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伊雑宮

もと伊勢
伊雑宮

ここが本当の伊勢神宮とも言われる
謎めいた場所

剣の達人で霊力をもつ
小泉大志命さんが澄子さんと
すみくらし

地元の有志の
神武参剣道場を開く

日々、裕仁天皇のため、呪詛を祓うために

この地に呼ばれ、鹿島神宮で篭り行をし
武神タケミカヅチの力と溶け合い

刀を1日3万3千回
振り続けた聖地

最後の元勲で政界のドン
西園寺公望の依頼だという

しかし西園寺の秘書
原田熊雄はフリーメーソンで
山縣有朋が昭和天皇に、御用邸にお出ましの際に
婦女子を近づけ、原田も良子女王殿下に
不純な行為を及ばせようとしたため

国粋主義運動家の
渥美勝さんと仲間が
影ながら皇室を護っていたという

敵の対日謀略には警察も軍も
当てにならず

自分たちでお守りするほかないというのが
蝦夷の流れの本流である

(渡辺悌治 ユダヤは日本に何をしたか)より

何が本当かわかりませんが

熱田神宮の剣が最終的にはここに
戻るとも噂される

旅へ

海の撮影になかなかいけずに

バレエの撮影や個展
伊勢神宮〜出雲大社など
権禰宜さんはじめ、皆様のご縁を結ぶ旅を
落ち着かせてから

海へ

海は逃げません
バタバタしないように

24歳の時カメラを首から下げて
オーストラリアへあてもなく行ってから
独り旅が始まりました

南の島々の旅もこの数年いけず
7 年前からふとはじまった
日本の聖地の波の撮影の旅へ

来月機材を積んで
撮れるかどうかは別として
新たな海を探しに行きます

チャコット撮影

Chacott

チャコット代官山での
フォトシューティング2日間は終了し
来週また撮影いたします

最終日25日の金曜日
毎回満員御礼なのですが

不思議と終日3枠がまだ
ご予約が空いています。

チャコット代官山ホームページより
ご予約が可能です。
ぜひ!

日本の海は美しい
昔海でしったかやサザエをしこたま取り食べた
たまに赤くよで上がったヤドカリがいて
子供ながらごめん!と謝り
ようじを、蓋のしたに差し込んで
くるりとかいを回して
パクリ

どこの海でも
いいってものじゃない

こればかりは
難しい

初めて入って
すぐに写るとは限らない

何が写るかわからない

写真を撮る人は見えるものに
予め
目星をつけ

旅の時間や予算や
構図までも決めていく

馬鹿な話ですが

今やネットで
誰かが写した景色を
見てから、写しにいき
さらにファインダーを見て押す

時間が経ち過ぎです

コピーです

頭にイメージがあり
初めていくのに
初めての景色ではない矛盾

そんな人口写真には
絶対に足りないものが
自然に出ます

海は自由です
旅は独りです

独り波の隙間で常に挑戦と冒険

流されても泳ぐ
波に巻かれても泳ぐ
苦しくても泳ぐしかないのです

ゴニョゴニョしても
浮き輪も、誰も助けてくれません

生きたいのか?
死にたいのか?

ある日、フィジー の離小島の
また300m沖で雨の大波に飲み込まれ続け
気付きました。

気持ちは自分と一つ
やるしかないです

単純明快!
幸せの必殺技
は海へじゃぼん!

嘘ついたら死にます

冷たい海水は
光がいつもと違う気がする

いつもと違う
とはそもそも
同じ景色や形が無いのが宇宙と海
なのだけど

どうしたって凍りつく

気合!とはよく言ったものです

嘘のない世界

もう一つの夫婦岩

もう一つの夫婦岩
はその先に干潮時だけ現れる

地元で海水を汲み
薪で塩を作る旅館岩戸館の方にお連れいただいた

不思議なことに
たまたまの大潮

海の中から現れた
ほこらの中で祝詞を捧げた

神聖な場を
感じれた昔の人々の優しさと
直感力が数千年、人から人へ護られていることが
日本であろう

泳げる場所を探しに海岸線を歩く

夫婦岩

祈りという言葉
は大事かもしれないが

いにしえ
から
誰もが願い思う事は同じ

神様とて
遠い遠いご先祖だと
思われたらよかろうて

二見ヶ浦

二見ヶ浦の夫婦石
沖には猿田彦が現れた岩盤の島があったが
安静に地震で沈下して
海没してしまった

人を寄せ付けない
宇宙と海は常世の国

昨日
伊勢神宮の禰宜さんと久しぶりお会いできた
ふと
杏橋さん

海も同じです
鳳凰や龍や御眷属はいらっしゃいますね

なんだ
やはり知っていたか

満月の前
伊勢二見ヶ浦の月

江戸時代はここでみそぎをしてから
伊勢神宮へ詣でた聖地

古来の人々の信仰心と呼ばずとも
宇宙の摂理に胸を傾けた
おぼろ月が
言葉のいらない時間をあの当時と変わらず
照らしている

オアフ

2013年オアフ島
フィジーの空港であい
偶然行き先の島が同じだったハワイアン
と仲良くなり

結婚式の写真を頼まれた4月
2003年から訪れてなかったハワイへ

メリーモナークのチケットが手に入り
ハワイ島のフラの大会を見
宿も取らないまま来たが
本当にレンタカーも
宿が全然なく驚いた

何とか
木にくっついた不思議な宿を見つけた

島中泳げそうなポイントを探し回り
パホアという場所を見つけて1週間
波の中を泳いだ

薄濁りの海はサメが来ないか
少しきみ悪かった

そして
オアフにへ戻った

真珠湾で亡くなったパイロットの名前を読み祈り
ノースショアへ車を走らせ

木でできた昔、泊まった宿に戻った

あの溺れた日に戻った部屋もリビングも
懐かしくそのままだった

コンディションの良い海は1日だけだけど

優しい波で写真に残させてくれた

ベンジャミン

西予のインター近くに
おこもり庵という古民家の宿がある

古武道は日々の暮らしや農業にあるという彼は
自ら道場を
美しい気の通う山の谷間に
手作りで作り

アメリカで9歳から始めた古武道を磨き
剣術や棒術などを今も研鑽している

あらゆる古武道の流派師範代であるが
流派や、先生と呼ばれる妙な組織形態や地位や名誉などの
違和感から外れ、己の古武道をいくと決め
この地にきたという
古武士である

全て彼の動きは、流れに乗りながら
理にかなった体の動きと、心術の動きは
みていて、生活や生き様に美意識を追求した侍を観た

ベンジャミン本当にありがとうございました。

また教えてください。

ある日

ある日6歳の土居清は
このように塀から中を覗いた

庭で稽古をしていた禅寺の和尚が
それに気づき

中に入れと言われるまま
入ったのが始まり

以来
厳しい修行を積み重ねた思い出の地

師匠は土居が35歳の時に
大阪から5年ぶりに訪れると
その3年前に亡くなっていた

皆伝の免状を受け
次にきたら極伝をお前にと
言っていたが

お互い連絡をとっていず
悲しい別れとなる

学校の前と終わりにここにきて
ひたすら最初は木の棒を振り
一日1000本基本の6本のかたを6年間振るだけだったという

師匠は水面の月を切れた
俺は軒下に落ちる雨の水滴を斬れた

自分の爺様は鴨居からたらした
乾いたタコ糸を斬った

懐かしそうに
この銀杏の木に立てと言われ
こうしてな

腕広げてな

動くなよ

師匠がな
ピーン!と一振り
細い傷をおでこのつけた

よし!
明日から来い!
と言われてな

それが土居清のある日

ある日は
人生に大きな影響と歴史と光陰を残す

その頭ではわからない
胸の動くままの自分の素直な
行動と意志が

次々とある日を織り込んでいく

宮司さん

宮司さんにお会いできた
今はその責務を娘さんに託して
おられたが

太鼓のバチを持てば
軽やかに美しい音を社殿に響かせた

土居清

苔むした神社は約500年前の
武士だった土居清良と部下たちのお墓は
神社と隣接する臨済宗妙心寺派のお寺にあった

団子や酒やみかんなど
当時彼らがこの地で戦い
また領民のために尽くした憶いが

山の中腹の鬱蒼とした森の中
村を見下ろすように建てられていた

年に2回祭礼を執り行うという事は
すでに1000回以上も、宮司や村人から村人へ
手渡されてきたという事になる

1546年 土居伊豆守清宗の3男として生まれ
15さいの時に侍の父を戦で亡くした
幾多の戦いにと
村人や家来のために尽くし
84歳で生涯を閉じた

彼の執着のない大胆な生き方は
土居清がそのまま受け継いでいる感じがする

現代の古武士が残りの人生
剣を持って伝え残そうとしている

四国

四国宇和島へ
剣の師匠の故郷

剣の師匠土居清が6歳から習った師匠の禅寺と

土居清の先祖が死後100年たち

その人徳と人柄で語り継がれ
作られた清良神社へ供物を携え
伺った

入り組んだ自然の海岸線と
コンクリートの海岸

レ アピ オステリア

2020年ミラノの展示の際に紹介され
訪れた松本シェフのお店
レ アピ オステリア が日本へ逆輸入!
フレンチやイタリア料理を海外で修行した
美意識と味覚が溶けあう旋律の自由な風

フェラーリやセリエの選手など
世界中にファンを持つ

西麻布の根津美術館から降りた路地に
最寄り駅は乃木坂です
西麻布交差点から徒歩5分

パークホテル東京 展示

パークホテル東京さんが34階のフロアで展示をさせていただくことに

回廊のようになっているフロアに20年波を泳いだ旧作?も含め
展示させていただきます。

期間 11/3~12/11
時間 11:00~17:00

僕も毎日はいないので
ご一報く出されば幸いです。

パークホテル東京 藤川様、村田様
どうぞよろしくお願いいたします。

ファイヤーキングカフェ

ファイヤーキングカフェ
の展示も今週日曜日で終わります。

連日たくさんの方々に来ていただき
この場を借り御礼申し上げます。

海にもいかず
ひたすら代々木上原に夜の通勤!

合間に撮影の仕事をしながらの
ドタバタ
一呼吸、瞑想しないといけませんね。

昔オーストラリアの海岸で2週間毎日海岸で瞑想していました

まだ僕が写真家に変身する前の旅の途上
考えても仕方ないからひたすら行動しようと

風の吹くまま南へ南へ

ファイヤーキングも今回で18年目
オーナー阿部さんとのご縁は
豊かな扉をいただいた感じです。

本当にありがとうございました。

本日も夜います
お声掛けくださいね。

人は器


祭りのオヤジ

チャコットフォトシューティング
明日からまた始まります

チャコット馬場社長と昨年のファイヤーキングの個展時に
祭りの人の写真の魂の1枚を
バレエリーナで撮れませんか?

から始まったストーリー

人は器
人は波

目に見えぬ波動と呼吸を
少し前に感じて体を撮影したい
ここだ!と言う位置にスッと移動してパシャ!

ファインダはーは見たり見なかったり
いずれにしても見たと同時に押している

カメラの窓を覗くと瞬間は写らない

後でいじる昨今の写真もどきのグラフィックではなく
1枚の写真でいきたい。

明日から数日間
代官山でまたよろしくお願いいたします。

ファイヤーキングカフェ

ファイヤーキングカフェ
写真を1部入れ替えました

天照大神を古代から祈る出雲、日御碕神社と経島

事代主、イチキシマ姫、お稲荷様、三島大明神などを祀る
東伊豆白浜神社の夕暮れ

南伊豆多々戸浜

代官山フルマークス

本日29日 夕方18時から21まで
代官山フルマークスにて
Tシャツ 発表パーティー

スリランカのサーフブランドとの初コラボ!

福島ハルさんの情熱の合うトドショップと数々の北欧のブランドなど
お店にも様々な、よりすぐりの大人のアウトドアウェアーがあります

ぜひ

無料です。

飲み物を個人でお支払いくださり
自由なスタイルです。

渋谷区恵比寿西1-30-16-B1

www.fullmarksstore.jp

雨のスウェーデン
コロナがばら撒かれる前

1ヶ月間スウェーデン〜ドイツミュンヘン〜アムステルダムへ

いつもガイドブックも下調べはしない
スウェーデンが海の向こうとは知らず

展示会に160キロ写真を運び
設置を壁にしては外す
オーバーチャージと交渉の
気力体力の旅

会場と宿の往復で次の国へ
写真は4枚パリ経由で来たスウェーデンで壊されていた

宿は意外にも夜中に誰もいず真っ暗
暗証番号を聞いて開けるのだが

雨の夜中に僕の携帯は海外で使えず

親切なタクシードライバーがかけてくれ、なんとか宿の入れた
海外で多くの人たちに助けてもらった

海を運ぶ

石畳と69年頃のポルシェは街並みに溶けている
大事にされているな〜
幸せなパープルのポルシェ

昔の車が好きだ
今の車は家電で
快適な家のようでつまらない
誰でも運転でき
所詮壊れたら部品がないゴミになる

かつてはレジスタンスだった
ヒムカ大統領が古いワーゲンに乗り
持続して使えるものをなぜ作らないのか?
と演説し
国連の先進国の人は胸にぐさり!
ときたが知らんぷり

2018,2019年アムステルダムで展示をしてきました。

どこへ行っても観光地には興味がわかず
毎日宿から展示場へ通勤の10日間
気力体力で作品を運び、ドリルやメジャーでかべに取り付けては
次の国へ

電車だったり
バスだったり
乗り方もわからず
色々教えていただいた

自転車の国で(都市が平だからか?)
バイクや自転車レーンを歩き怒られたり
長いものから、子供を前にのせる部分があったり
ぶつかったら危ないと思うが様々な自転車を見た
すごい飛ばす!
若いのに杖をついた足の悪い人が多いのは
そのせいだとオランダの人が言う

ヨーロッパはなんか居心地が悪い
海がないからだろうが
どうも親和性が持てないと言うか

食べ物も気をつけないと
オイリーだ
体が鈍るな〜

改めて茶道や武道や浮世絵などを作り
茶室や美しい庭の方丈で瞑想した日本人の
穏やかで、美意識の高い精神性を尊く思った

三脚を捨てる

紙一重
神人重

同じかもしれません

神とは一つの人型の人にあらず
神羅万象の風

人に似せた仏は

後から日本に輸入され
蘇我と物部が争いに始まると言われる
確かに神様とは全く関係のない外国人と
像という偶像、仏像を拝むわけだ

仏は供養というイメージが強く跡を引いている

いいとか悪いではなく
その利用法や使い方
扱いや解釈で揉め事もおき、宗教問題や戦になっている事実

しかしながら、長い時間そこで祈られた仏像や
お経と修行した者のかもし出す
妙な雰囲気や、不思議な何かで救われた人

様々な祈りの起こす現象に溶け合うと
なんらかの魔力があることは否めない

バランスの伝え方が難しいのは

そもそも最澄や
あの法華経以外は地獄へ落ちろ!由比ヶ浜で浄土信者の首をはねねろ!と執権北条に言った
強烈に熱い男の日蓮や様々、人間が指し示す
経典なるそれぞれの宗派による絶対的なルール
を決めたのがズレの始まり

我々民衆は宗派や檀家制を強いられ
長男以外は別な墓を指定の墓業者から買えとか

法事のや季節ごとの催しで
高いお金を指定され

葬式で極楽浄土へ僧侶がしっかり請負い、送ったはずが
お盆に亡霊となり帰ってきてしまうので

供養しないといけないという
辻褄の合わないビジネスモデルが自然発生する

仏教は六道輪廻の妄執を断ちそこで自ら解脱して
彼岸に至る道を観教えなのに・・・・

極楽へ引導すると約束したではないか?
だったら最初に、それでもですね
毎年夏に降りてくるから、あげるには
費用がかかりますと言えばいい

でも僕たちより、すごい力があり
自分で下界へこられたのだから
極楽へも自力で帰れるだろうに

自力をさせないのが世の常か?
政府も然り民衆をマインドコントロールしたいからか?

そもそも身内だから帰るとか帰らないではなく
日々近くにいて、孫や子供たちの日々をみままもり
ニコニコいてくれるのだから、いいのに
なんでまた、亡くなった方は修行中ですとか言うのだろう

観たのか?
 
霊魂、鎮魂と家族を忌み嫌う霊にしたてるのがよくない

お釈迦様を絶対視し、その教えを貫くなら
輪廻転生とは生まれ変わり続けるのだから
途中で変な霊にはなる暇がない

僧は妻帯はしないというルールや(親鸞がある日2000年近いルールを
表立って破った)
独りで旅して悟れ〜と言ったはずの自力修行が
いつの間にか他人の救済の為とか、リフフォームを繰り返してきた

これは芥川龍之介の「作り替える力」や
柳田国男も「先祖の話」も同じ
疑問を霞にぼかしてきたきたのが日本人

大乗仏教はお釈迦さんとはなんの関係もないと
江戸時代の比較哲学者 冨永仲基さんの話は
誰も異論が唱えらていない

「最澄の法華経や、法然の阿弥陀経も全て
後から作られた作品である」

自分で解脱すればいいが
解脱をした人を拝めばその力をうけるとか、いいとしたのが
大乗仏教

お釈迦様は
霊魂はいないと言っている

方便と解釈の幻しを隠しているが
隠しきれないのが真如

仏道の人に、お葬式や戒名やお盆の謎
声を上げない日本人のまな板の上の魚状態が続いている

生まれたら神社
753は神社
下手をしたら結婚はキリスト
死んだら葬式

アーメンである

神とは海
風、太陽、サメ、魚、石、全ての循環と
宇宙によりそう叡智と心

そうした線を
重ねることは
我が身や心を相手や宇宙や海に合わせていく

海の気持ちになり海へ行く

ウニを踏んづけたら
ウニにごめん!とウニの心に

全て海の生物は受け身です
悪さをするのは人間だけ
山伏は懺悔懺悔と山で言う

一重に憶うこと

陰陽も同じ
海と人
宇宙と内面の心理だと思います

人間界の都合のおかしさ
に汚されず

心一つ山や海へ行けば
すべ手が胸にスッと決まる

道は色々ですが
人工的な道は捨てて
自分一人で山や海を歩くこと

宗派の違いを例えるお決まりのフレーズ

道は違えども高い嶺から見る月は同じかな

でも
僕は一つでも固有された「もの」でも
到着地点が同じだとは思いません

無限なる自由と回転し続ける風に乗ること
己の光が照らす影がずれないように生きるだけ

同じ写真がないように
人の個性や瞬間が、同じように重なることはない

三脚が生きた写真を殺す事実

神とは遠い遠いご先祖のようなもの

海の話

ファイヤーキングカフェに来たのはもう18年前

連日お足元が悪い中にかかわらず
皆様にお越しくださり
この場を借り御礼申し上げます。

波でひとり泳ぎ
綺麗事はとは抜きに溺れては

なんとか海岸に戻り
また海へ行く日々

フィルムが入ってなかったり

様々

それもこれも
こうした展示会があるから
月並みですが頑張ろうと思っていました

溺れて死んでも
なんら悔いもないです

ただそこで準備不足や
体の状態や心がぶれていたら
本当の力を発揮できずに
海岸に戻れないのはスッキリしません

死ぬ気でかかれ!

常に鼓舞して波の中へ向かいます。

そこには常に冷静な平常心

無とは難しいですが

撮っているときは無だと思います

無の境地は武道に似ています

体が先に動くだけ

頭で考えないこと

あたまで考えて泳いだら
パニックになり
死にます
僕も数回この線を超えそうになり
本当に意識が飛ぶところを観てきました

一貫して体術を使い波の中に入り込み
ノーファインダーで押すだけ
自然界に迎えられ
受けいること

全て何か感じた
見た瞬間に押しています
ノートリミングの写真です

ドキュメンタリーで生きると決めたので
全部一貫してそのまま

海から戻り昔は現像し
後で見てみて
あ〜撮れた
という感じです

今はデジタルなので
待つ楽しみもなくなりましたが

すぐに確認できるので間違ったカメラの設定や
向きなど、次に修正できる
またフィルム交換にまた30分かけ戻らなくていいので
楽になり、撮れるチャンスが増えたのも事実です

変わらないのはカメラ以外
アナログな世界と精神世界

1枚1枚
0.02秒で押したたまたま

色を足したり、変な加工はしません
とは言え
実際の色は、目は補正しますし
速くてなんとなくしか見えてないので

写真の内包する情報を引き出すことはします

島々へ旅から旅へ
泳げそうな場所や、透明な水を探した20年
お客様にもよく生きてますね

と笑われました

いつまでも
溺れています

溺れない日が来ない日がないのか
恐るべし波の力と宇宙のパワー

人為の及べない
人為では征服できない
美しい青い森の海を穢すのは人間だけです

ペットボトルでできた海岸や
洗濯水などの汚水の海

やがて地球の透明な海がなくなるでしょう
所詮、池や水槽と同じです
バクテリアなど生き物の浄化力が飛び抜けているだけです

呟き

本日14時からおります

銀座久兵衛若旦那
ファイヤーキングカフェ阿部さん

いつもありがとうございます。

波の体の動かし方
体術的な動きはキックボクシングと
通じると若旦那

全ての体の動きは
同じなのでしょう

水中はそこに
水の密度
水の固さ
流れている軽い水
向かってくる水圧の高い水

その角度や少し先の感覚を感じ
た時には指先や頭や胸を動かすのですが

感覚的だから
うまく言えませんが

何よりも平常心と冷静さが
酸素を消費させず
また体を波の来前に
瞬時に動かせることに
連動します

桃太郎の腰の悪い婆様が
川を流れてきた桃を拾ったのも
川の流れ動水流と体を上手に使った訳です

ファイヤーキング

ファイヤーキングカフェ
連日お店も大盛況です。

アジア料理と深夜まで食事を提供していて
オーナーのセンスでキャンドルと淡い暖かな店内

本日も夜は2030
以降にお店におります。

小早川さん
SOU建築事務所 清水先生
お花もいつもありがとうございます!

ファイヤーキングカフェ

銀座久兵衛さん

歯の矯正の先生に矯正を教える
日本橋梶村歯科医院 梶村先生はじめ
皆様にお花やを賜り

この場を借り御礼申し上げます。

写真は日本の波の裏

今年は出雲や伊豆の
日本の聖地の波の裏とフィジーの青い波

伊勢神宮にご奉納させていただいた
写真集Blue Forestの表紙の写真など
16点を展示させていただいています

正直日中は映り込みもあり
夜が色もよく見えますので
暗くなってからがおすすめです

夜は大体言いますので
お声掛けください。

どうぞよろしくお願いいたします。

Fire king Cafe

ファイヤーキングカフェ設置は深夜2:30から
オーナー阿部さん自ら照明や高さを調整くださいました。

13日本日も夜はお店におります

よろしくお願いいたします。

FireKing cafe

9/12 月より代々木上原駅前ファイヤーキングカフェさんで個展がスタート!
今年でもう18年目になりました
オーナー阿部さんはじめ、当初からのマネージャー北畠さん、菅原さんありがとうございます。

日本の海の神とご縁ある新しい場所や、フィジー で写し京都の襖にもなり、伊勢神宮にご奉納させていただいた
写真を改めてW1800で黒い壁に飾ります!

ぜひ!
夜が正直映り込みがなく綺麗に見えます

よろしくお願いします。

のうじょ

はっさく祭

羽黒独自の四季の峰入り
その
秋の峰入りという
風呂も歯も磨けず、唐辛子で30分燻され
死と再生の篭り行の明けに行う、火祭りだが

コロナで3年間お休み

それでも雨の中
神主や山伏が螺貝の鳴り響く山で
炎が龍神様のようになった

出羽三山神社の羽黒のご神体は、龍族をまとめるとも言われている
仏教では弁財天=神道ではイチキシマヒメさん

現に山道の入り口には
宗像さん女神のイチキシマ姫様と山の神 狼の擬人化 された修験者 能除(蜂子)さんの社があり
はっさく祭も能除の社で執り行われる

山には天狗 羽黒山の水天狗で川を渡るお参りの人々を助ける円光坊
と 三光坊が住むと古来から信じられている

斎館

山中に300年
修験道の聖地
100日の篭り行を2人でする修行場
(50日2人でここ、外出は山の中だけ、車、バイク、自転車なし)
(50は自宅、宮司など関係者が、事前に独りで住む場所があるか?隔離前提で確認にいくが、正直その先は監視していない
本人の信心に任せてあるので、どうなってるかは正直不明とのこと)

祭壇にはお稲荷様(出羽三山神社は天台宗など神仏習合を経て、様々な神様を人間がその時の都合で祀った)
本神は宮司さんも扉を空けていないので
正直わからないという

神秘が漂う古来のままの宿坊でもある

便利で過剰に快適なホテルではないので
ホテルが良い人は来ないように

当然虫もたくさんいます
風光明媚な宿は
そもそも虫の住む世界に人間が勝手に破壊し
建てたまであたり前です

大自然の中に
屋根と壁があるだけが山の宿の基本

いくつもの結界の先

先人がなぜこの場所を選んだのか?

結界とは何か?

毎朝、毎夕宮司さんは、祝詞を捧げ供物を捧げる

館の扁額は大権現と最後についているので
仏教の匂いもします
本堂から持ってこられらたようですと宮司さん

霊力を持つ霊鳥の招きでこの山に
社を気づいたのが始まり
鳥のイメージで独創的な鳥文字は霊力を持つ

天狗、狼や海の神を尊ぶ
アミニズムの集約地

自然に毎日、人知れず行うことが
行であり、真心である

あーしろとか
こうでないと来世で大変とか

お盆に先祖が帰ってくるから
またお経を読まないと、迷いますとか

霊感商法的な日本仏教

山や海にいけば宗教なんていらないわけです

日本でも唯一行っても過言ではない
羽黒山の石段とその道中のいくつもの
山神、海神

祈りという言語も
なんだかきな臭い言葉だなと感じた

自然に胸で感じた思いやりと
ありがとうございます
そんなシンプルなこと
だと思います

濁る水

日本の波は優しげ
青透明な南太平洋の波とは奥行きが違う

祈りの社が特殊な場所に配置されている
日本の海岸線
しかし地球を破壊するのは人間だけ

自然災害は人間の見方で
そもそも地球は生きる有機体だと気付いた
ジェームスラ ブロック博士

イルカや鯨には感情や知性があると気付いた
ライアルワトソンやジュンリリー

ネイティブアメリカンの教え

1993年ごろから彼らの本をバックにしのばせ
オーストラリアの風のどん吹きのパースの海岸や
バリ島の山の中で
読んでは、ふに落ちた

例えば本牧も東京も、数億年の時間がかけて作られた芸術的自然美と生物の多様性
そこに暮らす人々や漁師を追いやり埋め立てしまった

不条理にも関西電力が行ってきた上関原発の候補地では、反対派の宮司と賛成派の宮司まで入れ替え、
村や漁師の長に金をばらまいた
村人も家族も仲違い。
祝島はそれでも約98%近くが反対していると現地で聞いた
パタゴニアや様々な企業の目も届いている

戦後の人間様優先で神社をも動かし、海を墓にして埋め立てた
経済優先と政治家や企業の銭儲けの、なんの責任も完成もない宇宙の愚行
の姿が今の日本の都会だ

外国人が来ても日本らしさはない
ビルの隙間で見る料理や、建物や茶室や庭園
の箱庭で感じる
日本に来てスカイツリーに行ってもね

いつかこんな景色も見れない海に
このままでなる

日本中が四角いコンクリートで要塞化するか
砂浜はペットボトルで埋め尽くされ

降りれる、泳げる
海岸が消えて行く日もやがて来るのだろうか?

100年後の人が
砂浜?ってなんだ?

100年前の日本の写真を見て
驚き、悲しい気持ちにならないように

記録として残しているのか?
世界の海もこの20年で日々濁ってきている

海の水はあっちからこっちに
移動するだけ
自分の場所だけ綺麗になっても
他所に気だけ

放射能もゴミも工業用水も化学薬品や洗剤も
全部海にただよっている

コップの水と同じく限界がある
ただいまは広いだけの海や川

浄化力はあるとはいえ
そのバランスを過剰に超えている

心が濁らないように
目が濁らないように

正心と正義を自分で隠さないこと
ふに落ちた時間にするだけ

うみで1個でも自分を欺瞞すれば海岸には戻れない

コンクリートの海岸になったら、どんな泳げても上がることはできない
自業自得にならないように、地球は痛んできているが

海はいつでも優しげにそこにある

一昨日初めて立ち寄った
子安の関根御滝不動尊へ

そもそも近くの駐車場に
海の知り合いと8年ぶりに偶然ばったりあい

盛り上がりバケツに入れた武道着を忘れた?

しかも家についてないことに気づき
もしや?と

親切なコンビニエンスストアの方々が
中に入れてくださっていた

湿気と森のフィットチンドが覆う
古来からの森の生態系の
上流には蛍のいる(源氏と平家蛍が共存するという)
清流関根川の崖に佇む
お堂が昔、雨で流され
御不動様も行方不明に

やがてこの道で事故が多く、お堂の跡を
掘ると御不動様が逆さまになって出てきたという

御滝の不動尊
瀧=お不動様は那智滝をはじめ全国でセットだ

昔の人々は修験者は何かしらを感じ、観てきた
感情移入がとても大事
今のデジタルスマホ社会で失って退化した感覚

新興宗教の仏教が輸入され
蘇我と物部が争いながら
情報が口伝で広まるにつれ

自然と人々は力づよく、優しい瀧に

独特な野生的感性で
善悪を見据える御不動様や龍神様を
瀧に溶け合わせてきた

ここの瀧は大雨の時など
年に数回山に現れるという

講の方達の崇敬や信仰の優しさを感じる
堂内はお掃除道具がたくさん

気になっていた
堂内の枯れ草は
なんとやすでだった

ついでに外の落ち葉や
雨樋のつまりを掃除している間も
おじさんが水をボトルに大量に汲んでいた

暗い堂内を見ると
なんと横の祭壇は出羽三山!と書いてある

月山、湯殿山、羽黒山(昔は鳥海山)
の時間と祈りが染み込んだ2枚の大きな板が2枚

享保とある

江戸時代に山形の出羽三山から
今では車で簡単に来れるが
こんな山奥にどうしてきたのか?

きっと村の人に聞いて
歩いて登ってきたのだろうが

感動した。

ちょうど数週間前
羽黒さんの権禰宜さんからお電話をいただいたばかり
出羽三山祝詞を家でもと姉ていたから驚いた

暗い堂内で
セミの声と清流の音に包まれ
出羽三山祝詞を唱えた

こんな田舎の山奥に数百年も前に山形から歩き
2回はきた、羽黒の修験者はどんな思いで
ここで祈ったのだろう

彼らの崇高で純粋な気持ちは
孔子て数百年後も、代々脈々と地元の方々に
大切に守られているのが
日本の素晴らしさです

なんだか
今日は海はもう行かずにいいや

お掃除をしていたら夕方になった

また来なければ。

不思議な人から人
神様から神様のご縁
仏様から仏様

真理は一つ
大宇宙と海があるだけ

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