によらず
おのれ、おのれは、はたしかなる道とおもひ

よき事とおもへども、心の直道よりして、世の大かねにあわせて見る時は
其身、其身にの心ひいき
其目、其目の歪によつて、実(まこと)の道にそむく物也

其心をしつて、直ぐなる所を本とし、実の心を道として
兵法を広くおこなひ
ただしく明らかに、大木なる所をおもひとつて

空を道とし、道を空と見る所也
正保2年5月12日 寺尾孫丞

新免武蔵

潮目は無限

早いものでファイヤーキングカフェの個展も18年目

数千枚のノーファインダーの写真を直感で選びながら

よくも ま〜一人旅で泳いだな〜

と思いました。

一人旅は24歳カメラを下げ
あてもなくオーストラリアの東
バーレーヘッズへ
朝つくも、1時間くらい道に座り
家を探しに3件あった不動産屋に入るも

ジャップ!帰れ!と2件の不動産屋で言われ

やがて海でもジャップ帰れ!

奇声を上げ車から缶を投げられたり
水鉄砲かけられたり

追いかけ停めて謝らせたり
喧嘩寸前になったり

そんなごく面倒な2部の人はいた1993年

いつもポケットにペンチやナイフを持っていた

まだ日本人観光客ようの土産物店で働く日本人が多かった
サーファーズパラダイスという高層ビルの町は
周りの美しい海や森の原風景に突如現れた
異質な未来都市のようで、金がうごめき好きに慣れなかったが

駐車違反のお巡りさんは馬に乗っていたり
モーテルの老主人は朝行くと
僕のライトバンのタイヤのパンクを治してくれていたり

海でも親切なおおらかなオージーの笑顔に
嫌な気分も忘れました

あてもなく来たのに
そして仕事も家も見つかり
あてが出来たことが嫌になった
数ヶ月後

なんだか目的は達成した感じがある夜、借りていた川沿いの高級住宅で
思い立ち

もうここは良いやと
1年あるビザは捨てて
トランジットで9時間だけバリ島へ立ち寄った時間が
やがて
ファイヤーキングカフェへつながる旅の物語り

今思うとこの1枚も全て
人生の自由な旅の途上で
いつか物語が繋がり
ある日振り返ると
波に消された自分の海岸の足跡を
見て笑うんだな〜
と思いました

コロナで海外は全滅
僕はもう海外はいいかなと思うくらい
満足で、神々や海や山への信仰と生きてきた
日本の魅力に惹かれています

日本の波や神社をお参りしながら
撮影していました

この写真も海の神
出雲の事代主さん(道教では恵比寿)
の神社の海

ここからはディープな話ですが

驚くべきは、ご縁をいただいている
伊賀の忍の供養で伺っている
敢国神社(大彦、少彦、金山彦)
は阿部氏、服部氏の聖域で

出雲が発祥で、何度かご供養へ伺った奈良の登美神社の
ナガスネヒコさんの縄張りでご子孫であり

繋がっていたことがわかりました

潮目は自分で読んで
自分の潮目で正しいとも考えず
頭は捨てて
他人は関係なく行く!

といいと思います。

の話し。

22年後日本の波の裏にいた
海のかみを崇め
山の神、水の神を
ヤオロズの神ともいう

自然には自然霊なる
次元の高い、自然と勝手に人間が呼ぶ前から存在する
何かがある

何者か?何か?はまだわからないが
明らかに見て聞いている

有機的な何かを神と呼ぶのかもしれない

海の目の前に社を作る他のが神社なる
わかりやすくした場所

不思議なことにその土地土地の伝承と風土にゆかりのある
神様の別荘である

そんな神様が行き来する海で
たらせていただく

ゴミを拾い
祝詞を読む
たまに貝を吹いて
火打ち石を叩く

あらゆる古来からつむいできた
作法の邪魔や失礼に
ならぬように心に結ぶ

地球の全ての場所は神聖なはずだった

神域は今や絶滅寸前だが

日本全てが神域であるはずだ

波と溶け合いたかった

人間界の変な煩わしさや常識から逃げるように

世界中の透明な人を知らない波の中を探した

どう見てもあの波の中を泳げる気がしなかった
初めての日、恐る恐る海へ泳いだ

あの緊張と恐ろしさが今も胸に留まる

波の懐に入るしかない

壁のように迫る波に
退くはない

退く時は
気持ちが負けている証拠
自分に背を向けた証拠

退けば
確実に巻かれ続け
大怪我か
窒息する

ただただ
迫りくる波のお腹に向けて泳いで
勢いよく潜るしかない
生きるすべは自分で実践していく

波の塊とすれ違う数秒
に反転してシャッターを押す
ファインダーは一切見ない

わずか数秒の出来事に何かを探していた

を数えたことはないが1時間波間に浮いて
100回くらいはもぐりを繰り返す

よく何分息を止めてるの?と聞かれますが
ほんの数十秒です

波に20秒巻きこまれると
そうとう危険です

無理に暴れても体力がなくなるだけで
頭が自然に釣りの棒浮きのように上へ向いたら
必死で逃げます

泳いでもぐり
反転したりするので
波に合わせ水流に合わせ
水中で指先から動いています

水に相当慣れていること
度胸一つ大胆にいく
絶対にあとさきは考えない
もし巻かれた場合のシュミレーションをしておく
大波がきたら海底の穴を探しそこへ潜って
爆風を避ける

常に周囲にアンテナを100感ほど伸ばして
風や波動を読む

野生な部分が退化した都会人

海との大切な約束も反故にしてきたことを反省

命は儚いから
その儚さを存分に生きる

自力でひたすら黙ってやる

つい最近のような
今から20年前

フィジーの離島に来てなければ
今の僕はない

絶海の紺碧のどこまでも深く見えない海

日が傾くと寒いかぜが吹き付け
夕闇が迫るとさらになんとも言えない
恐ろしい気を満たす

まるで果たし合いの波の圧

電線もビルもお店もない島には

霧のかかる緑の山があり
そのたもとで波は崩れては消えていく

数億年、数十億年の全ての時間を見

この場所で巻き込んでは崩れる波動が山にこだまする
ずっーと見てきた何かがこの場には古来からある

そんな海の中にもさんごや魚たちがいる

必死に泳ぎ
帰ることばかり気になり
帰れるのか心配な海も

彼らには美しい宇宙

轟音で崩れる波と泡が
海の渓谷にそって白い泡となり降り注ぐ

息も出来ない水中で
波に巻かれても誰も助けなこない

見てはいけない時間を見ていると

自ずと自然に心が無になるざる得ない

人間の全てを捨てて
正直にここまで泳いでこなければ
わからない時間が僕を育てたというか
変身さえていく

人間は小さな邪魔者だな

クスクス笑う

海へ裸でいかなければ今はない

稲取は波の方向も波もなく
水も濁っていた

龍宮神社へお参りと
お掃除

古来の人が
何かしらの事象と事実を感じ
社を建てた遥昔から
変わらない普遍的な常識を超えた
正しいでもない

ごく普通の感覚や祈りの憶いが
この日本から消えかかり

人は現世利益のお願いばかり置いていく

海なりは全て見てきた

ファイヤーキングカフェ

9/12から始まるファイヤーキングカフェの展示に向け

写真を選んでいます。

最近は梅雨で海の撮影はできないので
膨大な写真を開いてセレクトしています

生き死にとは紙一重

人に聞かない
テレビは捨てる
洗剤で風呂を洗うおかしな世の中

人間はそもそも
あった感と叡智と野生を捨てている

あ〜もったいない

独り海で大笑い

全ては小さな存在
海で一人
怖いものなどない

海の武道

武道とは自らを育む術の一つ
相手を倒す術ではない
己を磨く術

海とは
己を試させ、大切なことを憶いださせ
美しく変化する道場

古武道の真意を知る術

術とは
言葉や教科書にはない無の嘘

先に動く
未来に動かねばその真如は観れないまま死ぬ

波は未来から来るエナジー
未来と過去は回転し続けるトーラス

過去を生きる

古武道
古術
古海

いにしえを生きること

人は器

伊予の侍の末裔
子供の頃、禅寺の和尚が師匠だったと話す

身体中傷だらけだ

子供たちや、いろいろ人を助けてきた人生
ここでは書けない話しもあるが
飄々として揺るがない正心の男

 
今の長いものに巻かれていうことも言えず
おかしな教育の養殖風の日本

武道の強く優しい心で正義は正義といえ
行動できる子供を増やしたい

数百年たち今の人々が失いつつある
自信とは何か

自信過剰=己の力を冷静見ないと海から戻れず
剣でも負ける

思いやりとは何か

実はそんな難しいことではなく

自然や人に自分にわきまえることだと
僕はおもう
自分自身と生きて
影がずれていないこと

嘘のない自分

どこかかにあるのか
そもそも自分の中にあるのか?

今では珍しい
生き様のまま生きる人

千葉 真珠島周辺

鎌倉に比べ
内房の磯はゴミだらけ
流れ着いたのではなく

故意に捨てたタバコやペットボトル、釣りの仕掛け、
中にはバーベキューの焼き台や網など
来るひとの民度が低いと毎回感じる

釣具メーカーも売るだけはなく
教育しないと一部のダメな大人がのばなし

これが日本の海岸線の現状
自然、祖霊、他人を敬う思いが濁っている

自分の都合だけで
いいときだけ寺社に願いを持ち込む

全ては見ていて
それは帰ってくるだけ

密漁者に完全に疑われ
双眼鏡の保安庁の船と
地元のおじいさんがきた

入ったらダメだという
泳ぐだけですよ?

それもいけない

海はそもそも誰のものでもない
釣りは良くて
アミノ捕獲や会はダメなのは不思議
営利目的のものがいるからだろうが

海の文化が消えていく

密漁の前に、漁師や海岸線にごみを捨てる
人間を取り締まってほしい

金谷へ

東京湾を渡り千葉へ
金谷の海のそばの廃校を
道場として借りている

風武流の武将の末裔土居清師匠に
稽古をつけていただく

外は燕がとぶ
中にはいらないように締めると
なかは蒸し風呂

数年前まで子供達の声がした
広い体育館に2人だけ

仕事がないなど
若い人が街へ移り住む現実

記憶

雨が不思議と降らない謎

海は変わらず数億年
人々の目で見つめられ
その不可思議な魅力で包んできた

雨はそもそも海である
海も空から降る雨と
山から滲み出た雨からできているが
なぜか塩辛さを維持している

塩は浄めに使われ
味の決め手になり
体になくてはならないカリウム
保存にも使われる

地球をみずと行き来する
魔法の結晶

光も純水よりも塩水の分子レベルで
光が拡散し、いろいろな色になるのかもしれせん

水も塩も、みたことや、音や感情までも記憶できる
生命体のようなものかもしれません

海は動いていても
その地にある風景や風土を水は記憶していると感じます

それが海の色の違いにもなります

人間の耳の奥の骨と魚の耳の形は進化しただけだと
最近分かったそうです

記憶を逆に遡るのが写真かもしれません
写真は過去の時間を残すものだから

いつか海外も行けるのだろうか?
クック諸島の波の裏は
恐るべし領域

独りい沖で漂うと
波を潜ってかわし続けなければ死ぬ
海の時間が全て全力で生きようとする行為
は古い武術や忍術に似ている

海や宇宙との大切な時間
ここは
ポリネシアの神様がみている気がした

日本は
雨が続き
風が強すぎたりと

この2ヶ月近く海は泳いでません

陸地ではバレエの撮影の合間に

防水ケースをアメリカに頼もうかな

海への足で馬である、1年放っておいた車の雨漏り修理
40年で変形したダッシュボードも入れ替えるか〜

祈りのお供の数珠を直していただくかな〜

と身の周りの調整も
海への準備

相変わらず、動き回る日々です

テレビ

フジテレビ めざましテレビさんで
代官山チャコットとフォトシューティングが紹介していただきました。

フジテレビさん、なにわ男子さん、ありがとうございました。

伊豆の太陽

数ヶ月ががり
でようやくお客様の特注W1500

伊豆のご来光
武人の神と事代主(エビス様)、白龍さんを祀る
神社前の1枚が完成

現像でなかなか色やアンダー部分のバランスが決まらず
大変長らくお待たせいたしました。

リビングに海と神様の息吹が吹き込みますよう
ご納品前に祝詞を捧げさせていただきます。

Chacott


Chacott フォトシューティング
お客様と写真を選んでいます

この時間がなんと見えない暖かな時間

それぞれのご家族のもとで1枚の写真が
思い出を永遠に残していく

映像ではなく
1枚の写真がその場にと留める時間

嬉しいです

6/24 (金)フジ 8チャンネル 目覚ましテレビ Am 7:15頃からなにわ男子のコーナー
大人バレエでチャコットが出ます。

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